今週の魔法少女は事情により変身できません   作:佐藤悪糖

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闇堕ちを知らない子を闇堕ちさせるのって無知シチュに含まれるんですかね?

 妙な小動物に付きまとわれるようになっても、私の日常は変わらなかった。

 昨夜戦場となったはずの校庭は、私が登校した時にはすっかり元通りになっていた。綺麗に均された砂利には獣の足跡一つなく、雷光が描いたはずの焦げ跡は綺麗さっぱり消えている。

 

 それに加えて、校庭の片隅には錆びたトンボが立てかけられていた。昨晩私が振り回して、へし折ってしまったはずのそれだ。

 破損はきっちり修復され、錆びの具合まで完全に再現されたトンボが、昨夜と変わらぬ位置に置かれている。不思議に思って見ていると、小走りでやってきた運動部員が目の前で片付けはじめた。

 

「原状復帰。抜かりはないっち」

 

 側で飛んでいるれくたが自信げに言った。

 実はその言葉の意味はわかっていなかったのだけど、ここに来てなんとなく理解する。つまり、元の状態に戻すってことなのだろう。

 

 昨夜の出来事は夢だったのかと思うくらいに、いつも通りがそこにある。

 学校での一日がはじまってもそれは変わらなかった。

 

 いつもマイペースな友人は、呆れるほどに平常運転だった。時に甘えて、時に泣きついて、時に授業中に話しかけてきては怒られて。いつもと変わらぬ自在さで、いつも通りにじゃれついた。

 私の体中に巻かれた包帯のことなど、気にも留めずに。

 

「認識調整かけられてるっちからねー。わかってると思うっちけど、体育とか出ちゃだめっちよ?」

 

 そう言うれくたの姿も、普通の人には見えていない。クラスメイトたちが見ているのはいつも通りの夜空ほろびで、だから彼らもいつも通りにしている。

 仮に私が死んだとしても、変わらぬ日々を過ごすのだろうか。そんなことが気になった。

 

 

 *****

 

 

 放課後。一緒に帰ろうとせがむ友人を苦闘の末に退けた私は、学校の渡り廊下を歩いていた。

 目的は一つ。ヒーロー探しだ。

 

「ほろびちゃん……。本当にあのヒーロー、探すっちか……?」

「うん。探す」

 

 周囲に誰もいないことを確かめてから小声で呟く。学校という社会は狭い。変なところを見られたくはなかった。

 

「他番組のキャラに助けを求めるって、ありなんっちか……? カメオ出演やコラボくらいなら今までもあったっちけど、こうもガッツリ関わるとなると……。仮にやるとしても、調整するのは相当骨が折れそうっちね……」

「ダメだった?」

「かーなーりアウトよりのグレーっち。まあでも、不可能とまでは言わないっちよ。ギリで。ほんとにギリで」

「ただ、助けてって頼むだけだよ?」

「ほろびちゃん的にはそうかもしれないっちけどねぇ……」

 

 れくたは私の知らない理屈で困っていた。大人の事情、ってやつなのかもしれない。

 つまりそれは、私には関係がないという意味だ。

 

「ダメなら、私一人で戦うけど」

「……そっちのほうが、まずいっちよ」

 

 れくたは重くため息をつく。また一つ、彼の背中に哀愁が絡みついた。

 

「わかったっち。やるっち。ほろびちゃんに怪我させないことのほうが大事っち」

「いいって、そういうの」

「信頼ないっちねぇ……」

 

 ない。まったく。どうせいつか裏切るんだろうなと思っている。

 

「というか、助けを求めるのって、ほろびちゃん的にはありなんっちね」

「変かな」

「変じゃないっちけど。てっきり、私が全部倒す! 私が全部救う! みたいなタイプなのかなって思ったっち」

「プライドで敵が倒せるなら、そうするけど」

 

 渡り廊下から校庭を見下ろす。

 昼の熱を残した空気の中、部活のユニフォームに身を包んだ生徒たちが忙しなく走り回っている。頬を伝う汗など気にもとめず、誰もが声を張りながら必死になってボールを追う。

