カコと見る世界   作:星月

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七話 射手

「あれ? 二宮さん。お疲れ様です。ひょっとして二宮さんも加古さんに呼ばれたんですか?」

「……出水か」

 

 明るい髪色の少年が前を歩く隊員に気づいて近づいていく。

 ホーダー本部の訓練室へと繋がる廊下で二宮に声をかけたのは、彼に次いでナンバーツー射手(シューター)と名高い出水だった。

 

「ああ。見せたいものがあると言われてな。退屈はさせないから来て、と」

「俺も同じ感じですね。俺らが揃って呼ばれたってことは、やっぱ射手(シューター)関連っすか」

「おそらくな」

 

 出水の意見に二宮も静かに頷く。

 この二人と加古は射手(シューター)のポジションという共通点があり、しかも全員が同ポジションにおける個人ポイントランカーだ。部隊ランク戦でも互いにしのぎを削るライバルである。

 その一人が他の二人をわざわざ呼ぶのだから、その目的は考えるまでもなかった。

 一体何を見せようとしているのか。期待に胸を膨らませながら、出水は訓練室を上から一望できる観覧席の方の扉を開けるのだった。

 

「ちわーす。加古さん、来ましたよ。二宮さんも一緒です」

「あっ。来たわね」

「おーっす」

「ん? 米屋も呼んでたんすか?」

「一体どういう組み合わせだ?」

 

 すると部屋の中からは既に席に座っていた加古の他にもう一人、カチューシャでかきあげた前髪とハイライトのない目が特徴的な出水の同学年の男性、米屋が手を振って二人を出迎える。

 米屋のポジションは攻撃手(アタッカー)だ。

 てっきり射手(シューター)の隊員だけを集めたものだと思っていた二人は想定外の存在に疑問を呈したのだが。

 

「いや、俺はたまたまっす。なんか面白そうなのやってんなーって見に来ただけなんで」

「私が呼んだのは二人だけよ」

「あー、なるほど」

 

 つまり野次馬ということか。米屋と加古の説明で合点が行った。米屋は普段からボーダー本部内で姿を見るが、ランク戦以外にも多くの隊員とコミュニケーションを取ったり、時には子供の面倒までみたりとあらゆる事に顔を出す隊員だ。

 大方今回も加古が何かを企んでいると聞いて駆けつけたのだと想像できる。

 

「じゃ、やっぱり射手(シューター)絡みで間違いないんすね? 一体何が――ん?」

「あれは、お前がスカウトしたという例の隊員だな。吉良と言ったか」

「そうよ。あともう一人はあの子と同期っていう、那須ちゃん」

 

 用件を尋ねようとして、それより早く出水は市街地を再現した訓練室の中で射手(シューター)トリガーを次々と射ち放つ二人の女子隊員達の姿を捉えた。

 出水は知らないが、二宮は一度だけその片方を目にしたことがあった。

 訓練室にいるのは吉良と那須、直近の入隊式で訓練生となった二人である。前を走る吉良は時折後ろを振り返りながら誘導弾(ハウンド)を射ち、彼女を追う那須は俊敏な動きで距離を詰めつつ、自在な弾道を描く変化弾(バイパー)で吉良を狙った。

 所有者のトリオン量の分、威力で勝る追尾弾(ハウンド)変化弾(バイパー)を打ち破り、那須に迫るが、機動力に優れた那須はその身のこなしの軽さで射撃をかわし、吉良との距離を詰めていく。

 クールタイムが開けるや否や、再び両者は各々の射手トリガーを起動。次々と相手目掛けて撃ちだしていった。

 

「面白えー。訓練室だからトリオンとかお構いなしにどんどん撃ち放題だ」

「訓練生、だからシールドもなしなんすね。にしても完全に獲りにいく射撃だな。でもなんでランク戦じゃなくて訓練室でやってんすか?」

 

 弾が存在しない時間がないほどのやり取りに米屋は面白半分で呟く。しかも射撃は的確に相手を打ち抜こうと精密な精度を持っており、その動きに同じポジションである出水は感心して口角を上げた。

 同時にこれならば個人ランク戦でやれば良いのではないか、そう加古に尋ねると。

 

「ランク戦だと一戦ごとに区切りができちゃうでしょう? だからずっと戦い続けられる訓練の方が都合が良いみたいね。検査明けで久しぶりに身体を思いっきり動かしたいという那須ちゃんと、弾数とか気にせずに射ちまくりたいという吉良の思惑が一致したのよ」

「発言が完全に弾馬鹿のそれ」

 

 おとなしめの女子からとは思えない意見が飛び出し、米屋は苦笑を浮かべた。

 さらにそれだけではないと加古は話を続ける。

 

「どうせなら殺風景な風景よりは本格的な場所の方が良い、って事で鬼怒田さんに頼んで再現してもらってるの」

「なんで鬼怒田さん?」

 

 本来ならば訓練は合同訓練でもない限りは背景は特にトリオンを使用しない真っ白な空間が続くのだが、鬼怒田によって特別に用意されていた。

 何故ここで上層部の名前が出てくるのか、事情を知らない出水が問いを投げる。

 

