今週の魔法少女は事情により変身できません   作:佐藤悪糖

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この子は巻き込めない。この人は巻き込めない。

 まぶた越しに伝わる、白い光。

 おぼろげな意識が徐々に輪郭を帯びていく。自分とそれ以外の境界が、絵の具が混ざるように繋がりあう。

 

 夢が薄れて、順番に立ち上がっていく感覚が現実の形を教えてくれる。私は眠っていたらしい。それを自覚すると、体に意志が伝わるようになる。

 眠気を破る最後の一手は結局気合だ。重たいまぶたをゆっくり開くと、目の前にペン先が――。

 

「あの」

「わ」

 

 声をあげるとペンが引っ込んでいく。視線をずらすと、驚いた顔の天海先輩と目があった。

 彼女の手には細いペンシル。くるっと回して、彼女は微笑んだ。

 

「起きたの夜空さん。おはよう」

「先輩、今、落書きしようと」

「ちがうちがう。これ、アイブロウペンシル。寝てる間にかわいくしちゃろっかなって」

 

 いたずらにしては悪意控えめ。茶目っ気のある笑みに思わず許してしまう。

 私は保健室のベッドに寝かされていた。締め切った白いカーテンの内側で、天海先輩が丸椅子に座っている。他に人気はないけれど、カーテンの向こう側からは夕日の気配がしていた。

 

 少し体を起こすと体がじくっと痛んだ。あちこち痛いが、特に痛いのは右足だ。ひどく捻ってしまった時のように、じくじくと鈍い痛みが走っている。

 えっと……。

 なんだっけ、この怪我……。

 

「夜空さん。気絶する前のこと、覚えてる?」

 

 気絶……? 私、気絶してたんだっけ……?

 目を覚ます前の記憶が曖昧だ。意識とともに、記憶の糸がふっつりと途切れてしまっている。

 なんとか思い出そうと頭に手を当てると、先輩が一言添えた。

 

「ほら、体育館で」

 

 思い出した(・・・・・)

 不思議な感覚だった。失われていた記憶が、一気に組み上がっていくような。デジャヴにも似た奇妙な感覚とともに、今しがた思い出したことを口にする。

 

「ガス管の事故が、あったんですよね」

「……へ?」

 

 そうだ。体育館で、突然ガス管が破裂したのだ。

 先輩に演劇部の案内をしてもらった後のことだ。私たちが体育館から帰ろうとしたちょうどその時、体育館の中央あたりでガス管が爆発して大騒ぎになったのだった。

 

 その拍子にびっくりして転んだせいで、私は右足を――。

 ……あれ?

 本当に、そうだったっけ……?

 

 自分の記憶に対する、些細な違和感。理由もわからないそれに首をひねっていると、先輩は優しく微笑んだ。

 

「……そっか。そうだよね」

 

 わずかに嘘の匂いが混ざった微笑み。少しだけ傷ついているようにも見える。しかしそんな些細な瑕疵も、優しさというペンキにすぐに塗りつぶされてしまう。

 

 瞬き一つするころには、先輩の笑みは完璧に仕上がっていた。嘘も傷もどこにも見当たらない。その隙のなさが、逆に違和感をかきたてる。

 この人は今、演技をしている。魔性の魅力で、魔性の演技を。

 

「先生、呼んでくるね」

 

 演技をしたまま先輩は席を立ち、カーテンの向こうに消えていく。その背中が少しだけ寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。

 なんだか悪いことをしてしまったような気がしてくる。だけど罪悪感の正体がわからない。奇妙な居心地の悪さに、胸がもやもやとした。

 

 その時、怪奇現象が起こった。

 なにかが私の右腕をぽすぽすと叩いている。ぬいぐるみのような柔らかい感触。だけど、叩かれているあたりを見てもなにもない。

 

「……?」

 

 肌触りはいいけれど、不思議と苛つく感触だった。虫でもついているのだろうか。そのあたりを強めに払うと、感触は消えてなくなる。

 すると今度は、ベッドサイドに置かれていた私のバッグがひとりでに動きだした。ジッパーがずらされて口が開き、中から筆箱がふわりと浮き上がる。まるで、見えない手がそこにあるかのような不思議な挙動だ。

