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加古の読みは的中していた。
吉良の入隊からおよそ二ヶ月の時が経過。ボーダーでは三ヶ月毎にシーズンが変わり、部隊のランクが決定したりするのだが、その最初のシーズン中に吉良は正隊員への昇格を果たす。
学校や部活動に励みながら個人ランク戦や合同訓練に従事し、ようやく掴んだ正隊員の座。念願の資格を手にした彼女であったが、しかし彼女の望みであった加古隊への加入がすぐ実行に移される事はなかった。
「もう少しだけ待っていてね。あなたは大切な切り札なんだから。その代わり、次のシーズンからはきっちり働いてもらうわよ」
「はい! 勿論です!」
何か問題があったというわけでも加古隊のチームメイトとの不和が生じたという訳でもない。
むしろその逆。
昇格後は加古隊の面々と組んで防衛任務に参加する事も出きるようになり、彼女達との仲はさらに深まっていた。
それでも即座に部隊へ加入しなかったのは隊長である加古の意図である。1シーズンに一人までは新たに新規の隊員が加わってもランクの変動は変わらないという制度があるとはいえ、すでにシーズンは後半に入っていた。
今から下手に新戦力を加えるよりも、来る時の為に情報を伏せ、今のうちにさらにチームの練度を上げ、来る翌シーズンで一気に部隊ランク戦を共に駆け上がろうと彼女達は誓う。
そして新たなシーズンへと突入した10月。
吉良は正式に加古隊へ加入を果たし、彼女達と共に初めての部隊ランク戦に挑むこととなった。
新しいメンバーが加われば、連携の拙さや実力の不足などの観点からその新戦力が狙われることも多いのだが、吉良は周囲の予想に反していきなり存在感を轟かせる事となる。
まず最初に吉良と直接交戦したのは、三輪隊の米屋だった。
「陽介!」
「オッケー。わかってる」
加古と吉良、二人の
加古隊は隊長を含めて射手しかいないために接近することさえできれば三輪隊が有利だった。特注の槍の形を模した弧月を手に加古隊へ接近する。小早川の指示を受けた喜多川のトラップも全て捌ききり、さらに加速した。
「……
罠を全てかわした敵を目にした吉良はすぐに標的を変更。米屋に狙いを定め、一斉に
(弧月? あの子、攻撃手用のトリガーも使えんのか? ――まぁとは言え射手ほどの腕ではないばずだ)
刀を正面に据え、刃筋をまっすぐ敵の急所へ向ける姿は様になっており、剣士そのもの。
とはいえ実際に戦い慣れているであろう射手トリガーほどてはないはず。先に射手トリガーを起動していたのもそのためだと判断した米屋はまず先に迫り来る
「それに、その技はもう見てるぜ!」
左右から迫る弾を切り捨て、分割したシールドで上下から繰り出される弾を受け止め、最後に背後から襲わんとするハウンドも槍で切り落とす。
誘導機能の強弱をつけ、ありとあらゆる角度から敵を仕留めようとする狙いは良かった。だが精鋭と呼ばれる米屋が一度訓練室で目にした攻撃を対処しきれないはずがない。
すべてのハウンドを無力化した米屋は再び吉良を鋭い視線で射抜いた。
「――ハッ!?」
直後、構えはそのままに一瞬で距離を詰めた吉良を目にし、表情が凍りつく。
だが驚く余裕はなかった。接近するや否や、吉良は容赦なく弧月を振るう。
「フッ!」
「ちいっ!」
瞬きしている間に終わってしまうであろう刹那の攻防。咄嗟の反応で米屋も防御を試みるが、彼が対応できたのは二撃目までだった。
初撃の斬り上げは槍の刃先でかち上げ、二撃目の肩から脇腹に向かって切り落とす袈裟斬りは集中シールドで受け止めようとしてシールドごと叩き割られて胴体に傷を負い。返す刀で横に薙いだ刀が、米屋を真っ二つに切り落とした。
「……うわっ。マジかよ。エグっ」
「いえ。初見でここまで対応されるとは思っていませんでした」
「かーっ。嫌味にしか聞こえねえ! おい、これが終わったらソロでやろうぜ!」
最後に軽い文句と誘いの言葉を残し、米屋は戦線を後にする。
