33歳底辺冒険者はスキル「たおす」で最強になってしまった。   作:カザキ

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1:魔物をたおす

 一人、山道を歩いていた。

 俺の名はローエン・ワイルド。今年で冒険者ギルドに登録して18年になる冒険者だ。

 

 今日、俺が受けた依頼は、町の南に広がる『嘆きの森』での薬草狩りだ。魔物の討伐ではない。

 そもそも薬草狩りなんてのは、初心者冒険者がよく受ける依頼だ。

 

(18年も冒険者をやって、俺は何をやってるんだろうな)

 

 気付けば33になった。

 同時期に冒険者ギルドの門を叩いた同期は既にBランクやAランクの名の通った冒険者となり、パーティーを組み、危険なダンジョンに挑んでいる。冒険者として稼いだ元手で商売を始めた奴だっているし、奥さんをもらって子供と暮らしてる奴もいる。

 

 それに比べて俺はどうか。

 

 『スキル』は皆無。魔法適正は皆無。

 

 戦闘能力はギルドの新人にすら劣る。故に俺にできるのは薬草狩りのような誰でもできる依頼くらい。誰も俺なんかとは組みたがらない。

 俺は底辺を極めていた。

 

「まあ、生きてるだけマシか……」

 

 自分を慰める様に独り言ちる。長く冒険者をやっていると、それだけ別れも経験する。多くの仲間が欲をかいて死んでしまった。

 

 自分に高望みしない。現状維持。それが今の俺のポリシーだ。30を超えたあたりから立身出世の欲は消えた。だから俺は今日も今日とて、『嘆きの森』で薬草を採取する。

 

 だけど――。

 

 心の底では少しだけ期待してしまう。もし、もしも、この森で稀に採れる『奇跡の実』を見つけられたら、それを売ってしばらくは安穏と暮らせる。

 

 今の安いアパートからも脱出できる。朝食に卵をつけることだってできる。この先行きの見えない息の詰まった感覚から抜け出せる筈だ。

 

 そして、冒険者を辞める。誰にも迷惑をかけずに、ひっそりと田舎で生きていく。

 

 ――自分の存在が、誰かにとっての重荷にならない場所で暮らすこと。

 

 それが俺のとっての人生のゴールだ。………そんな益にもならないことをぐるぐる考えていると―――。

 

 ――それは眼の前にあった。

 

「………嘘、だろ」

 

 大きさは手の平くらい。透き通るような琥珀色に輝き、まるで宝石のようだ。

 

「『奇跡の実』……!」

 

 万病を癒しあらゆる傷を癒すと謡われる伝説の木の実。

 

 自分の頬を軽く叩く。じんじんとした痛みはこれが現実であることを訴えていた。

 俺は震える手でそれを薬草がぱんぱんに詰まったポーチにしまった。重い。実際の『奇跡の実』の重量以上に重く感じる。

 

 息を大きく吐き、昂揚を抑えようとするが無理だった。口元が自然と笑みを作る。

 『奇跡の実』はギルドに売れば数千万ゴールドは下らない。俺なんかでは数十年働いても稼げない大金。

 

(ようやく俺にも運が向いてきた!!)

 

 俺は『嘆きの森』を後にする。

 道中は順調だった。魔物にも出会わず、道に迷うこともなかった。ただ、途中一度だけ地震のような大きな揺れがあったのが不安だった。

 

 その不安の答えの一端は、森の出口付近で明かされる。

 

(なんだこのクレーター)

 

 森が大きく抉れていた。大型の魔物同士でも戦ったのだろうか。

 

(この森にはそんな大きな魔物なんていない筈だが……)

 

 クレーターの真ん中に人影があった。どうやら倒れているようだ。

 俺はクレーターを滑るように降りていく。

 

 倒れていたのは、黒い法衣を纏った、銀の髪の少女だった。

 歳は十歳にも満たないように見える。

 

 子ども、だった。

 

 そしてその身体は、全身を抉られたような重傷を負い、見るも無残な状態だった。俺は理解した。この少女は、凄まじい魔物と遭遇し、助けを待つ時間もなく死に瀕している。

 

「うぅ………」

 

 少女の口から呻き声が漏れた。こちらを認識しているのかいないのか、虚ろな視線はローエンの顔あたりをさ迷っている。

 

 ―――子どもは嫌いだ。

 

 礼儀知らずで、恩知らず。駆け出しの頃、散々世話を焼いてやったというのに。今では誰もが俺を見下す。

 だから、子どもは、嫌いだ。

 

(…………………………どうする?)

  

 脳裏に浮かぶのは黄金の『奇跡の実』。

 

 だが、これを売れば俺は数千万ゴールドを手に入れられる。幸せな未来は俺の半歩先にある。

 

 俺は背後を振り向いた。

 

(どうする?)

 

 誰も見ていない。非難する者なんていない。それにこんな人気のない森で魔物と戦っていたのだ。この少女だって、幼いとはいえ冒険者だろう。自分の死は常に意識していた筈。

 

 それに、繰り返すが子どもは嫌いだ。

 

 

 だから――。

 だから――――。

 

 

 俺は、ポーチから『奇跡の実』を取り出していた。人生の希望の象徴を。

 

 幸せな未来?

 誰も見てない?

 子どもは嫌い?

