「おお。良く来てくれたね、葵ちゃんと言ったかな? 加古隊長達から良く話を聞いとるよ。いやはや、トリオン能力が素晴らしいね。将来が今から楽しみだ」
「はい。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「うむ。元気で礼儀正しくて良いね。こちらこそ今日はよろしく頼むよ」
ボーダー本部開発室。
トリガー技術の研究および開発を携わる一室を訪れた吉良を開発室長である鬼怒田が盛大に歓迎していた。
普段は剣呑とした表情と目の下のクマが目立つ容貌と中年太りした体型から放たれる威圧感から接しにくい雰囲気を醸し出しているのだが、吉良に対しては終始柔らかい笑みを浮かべている。
別れて過ごしている娘と吉良が近しい年代とあって自然と優しくなっているようで、そのお陰とあってか初対面である吉良もつられて頬が緩んでいた。
「そんなに時間はかけるつもりはないから、安心してくれ。それに、今日はヘルプとして小早川隊員も呼んでいるからね」
「吉良さん、待ってました」
「小早川先輩? 何かオペレーターの助けが必要なんですか?」
普段は加古隊の作戦室で業務に勤しんでいる先輩を見て吉良は首を傾げる。
「うむ。今日は
「応用、ですか?」
繰り返し問うと、鬼怒田は「そうだよ」と大きく頷いた。
鬼怒田の語る通り、今日吉良は彼女の
「ただ……そのためにもう一人隊員を呼んでいるのだが。すまないがもう少し待ってくれるかい?」
「はい。私は別に構いませんが」
一体誰を待っているんですかと、吉良が続けようとしたタイミングで開発室の入口の扉が開かれる。
「失礼しますよ。おっ、いたいた。鬼怒田さん、お待たせ~」
「迅! 貴様、どこをふらつき歩いておった! もう約束の時間は過ぎとるだろう!」
「ごめんごめん。久々の本部だから色んな人と話し込んじゃってさ」
サイドを残しオールバックにした前髪と、首からぶら下げているブリッジ部のないサングラスが特徴的な飄々とした男性。鬼怒田に迅と呼ばれた隊員は彼の問い詰めを軽い調子でかわしながら吉良の元へと歩み寄った。
「君が吉良ちゃんかな? おれは迅悠一! 玉狛支部って所の隊員なんだ。よろしく」
「初めまして、吉良葵です。……迅さん、ですか」
「ん? 誰かから話を聞いていたかな?」
変わらぬ調子で自己紹介を告げた迅の顔を吉良は覗き込むようにじっと見つめる。
まるでじっと観察するように熱い視線を向けられ、迅がその意図を尋ねると吉良は彼女自身も半信半疑のまま言葉を紡いだ。
「すみません、どこかでお会いしたことありましたっけ?」
記憶を辿っても具体的な当てはない。だが迅の顔を見た瞬間、吉良はどこか既視感のような物を抱いていた。
故に何か知っていればと問いかけるものの、迅は一瞬だけ目を見開くと、すぐさま元の飄々とした態度で彼女の疑問を受け流す。
「――いいや。こうして直接会うのは初めてじゃないかな? おれ記憶力は結構良い方だから、会ったことあるなら覚えているはずだし。他人の空似じゃないかな?」
「そう、ですか」
納得はしていないものの、このように返されては追求しても意味はなかった。
吉良はそれ以上言及することはせず、鬼怒田の方へと向き直る。
「ではこれで全員ですか? お二人を呼んだということは、何か一緒にするんですよね?」
「うむ。葵ちゃん、君には迅の記憶を読み取ってほしい。その中で、迅の
「
「そういうこと」
話題の主となった迅は親指を立て、話を続ける。
「おれには目の前の人間の少し先の未来が見えるんだ。要は君の能力の真逆だね」
「未来を!?」
未来を見る、すなわち未来視。過去を読み取る吉良とは対照的な能力の持ち主だった。
「うむ。君の能力を測るにはうってつけと思っての。葵ちゃん、軽く話は聞いておるが、君は確か他人の過去を見る際には特に相手を見たりする必要はないのだね?」
「そうですね。むしろ集中して情報を取り込みたいから、かえって目は閉ざしてます。イメージが直接流れ込んでくるというか」
