カコと見る世界   作:星月

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六話 邂逅

「こんにちは。吉良、入ります」

 

 中学校の部活を終え、ボーダー本部に立ち寄った吉良はいつものように加古隊の作戦室を訪れていた。

 小早川の清掃もあって、やはり今日も床まで清掃が行き渡っている代わり映えのない作戦室。しかしその通路の一角で、一人の女性が仰向けで倒れている光景が吉良の表情を強張らせる。

 

「えっ!? ……あっ、喜多川先輩でしたか。こんなところで何をしているんですか?」

「お腹がすいた」

「空腹の為に作戦室で倒れていたと……?」

 

 猫耳を彷彿させるくせっ毛となだらかな曲線状の口、そして丸っこい容姿の女性は喜多川真衣。加古隊に所属しているもう一人の戦闘員である。

 倒れていたのが喜多川と判明し、吉良は安堵の息を溢した。これがもしも他の隊員だったならば大問題だが、喜多川の場合は少しばかり行動が読めない、何をしてもおかしくないという変な信頼感がある。先日加古の紹介で出会ったばかりではあるのだが、そんな吉良でもそう感じてしまうほどの不思議な存在だった。

 

「加古さんたちは今日はいないんですか?」

「大学の講義で遅れるみたい。杏さんは欠員が出た防衛任務の応援」

「あらら。それじゃあしばらくは来ないですね。お二人が来るまで待てますか?」

「無理。至急、おやつが必要。おやつを所望」

「そうですよね。だから倒れているわけですし」

 

 年下の女の子が見ている中、喜多川はピクリとも動こうと言う姿勢すら見せず、不動の姿勢を貫く。

 困ったなと吉良は溜め息を溢すが、何故か喜多川の我が儘な姿を見ても不思議と悪い気持ちは湧いてこなかった。

 

「わかりました。それじゃあ私がおやつを買ってきます。ちょっとだけ待っててくださいね」

「できるだけ、早く」

「……了解です」

 

 先輩に急かされて、吉良は荷物を作戦室の中に置くとすぐさまに駆け出す。

 幸いにもボーダー本部の中には隊員たちがいつでも利用できるようにコンビニが設立されており、ある程度の品揃えがされている事は説明を受けていた。

 とにかく加古たちが来るまでに喜多川の状態を回復させておこうと、吉良はそそくさと作戦室を後にする。

 

★☆★☆★☆

 

「……どこだろ、ここ」

 

 作戦室を出発してから数分後。

 吉良はボーダー本部の中で迷子になってしまっていた。

 コンビニでお菓子を購入するまでは良かったのだが、廊下で那須と熊谷の二人と遭遇したことで流れが一変する。

 体調が芳しくない那須の病院の検査もあって最近はあまり話すことができず、久々の再会に話を弾ませている間に現在地がわからなくなってしまったのだ。

 ただでさえ似たような扉や廊下が続く上に特別目印となりそうな置物などもない。前から説明を受けていたとはいえ、普段は加古や小早川と一緒に行動することが多く、咄嗟に意識が他所へと向いてしまったことで当たりもつかなくなってしまった。

 

「加古さんは――まだ着いてないだろうし、小早川先輩も任務中。喜多川先輩は論外。どうしよう……」

 

 頼りの先輩たちは皆各々の事情で迎えには来れないだろう。他に連絡先を知っている隊員はなく、完全に行き詰まってしまった。

 いっそ一度わかる場所まで戻った方がかえってわかるだろうか。どうにか打開策を模索し始める吉良。

 

「……えっと。君、どうしたの? 道に迷った?」

「へっ?」

 

 すると、廊下で立ち尽くしている彼女をみかねた一人の女性が話しかけてきた。

 鼻を中心にそばかすが見える、無造作な髪型をした大人しめな印象の女性は、吉良を落ち着かせるように優しい声色で問いかける。

 

「見たことないから、多分訓練生だよね? どこに行きたいの?」

「はい。その、加古隊の作戦室なんですけど」

「ん? 加古さんの部隊の? 加古さんの知り合い?」

「はい。スカウトをしてくださったのも加古さんで、良くして貰ってます」

「ああ。そういえば二宮さんがそんなこと言ってたような」

 

 知り合いなのだろう。加古の名前を出すと、同じく実力者である二宮の名前を挙げて納得したように頷いた。

 

「わかった。それならここから近いし、案内するよ。あたしは鳩原未来。二宮さんの部隊の隊員なんだ。よろしくね」

「二宮さんの! ありがとうございます。吉良葵です。よろしくお願いします」

 

 鳩原がそう言って小さく笑うと、吉良も笑みを浮かべて彼女に続く。

 程なくして二人は目的地である加古隊の作戦室までたどり着くのだった。

 

「うん。ここで大丈夫だよ。二宮隊の作戦室もすぐ近くだから、良かったら遊びにきてね」

「ありがとうございます。最悪喜多川先輩が餓死するかも知れないと思ってましたから、おかげで助かりました」

「……餓死? えっ。ひょっとして大事だった?」

 

 トリオン体でも餓死するんだっけ。吉良の説明に鳩原が困惑する中、吉良は感謝の言葉を繰り返す。

 隊長である二宮が初対面の際に怖い印象を抱いていたので他の人と上手く関係を築けるか心配だったが、鳩原が優しく接してくれたおかげで不安は一蹴された。これからもお願いしますと、親しみと敬意を込めて言葉を紡ぐ。

 

