33歳底辺冒険者はスキル「たおす」で最強になってしまった。   作:カザキ

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2:C級冒険者をたおす

 フォレストベアをスキル『たおす』で屠った後。

 

 俺は腰の錆びかけた短剣を引き抜き、手早く解体に取りかかる。18年も冒険者をやっていれば、戦闘技術は二流以下でも、剥ぎ取りの技術だけは一丁前に身についている。

 

 証拠部位である前脚の爪を切り出し、ついでに高く売れそうな胆嚢を抉り出す。

 数千万ゴールドの『奇跡の実』に比べれば端金だが、今の俺にはこれでも十分すぎるほどの『大金』だ。

 

「……さて、どうギルドには説明したものか」

 

 森を抜け、草原を抜け、漸く俺が拠点としている『ランドの街』が眼前に迫ってきた。巨大な壁が街を囲んでいる。

 

 門を通り、冒険者ギルドを目指す。

 

 冒険者ギルドの重い扉を開けると、いつものように騒がしい熱気と酒の臭いが鼻を突いた。受付に並ぶ。

 受付の列に並んでいる間も、周囲の視線がチクチクと刺さっている気がする。33歳のEランク、万年薬草狩り――それがこの場所での俺の記号だ。

 

「次の方、どうぞ。……あら、ローエンさん。今日は早かったですね」

 

 受付嬢のミレーヌが、営業用の笑みを浮かべて俺を迎えた。彼女は数少ない俺に対して平等な接し方をしてくれる相手だ。

 

「ああ。運良く早めに切り上げられたんだ。……これ、納品と査定をお願いしたい」

 

 俺はカウンターに、薬草が詰まったポーチと、それとは別に布で包んだ重い塊を置いた。ミレーヌが何気なく布を開く。その瞬間、彼女の手が止まった。

 

「……えっ?」

 

 中から現れたのは、フォレストベアの巨大な爪と胆嚢だ。周囲の喧騒が一転して、静まり返る。隣の窓口で報酬を受け取っていた若手冒険者たちが、「嘘だろう」とでも言いたげな目でこちらを凝視していた。

 

「ローエンさん、これ……フォレストベアの、ですよね?」

「ああ。運が悪かった。薬草を摘んでいる最中に、鉢合わせしてね」

「鉢合わせして、倒したって言うんですか? あなた一人で?」

 

 ミレーヌの声が少し上擦る。

 当然の疑問だ。Cランクの魔物は、本来なら熟練のパーティーが連携して仕留める獲物だ。俺のような、スキルも魔法もない「底辺」が単独で狩れるはずがない。

 

「……運が良かったんだ。先客がいたんだろう。俺が見つけた時には、既にボロボロで動けなくなっていた。トドメだけ刺して、美味しいところを頂いてきたのさ」

 

 俺はあらかじめ用意していた嘘を、努めて冷静に吐き出した。冒険者をやっていれば、手柄を横取りしたり、死体から素材を剥ぎ取ったりするハイエナのような連中がいることは誰もが知っている。プライドのある連中からは軽蔑されるが……。

 

「なーんだ、ハイエナかよ。驚かせやがって」

「おいおい、30過ぎて情けねえな。せめて戦ったフリくらいしろよ」

 

 案の定、酒場の方から嘲笑が漏れる。俺は何も言い返さず、ただ黙って査定を待った。心臓の鼓動が少しだけ早くなるのを、深い呼吸で抑え込む。

 

「……確認しました。確かにフォレストベアの素材です。ハイエナ行為自体は規約違反ではありませんが……ローエンさん、本当に怪我はありませんか?」

 

 ミレーヌだけが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。その視線が少しだけ痛い。

 

「ああ、ピンピンしてるよ。……それより、早く精算してくれないか。今日は疲れたんだ」

 

 金貨数枚と、そこそこの銀貨を受け取る。全部で10万ゴールド。

 普段の薬草狩りの十倍の稼ぎだ。これだけあれば、一ヶ月は朝食に卵を二つ付けても罰は当たらないだろう。

 だが、ギルドを出ようとした俺の背中に、鋭い声が投げかけられた。

 

「待てよ、おっさん」

 

 振り返ると、そこには銀色の鎧を纏った、見るからに血気の多そうな三人組が立っていた。

 中心にいるのは、最近この街で名を上げているCランクの若手、カイルだ。

 

「――その素材……俺たちが追い詰めた獲物じゃないか?」

 

 

 俺の倒したフォレストベアは自分達が追い詰めた獲物だと――そう語る冒険者たち。

 

 俺はそれが嘘だと知っている。俺が交戦したフォレストベアには傷1つなかったからだ。俺は一瞬、逡巡する。

 

 ……今の俺は昨日までの俺とは違う。スキル『たおす』がある。もしかしたら、俺はこいつらを倒せるかもしれない。フォレストベアを殺せたのだ。可能性は高い。

 

 しかし、倒せないかもしれない。もしスキルが発動しなかったら? 魔物に対しては効果を発揮したが、人に対しては? もし倒せたとしてその後は?