「あの子くらいの年代の子が好きらしいんだけど。この前検査でちょっとした事もあってね。その詫びも兼ねて用意してくれたのよ」

「何やったんだ鬼怒田さん」

「言って大丈夫な話?」

「あの子にちょっとしたトラウマを植え付けただけよ」

「マジで何やったんだ鬼怒田さん!?」

「全然大丈夫じゃねえ!?」

 

 そして続けられた説明に出水も米屋も戸惑いを隠せなかった。

 外見からも吉良が高校生にもなっていない、年下の隊員であることは容易に考えられる。

 だからこそ、そんな小さい女の子にトラウマを植え付けるような検査とは一体何があったのか。

 二人の中で鬼怒田の株が大暴落の一途を辿る。まさか元凶が鬼怒田本人ではなく、彼らもよく知る隊員であることは想像する事もできなかった。

 

「それでこんなマップが用意されているわけか。確かにどちらも素人の動きではないな」

 

 するとここまで静観を決め込んでいた二宮が口を開く。彼は目の前でひたすらに熱い射撃戦を繰り広げる二人の姿をじっと見つめていた。

 

「あら。二宮君。あなたの目から見て二人はどう?」

「……射手(シューター)のセンスで見るならば、機動力が高くリアルタイムで変化弾(バイパー)の弾道を引く那須が優位。と言いたい所だが」

「吉良ちゃんでしたっけ? あの子も負けてないっすよね。トリオン量は彼女の方が高いみたいだし、何より戦い方が上手い」

 

 二宮の説明を受け継いで出水が解説する。

 射手のプロフェッショナルである二人から見ても二人の実力は拮抗していた。

 本人が素速く動き回るうえに動きが読みづらい上に、現段階では出水しかできなかった一発ごとにリアルタイムで変化弾(バイパー)の軌道を変えていく那須。対するはトリオン量で勝り、加古からの教えも授かっている吉良。

 今再び縦横無尽に動き回る那須が射撃をかわしながら変化弾(バイパー)を発射。そして建物の屋上を次から次へと飛び移っていくのだが。

 

「あっ!?」

 

 思わず那須が短い悲鳴を上げる。

 那須を狙うと思っていた弾は突如大きく軌道を変えて、那須の進路方向であった一軒家の屋根を打ち抜き、そして破壊した。

 着地の場所を失った那須は倒れ込む形で家の中へ転がり込む。

 

「おおっ。足を奪ったか」

「誘導弾、じゃねえな。追尾弾に切り替えたのか」

 

 瞬時に那須の長所を奪った攻撃に米屋が感心する中、出水は瞬時に吉良のトリガーの真意に辿り着いていた。

 ハウンドには主に二つの使い分けがある。

 トリオンを探知して目標を追尾する誘導弾とトリガー所有者の視線で対象を指定する視線誘導だ。

 これまでは那須本人を狙う目的で誘導弾を使っていたのだが、今回は相手の機動力を奪う目的で那須の行く先を目掛けてハウンドを放ったのだ。

 

「これで、決める!」

 

 一時的に那須の動きが止まった瞬間を見逃さず、吉良が追撃する。

 隣の高い建物の屋上へと移動すると、那須に狙いを定めた誘導弾を再び解き放った。

 

「……っ!」

「おっと!」

 

 だが那須も負けじと反撃の手を繰り出す。

 得意の変化弾(バイパー)で上下左右、あらゆる方角から吉良を狙った。

 その攻撃は寸前で吉良にかわされてしまったが、那須もハウンドを回避すべく、射線を切るように吉良とは反対側へと跳んで――

 

「えっ――!?」

 

 建物を迂回するように大きな弧を描きながら迫る二発の誘導弾が那須のトリオン体を貫いた。

 

「おおっ。まともに直撃した」

「一人時間差攻撃……? もうそこまでやんのかよ」

「最初から那須に強い追尾機能を持ったハウンドに紛れて、明後日の方角に追尾機能がほとんどないハウンドを同時に発射。徐々に追尾機能を向上させることで那須の背後を取ったというわけか」

 

 いわば曲射だ。本命の射出の角度をあえて敵から外し、変動する追尾機能で敵を撃ち取る。

 本来は牽制目的で使われる事が多い技術だが、吉良はそれを那須を仕留めるために使っていた。

 

「そうよ。逃げ場所を限定させて相手を動かして、そこを摘み取る。しっかりしてるでしょ?」

「……なるほど。お前が鍛えていると言うことは間違いないようだ」

 

 この戦い方はまるで加古を彷彿させる技術だ。得意げに笑う加古を見て、二宮は吉良という少女が第二の加古のような存在になっている事を理解した。

 

「なるほど。――考えてることは同じね、吉良ちゃん」

 

 彼女の脅威を理解したのは彼らだけではない。

 対峙している那須もカラクリを瞬時に理解し、そう呟いた。

 

「うわっ!?」

 

