今週の魔法少女は事情により変身できません   作:佐藤悪糖

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一章 ゴールド・ゴールド・アクターズ
一周回って外道がデフォでしょ


 613かける18043。

 それが答えだった。11060359の素因数分解の。

 

「……無理でしょ」

 

 スマートフォンを机に置く。ブラウザの履歴には、素数や素因数分解を解説するサイトがいくつも残っていた。

 落ち着いた状況で文明の利器をフルに使っても、答えを突き止めるまでにたっぷり三十分はかかった。慣れたらもう少し早くなるだろうけど、それにしたって無理がある。

 

 深夜。家族を起こさないようにこっそり戻ってきた自分の部屋には、消毒液の匂いが充満していた。

 机の上には救急箱。ハンガーにはボロボロになった学生服。ゴミ箱には血に汚れたガーゼがいくつも詰まっている。

 

「じっとするっち。もう少しで巻き終わるっち」

 

 れくたはふよふよと浮いて、私の頭に包帯を巻き付けようとしていた。

 手当てしようとしてくれているらしいが、れくたの短い手足では包帯一つを抱えるのがやっとだ。結局は不器用な彼から包帯を取り上げ、鏡を見ながら自分で巻いた。

 

「手際いいっちねー。経験あるっち?」

「うち、弟がしょっちゅう怪我して帰ってくるから」

 

 隣の部屋で寝ている弟が目を覚まさないように小声で話す。口の中も切っているせいで、少し口を動かすだけでも血の味が滲んだ。

 姿見を見れば包帯まみれの私がそこにいる。がっちりテーピングした右足(結局捻挫だった)と、頬に貼り付けられた大きなガーゼを見て、ため息をついた。

 

「夜中にコンビニ行こうとしたら、派手に転んだことにしよ」

 

 それでも説教は免れないだろう。家族に説明するのが、今からすっかり憂鬱だ。

 

「ご家族への説明は気にしなくていいっちよ。こっちでうまく誤魔化しとくっちから」

「できるの?」

「出演者……じゃなくて、魔法少女の周囲の人が疑問を抱かないよう、認識調整が仕掛けてあるっち。よっぽど確信がある場合は別っちけど、基本的には違和感すら抱かないはずっちよ」

 

 そうなんだ、と素直には受け取れなかった。

 認識調整。それがどういうものなのかは知らないが、普通のそれではないだろう。素性不詳のこの生命体に、家族に干渉されていい気はしない。

 

「制服もさっき小道具班に連絡しといたっち。明日の朝には新品が手配されてるはずっち。ほろびちゃんが気にすることはなーんにもないっち!」

「あのさ。聞きたいことがあるんだけど」

「ち?」

 

 ふよふよと浮きながら、きょとんと小首を傾げる小動物。

 その首をむんずと掴み、机の上にどすんと据えつけた。

 

「説明して。今日のこと、全部」

「そ、そうなるっちよねぇ……!」

 

 視線を泳がせるれくたを、じっと見下ろす。

 普段から目が冷たいことに定評があるのが夜空ほろびだ。その気になれば温度なんていくらでも下げられる。

 

「あ、あの、ほろびちゃん? もしかして怒ってるっち……?」

「それは、今から決める」

「それを怒ってるって言うんだっちー!」

 

 いいからさっさと説明して、と鼻先にデコピンを見舞う。

 この小動物もどきをかわいいと思っていた感情はすっかり消え失せていた。敵か味方かわからない。そんな保留こそが、今の彼に下す評価だ。

 

「え、えっと! えとえとえと、その、ほろびちゃん……!」

 

 短い手足をばたつかせ、れくたは慌てふためく。

 かと思うとさっと後ろに手を回し、どこからか取り出した黒い円筒を私に向けた。

 

「ごめんっち!」

 

 円筒型の装置から光が放たれる。その光を、私は首を傾げて避けた。

 

「よ、避けちゃだめっち! じっとしてるっち!」

 

 言う通りにする義理はなかった。もう一発鼻っ面にデコピンを入れて、よろけた隙に装置を取り上げる。

 十センチほどの小さな懐中電灯のような機械だ。先端を壁に向けて、米粒みたいに小さなボタンを押すと、ぴかっと光が放たれる。

 