 

「―――くそっ、関係ねぇよ!」

 

 少女の口元に実を押し付けた。

 

「おい、しっかりしろ! これを食え! 大丈夫だ、これはどんな傷でも治す……」

 

 少女は微かに頷き、その琥珀色の実を飲み込んだ。少女の全身から、眩いばかりの光が溢れ出した。光は血塗れの身体を瞬く間に浄化し、傷を癒し、周囲の空間すらも光の粒子で満たしていく。

 

 その神々しい光景に俺は言葉が出ない。

 

 そしてもっと驚くべきことが起こった。

 少女の背中から光り輝く3対の翼が現れたのだ。

 

 まるで神話に謡われる女神たちのようだ。

 

「ローエン・ワイルドよ」

 

 少女は俺の名を当然のように呼んだ。勿論俺は名乗ってはいない。

 

「あなたが与えてくださった『奇跡の実』で私の身体は本来の姿を取り戻しました。ありがとう。本当に危ない所でした」

 

 少女は微笑む。

 

「私は、勝利の女神ケイディア。あなたのその純粋な優しさ、自己犠牲を伴う善行に、心より感謝し、褒美を授けます」

 

「女神……冗談はやめてくれ……」

 

 口ではそう言いながらも、俺は彼女の言葉が真実なのだと感じていた。見た目が違う。格が違う。魂が違う。それを否応なく分かってしまう。

 

 勝利の女神ケイディア――。それは神話の中で謡われる女神の一柱だ。

 

 女神が放つプレッシャーとでもいうもので、動けずにいる俺の額を女神ケイディアは優しくなでる。

 俺の身体が淡く光る。

 

「俺の身体に何を?」

「それは勝利の力。あなたの前に立ちふさがる、あらゆる障害をなぎ倒す力です」

 

 ――スキル『たおす』を取得しました。

 

 脳内で誰でもない声が鳴る。

 

(俺はスキルを手に入れたのか――?あれほど努力しても一つも手に入らなかったスキルを――)

 

「どうか、その力であなたの人生を、そしてこの世界を輝かせてください。またいつかお会いしましょう、我が勇者よ」

 

 女神はそう言い残すと、光の粒子となって霧散した。

 俺は誰もいなくなった森の入り口で呆然と立ち尽くしていた。

 

 

「……夢じゃないよな?」

 

 女神が消えた後、俺はそう独り言ちた。

 

「とりあえず帰るか……」

 

 踵を返そうとすると――背筋を突き抜けるような悪寒。

 俺は反射的に、クレーターの中央から森の奥へと視線を走らせた。

 

 そこには、巨大な影があった。

 体長三メートルはあろうかという、深緑の体毛に覆われた凶獣――『フォレストベア』だ。

 

(なんでこんなところに!)

 

 通常、『嘆きの森』の外縁部には出ないはずの魔物だ。おそらく、先ほどの地響き……女神と何者かの戦闘に当てられて、奥地から這い出てきたのだろう。

 

(マズい……! 逃げ場がない!)

 

 俺はクレーターの穴の底にいる。ここから這い出ようと思ったら数十秒はかかるだろう。

 奴が跳躍すれば数秒で俺の頭は砕かれる。Cランク冒険者が数人がかりで挑む相手に、薬草狩りの俺が勝てる道理なんて僅かもなかった。

 

 恐怖で背筋が震える。

 

 ………俺にとってフォレストベアは因縁の相手でもある。

 

 15歳の頃、初めて組んだパーティーは『嘆きの森』で魔物の討伐の依頼を受けた。それがフォレストベアだった。

 

 駆け出しの冒険者が勝てる訳もなく、結果としてパーティーは半壊。魔法使いの少女が肉盾となって俺たちを逃がしてくれたおかげで、パーティーの半数は助かったが、俺たちが同じパーティーを組むことは二度となかった。

 そんな15歳の頃のトラウマが呼び起こされる。

 

 フォレストベアはこちらを向いた。完全に俺に気付いた。まずい。

 喉が渇く。手足が硬直する。眼球が動かなくなる。息が荒くなる。

 

 心とは無関係の生理的な反応――。

 

 その中で、声が響いた。脳裏に刻まれたあの言葉が、熱を持って疼き出した。

 

 ――スキル『たおす』を取得しました。

 

(……やるしかないのか。だけど、これでダメならどのみち死ぬだけだ)

 

 俺は震える右手を、ゆっくりと、フォレストベアへと向けた。

 

(信じるぞ。女神さま……!)

 

 奴が咆哮を上げ、俺に向かって前脚を踏み出したその瞬間。

 俺は意識を研ぎ澄ませ、ただ一点――「あいつを、倒す」と強く念じた。

 

 右手を、はたきを振るうような動作で横に一閃する。

 

 ――その瞬間、世界から音が消えた。

 

 ドォォォォォォォンッ!!

 

 明滅。轟音。

 

 爆発音ではない。巨大な質量が、物理法則を無視して横方向に叩きつけたような衝撃音。

 

 視界の端で、フォレストベアの巨体が、まるで巨大な目に見えない壁に衝突したかのように真横へと吹き飛んだ。

 

「……は?」

 

 奴の身体は森の木々を数本なぎ倒し、地面を数十メートルも削りながら転がっていく。

 倒れたフォレストベアはピクリとも動かない。

 

 俺は警戒しながらクレーターを登っていき、フォレストベアに近づいた。 

 

 その口からは血を吐き、身体から骨が飛び出ている。その瞳は完全に白目を剥いていた。どう見ても死んでいる。

 

 俺は自分の右手を見つめた。

 ただ、振っただけだ。魔力を行使した感覚もない。筋肉を酷使した疲労感もない。

 

「……なんだよ、これ」

 

 あまりにも呆気ない。十八年間、剣を振り、盾を構え、それでも俺は強者にはなれなかった。いくら努力してもスキル『下級剣術』さえ手に入れることができなかった。

 

 だというのに、

 

(……フォレストベアを一撃で――)

 

「――強すぎだろ」

 

 俺は呆然と呟いた。

 

 




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