 誰の耳にも届かなかった彼女の言葉が紡がれたその直後、今度は吉良が背後から複数の変化弾に貫かれ、その場に膝をつく。

 

「はっ!?」

「かわしたはずの変化弾!?」

「……どうやら回避される事を想定して、外れた後は戻って相手を貫くように弾道を設定していたようだ」

「あら。これはやられたわね」

 

 那須の変化弾は相手へ命中するまででは終わらなかった。

 たとえ一度はかわされても、再び軌道を変えて相手を背後から襲撃する。吉良の行動をそこまで読み切り、前もって軌道を設定していた。

 とても訓練生とは思えない攻防に、正隊員である四人も思わず唸り声を上げる。

 

「……これは確かに面白い。ようやくまたエースを張れる射手が現れたか」

 

 特に技術に長けた出水はそう言って二人の少女に感嘆した。

 最近はシールドの性能向上もあって、射手は単独で点を取ることは難しい。そう言った事情もあって射手はサポーターに徹する者が多くなっていた。

 だが少なくともこの二人で単独でも敵を仕留め切る、そう言った明確な意思を感じ取れる。

 あまり現れなくなっていたエースを張れる射手の出現に、出水は自然と胸を躍らせていた。

 

「……フフッ。楽しいわね、吉良ちゃん」

「はい。本当に! まだまだ行きますよ、那須さん!」

「ええ。もっとやりましょう」

 

 互いの技量に感動すら覚えながら、二人の撃ち合いはさらに激しさを増していく。

 続々と弾が浮かんでは街を、相手を削っていくその光景に、いつしか皆言葉を忘れてその行く末を見守っていた。

 

★☆★☆★☆

 

「いやー。マジで面白かったわ。トリガー一つだけでもこんなに白熱するんだな」

「よかったわよ二人とも。ますます上手くなってるわね」

「ありがとうございます」

「正隊員の皆さんにそう言ってもらえると、本当に嬉しいです!」

 

 およそ10分後。

 ようやく戦いに満足した二人が引き上げると、米屋や加古が二人を暖かく出迎えた。

 お世辞もあるだろうが、やはり実力者から称賛されれば自然と頬が緩む。那須も吉良も満足げに笑みを浮かべていた。

 

「ひたすらに弾の撃ち合いってのも結構良いっすね。俺も途中から混ざりたくなりましたもん」

「あら。それなら出水君も混ざってみる?」

「いやー。流石に女子二人の間に割って入るのはちょっと」

「なんなら私も混ざっても良いけど」

「余計に男女比が悪化してるじゃないですか……」

 

 二人の熱に当てられ、出水の闘争心にも火がつく。

 これがもしも米屋のような気軽に混ざれる相手ならば即刻飛び入り参加していたと想像してしまうくらいに。

 とはいえ相手はまだ訓練生で初対面の女子だ。加古からも誘いを受けるが、申し訳ないがと添えて彼女の提案を辞退する。

 

「あっ。それなら二宮さんも折角ですしどうですか? 私、一度実際に見てみたかったんです!」

 

 すると吉良が予想外の提案を二宮へと告げた。

 瞬間、周囲の空気がピシャリと凍る。

 もちろん彼女には何も悪意はないのだろう。事前に加古から聞いていた実力を見てみたいというのは紛れもない本心のはず。

 しかし二宮の気難しい性格を知っている面々はあまりにも無茶な話だと瞬時に理解した。

 

「断る。わざわざそんな事をする義理などないし、必要もない」

 

 やはり二宮はそう言って背を翻す。

 取り付く島もない態度に、出水は「そうだよなー」と内心呟き、さてどうやってこの少女を宥めようかと考えだした。

 

「……あー、そうですか。まあ万が一でもナンバーワン射手なんて呼ばれてる二宮さんが、訓練生に射ち負けたなんてなったら笑い話にもなりませんもんね」

 

 直後、吉良が放った台詞で先ほどとは比べ物にならないほどの緊張感が走った。

 出水は頬をひくつかせ、米屋や那須が口元を押さえ、加古が必死に笑いを堪えながら吉良へ向けて親指を立てる。

 吉良は加古から二宮の実力以外の話も聞いていたのだ。一見冷静のようで熱い男であり、いざという勝負事には乗ってくる人物だと。

 

「――なるほど。どうやら射手としての振る舞いの他に、冗談なども加古から教わっているようだな。それとも本当に万が一があるとでも思っているのか」

 

 事実、その場を後にしようとしていた二宮は足を止め、再び吉良たちの方へと振り返った。

 冷たい口調で淡々と告げる姿は脅威そのもの。正面に立っていた吉良は思わずすくんでしまい、半歩後ずさってしまう。

 

「良いだろう。その思い上がり、正してやる。お前に合わせて俺もトリガー一つで臨んでやろう」

「……よろしくお願いします!」

 

 こうして急遽二宮も参戦が決定し。

 その日の訓練場は射手の王がアステロイドで一方的に蹂躙する光景が数十分の間繰り広げられたという。

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