この局地戦で前衛の一角を失った三輪隊はこれで一転して不利となり、加古のハウンドと吉良のアステロイドに押し負けた三輪が脱出し、最終的に初陣となった新生加古隊の勝利を許す事となるのだった。
さらにこの戦いの数日後、二宮隊と影浦隊との組み合わせとなった一戦でも吉良は躍動。加古の不意を突こうとした犬飼を撃破し、影浦と相打ちを果たすなど圧倒的な戦果を残し、衝撃的な部隊ランク戦デビューを果たすのだった。
★☆★☆★☆
その日、個人ランク戦のブースの一角で一人の男がひたすらにある人物を待っていた。
オールバックの黒髪に、目元を隠すゴーグル、引き締めた太めの眉毛と強張った顔つきが印象的な男は生駒達人。
現在のボーダーでナンバー5攻撃手と名高い実力者である。抜刀術の達人でもあり、個人でも部隊でも名を知らぬ者はいないほどの人物なのだが、何かにつけてふざけたがる一面を持つ彼は今日も他の人には予想もできない理由でこの場にやってきていた。
「――まだかいな、例の新人くん。早う腕を試したいのに」
聞く話によると、先日まで訓練生だったが正規隊員になるやすぐにA級に加わった射手がおり、その人物が今度は弧月で頭角を現しているという。
しかも戦った米屋が「入隊以前からの剣の経験者みたいでイコさんと似た感じっす。多分気が合うっすよ」と生駒の愛称でそう例えた。精鋭の中でも歴戦の猛者である彼が言うのだ。まず間違いないだろう。
そしてこれを聞いた生駒は多大な衝撃を受けた。
「なんやそれ。アカンやろ。俺とタイプ被るやん」
弧月を使う、剣の経験者。生駒もまた過去に祖父から居合いを教わった身だ。その経験を活かしてボーダーでうまくポジションを確立していたのだがその立場が危ぶまれるという自身存亡の危機を感じとったのだ。
ならばここで出る杭は打たねばならない。
気が合うというならば、きっと何もない平時ならば良い関係を築けたのだろう。だが自分の立ち位置を脅かす存在ならばやむを得ない。
生駒は米屋にその人物を連れてくるようにと頼み込み、じっとその時を待っていた。
すると突如として生駒の部屋の扉が開かれ、米屋がひょこっと顔を出す。
「――イコさん。来ましたよ。100号室の弧月っす。一応今回は弧月で腕を試したいって話もしときました」
「おっ? 来たんか。説明までしてくれたなんて、わざわざありがとな」
「いえいえ」
じゃあこれで、と言い残して米屋はブースを後にした。
彼の言う通り、いつの間にかモニターには100号室、3459、弧月と相手の情報が記されている。本家は射手のはずだが、話を合わせて弧月で挑んでいるのだろう。
米屋のお陰で下手に時間を食わずにすんだ。
すでにこの場にはいない米屋に礼を告げて、生駒は100号室の挑戦を受ける手続きをすませる。
やかて生駒の体が個人ランク戦用の空間へと飛ばされていった。
どこの馬の骨ともわからない男に経験者ポジは渡せない、そう意気込んで生駒は先に転送されていた敵を見据える。
「――んっ?」
そして目前に立つ加古隊の隊服を身に纏った幼い少女、吉良の姿を目にした瞬間。生駒の思考は完全に停止した。
「えっ? えっ?」
「はじめまして、生駒さんですね。米屋先輩から一通り話は聞きました。私としても居合いの達人と立ち会えるのは望むところです。……では!」
「ちょっ、ちょっと! ちょっとタイム!」
「はい?」
呆然とする生駒を他所に吉良は一礼すると、人懐っこい笑みを浮かべて弧月を構える。
今にも仕掛けようとした瞬間、生駒が必死に静止を呼び掛けたことで吉良が停止し、それを見届けた生駒は明後日の方角を向いて声を張り上げた。
「チェンジで! どうなっとんねん。なんで女の子が俺のとこに来とる!? 転送ミスか!?」
おかしい。米屋は間違いなく生駒と気が合うと言っていた。しかしいざ蓋を開けてみればやってきたのは小さい女の子が一人。
「気が合うどころか、俺が一人で話しかけようもんなら即通報ものやん」と、明らかに話が違う展開に生駒は声を荒げる。
生駒は女の子が大好きな反面、同部隊以外の女の子に対しては中々率先して話しかけることができずにいた。だからこそ気の合うという話を聞いた時には自分に似た硬派な男性が来ると予想していたのに。
