今週の魔法少女は事情により変身できません   作:佐藤悪糖

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菜乃花さん落ち着いて。

 先輩に連れてこられたのは、駅前のゲームセンターだった。

 てっきりバーか居酒屋にでも連れ込まれると思っていたので、中学生的には興味半分怯え半分でぷるぷるとしていたのだけれど、眼前に広がる見知った世界になんだか安堵が浮かんでしまう。

 

「……え、あの。お酒は?」

「かわいい後輩をそんなとこ連れてくわけないでしょうに。そういうのは高校生になってからね」

 

 高校生になったら連れ込まれてしまうらしい。私は再びぷるぷるしはじめた。

 それではさっそくと先輩に誘われたのは、太鼓を叩くリズムゲーム。二人プレイ可能で難易度もちょうどよい、ゲームセンターのド定番だ。

 

「夜空くん。難易度ハードでもだいじょぶ? ノーマルにしとこか?」

 

 このゲームなら菜乃花とも何度も一緒に遊んだことがある。あの子はこういう慌ただしいゲームは苦手で、難易度設定は躊躇なく一番下のものを選んでいた。

 

 他のゲームでもいいんだよ、と言ったことはある。だけど菜乃花は、笑ってこう答えた。

 ――ほろびさんと遊べるなら、なんだって楽しいからね。

 

「おーい? 夜空くーん?」

「あ、えと」

 

 気づいたときには時間切れまであと数秒で、考えを回す余裕もなく、私は「大丈夫です」と答えていた。

 

 いつもだったら、菜乃花にあわせて私も最低難易度で遊んでいた。一番下の難易度ですら苦戦しつつも、私と一緒に遊べるゲームを選んでくれるあの子に、違いを見せつける理由なんて一つもなかったから。

 ただ、それだと物足りなさを覚えていたのも事実で。

 

 流れてきたのは、去年すっごく流行ったアニメの主題歌。私たちの世代だったら誰だって口ずさむことができる有名な曲だ。

 初めて見るハードの譜面に、最初は少し手こずった。何個かタイミングを外してしまった音もある。しかしながら、先輩に誘われた手前そうそうみっともない姿を見せるわけにもいかず、途中からはなんとか譜面に食らいついた。

 

 曲が終わる。私は八割ほどの音を拾ってのクリア。先輩は余裕のフルコンボだった。

 

「ほうほう、なるほど。なーるほど……」

 

 続いての曲選択。先輩は楽しそうににやりと笑って、最高難易度を選択した。

 躊躇はなかった。確認もなかった。ただ、ちらりと私を見た横目には、『いけるっしょ?』という挑発があった。

 私もまた、無言で頷いてそれに応える。

 

 最高難易度の譜面はさすがに厳しかった。乱れ飛ぶ音符。一癖も二癖もある複雑なテンポ。認識能力の限界に挑みかかるようなリズムの嵐。初見で突破するには難しく、それゆえにかつてないやりごたえがある。

 

 結論から言えば私の演奏は無様なものだった。音はたくさん外したし、間奏部分はリズムのイメージがつけられずに、困惑がそのまま音にあらわれた。ギリギリのところで合格点こそ取れたものの、当然のようにフルコンボしている天海先輩の隣で演奏するにはお粗末なものだ。

 それでも。

 

「先輩」

「うむ。どうだったかね、夜空くん」

「もう一回。もう一回やりましょう!」

「その言葉が聞きたかった」

 

 とても、とっても楽しかったのだ。

 困難に直面した時、私の魂は高揚する。なんとしても打倒してやろうという昂りがこの身を火照らせる。菜乃花と遊ぶ時は抑えているけれど、私にだって、腕を試したいという欲がある。

 

 私と先輩は再び筐体にワンクレジットを投じた。天海先輩は、さっきの曲をもう一度選ぶなんて甘いことはしなかった。誰もが知っている曲だけど、それでいて初見となる譜面を容赦なく選択する。

 望むところだ。やってやろうじゃないか。

 

 どんな曲のどんな譜面であっても、天海先輩は常にフルコンボを叩き続けた。先輩はこのゲームがとても上手だ。彼女の演奏は見ているだけでも勉強になったし、その隣で譜面と戦えるのは光栄ですらあった。

