今週の魔法少女は事情により変身できません   作:佐藤悪糖

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来週もまた見てね☆

 街郊外にある採石場跡に、バーン・デザイアの姿はあった。

 彼にとってはいつもの場所だ。この場所で幾度となくブラスター・スパークとの決闘を演じ、今では学校帰りにあるコンビニくらいには慣れ親しんでいる。最近では近くにテントを張って寝泊まりまでしているくらいだ。

 

 先日の決闘は引き分けに終わった。

 ほどほどに力と力をぶつけ合い、ほどほどに満足した頃合いで、バーン・デザイアが引いて決着となった。もとより殺し合うほどの戦いではなかったのだ。言ってしまえば、バーン・デザイアはそこまでマジではなかった。

 

 そうして生き残った彼は、地球上で余暇を過ごしていた。闘争に欠けるこの星での暮らしはなんと退屈なものか。異星人である彼にとって、生命とは戦いの中で燃焼するものであり、流血と生傷から縁遠い生活などは弱者の思い描く幻想に他ならない。そんな唾棄すべき幻想がこの星にはあちこちに満ち溢れている。

 平和な街並みを、笑い合う人々を見ているだけでいらいらする。今ここですべてを燃やし尽くしてやろうか、という衝動を抱いたこともある。

 

 しかしこの星にも、彼の破壊衝動を留めたものがあった。

 とんかつ弁当である。

 すっかり馴染みとなった老舗の弁当屋にて、都合十四食目となるコロッケ弁当を頼もうとしていた彼に、店員のおばちゃんが「お客さん、いつもありがとねぇ。うちはとんかつも美味しいから、よかったら」と勧めたのがこれだ。

 

 当初、バーン・デザイアは懐疑的であった。促されるままに買ってはみたが、今も手の上の弁当箱(ご飯大盛り)に戸惑っている。

 バーン・デザイアは執念深い。一度嗜好に合致したものを見つければ、飽きるまでそれに執着する性質だ。その対象はたとえばブラスター・スパークであり、たとえばコロッケ弁当のことを指す。

 

 確かにコロッケ弁当は美味かった。しかし、とんかつ弁当までそうとは限らない。自身の舌を唸らせた店員のおばちゃんの顔を立ててはみたが、いざ未知を前にすると顔をしかめたくなる。

 とは言え弁当一つに臆するわけにはいかない。バーン・デザイアは誇り高き戦士である。誇りを胸に、覚悟を抱いて、弁当箱の蓋を開いた。

 

 湯気にのってふわっと立ち上る、香ばしい香り。

 

 山々と盛られたご飯には黒ごまがぱらりと散って、その隣にはからりと揚がった分厚いとんかつが堂々と鎮座している。ご飯ととんかつ、二つ並んだ巨大な山脈。裾野には千切りキャベツが田園のように広がって、傍らには柴漬けときんぴらごぼうが牧歌的に添えられていた。

 まるでジオラマのようだ。ごくりと喉がなる。本当にこれを食べていいのだろうか。

 

 何に遠慮することはない、とバーン・デザイアは箸を伸ばす。もちろん初手はとんかつだ。とんかつ弁当でとんかつ以外から食べはじめるような者は唾棄すべき軟弱者であり、バーン・デザイアは軟弱者ではないからだ。

 

 さくりと衣が砕け、やわらかな豚肉の旨味が広がる。

 肉汁がじわりと染み出して、濃厚な味わいにご飯がほしくなる。すかさず白飯を口に放り込むと、ほのかに甘いお米がとんかつの旨味を綺麗に受け止めてくれた。

 

 千切りキャベツを一口。しゃきっとした冷たさが口の中をリセットし、またすぐ次のとんかつが欲しくなる。肉、米、キャベツ。黄金の三角形が見えてくる。

 しかし、何かが足りない。足りていないのはとんかつだ。確かにそのままでも旨いのだが、なんというか甘みやコクが足りていない。

 

 その違和感の答えは、とんかつ弁当の傍らにひっそりと佇んでいた。

 そう。

 ソースである……!

