おかげさまでひとつの目標だった10話目へ到達!
「……なるほどなあ。自分もスカウト組やったんやな。そら気が合うっちゅう話にもなるわな」
「あっ。イコさんもそうなんですね」
「せや。京都の出身でな。俺の他にもうちの隊員には県外から来とるのおるで」
個人戦での腕試しを終えた後、生駒は吉良と共に休憩室へ場所を移して交流を深めていた。
出自の件が話題に上がると、吉良の事情を知って生駒はより米屋が気が合うと語っていた真意を理解する事になる。彼も県外出身ながらボーダーへと加入した身だ。剣以外にも二人には共通点があったのだ。
生駒が気を許す相手が呼んでいる愛称で名前を呼ばせ、仲を深めている。
「ほんで地元にいた時にじいちゃんが居合を教えてくれてな。それが始まりや」
「そうでしたか。私は元々習い事で剣道をやっていたのでそこからですね」
「ああ。やっぱりあれって剣道由来か。納得やわ」
先程の構えと独特な歩法を思い返して生駒が二度、三度と頷く。本来はいくら優れた武器であるとしても、武術に関わったことのないものは我流の動きや癖が出てしまうもの。
しかし吉良は幼いながらにそのような一面は微塵も感じられず、洗練された佇まいだった。
「他にも加古さんに頼んで、私の感覚に合うようにトリガーを改造してもらったんですよね。弧月もちょっと変えてもらえました」
「なるほどなあ。それで弧月とちょっと形が違ったんか。たしか、なんか鍔があったよな?」
「そうなんです!」
生駒の語るように、吉良の弧月には本来ない丸い鍔が縁取られている。これはいつも吉良が使っている竹刀と少しでも感覚が近づくようにと加古が配慮して施されたものだった。
まだ正隊員になって殆ど日が経っていないのにここまで細かい心配りをされている所をみると、彼女が大切にされていることが窺える。
「そこまで見抜いているんだから、やはりイコさんは凄いですね。初見で私の技を完璧に対処できたのは、イコさんで三人目でした」
普通の人ならばまず反応しきれないんですけど、と付け加えた。すると生駒が満足げに鼻を伸ばす。やはり女の子から素直に誉められるのは心地よい感覚であった。
「いやぁ、それ程でもあるんやけどな。……ちなみに他の二人って誰なん?」
「太刀川さんと迅さんです」
「まさかの攻撃手トップ2人」
冗談半分で投げた問いの答えに、生駒は思わず身をすくませる。No.1攻撃手の太刀川、彼と競ったライバルである迅。まさか新人の口からその名前を聞くことになるとは思いもしなかった。
「え? 自分、あの二人と仲良いん?」
「太刀川さんは、部隊の烏丸先輩に弧月を習ってまして。それでその烏丸先輩の声掛けで腕試しに挑ませてもらいました」
「おぉ。烏丸君か」
「迅さんは……言いたくありません」
「あれ? 聞いたらあかんやつ?」
太刀川の話は流暢に語っていたのに、何故か迅の場合は明後日の方角を向いて無感情に呟く吉良。
事情を知らずとも、何かはあったのだろうということは生駒も察せられた。彼はこの場にはいない同級生に、「こんな小さい子に何したんや」と愚痴を溢す。
「まあ詳しくはええわ。で、二人はやっぱ吉良ちゃんの技も綺麗に対応したんか?」
「そうですね。太刀川さんは三撃とも弧月で受け止められましたし」
「さすがやなぁ太刀川さん」
「迅さんは、斬りかかろうとしたタイミングで前方にエスクードを展開されて。結果、肉薄する直前で壁に思いっきり激突しました」
「人の心とかないんか?」
仮にも腕試しという話だったのに。確かに未来が見えるならばそういうことも可能なのだろうが、あまりにも対策が効率的すぎて、とても初心者に対する物ではなかった。
「そういうとこやぞ、迅」と生駒は今一度友に心中で苦言を呈する。
「でもこう言うこともできるんだってわかりましたから。その後はトリガー構成とかも相談に乗ってくれたりしてくれましたし、やっぱりボーダーって皆良い人ばかりで良かったです」
「せやな。俺もなんだかんだ頼りにしてるし。まあでもボーダー内だけに限った話ではないやん。吉良ちゃんの場合は特に中学生になったばかりやろ? 学校の方でも上手く関係の方は築けてるんか?」
ただ戦うだけではない。指導や相談にも応じてくれる、頼りになる優しい存在ばかりだと吉良は語った。
まるでそれが珍しいことのように語る彼女に、生駒は中学校に入学した事を話題に上げ、そう返すのだが。
「…………はい、そうですね」
吉良は作り笑顔を顔に張り付けて、そう言葉を濁すに留まった。
★☆★☆★☆
サイドエフェクト。
日本語で副作用とも書く、高いトリオン能力を持つ人間の中でも極稀に発現する事がある能力。その言葉通り、能力は必ずしも有益の事が生じるだけではなく、時には有害な事象をも及ぼしかねないもの。
それは当然、吉良も例外ではなかった。
「ほーい、それではテストを返却していくぞー。――次、吉良」
「はい!」
授業の終了間際、教師が前回行われたテストの答案用紙を番号順に返却していく。