 

 きっと私は夢中になっていた。菜乃花と遊ぶ時とは一味違う強烈な刺激に。菜乃花とは見られない高みの景色に。

 菜乃花を傷つけた罪悪感も忘れて。

 

「……ほろびさん」

 

 だから。

 きっと、天罰が下ったのだろう。

 

「なんだか、とっても楽しそうですね」

 

 振り返ると、彼女がいた。

 ぷくっと膨れた頬。精一杯に睨みつける瞳。少し涙が浮かんでいる。わなわなと震える手には、クレーンゲームの戦利品であろう小さなぬいぐるみが二つ握られていた。

 

 あのぬいぐるみには見覚えがある。妙に気の抜けた顔が気に入って、いつか私がほしいと言っていたそれだ。

 

「な、菜乃花……?」

「今日は遊べないって言ってましたよね、ほろびさん」

「え、えっと、その」

「私とは遊べないのに、その人と遊んでいるというのは、そういうことなのでしょうか」

 

 そういうこととはどういうことなのか。何もわからないけれど、聞き返すような余裕はなかった。今の菜乃花は、返事一つ間違えれば爆発しそうな気配を放っている。

 私は助けを求めて天海先輩を見上げた。先輩はしかと頷き、後ろからゆるく私を抱きしめて、菜乃花に対してこう言った。

 

「私たち、付き合ってるんだ」

「やっぱり!」

 

 付き合ってない。やっぱりでもない。事態は混沌の一途を辿る。

 先輩に頼ったのが間違いだった。仲良くなってわかったことだが、この人にはこういうところがある。一瞬の享楽のために躊躇なく薪を焚べるような。ちなみにこの場合、薪とは私のことを指す。

 

「違くて……! 菜乃花、えっとね。菜乃花は今、すっごく勘違いをしてて……!」

「なにが勘違いだっていうのー! ほろびさんのばかー! 浮気者ー!」

「浮気とかじゃなくて! 今日はちょっと、先輩に用事があって、これはそのついでで……!」

「夜空くん。ちゅーしようぜ、ちゅー」

「先輩は黙っててください!」

 

 怒る菜乃花。楽しむ先輩。焦る私。なぜ女三人で修羅場がはじまっているのだろう。私には何一つ理解できない。

 状況は混沌を煮詰めつつあったが、それで終わればまだ幸福であった。多少の火傷を負いつつも、なんだかんだで誤解を解いて、最後には笑って終われるはずだった。

 

「ごめんっち、ほろびちゃん」

 

 しかし、事態はそれでは終わらない。

 

「狙ったわけじゃないっちけどね」

 

 この混沌に、さらなる黒を添えるように。

 

「最悪ってやつは、いつだって最悪にはじまるものっちから」

 

 最悪の一石が、投じられた。

 ゲームセンターの一角に闇が渦巻く。ぐるぐるとねじれて逆巻く闇。事象を拒絶し、光を吸い込むその闇は、いつかの時に見たものとよく似ていた。

 

 次に起こることは私の想定をそのままなぞった。ねじれた闇が突如としてひび割れ、裂け目に変化する。黒々とした裂け目からそろりと這い出す獣の前足。漆黒の毛並みを持つ獣は、前足で二三具合を確かめると、勢いよく“こちら側”に飛び出した。

 

 黒い獣は優雅な仕草で、お菓子すくいクレーンゲームの丸いドームの上に着地する。その背後で、裂け目が閉じる。

 そこを己の玉座と見定めたのか、漆黒の獣は高々と雄叫びを上げた。

 

「うにゃーお」

 

 猫だった。

 どうみても、ただの黒猫だった。

 

 人間よりもサイズが大きい、なんてこともなかった。目測全長四十センチ少々。その顔には瞳が存在せず、顔の上半分がのっぺらぼうのようにつるりとしているのが奇妙ではあったが、それを除けばどこからどう見てもただの猫だ。

 

 率直に言って、危険性は感じない。獰猛そうな素振りもない。クレーンゲームの上にくるりと丸まって、猫はぺろぺろと毛づくろいなんて始めている。

 ……えっと。

 