 

「ソースの小袋って、なんでこう開けづれェんだろうな」

 

 愚痴めいたことを言いつつも、バーン・デザイアの口元はゆるんでいた。雄大なるとんかつ山脈にソースの黒を足す。バーン・デザイアはからしも使う派だ。前半はからしナシで、後半はからしアリで食べることにしている。しかし最後の一口は、必ずからしナシのとんかつで締めるのが流儀である。とんかつ弁当の余韻とは、あくまでもとんかつのためにあるべきだから。

 

 弁当が完全な形となると、後はもう無心で頬張るだけだった。米ととんかつの山々がみるみるうちに消えていく。バーン・デザイアを止めるものは何もない。欲望のままにかっくらい、最後の一口まで丁寧に味わった彼は、今日も己を満たしてくれた強敵(弁当)に手を合わせた。

 

「ごちそうさま――」

 

 その時、雷光が降り注いだ。

 雷光とともに採石場にあらわれたブラスター・スパークは、いつもとは少し違う姿だった。全身にまとう機甲の装備はところどころが欠けていて、ジャンプスーツは腕と足首のあたりが裂けていた。メカニカルバイザーも端が割れている。赤いマフラーだけがいつも通りにたなびいていた。

 バーン・デザイアは口の端についた米粒をぬぐい、にやりと嗤う。

 

「手こずったようじゃねえか」

「ああ。生徒指導が忙しくてな」

「お前の生徒ってのはそんなに凶暴なのか?」

「元気がいいんだ。どいつもこいつも」

 

 何が楽しいのか知らないが、ブラスター・スパークは教員なんてものをやっているらしい。

 バーン・デザイアにはわからない感性だ。弱者の面倒を見るなんて面倒事は弱者が担えばいい。強者は戦いの中に生きるのが彼にとっての当然だ。

 

「やるならさっさとかかってこいよ。さっさと帰って寝てえんだ」

 

 今日、彼を呼び出したのはバーン・デザイアの方だ。用事と言えばもっぱら戦闘か激闘か死闘というのがお決まりではあるし、スパークもそのつもりではあったが、デザイアは彼を手で制した。

 

「まあ待て、今日は話がある。業務連絡だ」

「あ? 業務連絡?」

「お前、ラスボスって知ってるか?」

「は?」

 

 突然に投げられた言葉に、スパークの頭上に疑問符が浮かぶ。

 もちろん聞き覚えならある。しかしそれはゲームや漫画などで聞くような言葉だ。こういう状況で言われると、頭の上を上滑りしてしまう。

 

「俺にはわからねえ感性だが、この星の奴らにとっては平穏こそが日常で、戦うことは異常らしい。その点どうだ、お前は随分長く戦ってきただろ。いつかは戦いの日々を終えて、平穏な日常に戻りたいって思う気持ちもあるんじゃねえか?」

「さあ、どうだかな。戦わずに済むならそれに越したことはねえけど」

「強がるなよ。こっちは親切で言ってんだ」

 

 当然ながらバーン・デザイアは敵である。親切にされる覚えはない。唆すような言葉に警戒心が持ち上がる。

 

「長い長いヒーロー生活を終えるためには、お前には絶対に倒さなければならない敵がいる。それがラスボスだ。ラスボスを倒せば襲撃は終わり、世界も救われて大団円。お前も晴れてヒーローを引退できるってわけだ。簡単だろ?」

「どうでもいい。さっさと本題を言え」

 

 バーン・デザイアとは長い付き合いだ。幾度となく拳を交える中で、この男が策を弄するよりも直線的な戦いを好むことも知っている。

 しかし好みではないだけで、何も考えていないわけではない。むしろ頭に考えを持っている時のデザイアは、いつもよりも数段厄介だ。

 ゆえに、まともに相手をするのは危険だと、そうわかってはいたけれど。

 

「ラスボスの正体、教えてやるよ」

 

 それは。

 見過ごすには、あまりにも重すぎる持ちかけだった。

 

