強化睡眠記憶。
一言で表せば学習能力が非常に高い。睡眠時の記憶の整理や定着の能力が異常に強化されたものであり、一眠りすればたとえ僅かな仮眠であろうとも1度見た動きであれば、次からは即座に対応出来る。
これが村上鋼がボーダーに入り、検査の結果サイドエフェクトと認定された能力であった。
そしてこの力はボーダーの訓練や戦闘でも同様に発揮される事となる。
彼は同学年である荒船に師事すると、入隊早々にアタッカーとして頭角を表したのだった。
「ぐうっ!」
「悪いが、この距離はもう見切った」
休日のある日、同じ時期に入隊した木虎との個人ランク戦。
互いにまだ訓練生ではあるものの、将来性を見込まれて多くのボーダーが期待を寄せられている二人の一騎打ちだ。
しかし戦況は村上が優位に進めていた。
木虎の銃弾を最低限の動きでかわすと、最後の一発を弧月で弾き、そのまま急接近。
体勢を立て直す暇も与えぬまま、彼女の体に刃を突き立てた。
「さすが」
「今日は俺の勝ちだな」
「……今日も、ですよ。村上先輩」
最後に村上の言葉を訂正し、木虎はブースへと転送されていく。
二人とも相手よりも腕が立つ、凌ぎを削るライバルは存在しなかった。だからこそ機会があればこうしてポイントを巡って戦うものの、村上の学習能力の高さもあってここ数戦は村上が連勝を記録している。
「くっ……!」
一人、個人ブースへと戻った木虎は感情をぶつけるようにソファを叩きつけた。
最初、入隊直後の成績は木虎の方が優秀だったのだ。ネイバー撃破記録も早く、初期に配られた個人ポイントも高かった。
しかしいつの間にか立場は逆転している。
決して木虎がサボっていたわけでもなく、油断していたわけでもない。
ただ単純に村上の成長率が異常に高かったのだ。
相手からサイドエフェクトの説明は受けたものの、それだけで納得はできない。指導してくれた烏丸にも申し訳が立たず、木虎は感情の抑え方を探るばかりであった。
「また、こうなってしまうか……」
一方の村上も表情が優れない。
彼はボーダーに入る前から自身の能力を自覚していた。
幼い頃から近しい年代の者から何かを教わり、共に励もうとも少し時間が経てば成長速度が著しい自分があっという間に追い越してしまう。やがて彼を誘ってくれた人すらもいなくなり、元々あったグループが跡形もなく消滅してしまう。そんな事が何度も何度も繰り返されていた。
それで切り替えられる性格なら良かったが、村上は優しく生真面目な性格だったため、周囲の人間への申し訳なさが先立ってしまう。自分は他人の努力を盗み、相手を出し抜いているだけ。今も本来自分が負うべき努力をせずに木虎を追い抜いている。その事に自信を持つよりも先に負い目を抱いてしまったのだ。
★☆★☆★☆
「もう少しで4000点ですか。正規隊員昇格も間近ですね」
ランク戦の後、ブースを出た木虎は村上の手の甲を見てそう呟いた。
訓練生は個人戦や合同訓練でポイントを獲得し、4000点まで辿り着けばB級即ち正規隊員になる事ができる。多くのものが目指す最初の目標だ。それが間近となって話を振られた村上も僅かに頬が緩む。
「そうだな。訓練のおかげもあって、ようやく最初の目的を達成できそうだ」
「……昇格しても、やはり支部の方へ?」
「ああ。先輩もいるしな」
そう語る村上はどこか優しげだった。村上は現在ボーダー本部ではなく鈴鳴という支部に所属している。
最近できたばかりだが、先にボーダーに入った隊長、そしてオペレーターと共に部隊を結成することになっていた。特に隊長は温厚な性格であり、彼とそして同じく入隊したばかりの別役という狙撃手共々に世話になっていた。
そんな先輩をあまり待ちぼうけにさせないためにも早く正規隊員になりたい。これが村上の意欲を駆り立てていた。
「そうなると、訓練もなくなるからこちらにくる機会も減るでしょうし。その前にリベンジは果たしておかなければですね」
「……そうだな。そちらが良ければ、俺は相手になるよ」
二人の間でバチバチと火花が散る。
木虎も人一倍負けず嫌いな性格だ。このままでは終われないという気概がある。
彼女の負けられないという熱意を感じ取り、村上はまだ終わりではないと言うことを察してどこか嬉しさを感じ、彼女の挑戦を笑って受け止めるのだった。
「ありがとうございます。――ところで、実は今日はもう一つお願いがあるんですけど。この後お時間はよろしいでしょうか?」
「お願い? 珍しいな。俺は問題ないが、一体なんだ?」
「はい。会わせたい人がいるんですけど。……ちょっと待ってください」
そこで言葉を区切ると、木虎は周囲を一瞥し、何かを探すようにラウンジへ視線を右往左往する。
中々その姿が見つからず、「あれ?」と思わず疑問を漏らしたものの、やがてその一角で人だかりができている場所を発見し、大きなため息をついた。