 

 すわ透明人間か、七不思議か。見えない手は私の筆箱を勝手に開き、中から小さな白い円筒を取り出した。

 見覚えのない装置だった。小さな懐中電灯のようにも見えるけれど、それにしては装飾が凝っている。なぜあんなものが、私の筆箱の中に。

 

 見えない手につままれた白い円筒は、空中をふよふよと浮いて、その先端を私に向ける。

 発光。

 

「……っ」

 

 頭の中を、情報の濁流が駆け抜ける。

 思い出した。

 思い出した。思い出した。思い出した。

 なにがあったのかも。私が何者だったのかも。すべて、すべて思い出した。

 

「思い出したっち?」

 

 目を開くと、目の前にふよふよと浮かぶ、小憎たらしいぬいぐるみの姿。

 

「……れくたのことは、忘れたままでもよかったんだけど」

「ひどいっちよ、ほろびちゃん」

 

 魔法少女で、撮影で。戻ってきたそんな現実に、大きなため息をついてしまう。

 このまま何もかも忘れて、ただの中学生として生きられたらどんなに良かったか。そう思わなかったかと言えば嘘になるけれど、それが逃避だってこともわかっている。

 だって、世界は救わなきゃ。

 

「ヒーロー側の事後処理で、他の生徒と一緒に認識調整されちゃったみたいっちね。関係者だから不要って連絡したはずっちけど、うまく現場に伝わってなかったみたいっち」

「ああ、うん。そう」

 

 好き勝手に引っ掻き回して、お目当ての画を撮り終わったら、原状復帰なり認識調整なりを施して撮影を隠蔽する。こいつら異星人の常套手段だ。

 

「天海先輩はどっち? 認識調整されてるの?」

「あの人はされてない側っち。がっつり関係者っちからね。あの撮影で起きたことは、きっちり覚えてるはずっちよ」

「……だからか」

 

 さっきの表情の意味を理解する。

 私はあの人に、仲間になるって言ったんだ。なのにその私がすっかり忘れてしまっては、あんな顔にもなるだろう。

 

 それでも先輩は、真実を教えようとはせず、演技をしてでも自分の感情を飲み込んだ。ヒーローの戦いに私を巻き込んではいけない。もしかしたらそんなことを思っているのかもしれない。

 その気持ちは私にもわかる。

 よくわかる。

 

 少しして保健室に天海先輩が戻ってくる。

 その時にはもう、先輩は何食わぬ顔をしていた。いつだって楽しそうな、人懐っこい自然な表情。天海先輩の標準装備だ。

 

「先生すぐ来るってさー。今日どうする? 自力で帰れそ? 送ってってあげよっか?」

「先輩」

 

 少しだけ、言葉を考えて。

 

「先輩のヒーロー。かっこよかったです」

「……へ?」

「ほら、演劇で見せてくれたじゃないですか」

「あ、ああ。そっち?」

「そっち、とは?」

「あー、うん、気にしないで。うんうん、君はなかなか見る目があるじゃないか」

 

 上機嫌になった先輩は、すすっと側に寄ってくる。

 

「ところで夜空くんや。君、もしかして魔法少女とかも好きだったりするんじゃないのかね?」

「だいっきらいですけど」

「へ!?」

「ヒーローはかっこいいなって思いますけど、魔法少女なんて、呪いみたいなものじゃないですか」

「い、いやー? 私は魔法少女もかっこいいって思ったけどねー?」

 

 きっとこの人にも、聞きたいことはたくさんあるのだろう。

 あの時目眩ましに使った変身エフェクトは、天海先輩だって見たはずだ。そこから勘ぐっていることもあるのかもしれない。だけど私はこの距離感を選んだ。

 

 魔法少女としての戦いがあることを話してはいけない。私の戦いにこの人を巻き込むわけにはいかない。

 なぜならば。

 天海結城は、本物のヒーローではないからだ。

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