今週の魔法少女は事情により変身できません   作:佐藤悪糖

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※ゴリラに餌を与えないでください

 神聖なる高等部に、中学生(よそもの)が入り込んだらしい。

 そのニュースはクラスからクラスへと伝播していき、放課後の閑暇を埋めるささやかなイベントに昇華した。気づけば他のクラスにも、ドアなり窓なりを開けてこちらの様子を伺っている高校生の先輩方がちらほらといる。

 

 改めて確認するが、私はただ天海先輩を訪ねただけだ。たったそれだけでこの扱い。これ以上長居したら、お尋ね者としてひっ捕らえられてしまうのかもしれない。

 

「ごめんねー。怖かったっしょ?」

 

 そんな状況になってしまったので、天海先輩は私を東館から連れ出した。今は北館一階にある下駄箱のあたりを歩いている。

 この下駄箱は、高等部と中等部のちょうど境目にある緩衝地帯だ。特に用があるわけではなかったが、歩いているうちに自然とこの場所に流れ着いていた。

 

「あいつらでかいだけでバカだから。犬みたいなもんだと思えばいいよ」

「先輩方を……?」

「あ、そっか。君からしたらあんなのでも先輩か」

 

 私も内心バカだなとは思ったけれど、表立ってはさすがに言えない。だけど、大型犬にわっと迫られたのに近しい感覚がしたのは確かだ。

 

「動物園のパンダの気分でした……」

「パンダというか、モルモット?」

 

 たぶんそれは、ふれあいコーナーにいるようなやつのことだろう。

 私も小学生時分は欲望のままに触りまくった覚えがあるが、もしかしたらあの時のモルモットも恐怖に震えていたのかもしれない。今後はなるべく、小動物には優しくしてあげようと思った。ただしれくたは除く。

 

「みんな珍しがってんだよね。あんなとこに『ちうがくせい』が来るなんて、滅多にないから」

「西館いけば、うようよいますけど」

「高校生がそんなとこいったら大変だよー。うちら、動物園で言ったらゴリラだぜ?」

 

 こっちはモルモットで、向こうはゴリラ。実際、それくらいの力関係はあるのかもしれない。

 この人だって、去年までは中学生だったはずなのに。たった一年、されど一年。中学生と高校生の間にはそれだけ大きな違いがある。

 

「それで、何の用だった?」

 

 ふと立ち止まり、先輩はにこりと笑いかける。

 今度は優しい笑みだった。人好きのするような、ほがらかな微笑み。

 その笑みに釣られて、早速用件を――と切り出す前に、私は大事なことを思い出した。

 

「すみません、申し遅れました。中等部二年の夜空ほろびです」

「中二……?」

 

 優しいお姉さんのようでも、この人は先輩だ。言葉を借りるならゴリラである。礼は失することのないように挨拶からはじめると、先輩は私の様子を伺いはじめた。

 その拍子に、目と目が合う。透き通る瞳が私を覗き込む。

 

「君、ちゃんとご飯食べてる?」

「へ?」

 

 次の瞬間、私は天海先輩に持ち上げられていた。

 横っ腹と肋骨のあたりを両手で包み込むように支えて、ひょいっと。あまりにも軽々しい動作で、私の両足が宙に浮く。

 

「わ、わ、わ」

「なんですかこの細っこい体は。お姉さん感心しませんなぁ」

「あ、あの! 降ろしてください!」

「このままバッグに詰めて持ち帰ってしまおうか」

「持ち帰らないでください……!」

 

 たしかに私は、同学年の中でも小柄な方だ。学年で一番とまでは言わないけれど、背の順で並ぶと大抵先頭近くに送られる。

 それでも四十キロにギリギリ届かないくらいの体重はあるはずだ。それを天海先輩は、腕の力だけで何の苦もなく軽々と持ち上げている。

 もしかしたら、本当にゴリラなのかもしれなかった。

 

「どうする? ご飯食べに行く? うどんくらいなら奢れるぜ?」

「おーろーしーてー!」

「おーおー、わかったわかった。そう暴れるな」

 

 じたばたと暴れると、天海先輩は私からぱっと手を離す。二十センチ弱の自由落下。着地際に、昨夜捻った右足がずきっと痛んだ。

 痛む足をかばいながら、三歩下がって距離を取る。この人の手の届く範囲にいたら、何をされるかわからない。

 

「あのほろびちゃんがこうも手玉に……。高校生ってすごいっちねぇ……」

 

 れくたは感想を呟いただけだったが、なんとなく殴りたくなった。

 

「で、夜空さん。何しに来たんだっけ?」

 

 自分で話の腰を折っておきながら、このマイペースっぷり。何から何まで小動物の扱いだ。ちょっと睨んでしまったけれど、たぶん私は悪くない。

 

「天海結城先輩に、聞きたいことがあったんですけど」

 

 先輩の姿をあらためてじっくり見る。

 女性にしては高い背丈に、金の長髪。ぱっちりとした大きな瞳。標準装備されたにこやかな微笑み。

 昨晩見たヒーローの姿とは、随分イメージが違うというか、それ以前に。

 

「先輩って、女性の方なんですね……?」

「それはどういう意味かね、夜空くん」

「あ、いえ。つい」

 

 ヒーローって、そもそも男の人じゃなかったっけ……?