「あの子、大人しく待っていてって言ったのに……! 村上先輩、一緒に来てもらっても良いですか?」
「あ、ああ」
事情は把握できなかったが、村上は言われるがまま木虎の後に続く。
人だかりをかき分けていくと、木虎よりもさらに二回りほど小さい少女、吉良が目を瞑った状態で子猫を両手に抱えている光景が目に映った。
「どうや? 吉良ちゃん、なんかわかる?」
「……この子、結構遠い道のりを歩いてきてますね。やはり餌を探し求め、匂いにつられてきたようです。地図はありますか?」
「おお。スマホで良ければ」
「はい、えっと……」
バイザーが特徴的な隊員、隠岐からスマホを手渡され、吉良は猫が辿ってきた道のりを順々に説明していく。
「……吉良ちゃん、あなた何をしているの?」
「あっ。木虎先輩。お疲れ様です。ちょっと隠岐先輩に頼まれまして」
「おお。偶然この子を見つけてな」
木虎に気づいた二人は明るい口調で返答した。
どうやら迷子の猫を隠岐が偶然発見し、元いた場所へ返そうと吉良に力を借りていたようだ。そして珍しい子猫がいることに反応して自然とギャラリーができていたのだろう。
確かに彼女の力ならばそう言うことはお手のものなのだろうが、まさか動物にまで使えるとは。しかも自分たちがランク戦をしている間にまた人助けをしているという事実に彼女の人の良さが伺え、木虎はそれ以上言葉を紡げなかった。
「おし。ありがとな、ほな俺はこれで」
「はい、お願いしますね。――さて」
吉良から一通りの道を聞いた隠岐は駆け足でその場を去っていく。
問題が解決すると自然と無関係の者達も離れていき、一息ついた吉良が立ち上がると村上へと視線を向ける。
「木虎先輩と一緒にいると言うことは、あなたが村上先輩ですね?」
「ああ。そうだが、君は――」
「初めまして、加古隊の吉良と言います。先輩の話は木虎先輩から色々と聞いてますよ」
「私の姉弟子のような子よ」
「なるほど、そういう繋がりか」
何故自分の名前を、と思ったが尋ねるよりも先に二人が簡潔に説明した。
年下の存在なのに姉弟子とは奇妙な関係だが、ボーダーのように年齢と直接関係しない組織ならばこう言うことも珍しくはないのだろう。深くは考えず、村上は納得することとした。
「私も弧月を使っていましてね。で、木虎先輩も認めるほど腕の立つ訓練生がいると聞いて、これは私が仇を討たなければと思いまして。私も弧月一本しか使いません。同等の条件で、一試合どうですか?」
「試合、ランク戦か。だが正規隊員とランク戦は……」
「大丈夫です。隊長からランク外対戦ならできると聞いてやり方も教わってきました」
「そうなのか」
本来は訓練生は訓練生同士、正規隊員は正規隊員同士としかランク戦はできないのだが、ポイントの行き来がない形式なら可能である。村上もそれならば、とは思ったものの、吉良がはるかに小さな存在である事から二の足を踏んでいた。
「……ただ、君は知らないだろうが俺は」
「サイドエフェクト持ち、なんですよね」
「っ! 木虎から聞いたのか?」
「はい。私が説明しました」
「その上でか」
確かに特に隠し立てするつもりはなかったが、それを知った上で挑戦を仕掛けてくるという事に驚きを隠せない。
それほど木虎と親しい間柄なのか、それともサイドエフェクトがあろうとも訓練生には負けないと言う自身の現れか。他にも理由があるのか。
村上が考えに耽っていると、見かねた吉良が再び話を展開する。
「もちろん、村上先輩が真価を発揮できるように途中で休憩をとって構いません。ただ一つ条件、というかお願いがあります」
「なんだ?」
村上はむしろ条件を先に承諾してもらっているような立場だ。
だから特に断る理由もなく、一体何をするつもりなのか興味を抱いて先を促す。
「休憩時間中、村上先輩のブースに入っても良いですか?」
「……………はっ?」
しかし続けられた提案に愕然とした。
見るからに中学生くらいの女の子が、今日会ったばかりの村上に、休憩時間の際に同じ個室に入れて欲しいと言う。
意味がわからず村上は言葉を失った。
「別に邪魔をしたいわけではありません。ただできれば手を握らせていてください」
「それは、どういう理由でだ……?」
「実は私も、眠っている人が近くにいると傍にいたくなるサイドエフェクト持ちなんです」
「そんなサイドエフェクトが!?」
「あるわけないでしょう。あなたもそんな嘘やめなさい」
「いてっ」
何も知らない村上は少女の言葉を信じて取り乱す中、木虎の冷静な指摘がチョップと共に繰り出される。最近彼女が会ったと言う関西の先輩に何か悪影響を受けたのだろうか。真意は不明だが、木虎は近々よく手合わせをしていると言う剣の達人を思い浮かべて、深々とため息をついた。
そして結局彼女の口から詳細が語られることはなく、「終わったらすべて説明します」という吉良の説明で話は終わり。
吉良と村上、二人のランク外対戦が決定したのだった。