「さあ、ヨーマがあらわれたっち! ほろびちゃん、早くあれを倒すっちよ!」

 

 そんなこと言われても……。

 以前相対した灰の獣には、ありありとわかる脅威があった。あれを野放しにしてはならないことは一目瞭然であり、命を賭して戦うことに何一つの疑問も挟まれなかった。

 

 だけど、猫。これは猫。さながらただの猫である。

 説明を求めてれくたを見る。彼は少し気まずそうに答えた。

 

「だ、だって、変身できないほろびちゃんにガチの脅威をぶつけるわけにもいかないっちし……。変身せずとも倒せるような敵となると、こんな感じになっちゃうっちよねぇ……」

 

 だからって、私に猫を倒せって?

 れくたなりの気遣いがあったのは理解したが、残念なことに脅威は微塵も感じない。緊迫感もまるでない。戦うなんて気もおきない。

 これはちょっと、世界の危機ではなさそうだ。

 

「……やっぱり、ダメっち?」

「ダメ」

「どうしてもっち?」

「かわいそうでしょ」

「そうっちよねぇ……。その生物には人の精神を蝕んで心の闇を引きずり出す能力があるっちけど、さすがに戦うわけにはいかないっちよねぇ……」

「それを先に言え」

 

 前言撤回。これは敵。世界の敵だ。

 敵であると見定めたなら、私はそれを殺さねばならない。愛くるしい姿に心は痛むが、それで惑わそうなんて手口は通じない。その手なられくた一匹で食傷気味だ。

 

 戦いの場において情は不要。やると決めたらきっちりやる。

 だって、世界は救わなきゃ。

 

「あ、暴力はだめっちからねー。さすがに動物虐待的な映像は使えないっちから。かるーく懲らしめるとか、仲良くなって悪さを止めるとか、そういう方向性でお願いするっち」

 

 注文が入った。相変わらず余計な水を差すやつだ。まあ、私だって好き好んで殺傷行為をはかりたいわけではないけれど。

 まずはとっ捕まえて、後はうまいことどうにかしよう。そのつもりで黒猫に手を伸ばす。

 

「ほろびさん!」

「へ?」

 

 伸ばした手は、菜乃花に止められた。

 

「今は菜乃花がほろびさんと話してるんですけど!」

「え、あ、うん」

「見えない変なのと話さないでほしいんですけど!」

 

 ……えっ。

 瞬間的に体がこわばる。もしかして、この子はれくたの存在に気づいているのか。

 

「へ、変なのって……?」

「そんなことはどうでもいーのー!」

 

 質問の答えはなく、真っ直ぐな怒りが叩きつけられる。ぷくっと頬を膨らませた菜乃花は、半泣きの顔で一生懸命に感情を発露していた。

 

「ほろびさんは! どうして私と遊んでくれなかったのでしょーか!」

「あ、あの、それには事情があって」

「だったらどうしてその人と遊んでいるのでしょーか!」

 

 わんわと騒ぐ菜乃花の剣幕に、クレーンゲームの上で丸まっていた猫が顔を上げる。音もなく地面に降り立った黒猫は、そのままゲームセンターの外へと向かっていった。

 

「ちょっと待って、猫が……!」

「どろぼーねこならこっちでしょーに!」

 

 菜乃花は天海先輩を勢いよく指差す。

 この惨状を楽しく見守っていた先輩は、気を悪くするどころかさらに楽しそうに口元を緩ませる。

 

「おおー。泥棒猫なんて言われたの、はじめてだ」

「言っときますけど。ほろびさんは私のですから。あげませんから!」

「えー? どうしよっかなー?」

「あげませんからー!」

「じゃあ、半分こしない?」

「全部菜乃花の!」

 

 菜乃花は私にぎゅうっと抱きつく。ふんわりとした感触があったのは一瞬だけ。ちょっと痛いくらいの締め付けに、ばたばたと手足を振るって、なんとか呼吸ができるスペースを確保するのが精一杯だった。

 

「ちょっと、菜乃花……!」

「やだ!」

「はーなーしーてー!」

「やーだー!」

 

 こ、このままだと、猫が……!

 猫が逃げる……!

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