 土を蹴るたびに舞う砂埃が、日差しを浴びてきらきらと光っていた。

 

「私が守りたいのは、プライドじゃないからね」

 

 いつも通りで、平穏で。だけどそれは、誰かにとってはかけがえのないものだから。

 そのために戦うのは、案外悪くないと思っている。

 

「さすがのレベル100っちね」

「だから、なにそれ?」

「まだ二話目なのにこの貫禄……。すでに色々乗り越え終わった主人公の境地っちよ。ほろびちゃんって、もしかして人生二周目だったりするっち?」

「何言ってんのかわかんない」

 

 校庭を見下ろすのをやめて、再び足を動かしはじめる。れくたは私の隣にふよふよと並んだ。

 

「で。ヒーロー、どうやって探すっち?」

「たぶん、この学校にいると思うんだ。あの人もここで撮影してたから」

「ち?」

 

 それだけでは説明が足りなかったらしい。れくたは頭に疑問符を浮かべる。

 

「私が昨日この学校でロケをしたのって、この学校の生徒だったからでしょ?」

「まあ、そうっちね。登場人物ゆかりの地を舞台にするのは、日常と非日常を接続するための常套手段っち」

「じゃあ、あの人もそうなんじゃないかなって」

「たしかに、可能性はあるっちね。闇雲に探すよりはいいと思うっち」

 

 微妙にダメ出しをされた気分だった。真面目に答えた答案に、七十点くらいをつけられた時の気持ち。まあでも、正直に言うと、自分でも七十点くらいの回答だとは思っている。

 

「というか、れくたの方では探せないの?」

「お手並み拝見って感じっちねー。あんまりぼくが口出しすると、撮影的に使いづらくなっちゃうっちから。あくまでも主役は君っちよ」

「……撮影」

 

 れくたが協力してくれないことに落胆はない。私はもう、この小動物に期待することをやめている。

 ただ、彼がくりだした奇妙な論理には思うところがあった。

 

「今も撮影してるんだ」

「もちろん撮ってるっちよ。魔法少女は戦うことがすべてじゃないっちからね。まずはかけがえのない日常があって、それを守るために戦いがあるというバランスは、演出的にも保っていきたいっち」

「まあ、好きにすれば」

 

 いい気はしないが、興味がないというのが正直なところだった。

 撮影に協力する気はないけれど、わざわざ邪魔したいとも思わない。私はただ、世界を救えればそれでいい。

 

「ほろびちゃんは特に日常を大事にしたほうがいいかもしれないっちね」

「なにそれ。説教?」

「君はちょっと危ういっち。二話目からこんなこと言うのもどうかと思うっちけど、自己犠牲はダメっちよ? 使命感のあまり闇堕ちする展開が今から見えるっち」

「やみおちって、なに?」

「えっ」

 

 れくたの顔を見る。彼は自分の口を抑えて、やっちまった、という顔をしていた。

 

「……失言っち。知らなくていいことだっち。ほろびちゃんには、そんな概念に触れることなく健やかに育ってほしいっち」

「?」

「薄汚れたぼくらの癖を許してほしいっちぃ……」

 

 たまにはわからないことをその場で聞いてみようと思ったら、この反応。まあいいや、また後で調べておこう。

 

「と、とにかく。この学校を探すとしても、どこからあたろうっちね」

 

 私が通っているのは、県下でもかなり大きい中高一貫の学校だ。

 一学年あたりおおよそ百六十人が、中高あわせて六学年。ざっくり計算するだけでも生徒総数は九百六十人になる。千人近い生徒の中からたった一人を探し当てるのはあんまり現実的じゃない。

 

「とりあえず、放送室とか行ってみるっち?」

「放送室? なんで?」

「校内放送をかけて、ヒーローさん出てきてくださーい! って叫ぶっち」

「やだよ。大恥かくじゃん」

「でも、それくらいの勢い任せがあったほうが、“らしい”っちよ?」

 