「あら? 吉良に、鳩原ちゃん? 珍しい組み合わせね」

「こんばんは」

 

 すると吉良と鳩原が話しているところに加古と小早川が揃ってやって来た。二人の存在に気づくと吉良と鳩原も軽く会釈する。

 

「あっ。お二人とも、お疲れ様です!」

「お久しぶりです。偶然廊下で会ったんですよ」

「はい。喜多川先輩のお菓子を買って戻ろうとしたら、途中で迷子になってしまって……」

「あら。それはごめんなさいね。鳩原ちゃんもありがと」

「今度お菓子の補充はするつもりだったんですが、足りなかったですか……」

 

 仕方がないかと小早川は溜め息を溢した。彼女も喜多川の自由奔放な振る舞いには気を使っている。十分すぎるほどの備えはしていたつもりなのだが、それでも足りなかったとは。まだ訓練生である吉良や他の部隊である鳩原にまで迷惑をかけてしまうとは申し訳ない気持ちになってしまった。

 

「わざわざすみません。代金はお支払いしますので、教えてくださいね」

「えっ。いえ、そんな」

「あなたはまだ中学生なんだから遠慮しないの。……食材も買ってきたし、良かったらご飯も食べていきなさい。鳩原ちゃんもどう? 腕によりをかけて炒飯を作るわよ」

「えっ。あー、炒飯ですか」

 

 吉良はそのまま言葉に甘える一方、鳩原は突然の誘いに表情が強張る。

 加古の作る炒飯は基本的に絶品であり、10回作れば8回は誰もがうなる絶品炒飯が振る舞われるのだ。その一方で残り2回はゲテモノ料理と呼ばれるであろう類の料理が並ぶ、まさにロシアンルーレット。彼女の隊長の二宮から、同級生である太刀川がその外れを引いて死亡したという知らせを耳にした事だってあった。

 

(万が一でも外れる可能性があるのはちょっと……)

 

 おおよそ問題ないとしても、万が一でも腕によりをかけた外れを引いてしまったなら耐えられないのではないか。

 折角だけど辞退しようか、鳩原が人知れず苦悩していると、その顔色から彼女の心中を察した吉良が加古の元へと駆け寄り、彼女の腕を引いた。

 

「加古さん、まずは部屋に入りませんか? 喜多川先輩も待っているでしょうし」

「ん、そうね。あまりあの子を待たせるのも可哀想だもの」

「はい。それに加古さんが炒飯を作ってくれると聞けば、すぐに元気になると思いますよ」

「なら良いのだけど」

 

 確かに元々の頼みの主である喜多川を置いて話を続けるのは彼女に悪いだろう。

 吉良の説得に従い、加古は作戦室の方へと歩を進める。突如話題が逸れたからこそ加古が他へ意識を向けたことにより、彼女は自身に語りかけている吉良が意識を集中させていることに気づけなかった。

 

「ん。……うん、鳩原先輩」

「えっ?」

 

 そして加古が部屋に入るのを確認して吉良は鳩原の方へと向き直る。そして彼女にだけ話が聞こえるようにとそっと耳打ちした。

 

「大丈夫です。今日の加古さんは皆普通の食材しか買ってないので、安心してください」

「そうなの?」

「はい。――私にはわかるんです」

 

 そう付け加えて吉良は加古の後ろへと続いていく。

 理由はわからないが、何故か理屈もないのに鳩原は彼女の言葉に納得している自分に気づいた。

 

「ひょっとして私、読まれちゃったしから?」

「あ。わかっちゃいました?」

「やっぱりね。抜け目のない子。……鳩原ちゃん、不思議でしょこの子? 今シーズンは厳しいと思うけど、きっと来シーズン中には私達と同じところにいると思うから、覚えておくと良いわ」

 

 吉良の様子から自分が能力を使われたことを察した加古だが、気分を害することはせず、鳩原に半身を向けて彼女に忠告する。

 

「……そこまでですか」

 

 加古が断言するのだから間違いないのだろう。

 現状の加古隊は戦闘員が二人。そのうち喜多川はトラッパーという味方の支援や敵の妨害に徹した特殊なポジションであり、前線で戦うのは実質加古一人という珍しい態勢だ。

 だからこそ加古と並んで前線で戦える隊員が一人増えればその脅威は大きく増すだろう。その人物がこの少女なのか。

 あるいは彼女の目標達成にあたって大きな障害となるかもしれない。鳩原は思わず息を飲んだ。

 

「……誰か。お腹空いた」

「あら? ああ、真衣。遅くなってごめんなさいね」

「すみません。今買ってきたので、ポッキーとクッキー開けます」

「ムシャムシャムシャ」

 

 その緊張感を四散するかの如く、喜多川の呑気な声が耳を打った。

 すかさずエコバッグからお菓子を取り出した吉良が喜多川の口へとお菓子を運ぶ。大きな音を立てながら黙々と咀嚼していくと、やがて喜多川がスッと立ち上がった。

 

「回復」

「良かったですね。ほら、真衣さん。きちんとお礼をして」

「吉良ちゃんありがと~」

「いえいえ」

 

 喜多川を中心に、やはりどこか抜けている雰囲気の加古隊の面々。

 やっぱり考えすぎか。彼女たちの緩い様相に当てられて、鳩原は肩を撫で下ろし、話の輪の中へと加わるのだった。

 後に鳩原がこの考えを改めるのは、この日からおよそ五ヶ月が経過した時の事である。




太刀川「ガタッ」
堤「ガタッ」
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