「……えっと。間違いではないですよ? 私が米屋先輩の紹介を受けた吉良と言います」
「よし、わかった。吉良ちゃんやな? すまん、よく話を聞いてなかった俺が悪いんやけど。俺は君みたいなちっちゃい女の子斬ったらあかんねん。そういうのはうちのイケメン担当の隠岐に任しとんや」
「担当制なんですか?」
「そや。君も俺みたいなやつより嵐山とかみたいなイケメンとかとやった方が嬉しいやろ?」
戸惑いを隠せない吉良に、生駒は勢いよく続け様に話し続けた。
さすがに生駒の同学であり知らない者はいない、嵐山の名前さえ挙げれば彼女も退いてくれるだろう。そういう意図で語ったのだが。
「そんな事ありません。日頃から磨いてきた技を戦いに活かす。その姿勢に私も共感して誘いを受けたんです。そう自分を卑下なさらないでください」
吉良は生駒を諭すように、柔らかな口調で告げた。
間違いなく年下であろう少女にこれほど優しく接しされ、生駒は思わず感極まる。
「――いや、そうか。わかった。これドッキリやな? どっかで俺の反応見とるんやろ。カメラどこや?」
「いえ、本当に本音を話してるんですけど」
「マジなん? 天使か?」
終いにはこれが誰かが仕組んだ罠であろうとあちこちを探り始めるが、当然何も出てこない。
本当にこのまま自分が相手をしても良いのだろうか。まだ悩み続ける生駒であったが、思い悩む彼を見かねた吉良は再び弧月を構えた。
「生駒さん。どうしても私では相手にとって不足であらならば」
「いやいや違うで。吉良ちゃん自身に不満があるとかではなくてな――」
「一度で構いません。私の技、一度だけ試して貰えませんか?」
「――――っ」
吉良が話を終えた瞬間、生駒は反射的に鞘に収まる弧月に手を掛ける。
何かが起きたわけではない、だか何かが変わった。
生駒の本能が、吉良が臨戦態勢に入ったことを察して防御態勢に入ったのだ。
何らかの武術を続けると、自然と敵の気を察知しやすくなる。生駒も吉良の放つ気を肌で感じ取っていた。
まだ完全に切り替えられてはいないが、ただ立っていてはやられる。生駒は全神経を集中させ、吉良の動きを一挙一動をじっと観察し。
次の瞬間、吉良は生駒に肉薄していた。
「フッ!」
「ぐっ!?」
吉良が刀を振り上げ、生駒も鞘から刀を抜き放つ。
時間にしてみれば一秒にも満たない、目にも止まらぬ早業の応酬が繰り広げられた。
「……すごい。見えなかったです」
そう言葉を発して、腰で両断された吉良の上半身がゆっくりと地に落ちる。不意をついた吉良に対し、生駒は的確に刀を振るっていた。
「いや、それ俺の台詞なんやけど」
だがその生駒も逆袈裟斬りからの横薙ぎをまともに受け、トリオン体が崩れ落ちていく。
常人には残像しか見えなかったであろう一瞬の交錯で二人の戦いは終わりを迎えていた。
「……高速の摺り足、か? そこからの連続斬り。たまげたわ。こんなん、初見で見切るのほぼ不可能やろ」
「あっ。わかってしまいましたか」
「そらな。……下手にトリガー使うよりも、よっぽど厄介やな」
完全に体が崩壊する前に、生駒が吉良の技のカラクリを告げると吉良はイタズラがばれた子供のように無邪気に笑う。
生駒の言う通り、吉良が瞬時に生駒との距離を詰めたのはトリガーによるものではなく、彼女が剣道で身につけた独特の歩方•摺り足によるものだった。姿勢を一定に保ったまま地面を滑るように動き、相手に隙を見せることなく攻撃に移行する。しかもトリオン体によって向上した身体能力によって爆発的な瞬発力を生んでいた。
もしもこれがトリガーであるならばその発動の予備動作によって他の者も見抜けたことだろう。だが、あくまでもトリガーは使わない彼女の技術だからこそ多くの者は対応することさえできなかった。
「おかげでええもん見れたわ。俺ももっと腕に磨きをかけんとあかんか」
最後にそう言い残して生駒と吉良の体が同時に個人ブースの元へ帰っていく。
こうして吉良と生駒、二人の剣術の達人同士の初めての斬り合いは終わりを迎えたのだった。