光の糸で縫い上げられた、黒く輝く夜空のドレス。
白銀色に輝いて、無重力に漂うロングヘア。
服の裾には銀河がきらめき小さな星がかろやかに瞬く。星々の輝きが灯された蒼い瞳の奥には、深遠な宇宙が渦巻いていた。
星空をまとった可憐な衣装。星を宿してきらめくブローチ。星屑のように細やかな光を放つリボン。
そして、背中からずるりと伸びる、黒く禍々しい翼。
コウモリのように筋張った鋭い翼だ。外套のように身を包む大きな翼は、可憐な衣装にそぐわない荘厳な畏怖を放っている。
変身の影響は当人にとどまらなかった。彼女の内側から溢れ出したとめどない力は、周囲の光景すらも塗り替えていく。
世界に夜の帳が降ろされる。地平の果てより銀に輝く満月が昇り、冷たい光が地上の全てに降り注ぐ。銀天の空に舞い上がった
「ほろび、さん……?」
それが放つ静かなる威風に、七村菜乃花は困惑していた。
直感が理解する。今の彼女は、違う。纏う気配がまるで違う。冷たい瞳に夜空ほろびの面影はなく、言葉なく放たれるのは絶対者としての神威だ。
菜乃花の嗅覚は正しい。それはもう夜空ほろびではない。
銀天に坐す天上の王。暗夜を抱く母なる神。夜空に滅びをもたらすもの。
魔法少女アストロバスター。
七村菜乃花が困惑にとどめられたのは、それでも夜空ほろびかもしれないと信じる心があったからか。膝を折りたくなる神の威に、頭を垂れずにはいられない王の覇に、菜乃花は辛うじて耐えていた。
黒猫は耐えられなかった。人の心に巣食うヨーマは、銀天に君臨した夜の王を前に錯乱状態に陥っていた。
それは本質的に魔法少女であり、ヨーマにとっては天敵とも言える存在だ。息を潜めれば隠れられるだろうか。全身全霊をもって抗えば生き残れるだろうか。あるいは頭を垂れ、足を舐め、命を乞えば許されるだろうか。数多の選択肢が黒猫の脳裏をよぎる。
結果から言うと黒猫に選択の余地はなかった。銀天の王が己の胸に目を向けると、そのなかに潜むヨーマの体がびくりと固まる。
指先で、ちょんと。
それだけの所作で黒猫は死んだ。指先から伝わる凄まじい神威に黒猫の魂は消し飛んだ。幸福だったのは苦痛を感じる暇もなかったこと。不幸だったのはそれ以外のすべてだ。
王はヨーマが消し飛んだ胸に手を当てる。殺害に意味はなかった。手の上に蟻がいたから、爪先で弾いてみた。そうしたら死んだ。それ以上の理由はない。
しかし、それでもきっかけにはなった。些細な破壊と取るに足らない殺傷が、銀天の王の本能を呼び起こす。
こんこんと湧き出す無尽の衝動が王の思考を黒く染める。破壊衝動とは少し違う。殺人衝動ともまた違う。強く心を惹くのは、より虚無に満ちた暗黒の衝動だ。
原初、世界は虚無だった。虚無の中に火種だけがくすぶっていた。何もない世界は静謐で、美しき虚空と星明かりに満ちていた。
それを思えば今の世のなんと乱雑なることか。虚空は物質に取って代わられ、星明かりはその神聖を奪われ、無秩序は秩序に穢された。今や世界のどこもかしこもが不快な騒音にまみれている。
万象は回帰するべきだ。何もなく、静かで、ただただ世界が美しかったあの頃に。
「だって」
王の口が薄く開く。
「世界は」
衝動が虚無を為す。
「滅ぼさなきゃ」
翼を広げ、王は高々と手を掲げる。
空が、燃え上がった。
最初は一筋。黒天を裂く銀の線。遅れてもう一筋。さらに三、五、十。数え切れない光の筋が、空を赤々と燃やしながら走り出す。
それは願いを託される儚い流れ星ではない。
祈りを踏み潰す流星群だ。
空を覆う巨大な魔法陣が、星座を裏返したような幾何学を描き、眩い光の雨を解き放つ。大気圏へと突入した無数の光塊は、空気との摩擦で白熱し、尾を引きながら空を焼く。
ひとつ、星が堕ちた。
穿つ流星。爆ぜる閃光。衝撃波が地面をめくり上げ、河川敷に生える草々を巻き上げる。遅れて二つ目、三つ目。着弾のたびに大地が脈打ち、圧縮された破壊が解き放たれる。
空が白く飽和する。昼と夜の境界が消し飛ばされる。
街が壊れる。世界が壊れる。虚無と滅びの残火が広がる。
逃げ場はない。許しもない。
星は願いを叶えない。
「どうして……?」
七村菜乃花にはわからない。王の胸を染める滅亡衝動も、それを止める術も。
人の身に余る才を持とうと、今の菜乃花には答えは出せない。無力に膝を折り、流れる雫が頬を伝う。
天海結城も無力だった。ヒーローのまがい物に過ぎない彼女に神威を止める力などない。それでも己を奮い立たせ、立ち上がることはできた。
「菜乃花、くん……!」
天海は菜乃花の前に立つ。降り注ぐ終焉から少しでも彼女を守ろうと思っての行動だ。
揺るがぬ勇気のなせる技ではあるが無為である。人がいかに足掻こうと滅びは等しく訪れる。
一際大きな星が天空に燃える。天頂に生まれた白銀の核が、地を焼く灼熱を放ちながら、二人のもとにまっすぐに落ちてくる。
菜乃花はそれでも動くことはできず、天海もまた逃げることを良しとしない。それぞれの胸に宿すものは違えど、二人は揃って星を見上げていた。
瞬間。
雷光と、轟音が、巨星を穿った。
「下がってろ」
空中で巨星が爆発し、夜空を赤白く染め上げる。激しい衝撃に天海は顔を覆い、菜乃花は地に押しつけられる。巨人に叩きつけられるような凄まじい圧力。しかしそれを感じたのは一瞬のことで、衝撃が過ぎれば、残る痛みが生の実感を与えてくれた。
二人の前に、男がいた。
古ぼけたジャンプスーツの上から装着された、要所を守る鋼鉄のプロテクター。首に巻かれた赤いマフラーがたなびいて、両腕に装着された
「これは、俺じゃないと無理だろうが」
ブラスター・スパークは指先でぐいっとバイザーを押し上げて、王の姿を睨んだ。