「あー! だめだっち! 危ないっち、返すっち!」

「これは何?」

「え、えっと、それは……」

 

 装置の先端をれくたに向けて、小さいボタンに指先を乗せる。するとれくたは、ぴしっと動きを止めた。

 

「これは何?」

「ちっ……!」

 

 その姿勢でもう一度聞くと、れくたはぷるぷると震えだす。

 彼の顔には、怯えがあった。

 

「ほ、ほろびちゃん……? ぼくたち、友だちっちよね……?」

「5、4、3」

「わー! わー! 話すっち! 話すから早まらないでほしいっち!」

「2、1」

「認識調整光だっち! 対象の認識を調整して都合の良い嘘を刷り込むための装置だっち! メン・◯ン・ブラックのアレだっちー!」

「0」

「ちー!」

 

 試しにぴかっとやってみた。

 遠慮はなかった。躊躇もなかった。あるのは純然たる興味と好奇心だけだった。

 光を浴びたれくたは少しの間ぼうっとする。かと思うと、きょろきょろと周囲を見回しはじめた。

 

「……あれ? ぼく、何してたんだっち……?」

「おはよう、れくた。ずっと寝てたんだよ」

「あ、そうだったっちか……?」

「それよりさ、撮影について聞きたいことがあるんだけど」

「え? ほろびちゃん、なんで撮影のこと知ってるっちか?」

「前に教えてくれたじゃん。忘れたの?」

「あ、うん。そうだったっち? ちょっと待つっち、念のため……」

 

 きょとんとしていたれくたは、ごそごそと懐をあさりだす。今度は白い円筒を取り出して、自分に向けて光を放った。

 すると、彼の様子が変わっていく。茫然としていた様子は消えてなくなり、再び私を怯えの混じった目で見上げた。

 

「なんてことするっちか」

「なんだ。戻せるんだ」

「認識調整は可逆性が保証された安全な技術だっち。だけど、断りもなくやられるのは嫌っちよぉ……!」

「お互い様でしょ」

 

 人に食らわせようとしておいて、何を今さら。

 れくたから戻す方の装置も取り上げる。こんなもの、セットで没収だ。

 

「次、やろうとしたら殺すからね」

「やだなあ、ほろびちゃん。顔怖いっちよ? ほらほら、笑顔はどうしたっち?」

 

 文房具立てからカッターを抜き、刃をちゃきちゃき引き出す。

 ぶん、と。

 勢いよく、れくたの隣に突き刺した。

 

「殺すからね」

「に、二度としないって、天と地と星々に誓うっち……」

「私に誓え」

「……はい」

 

 れくたはすっかり縮こまっていた。

 やはり暴力は偉大だ。それがあって、はじめて誠意のある話し合いってやつができる。夜空ほろび十四才、ある春の夜の学びだった。

 

「こ、この子、本当に中学生っちか……? すでにもう、王の風格をひしひしと感じるっちけど……」

「いいから説明して。全部。包み隠さず」

「わ、わかったっち……」

「敬語」

「……承知しました」

 

 まともな話し方もできるらしい。あのわざとらしい語尾、いい加減うざったいと思っていたのだ。

 

「どこから説明したらいいものか……。ええと、実はその、魔法少女というのはフィクションでありまして、ですね」

「全部嘘ってこと?」

「いや、えと。何もかも嘘というわけでもなくて……」

 

 れくたはくるくると頭をこねはじめる。

 

「ぼくの故郷はここから遠い遠い宇宙にあります。だから魔法の国ってのは嘘ではなくて、ぼくがそこから来たというのも事実っち……です」

「何をしに来たの?」

「えっと……。うちの文明では、他の文明を観察するのが一つの娯楽になっていて……。中でも、現地人を使って撮影したアニメーション作品は、それはもう本当に大人気で……」

「アニメーション?」

「つまり、その。実はこれって、アニメの撮影……。みたいな?」

 

 れくたはへらっとした笑みを浮かべる。

 素敵な笑顔だ。遺影にしたらちょうど良さそう。

 

「あのなんとかって怪物は?」

「実はあれは、こっちで手配した異星生物っち……です。銀河のあちこちから捕まえてきた低知性の生命体を、撮影用に少々加工したもので……」

「変身ってのは、結局なんだったの?」

「ただの撮影用装備の貸し出しですね……。それでも、敵を倒すには十分すぎる力ではありますが」

「それを私に着せて、怪物を倒させるって筋書きだったってこと?」

「そ、そういうことになるっち……です。はい」

 