「それは情報としては非常に効率が良い。従来の視覚情報ならば視覚の刺激を認識・分析・判断するという工程がいるのだが、おそらく君の場合はそういった処理がすでに終わった状態で入力されるのだろう」
「……なる、ほど?」
「その分感覚情報を通信に乗せやすいと思ったんです。イメージとして理解できるならば少なくとも視覚情報が中枢に直接伝わっているはず。その感覚情報をこちらでを処理し、共有できればと」
「…………とりあえず、私の
普段は感覚で能力を使っていたため、細かい情報の話などはまだ中学生になったばかりの吉良では話についていくことはできない。
だがとりあえず小早川が話を理解して、対応してくれるならば大丈夫だろうと判断し、吉良は了承の意を示した。
「うむ。大丈夫そうならば早速始めていこうか。葵ちゃん、小早川隊員、頼む」
「わかりました。では迅さん、失礼しますね」
「おう。よろしく」
「はい。吉良さんの視覚情報を鬼怒田さんと共有します」
指示を受けた吉良が迅の手を取るとゆっくり目を瞑る。
そして小早川は慣れた手付きでパソコンのキーボードを叩くと、やがて鬼怒田の視界は吉良と共有され、真っ暗な景色が広がった。
「じゃあいくつか質問をしていきますね。迅さん、まずこちらの本部に来て誰かと会いましたか?」
「そうだね。久々に嵐山や柿崎、同い年の隊員と会ったかな」
吉良が問いを投げると、やがてボーダー本部内の光景が眼前に広がる。迅の言う通り、二人の隊員と会話している様子が浮かび上がった。
そして他愛もない会話を続けていると、突如嵐山と呼ばれた隊員がどこか異なる場所で彼と似た容貌の女の子を抱き締めている映像がよぎる。
「おおっ、これは……!」
瞬間、鬼怒田が短い唸り声を上げた。
今のはまず間違いなく迅が直接目にしたものではなく、未来視で目にした嵐山の未来だろう。
つまり、
「素晴らしい……!」
たまらず鬼怒田の口が惜しみのない賛辞の声を紡ぐ。これが他の
例えば相手の狙いは何なのか、何に気づいて行動に動いたのか、そもそもどのような能力なのか。可能性を考えればキリがない。いずれにせよ吉良の
「なるほど。他には誰かと会ったりしましたか?」
「うん、例えば廊下で沢村さんとすれ違ったり――」
そんな鬼怒田の心境の変化に気づかないまま、吉良は質問を続ける。
彼女の声に従い、迅も自身の記憶を呼び起こしながら話を続けて、
「あっ、やばっ」
瞬間、迅の未来視が発動し、良くない未来が確定したことを彼に告げた。
それに気づかないまま迅の過去を続けて読み取っていた吉良は、スーツを着た大人の女性が本部の廊下をゆっくり歩いている姿を確認。そんな彼女に音を立てずに忍び寄り、そのお尻を撫でるように触る迅の掌の情報が鮮明に脳裏を過り――
「きゃああああっ!!!!」
吉良の甲高い悲鳴が開発室中に響き渡った。
★☆★☆★☆
「大丈夫ですよ、吉良さん。そうですよね、怖かったですよね?」
「……ごめんなさい。まるで、私が触ったみたいな変な感覚がして」
「そんなことないですよ。吉良さんは何も悪いことしてないんですから」
自身の胸の中で小さくなっている吉良を、小早川が静かに宥めていた。
相手の過去を読み取っている分、視覚が主観的なものとなっているが故に余計にたちが悪い。衝撃的な映像を見てしまった上に、吉良はまるで彼女自身が女性の体を触ったかのような錯覚を抱いてしまっていた。
「おい、迅。貴様……!」
「違うんだよ。悪気はないんだって鬼怒田さん。初対面だからこんなことになるなんて見えてなかったし」
間接的なセクハラのような行為に鬼怒田も堪忍袋の緒が切れる。迅も当然このような事態は想定できなかったので弁明するのに必死であった。
「ちぃっ。折角順調であったと言うのに。……ええっと、葵ちゃん。すまない、大丈夫かい? こんな事になって申し訳ない。出来るならば落ち着いたら、もう一度続けたいのだが……」
「えっ」
「本当に申し訳ない……!」
