その村にはとある噂が流れていた。
少年曰く、「なんでも見つけてくれるお姉ちゃんがいる」と。
少女曰く、「いなくなったペットを探し当てる超能力者だ」と。
青年曰く、「千里眼の持ち主」と。
淑女曰く、「夫の浮気を見抜いてくれた大人びた子」と。
老人曰く、「忘れたことを教えてくれる孫のような存在」と。
そして、人々は口をそろえてこう語る。
「困ったことがあれば巫女様に聞けば良いさ――」
★☆★☆★☆
ボーダー本部から電車を乗り継いで一時間ほど。
山林に囲まれたのどかな田舎町に加古隊のオペレーター、小早川杏が降り立った。
「さて、私達はどこを見て回りましょうか?」
開口一番に彼女の目の前で周囲を一瞥する女性へ話しかけた。明るいロングヘアーを片手で抑える姿が様になっている大人びた彼女は、加古望。加古隊の隊長である。
「そう、ね。まずは人の集まるところがあれば話を聞いてみたいところだけれど」
「この辺りだと商業施設も限られそうだから悩みどころですね。順々に尋ねていくのが効率的かも知れません」
「妥当な判断ね」
もう少し人通りの多い立地があるか、あるいは何か象徴となる建設物があればよいのだが、生憎と辺り一面には水田やビニールハウスが広がっており、人が集まりやすい場所は見受けられなかった。
小早川の言うとおり、地道な聞き込みが結果的に近道となりうるだろう。
「とりあえず歩いてみましょうか」
「ええ、行きましょう」
加古を先頭に二人は歩き出す。
二人の目的は、日本各地を訪問し、優れたトリオン能力を持つ逸材を探しだしボーダーへ勧誘すること、すなわちスカウトであった。
誰にでも勤まる任務というわけではない。前途有望な人材を発見、引き抜くことは至難の技。そのためにボーダートップのA級の中でもさらに一部の者に託される重大な仕事であった。
だからこそ見過ごしは許されない。
「面白い子が見つかればいいのだけど」
このような人気の少ない場所でもだからこそ少ない機会をものにしようと二人は見知らぬ町並みの中を進んでいった。
「――何かしら?」
歩き始めて数分ほど。
加古が進路の先に形成された行列をみて足を止める。
「神社、でしょうか?」
「みたいね。有名なところなのかしら? 並んでいるのは地元の人みたいだけれど」
「そうですね」
声につられて小早川が彼女の横から顔を覗き込むと、石段の半ばあたりから幾人かの人が会話を交えながら立ち尽くす姿が目撃できた。
赤い鳥居が入口に設置されていることからも神社とみて間違いないだろうが、並んでいる人だかりをみると生活感のある服装をしており旅行客とは思えない。この近くの住民のように見えた。
「話を聞いてみましょうか」
「そうね。何かありそうだもの」
興味本位で加古は鳥居を潜り抜けた。
彼女に少し遅れて小早川も続く。
石段を登るのは足に疲労が溜まるものの、普段からトリオン体の戦闘に備えて鍛えている身だ。すぐに二人は行列の最後尾に並ぶ女性まで追い付くと、彼女に話を聞くことにした。
「すみません、少しよろしいですか?」
「はい? ――あら! やだ、べっぴんさん! ここの人、じゃないわよね。旅行かしら?」
「ええ。そのようなものです。こちらは何の行列なんですか?」
容姿の整った加古にとってはよく聞く褒め言葉をなれた調子でかわし、本題をつく。
「知らないで並んだのかい? 皆ね、巫女様に話を聞いてもらうために並んでいるのさ」
「巫女様ですか?」
「そうだよ」
言葉を繰り返す小早川に「まあただお参りする為に来ている人もいるけどね」と付け加える村の女性。
つまりここにいる人達は殆どの人がその巫女と話をする機会を求めて並んでいると言うことだ。
祈祷を目的としているわけではないというのはおかしな話だが、神職ではなく巫女に、というのはそれ以上に奇妙なものである。
「不思議な力を持っててね。私達の悩みをよく解決してくれるのさ」
すると二人が疑問を抱く様を見抜いたのか、女性はそう補足した。
「不思議な力」、そう聞いて脳裏に思い浮かんだのはボーダー内でも希少な能力を持つ、掴み所のない隊員の姿。もしも彼と似たような力を持っていると言うのならば――――
「加古さん」
「ええ。俄然興味が出てきたわ」
この話を逃す手はない。
心を静かに弾ませ、加古は待っている数分の時間、様々な想像を膨らませるのだった。
やがて少しずつ行列は進んでいき、石段を最上段まで上り詰めると、神社の本殿が彼女たちの前に姿を現す。
赤く塗装された荘厳な建物。
その入口に、一人の少女がゆったりと腰を下ろしていた。
「……女の子ね」
「はい。おそらく私よりも幼い、ですね」
黒い艶のある長髪を赤いリボンで後ろで結び、白衣と緋袴を身に纏う巫女の姿は想像より遥かに幼い顔つきであった。
