「はっ!」
「つぅっ!」
掛け声と共に吉良が大きく踏み込みながら弧月を突き出した。
村上が弧月で受け止めると、吉良は流れるように切り上げへ移行して村上の体勢を崩し、返す刀でトリオン供給器官である首元へ振り下ろした。
一撃一撃が素早く、無駄のない鋭い動き。
村上は間一髪で攻撃をさばいたものの、止まらぬ連続攻撃を前に反撃へ転じることができなかった。
(強い、というよりも上手いな。)
数戦を経て、自分より幾つも年が下の少女に村上は素直に感心していた。
彼女の動きは運動能力が向上したトリオン体だからできるというものではない。
元々剣道を習っていて、その土台となる基礎をしっかり固めた上でトリオン体の性能に調律されていた。一朝一夕でできる動きではないだろう。
今一度上段からの振り下ろしが繰り出され、村上は勢いを殺しきれず、後方に大きく吹き飛ばされてしまう。
「……正隊員、これほどの腕か」
「いえ。まだです。とっておきを見せますよ」
「なに?」
称賛の声をあげる村上に対し、吉良はまだどこか余裕があるような調子で答えた。
村上が彼女の真意を読み取れず、目を細める中。
次の瞬間、距離を空けていたはずの吉良が体勢をそのままに村上の眼前にまで急接近する。
「なにっ!?」
「ふっ!」
かつて米屋をはじめとしたA級隊員たちさえをも翻弄した吉良お得意の歩法が村上を惑わした。
初見殺しと呼べる彼女の技を前に、村上は初撃を受けるのが精一杯で、続けざまに振るわれた連続切りを前に村上のトリオン体は呆気なく切り捨てられる。
「これは本当に驚いた。さすが木虎の姉弟子だな」
「いえいえ。村上先輩も、勝負は次からでしょう?」
「——ああ、そうだな」
この勝負が前半の5本目であった。
折り返し地点となって勝敗は4対1で吉良が大きくリードをしている。
だが戦いを始める前に約束していたように、こらから村上のサイドエフェクトを発揮するためにインターバルを設けていた。だから吉良の言う通り、村上の勝負はまだまだこれからなのだが。
『では村上先輩、今行きますね』
「……本気なのか」
ブースに戻ってきた村上の耳に通信越しで吉良の声が響いた。
本気なのか冗談なのか、彼女の心の内を読みきれないまま、とりあえず迎え入れようと村上はブースの扉を空けるのだった。
★☆★☆★☆
「——よしっ。学習できた」
15分の休憩を済ませた村上が静かに目を開く。
先ほどの5本で得た吉良の弧月の速度、威力、切れ味などなど。自身と彼女の戦闘データを全て学ぶことができた。
後はいつものようにここから逆転まで追い上げるだけ、ではあるのだが。
「えっと。……俺はもう、いいぞ?」
「ハッ! すみません、私も本当に寝ちゃってました」
「そうなのか。まあ休めたならば良いのだか」
15分間隣で手を握りしめていた相手、吉良が村上の声掛けで飛び起きる。
この休憩時間、彼女は先の発言通り村上の横で同じように目を閉ざし、時間を共にしていた。まさか本当に来ると思っていなかった村上は最初こそ困惑したものの、何かしら意図はあるのだろうと黙認していた。しかしやはりつい先日までランドセルを背負っていた女子中学生と同じ空間で手を握って休んでいたというのは中々印象が悪い。目覚めた吉良が何も変わらぬ様子なのが幸いだが、結局何が目的だったのかわからない村上は首を傾げるしかなかった。
「さて、それじゃあ私は元のブースに戻りますね。——村上先輩、生憎とそう簡単には倒されませんから」
「……ならば精一杯挑ませてもらう」
別れ際に不敵な笑みを浮かべる少女に村上も小さく笑って挑戦の意を示す。
果たして自分の力が上の相手を前にどれだけ通用するのか。相手に煽られた村上は自然と闘志が沸き上がっていた。
★☆★☆★☆
(……おかしい。どうなっている)
休憩時間の後、再び切り結ぶ吉良と村上。
二人の実力は拮抗しており、中々決定打には至らなかった。格上の相手ならば当然の結果なのだが、村上はその事実に違和感を抱いていた。
(俺の剣にあちらも追い付いてきている——!?)
村上はこの15分間で相手の力を完全に学習し、吉良の動きを覚え、先んじて対応を打っている。
それにも関わらず吉良を崩せなかった。それどころか対応の対応、剣道でいう返し技を打ち返されてしまい、事態が好転するどころか前半戦同様に苦戦を強いられてしまう。
(これがすでに剣を学んでいた者の技量なのか? ……だが!)
経験者ゆえの利点だと判断した村上は、このままでは埒が明かないと次の手を打った。
体格を活かして吉良に体当たりし、敵の隙を作るとがら空きとなった脇腹へ向けて横に剣を横薙ぎに一閃する。
「くっ!?」
刃が触れる寸前で吉良がバックステップを踏んでこれをかわした。
撃破とはならなかったが、これで二人の間に距離ができる。
「行くぞ」
この時を見逃す村上ではなかった。
前半戦で学んだ中で恐らくは最大の収穫、吉良の高速の摺り足からの連続切り。必殺の一撃を繰り出そうと、村上は一気に突撃する。
「……っ!?」
だが、攻撃を仕掛けようとした村上の表情が強ばった。
おかしい。
たしかに吉良の動きをインターバル中に学習し、完全にトレースしたはずだ。
なのに、村上は吉良のように速く、一気に距離をつめることができなかった。
(なぜ……!?)