鬼怒田の提案を耳にし、絶望したような表情を浮かべる吉良に鬼怒田はひたすら謝罪を重ねる。彼も直接光景を目にしたために強くは言えないのだが、折角の機会を無駄にしたくはなかった。
「えぇ。鬼怒田さん、彼女の能力が確かだとわかったならもう良くない?」
「誰のせいだと思っとる!? ……便利だからこそ、知っておきたいことは山ほどある。持続時間や、話に聞く相手の過去を探り寄せるという効果。他にも調べたい事は多い。お前も普段は本部にいないからこそ、こうして機会を設けたのだぞ!?」
「うーむ。正論だなあ」
確かにいざという時に備え、能力を事細かく分析し把握しておくことは必須だ。場合によっては敵に対する対応が変わることも想定しておく必要が出るかもしれない。
迅もこれから先の未来、大きな戦いが待ち受けている可能性を感じ取っているからこそ、鬼怒田の意見を無下にはできなかった。
「……わかりました。そこまで仰るならば」
「本当に、本当にありがとう……! 迅、わかっとるな!?」
「わかってるって。さっきみたいなことを思い出さないようにすれば良いんでしょ?」
怯えながらも要望に応じてくれた娘と同年代の少女に、鬼怒田は重ねて礼を告げる。
一息ついて、再び吉良は迅の手に触れて、目を閉ざした。
そして迅が今一度、ボーダー本部であった事を振り返っていく。
「……あっ。駄目だ、これ」
だが、事態は更なる悪化を辿った。
人間は考えないように意識すると余計にその事を考えてしまう事がある。
瞬間、吉良の頭の中には先ほど出会ったばかりの熊谷の後ろ姿が思い描かれた。見惚れるほどのプロポーションを持つ彼女に後ろから迫り、そして先ほどと同様に彼女の大きなお尻を指先で辿って――
「~~~~っ!!!!????」
吉良の声にならない悲鳴が、再び空間を支配した。
★☆★☆★☆
・過去視は間違いなく本物である。
・過去視で得た情報を他人と共有する事は可能である。
・吉良の
・相手が強く印象に残っている事ほど感じ取りやすい。
・相手が情報を隠そうとしても、かえってその潜在意識が記憶を呼び起こす事になる。
・迅隊員は今後、吉良隊員との接触を一切禁ずる。
「……ふむ。ひとまず今日判明した情報はこんなところか」
「待って。鬼怒田さん、最後の所見がおかしい」
「黙れ! よくもぬけぬけと!」
鬼怒田がホワイトボードに検査で判明した事実を簡潔に羅列する。だが最後の一つだけは明らかに能力とは一切関係ないだろうと迅が訴えるが、鬼怒田は聞く耳を持たなかった。
「言っておくが、今回の事は忍田本部長にしっかり報告させてもらうからな……!」
「せめて
確実に迅を叱るであろう本部長の名前を上げると、たちまち迅は助けを求める。
当然ながら鬼怒田は吉良を可愛がっているため、即座に彼の意見を切り捨てた。
「やだ。もう、やだ」
「もう全部終わりましたからね。ありがとうございます、お疲れ様でした。何か甘いものでも食べましょうか?」
「……ケーキが良いです」
「そうですね。どこかカフェにでも行きましょう」
再び小早川の胸元に収まった吉良は、小早川に頭を撫でられ、ようやく落ち着きを保っている。
元々小柄な体型の彼女が縮こまっている姿は余計に痛々しく映り、迅への糾弾は強まるばかりだった。
「さて、迅君。私の可愛い後輩がとても世話になったようね? どうお礼をすれば良いかしら?」
「……本当に、悪意はなかったんです」
小早川から知らせを受け、急遽開発室まで駆けつけた加古が冷たい視線で迅を射抜く。
静かだが反論を許さない彼女の圧に負け、迅は言葉を選びながら弁明を続けるものの、加古は一切表情を変えなかった。
「わかってるわ。一応、今日だけはその言葉を信じておくけれど。ただ、もしも今後あの子があなたと関わって何かがあったならば、その時は私も何をするかわからないから。それだけは覚えておいて」
「……はい。すみません」
未来視が発動しなくてもわかる。
加古はその時こそ迅の敵となり、あらゆる手で迅を追い詰めてくるだろう。
迅はただただ謝罪の言葉を告げ、許しを乞うばかりだ。
こうして吉良と迅、二人の