中学生くらいであろうか、遠目であるために断言はできないものの、対面している大人と比べて二回りほど小さい。まだ成長期の途上のようであった。
「でも、次々と皆さん話を打ち明けていますね」
「ええ。なんの躊躇いもなさそう」
そんな子供を相手に、相談する人々はなんの抵抗もなく語りかける。
わずかながらだがすっと耳元に届く内容は人それぞれだ。
「倉庫に置いてあった仕事道具が見つからない」、「先日店で出会った取引先の名前を忘れてしまった」、「友達に借りていたノートがなくなった」、「旦那が不倫しているかもしれない」などなど。
明らかに少女に聞かせるような、聞かせて良いようなものではない話も中にはあったのだが。
極めつけは――
「昨日から息子の姿が見えないんです!」
涙ながらに息子を案じて声をからす母親。
ただ事ではない案件に加古の眉がピクリと跳ねる。
対して、相談を受けた巫女は、
「わかりました。何か、当時身に付けていたものや持ち歩いていたものなどはありますか?」
「は、はい。部屋の中にあった手帳や筆記具などを持ってきましたが……」
「お借りします」
そっと母親からシャープぺンを手に取ると、そのペンに両手を添えて、集中するように瞳を閉じた。
何かはわからない。だが、何かが起きている。
それを肌で感じて、場がしんと静まり返る。
「……バス停の時刻を調べてますね。一昨日の夕方、◯◯町への行き方を調べているようです。何か心当たりはございますか?」
「あぁ! ありがとうございます!」
巫女に聞き返されると何か思い付いたのだろう。
母親は何度も礼を述べながら繰り返し頭を下げて足早に神社を後にした。
「……どう思いますか?」
「今の情報が確かならば本物よね。本当にそれがあっているかどうかはわからないけれど」
「少なくとも、全くの見当外れというわけではなさそうですね」
聞き終えた人々は納得の表情ばかり。少女の発言が真実なのかどうかは不明だが、小早川の言うとおり全くのデタラメを語っているのではないのだろう。
悩みに関係する物から、彼女にしかわからない何らかの情報を得ているとみて間違いなかった。
「ちょっと私も試してみようかしら」
心なしか声が弾んでいる。
ウキウキという表現がピッタリな隊長の姿を見て、「仕方がないですね」と小早川は肩をすくめた。
程なくして行列ははけていき、ついに加古の前に並んでいた女性がその相談を終える。
「次の方、どうぞ」
「こんにちは」
「失礼しますね」
巫女に声をかけられ、加古と小早川が揃って歩みを進める。
こうして間近でみると本当に小さく可愛らしい。先ほどの光景を目にしていなければ加護欲を駆り立てられるほどくりっとした黒い瞳とふっくらとした丸い顔が印象的な少女であった。
「……初めてお会いする方ですね。どこかからお越しになられたのですか?」
「ええ。ボーダーという組織は知っていますか?」
「ぼーだー? ですか? はて?」
「はい。私達はそこに所属しているんですが」
「杏」
加古に代わって話を進める小早川であったが、本題に入ろうとしたところで加古が待ったをかける。
「話の途中でごめんなさい。でも、そうね。ちょっと、ここに来た目的をどうやら忘れてしまったようなのだけど。あなた、教えてもらえないかしら?」
先ほどの女性とのやり取りを思い返し、加古は試すようにそう言った。
「なるほど。わかりました。それではお手をお借りしてもよろしいですか?」
「ええ。こうかしら?」
「失礼します」
その意図が伝わったのか、巫女は小さく笑い、差し出された加古の右手を手に取った。
そして左手を加古の手の甲を覆うように添え、瞳を閉ざす。
正直な話、未だ半信半疑であるために自分の退屈を紛らわすほどの近しい答えを話してくれればそれで良い。そう思っていた。
「……あなた方は人を探しにここまで来ました。その、ぼーだー? に入る人です」
正解。
聞き慣れない言葉に首を傾げる姿に和みながら、加古も小早川も感心した。
とはいえここまでならば彼女との会話で想像することも難しくない。
ただ、もしもそうで無いならば。あるいは本当に彼女は――
「顔に大きな傷がある男の人と、あと、細身の狐みたいな顔の人? から指示を受けていますね。何かの機械を渡されています。それを使って調べるようにと。隣の方がその機械を受け取っているはずです」
――間違いない。
彼女たちに命令を下した城戸と(おそらくは)根付の存在まで見抜き、トリオン量測定器の事まで察知している。
「すごいわね」
加古は満面の笑みを浮かべていた。
思いがけない形で、想像できなかった、小さな大物の発見だ。
それもひょっとしたらあのボーダー屈指の曲者にも匹敵しかねないほどの。
今日一番の興奮を覚え、加古の心臓が早鐘を打った。