先生から名前を呼ばれると、吉良は元気な声を返して立ち上がり、紙を受け取った。
得意な社会のテストとあって、勉強の甲斐もあって答案用紙には満点が記録されている。ボーダーや部活だけではなく、勉学でもしっかり結果を残すことができた。
吉良は一人、安堵の息を溢すのだが。
「――あれってカンニングだよねー。満点取ったの一人だけって話だし。またお得意の力で先生から情報抜き出したんじゃないの?」
先生が去った教室で、背後から冷たい言葉の矛が突き刺さる。
振り返らずとも、声の調子から吉良はその主が自身を嫌っているグループの女子であることを即座に理解した。
「……そんなの、私は」
「えー! 何それ!? あり得なくない!?」
「皆必死に頑張ってるのに信じられない! 恥ずかしくないの?」
吉良の反論を許さぬように、同じグループの声が代わる代わる彼女の声を書き消していく。
入学して最初の頃、吉良は人助けの目的で能力を使っていた。その時は生徒手帳をなくしたというクラスメートを助けるべく動いたのだが。
それがなくしたのではなく隠されたのだと判明したのは後になってからだった。それ以降、標的が自身にも移り、度々嫌がらせを受けるようになっていたのである。
「酷いよ、吉良さん。そういうのわかるなら、皆にも教えてくれないと」
「――!」
そっと両肩に手を乗せられて、吉良は反射的に飛び退いた。
瞬間的に吉良の脳裏に彼女たちの企みが過ったのである。たとえ彼女が集中しなくても、憎しみや妬みといった露骨な表情や拒絶的な行動など、表面に出るほどの強い思いは、触れただけでわかってしまう。だからこそ彼女は自身の能力を誰かに言われるまでもなく自覚できたのだから。
「私は……!」
そんなことしない、というのは簡単だ。
だが吉良の意思とは関係なく、実際に彼女の副作用ならば本当にそういった悪用もできてしまうというのがたちが悪かった。
テストを作った教師は当然ながら、たとえ生徒にテストの内容を尋ねられてもその内容を隠そうとしながら対応するだろう。その隠そうという行動が吉良の前ではむしろかえって過去を掘り起こす原因になるのだから。
「そんなことするはずがない」と言いたいが、「それができるだろう」という見えた彼女たちの思惑が、吉良の口を重くした。
(それでも……!)
だが、だからと言って彼女たちの狙い通りになるつもりもない。かつて彼女が見た、傷ついた人に献身的に働きかけた一人の存在が、吉良の行動原理を作り上げたのだがら。
あの人のようになりたい、その思いから卑怯な道へ走ることを良しとせず、力の限り拳を握り締める。
とはいえ決意は揺るがずとも、この場を収める術を吉良は思い当たらなかった。どうしたら良いのか、必死に思考を駆け巡らせる。
「吉良さんはそんなのしてないと思うっすよ」
すると吉良が言葉をつまらせている中、反対側から沈黙を破る声が響いた。
「……えっ」
「はぁ?」
思わぬ意見が飛び出し、皆の視線がそちらへと向かれる。
注目が集まる中、日焼けした肌と黒髪のショートヘアが目立つボーイッシュな女の子が淡々と自身の意見を語り始めた。
「テスト前の授業の時、吉良さんは確か防衛任務でいなかったはずですし。しばらく先生は出張もあってテストを作るのも遅れて、殆ど学校にいなかったって話っすから。だからそもそもできるはずがないし、普段授業で指されてもすぐに答えてるから、まず間違いなく実力のはずっすよ」
「それは……」
「……フンッ!」
感情的な意見ではなく、しっかりと理屈の通った論理的なものだ。
現実的に不可能であるという話になると、これ以上大事になる事を嫌ったのか糾弾しようとしていた女子たちは足早に廊下へと去っていく。
「……行っちゃった」
「ハァッ。良かった、これ以上は揉めなくて」
吉良がその背中を見送った後、助け船を出してくれた少女は大きく息を吐いた。下手すれば余計に事態が悪化しかねない緊張が解かれた事でそっと胸を撫で下ろす。
「ごめんなさい。本当に助かった。ありがとうございます」
「いえ、いいんすよ。後ろから吉良さんのことは見えてましたし。それに以前、友達が吉良さんに助けられた事、知ってたっすから」
「……そっか」
そう言って女の子はニコッと年相応に笑う。
どうやらかつての行動の報いが良い形で現れたようだ。やはり善行を重ねる事は間違いではないと実感できる。彼女に釣られるように吉良もクスリと笑うのだった。
「それでも、私一人だったら何もできなかったと思うから。改めて、ありがとう。えっっと……」
「あっ、そうっすよね。直接話すのはこれが初めてっすもん」
助けてくれた彼女に礼を告げるも、咄嗟に名前が思い浮かばずに吉良が言葉に詰まる。
クラスメイトとはいえ地元ではないし、普段から絡みがなければ仕方がない事だろう。吉良の心境を汲み取って、少女が苦笑を浮かべて名を告げた。
「帯島っす。帯島ユカリ。よろしくっす、吉良さん」
後にクラスメイトとしてだけではなく、他の形でも彼女と肩を並べる事になるのだが。この時はまだ 二人とも想像すらしていなかった。