 らしいとは何のことかよくわからなかったが、スルーすることにした。れくたの言葉に一つ一つ付き合っていたら日が暮れてしまう。

 

「そんなことしなくたって、容疑者を絞る方法ならある」

「容疑者?」

「ねえれくた。あの時の映像って持ってる?」

「今、容疑者って言わなかったっち?」

「いいから」

 

 れくたは懐をごそごそとまさぐって、どこからともなく――このぬいぐるみボディのどこに物を収納するスペースがあるのだろう――タブレット端末を取り出した。

 

 起動した端末には不思議な文字が書かれていた。アルファベットでも日本語でもない。他の言語は知らないけれど、たぶん地球上のどれでもないと思う。全体的に丸っこくて、ころころとしたかわいらしい文字だ。

 その端末をれくたが何度か操作すると、画面にあの時の映像が表示された。

 

「本来、出演者に見せるものじゃないっちけど……」

「今さらでしょ」

 

 映像の視点は空中にあった。俯瞰的な位置から、灰の獣と私とれくたをフレームに収めている。かと思えば、次のカットでカメラは突然私の横顔を写しはじめ、それとほぼ同時に画面の中の私が喋りはじめた。

 

 てっきりれくたがカメラを手に持って撮影しているものと思っていたけれど、違うらしい。それどころか、人が撮っているとは思えないほどに、視点はあっちこっちに瞬間移動を繰り返している。

 

「これ、どうやって撮ってるの?」

「アニメーターさんががんばってるっち」

「……?」

「すべてはアニメーターさんのがんばりだっち。いつもいつも本当にありがとうだっち……」

 

 れくたは遠い目をして、どこか遠いところを拝みはじめた。

 まあ、その、いいや。とりあえずそれは置いておこう。それよりも気になることがある。

 

「ほら、ここ」

 

 指をさしたのは、あの時のヒーローが校舎の屋上から飛び降りるシーンだ。

 くるくると回転しながら落下し、砂利を巻き上げながら派手に着地する。着地際にポーズを取り、それにあわせてカメラも大写しになる。

 

「それと、ここ」

 

 次のシーンは戦闘だ。

 カメラを振り切るほどの急加速。肉薄する寸前に飛び上がり、拳を大きく振り上げて、そこでタメ。

 スローモーな動きの中、拳に激しい雷光が巻き付く。直後、バネを解き放つように、大ぶりなモーションで拳を振り下ろした。

 

「最後に、これ」

 

 最後のシーンは一瞬だけ。

 一撃で敵を屠った彼は殴り貫いた獣に背を向けている。次の瞬間、獣の体の内側から雷光が溢れ出して爆散し、激しい爆風が彼のマフラーを勢いよく揺らした。

 その間彼は微動だにしない。バイザーに隠されて表情はわからないが、きゅっと結ばれた口元には余裕が滲んでいる。

 

「ね?」

「いやあ、惚れ惚れするような絵作りっちね……。最近のアニメはつくづくレベル高いっち。一話目とはいえ、ここまで動く絵なんて昔じゃ考えられないっちよ」

「そうじゃなくて」

 

 気合の入った映像だとは思うけど、私が気になっているのはそれじゃない。映像ではなく、そこに写っている彼のことだ。

 

「すごいよね、この人」

「そりゃヒーローっちからね」

「ただ戦うだけの動きじゃない。一つ一つの動きにキレがあって、メリハリがある。魅せるための動きだ」

「たしかにそう言われると、いい演者さんっちね?」

「演者ってよりは、役者かな。知っててやってるのかは知らないけど、この人はこういう動きができるし、体に染み付いてるんだと思う」

「ち……?」

 

 学校という手がかりだけでは、まだ探しきれないかもしれない。

 だけどそこに、役者という条件も加われば、絞り込むには十分だ。

 

「さて問題。学校で役者を探すならどこに行く?」

 

 そこまで説明すると、れくたはぱっと顔を輝かせた。

 

「演劇部っち!」

「そういうこと」

 

 そんなわけで私は、部室棟に向かっているのだった。

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