この時の村上は理解することができなかったが、これは彼のサイドエフェクトである強化睡眠記憶の特性ゆえである。
あくまでも彼のサイドエフェクトは学習効率が人よりも並外れて高いというものだ。本来ならば習得までに長期間の練習が必要な技を短期間で覚えられる。
だが、そもそも村上自身のセンスや感覚が必要なものは見ただけでは完全にモノにすることができなかった。
「隙ありです、村上先輩」
こうして完全に吉良の技を模倣できなかった村上は斬撃を受け止められ、その反動を利用して逆方向へ刀を返しながら放たれた返し技を前に、一刀両断されるのであった。
★☆★☆★☆
「吉良!? 大丈夫なの!?」
「あれ? 加古さん?」
「加古さん。ああ、そちらの部隊の隊長か」
「はい、そうです」
戦いが終わり、二人がブースから出てくると加古が駆け足で吉良の元へと駆け寄った。
彼女にしては珍しく息が荒く、いつもの余裕がないように見える。
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
「あなたを探していたのよ。今日は本部にくると言ってたのに中々来ないから他の子たちにも聞いたら、『村上先輩の横で寝ている』って木虎ちゃんから知らせが来て駆けつけたの。大丈夫? 酷い目に会ってない?」
言い方が最悪すぎる。村上がじっと木虎に視線を送ると、木虎はばつが悪そうに明後日の方角を向いた。
「ああなるほど。ですが村上先輩とはただ腕試しをしていただけでして。どちらかと言うと私の方が酷い目に会わせてしまったと言うか……」
「なら良かった」
決して良くはないのだが。
このやり取りだけで村上は吉良が普段から部隊内で非常に甘やかされていることを察するのだった。
「でもどうしてそんな事を? ひょっとしてあなたのサイドエフェクトと何か関係が?」
「正解です」
「ん? 君も持っているのというのは本当だったのか?」
村上の問いに吉良がコクリと頷く。
てっきり木虎とのやり取りからその場でついた嘘なのかとも考えていたが、本当に彼女もサイドエフェクト持ちであったとは。
しかしそれでも先ほどの意図が読み取れず、一体どういうサイドエフェクトなのか村上の中で疑問が募った。
「他にも知っている人がいますし村上先輩にも説明すると、私は触れている相手の過去が見える能力だそうです」
「過去が……?」
「はい。特に相手の中で最も意識している内容ですね。——すみません、ちょっと私の中でのテストも兼ねていました。私の能力が他の方のサイドエフェクト相手に通用するのか。そして現在進行形で過去をなぞっている相手にも使えるのかどうかと」
「——まさか!」
吉良の言葉で村上は確信に至り、思わず背筋が凍る。
つまり彼女は村上が休憩中に学習していた内容を同時進行で同じように吸収していた。そしてそこから対策のさらに対策を練り、勝負に挑んでいたのだろう。
村上のように集中して物事を考えている相手にこそ彼女のサイドエフェクトは有用であった。
まさか自身の力がこのような形で他者にも使われるだなんて想像もしていなかった村上は彼女の能力、そしてその発想力に驚かさられるばかりだ。
「というわけで、村上先輩」
「うん?」
「これで私も共犯です」
共犯、その言葉の意味を咄嗟に理解することはできなかったが、すぐに彼女の言わんとする事を理解して村上は目を見開いた。
「木虎先輩から他人の努力を盗んでいるだなんて思い悩んでいるとも聞いていたので。——一人じゃないですよ」
「君は……」
「それに、村上先輩も多分わかったでしょう? その力だけで全部上手くいくわけじゃないんですから。少なくともボーダーには、その程度で一番を取れるほど甘い相手ばかりではないですから。だから村上先輩は気にせずにただ強くなる事を考えれば良いと思いますよ。それでもまだ悩む事があるなら、その時は私がまた相手になります」
年下ではあるが、ボーダー隊員としては吉良の方が先輩なのだ。
これまでも太刀川や二宮をはじめとした圧倒的な強者との戦いも経験している。同じサイドエフェクトを持つ身として、同じように対人関係での悩みもあった共感もあったのだろう。
だからこそ吉良は先輩として苦悩していた村上の心を晴らすように、優しく諭すのだった。
「……わかった。ありがとう。だが少なくとも次は俺が正隊員に上がってから、今度は正式に俺の方から挑ませてもらう」
「そういう事なら、いつでもお待ちしてますよ」
幾分か重荷が軽くなった村上は晴れやかな笑みを浮かべて吉良に未来の挑戦を宣言する。
吉良も凛として彼との再戦を約束して、こうして近い将来攻撃手のランカーとして競い合うことになる二人の隊員の邂逅は幕を閉じたのだった。
村上のサイドエフェクト、おそらくは吉良の技も厳しいのだろうなということでこのような形に。
読んでいただきありがとうございました。
これにてボーダー入隊編、完結です!