 

 きっとこの手の輩は報復を考える。この先ずっと、路地裏の暗闇を怯えなら過ごすなんて俺はごめんだ。

 

 だから、

 

「……あんたらが追い詰めてた獲物だったのか。それは悪かったな」

「分かればいいんだよ、おっさん。Cランクの素材だ、10万ゴールドくらいはあるはずだろ? 寄こしな」

 

 懐から、先ほど受け取ったばかりの金貨を取り出す。

 プライドなんてものは、石ころくらいしか残ってない。金で平穏が買えるなら安いものだ。

 

「これだ。悪かったな」

「……へっ、物分かりがいいじゃねえか。さすが万年薬草狩り、媚びるのだけは一流だな!」

 

 カイルが金貨をひったくるように奪い、仲間と下卑た笑い声を上げる。

 ……これで終わりだ。俺は踵を返し、出口へと歩き出そうとした。

 

 だが。

 

「待てよ。そのポーチも置いてけ。中身も俺たちの『分け前』だろ?」

「なに?」

 

 ポーチの中に入ってるのは、フォレストベアとは関係ない薬草を売った分の報酬だ。

 

「……これはお前たちは関係ない」

「はっ!うるせえんだよ、おっさん!」

 

 カイルの手が、俺の腰に下げた古びたポーチに伸びた。

 

 このポーチは、ただの道具じゃない。

 

 十数年前、俺の『最初の』仲間たちと共に買った思い出の品だ。俺がまだ希望と理想に溢れていた頃から愛用していた俺の冒険者として歩みでもある。

 

 勿論、物はいつかは壊れる。このポーチを永遠に使えるなんて思っちゃいない。だが、こんな風にチンピラのような子供に奪われるのは我慢ならない。

 

「……それは、ダメだ」

 

 俺の声は、自分でも驚くほど低く、冷めていた。

 

「あぁん? 何て言った、おっさん」

 

 カイルが苛立ち、強引にポーチの紐を掴んで引き剥がそうとする。

 

 反射的だった。目の前の「障害」を――『たおす』。

 

 俺の右手が、まるで邪魔なハエを追い払うかのように、無造作に、最短距離で横に振られた。

 振り切る直前――。

 

(殺してはまずい)

 

 という考えが脳内を駆け巡った。

 

 ドォンッ!!

 

 ギルド内に、先ほどの森で感じたのと同じような衝撃が走る。カイルの身体が、まるで巨大な見えない槌に殴打されたかのように真横へと吹き飛んだ。

 

「ぶべっ……!?」

 

 彼は受け身を取る暇もなく、数枚のテーブルを粉砕しながら壁際まで転がっていき、そのまま糸が切れた人形のように動かなくなった。

 

 静まり返るギルド。

 ジョッキの酒が床に滴る音さえ聞こえるほどの沈黙。

(……死んだか?)

 

 俺はカイルに近寄る。どうやら気絶しただけの様だ。よかった。ギルド内では殺人は御法度だ。冒険者の資格の剥奪もありうる。

 

「おい、カイル! 大丈夫か!」

「お、お前……今、何をした……!?」

 

 カイルの仲間たちが腰の剣に手をかけるが、その指は目に見えて震えている。俺が何をしたか全く分からないからだろう。俺だって分からない。女神から貰ったとはいえ、何なんだこの得体の知れない力は。

 

「おい、カイルを吹っ飛ばしたの、ローエンだよな。万年Eランク冒険者の」

「触れたようには見えなかったが……」

「俺にもそう見えたぞ」

「一体何をやったんだ?」

 

 ……これ以上の騒ぎは御免だ。俺は逃げるようにギルドを後にした。

 

 ◆

 

 

 ギルドを飛び出した後、俺は何度も背後を振り返る。幸いカイル達は追ってこなかった。

 俺は薄暗い路地を抜け、馴染みの安宿へと滑り込んだ。

 

 築年数も定かではないボロアパート。

 軋む階段を上がり、鍵の建付けが悪いドアを開ける。一月ほど前に奮発して買った、少しだけ厚手の毛布が敷かれたベッドに腰を預ける。

 

 息を荒く吐く。

 今日だけで色々なことがありすぎた。『奇跡の実』を偶然見つけ、死にかけた子供を助けたと思ったら、まさか勝利の女神ケイディアだという。女神から褒美としてスキルを貰い、それを使ってフォレストベアを倒した。そしてギルドでのカイル達との一悶着。

 

(俺のことを目の敵にして付け狙う――なんてことにはならないと良いんだが)

 

 しかし、意外なことにあまり後悔はしていなかった。この小さな古びたポーチを守れた達成感か。或いは、カイル達を倒せたからか。

 

 

「……『たおす』、か」

 

 右手を軽く握り、開く。見た目は、節くれ立った、ただの冒険者の手だ。

 だが、この手があのフォレストベアを、そしてカイルを、紙切れのように弾き飛ばした。

 

「はは、はははっ」

 

 不思議な高揚感に俺は包まれていた。

 その日、俺は中々寝付けなかった。

 

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