 すっかりそうだと思い込んでいただけに、この人は違うんじゃないかって気がしてくる。

 

 あの時のヒーローも全身にゴテゴテと装備をつけていたから、絶対に男性だったとは言い切れないんだけど。それにしたって、天海先輩から放たれるフェミニンな魅力は、あの時まったく感じなかったものだ。

 これはどういうことなのかと、横目でれくたを見る。れくたはそっぽを向いた。

 

「知らないっち。ぼくにそんな目をされたって困るっち」

 

 こいつ、さっきは『かちかくえんしゅつ』とか言ってたくせに……。

 

「まあ、名前が結城だからね。たまに間違えられることはあるかも」

 

 朗らかに笑う天海先輩は、どこからどう見たって女の子だった。

 記憶にあるヒーロー像と、目の前にいる天海先輩の間には隔たりがある。無視できるような齟齬ではないが、他に手がかりもないことだし、一応のつもりで聞いてみた。

 

「演劇部のことについて、聞きたくて」

「演劇部!?」

 

 反応は激的だった。

 クラッカーのように弾けた先輩は、私が確保した三歩の距離をたたっと縮めて、両手で私の手を包み込む。

 

「夜空さん、あなた演劇部に興味があるの?」

「え、え、えと」

「入部志望? 入部志望ってこと? もしかして入部志望ってことだよね!」

 

 しまいには、私の手を取ったままぴょんぴょんと回りはじめる。

 奔放な感情表現は素敵だけど、今だけは本当に勘弁してほしかった。先輩には見えていないのだろうが、私の体は包帯まみれなのだ。

 

「せ、先輩、やめ……っ!」

「あ、ごめんごめん」

 

 解放されてすぐに、また数歩距離を取った。たとえ無意味な抵抗だとしても、人は抗わずにはいられない。

 

「えっと、その。興味があるだけで、入部志望ってわけでは」

「あ、でもね。演劇部って正式には発足してないんだ。実はまだ夜空さんで二人目なんだよね。だから、同好会になっちゃうんだけど」

 

 すでに二人目に内定していた。頼むから話を聞いてほしい。

 私の中で天海先輩は、節度を持って関わりたい人というポジションに順調に収まりつつあった。素敵な人だとは思うが、至近距離で関わると多大なエネルギーを求められる。できることなら遠巻きに眺めていたいし、実際それくらいが丁度良さそうだ。

 そんな苦手意識が、私の中に芽生えつつあった時。

 

「夜空さんはどんな劇が好き? なにか演りたいものってある?」

 

 その時先輩が浮かべた、控えめな笑顔。この人は本当に演劇が好きなんだなと理解させられてしまう、しとやかな笑み。

 ずるいと思った。

 笑顔一つで、こうも簡単に毒気を抜くなんて。

 

「……いいな」

 

 少し、羨ましくも思う。こうも奔放に感情を表現できる自在さが。

 私だって昔はそうだった。奔放な感情表現を得意としていた時期があった。それがこうなってしまったのは、いつからだったか。

 

 だけど、まあ。そんなことを望んだって、私は夜空ほろびだから。

 なにはともあれ思考を回す。とにかく、これ以上相手のペースに飲まれる前に目的を果たさなければならない。

 

「好きな劇、ですか。えっと、笑わないでほしいんですけど……」

 

 コミュニケーションのコツは、自らの懐をさらけ出し、相手の懐に踏み込むこと。

 上手くいけば手がかりが得られる。外したって、それはそれで演劇部の勧誘を断る理由になる。悪い賭けではないはずだ。

 賭けるチップは、一時の恥。

 

「……ヒーローショー、とか」

 

 今度の反応は、静かに始まった。

 一時停止。きょとんとした顔。呆けた口元。ゆっくりと見開く瞳。

 それらの挙動を見せた天海先輩は、わなわなと震える手で、私の頬を包み込むように手を添える。

 

「合格」

 

 合格してしまった。何に。

 そしてまた、彼女は笑みを浮かべた。

 相手の心を解きほぐす柔らかい笑顔でも、好奇心に輝く笑顔でもない。

 人好きのするほがらかな笑顔でも、演劇に心躍らせる控えめな笑顔でもない。

 掛け値無しの、咲き誇る大輪の笑顔。

 

「私もヒーロー、だいっすきなんだ!」

 

 目を奪われる。惹きつけられる。離せなくなる。

 自覚か無自覚かは知らないが、この人には才能がある。

 人を魅せる、類稀な才能が。

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