「知ってるのか?」

「ああ、そりゃな」

「気味が悪いな。なにが目的だ、お前」

「俺のことは関係ない。知りたいか、知りたくないか。どっちだ?」

 

 バーン・デザイアは試すような笑みを浮かべる。

 読めない思惑に薄ら寒いものを感じるが、それでも興味は惹かれてしまう。舌打ち混じりに続きを促すと、デザイアはにやにやした笑みのまま話しはじめた。

 

「そもそも、今起こっている襲撃ってのはちょっと特殊なんだ。いつかの時みたいに裏で誰かが糸引いてるわけじゃねえ。むしろ逆だ。この星に生じた特異点に引き寄せられるように襲撃が起きている」

「ああ? 特異点?」

「その特異点には途方もない力が秘められている。今はまだ眠ってるようだが、覚醒すればこの星にとって最大の脅威となるだろうよ。諸悪の根源っつうならまさにそれ。つまりはそいつがラスボスだ」

 

 スパークは押し黙る。

 直感が答えに結びつく。もしもという可能性が最悪を描き出す。ゆえの沈黙だ。

 

「察したようだな。ま、つまりそういうこった」

 

 その最悪を、バーン・デザイアはそのままなぞる。

 

「夜空を滅ぼす銀の王。それを殺せば、すべて終わる」

 

 わかっては、いたけれど。

 いざ突きつけられると、動揺せずにはいられない。

 

「今はまだお前のほうが強い。今ならまだ倒せる相手だ。やっちまえば、戦いの日々は今日にだっておしまいだ。簡単だろ?」

「デザイア……。お前、知ってるのか、あいつのことを」

「今日の戦いなら見てたぜ。そりゃ見るだろ、あんだけ派手にやってんだ」

「あいつに手を出すんなら、お前はここで沈んでもらう」

「いいや、その気はねえよ。今んトコな」

 

 スパークから放たれる戦意に笑みを漏らしつつも、デザイアはひらりと手を振る。

 

「青い果実をもぎ取るような無作法はしねえさ。やるんだったら、熟してからだ」

 

 バーン・デザイアはそこでようやく立ち上がる。かたわらには弁当の空き箱が片付けられていた。

 

「……話は終わりか?」

「いいや、お前にはもう一つ言いたいことがある」

 

 デザイアは腹ごなしに軽く伸びなんかをはじめる。肩を回し、首を回し、柔軟体操を済ませてから虚空に手を突っ込む。

 ずるり、と。

 虚空の間から、漆黒の大剣を引きずり出した。

 

「おいテメエ、なんだ今日の戦いは。あんまりふざけたことしてんじゃねえぞ。たとえ天と地と星々が許そうと、今日のお前を許すわけにはいかねえ」

 

 唸りを上げる爆炎鋼装(バーニング・ギア)。大剣に激しい焔が巻き付く。

 

「いいかスパーク。俺には一つ、どうしても許せねえことがある」

 

 紅々と燃え盛る切っ先を、デザイアはスパークに突きつけた。

 

「女の子同士の間に割って入る無粋な男だ」

 

 ギアが上がる。エンジンがかかる。焼き尽くすような戦意が放たれる。

 今日のバーン・デザイアは本気だ。本気で敵を倒すと決めていた。彼の胸の内には、怒りと信念が燃え盛っていた。

 

「テメエのことだよ、ブラスター・スパアアアアアアアアアアアク!」

 

 咆哮とともに、バーン・デザイアは斬りかかる。即座にブラスター・スパークも雷光鋼装(ライトニング・ギア)を起動し応戦した。

 怪人と超人の死闘が始まる。かたや譲れない信念を胸に宿して、かたや何言ってんだこいつと思いながら。

 

 果たしてどちらが悪なのか。正義とはなんなのか。守るべきものとは。信念とは。それらはまったくもって崇高なテーマではあるが、語るべき場所はここではない。

 おそらく、こんな戦いで語るべきでもないだろう。




二章 シルバー・シルバー・ディザスター (了)
一旦ここまでです。お読みいただきありがとうございました。
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