 尋問を続けるほど、れくたはどんどん縮こまっていく。

 人差し指でとんとんと机を叩くと、彼はびくっと体を震わせた。

 

「つまり、私に異星生物をけしかけて、どっちが勝つかって見世物だったんだ」

「い、いや、えと……。で、でも、地球人だって捕まえてきたカブトムシとかクワガタとかを戦わせたりするじゃないっちか! あれとおんなじ感じだっち!」

「私のこと、カブトムシとかクワガタみたいに思ってたんだね」

「ち、ちぃ……」

 

 小動物になるたけ多くの苦痛を与えながら殺すには、どうすればいいんだろう。

 インターネットで検索してみようかと思ったけれど、日常には縁遠くありたい闇の知識に触れそうな気がしたので、私は知識欲をぐっと抑えた。

 

「まあ、大体わかったよ」

「わかってくれたっちか……?」

「つまり、本当の敵は、お前か」

「ち、違うっち! それはほんとに違うっち!」

 

 れくたはばたばたと手足を動かす。わざとらしい語尾もすっかりもとに戻っていた。

 

「ぼくはほろびちゃんの敵じゃないっち! それだけは信じてほしいっち!」

「れくたの何を信じればいいの?」

「そんなこと言わないでほしいっちー! ぼくらは友だちだっちー!」

 

 彼が言う友だちという言葉は、私が使うそれとは意味が違うのだろう。

 最大限好意的に解釈しても、それは愛玩動物に向けて使う時の友だちだ。自分と相手は明確に違うものであり、その優劣は決定的なものであるという前提の上での、友だち。

 随分勉強したようだけど、異星人さんは地球語が苦手でいらっしゃった。

 

「たしかにやり方はちょーっと悪かったかもしれないっちけどぉ……! それでもきちんとハッピーエンドにするつもりだったっち! 大変なことがあったって、最後は必ず困難を乗り越えて笑顔で終われる構成になってるっちー!」

「ふうん。他に言い訳は?」

「出演料もきちんと出るっち! それに撮影後にはきっちり原状復帰してから帰るっち! 絶対に誰にも迷惑かけないって約束するっちー!」

 

 ぴんと、鼻っ面にデコピンを食らわせる。

 顔を押さえて、れくたはぽてんと尻もちをついた。

 

「撮影。すぐに中止して」

「ち、ちぃ……」

 

 まあ、そういう判断になる。

 しょぼくれた顔のれくたは、しょんぼりと肩を落とした。

 

「……実を言うと、ぼくも撮影中止には賛成だっち。これ以上の撮影は続行不可能というのが、ディレクターとしての判断だっち」

「ディレクターだったんだ」

「だかられくたって言うっち。でも、そんなことはどうでもいいっち」

 

 れくたの全身から哀愁が漂う。

 

「ほろびちゃんとの交渉が決裂したってのもあるっちけど、そもそも変身できないってのが痛すぎるっち。いくらなんでも、変身できない魔法少女を戦場に立たせるわけにはいかないっちよ」

「ふうん……?」

「信じてくれないと思うっちけど……。それでもぼくは、ほろびちゃんのことを友だちだと思ってるっち。友だちに危ないこと、させられないっちから」

 

 それで信じるとしたら、よっぽどのお人好しだ。

 疑う理由はいくらでもあって、信じる理由は一つもない。自分でもわかっているのか、れくたの口ぶりは弱々しい。

 

「……でも」

 

 俯いていたれくたは、よろよろと顔を上げる。

 

「うちの会社から、現場の問題は現場で解決するように指示が出たっち。ディレクターなんていったって、所詮は一人の雇われだっち。ぼくの一存で撮影を止めることなんてできないっちよぉ……!」

「じゃあ。つまり、どういうこと?」

「つまりっちね」

 

 れくたは乾いた笑みを浮かべる。

 自らの運命を受け入れた、投げやりな笑顔。

 諦めてしまった人間特有の、いっそ清々しいほどの、無の笑顔だった。

 

「来週も、ロケがあるってことだっち!」

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