粉雪   作:まい2664

18 / 18
#18 これからの世の中

「おぉ、異三郎じゃないか!祝言以来だな!」

 

 女中に「若旦那様、お客様です。」と呼ばれ、奥の暖簾から顔を出した山内房二郎は、店先の土間に立っている異三郎の姿を見つけると、弾んだ声を出しながら少々恰幅の良い体を揺らし、大股でこちらへ向かって歩いてきた。

「あぁ、その節は…」

 山内房二郎は、異三郎が15歳でフランスに留学するまで通っていた学問所の同窓だ。

 学問所始まって以来の神童と称された異三郎に引けを取らない秀才で、彼もフランス留学を強く望んでいた。

 しかし、彼の家柄がそれを許さなかった。

「しかしお前も上手いことやったよな。時計屋の倅が、今や幕府お抱えの学者先生とはな。俺は相変わらず、しがない玩具商の五代目だよ。」

 あの日、横浜開港場で黒煙を吐き出すフランス郵船の巨大な蒸気船に乗り込む異三郎ともうひとりの同窓を、学問所の先生と同窓達が江戸から見送りに来てくれた。

 異三郎が通う学問所に、幕府から割り当てられた官費留学枠は2名。

 先生は迷わず異三郎と房二郎の2名を申請したが、申請が通ったのは異三郎だけだった。

 理由は家柄の格の低さで、再度あらためて申請した房二郎よりずっと才が劣る幕府お抱えの呉服屋の倅は、あっさりと申請が通った。

 波止場で同窓達と大きく手を振っていた房二郎のもう片方の手が、ぎゅっと硬く握られていたのを異三郎は知っていた。

「まぁ、座れよ。」

 房二郎は板の間に座布団を2枚敷くと、店奥で拭き掃除をしている女中に、「茶を持ってきてくれ」と声をかけた。

 促されるまま座布団に腰をかけた異三郎は、思わずあたりを見回した。

 房二郎が五代目を継いで、「任天屋(にんてんや)」はずいぶん様変わりした。

 下町の間口3畳ほどの小さな店で花札を製造販売していた任天屋は、今や日本橋に2階建ての店を構える豪商となっていた。

 金髪に青い目をしたアメリが製の人形や、フランスで流行っている精巧に作られた木製の軍艦模型、イギリスで作られた最新式の蓄音機。

 店先にところ狭しと並べられた異国の最新の玩具に、子供だけでなく大人も群がり、江戸の一等地にたった店内はすこぶる賑わっていた。

 間もなく店奥から運ばれてきた有田焼の立派な湯飲み茶碗に、異三郎が口を付けようとしていた時だった。

「そうだ、これやるよ。」

 房二郎は後方にある番頭台に体をひねると、何らや赤いものを持って向き直し、異三郎の前に置いた。それは首をプラプラと揺らした、牛を模した真っ赤な人形だった。

「奥州会津藩の郷土玩具でな、藩士が直々に売り込みに来たんだよ。無病息災、家内安全の縁起物らしい。」

 手のひらに乗るほどの小さな赤い牛に思わず顔がほころんだ異三郎が、自然と手を伸ばし触れた瞬間、ツルリとした無機質な感触に反射的に指先の動きが止まった。

「本来は張り子なんだがな、俺がロシアに図面を送ってプラスチック製の試作品を作ったんだ。ここに穴開けてな、銭を入れて貯められるようになっている。」

 房二郎は赤い牛を持ち尻の方を異三郎に向けると、尻の上部に横長の小さな穴が開いていた。

 今から2年前、フランス留学があとひと月で終わろうとしていた頃、突然各国上空に現れた無数の宇宙船が世の中の流れを大きく変えた。

「この前これを見せたら、武士を愚弄するのかってカンカンになって帰っていったよ。田舎侍が、まともに金の勘定などしたこないんだろうな。」

 見たこともない色、見たこともない形、想像もできないほどの技術。それは濁流のように世の中に流れ込んだ。

「異三郎、これからは銭(ぜに)の時代だぞ。」

 そして、感覚頼りの世界に初めて数値が用いられた。数値は世界を共通に整えた。

 急ごしらえで樹立された地球政府によって世界共通の24時間制が制定され、家業の和時計は使い物にならなくなった。

 年号は「慶応四年」から「1868年」と西洋の暦で表すようになった。

「張り子なんかじゃ、もう人の気持ちは満足できない。玩具は子供のものだと誰が決めた、大人だって子供みたいに遊びに夢中になる時代が来る。高い技術がそうさせる。」

 電子通信という概念、電脳(コンピューター)という概念、電脳空間(インターネット)という概念、やはり房二郎はそれらを知っている。

「そのことなんだがな、房二郎。」

 確信した異三郎が大きく身を乗り出した、初めて本題に入る。手元の赤い牛が異三郎の動きに振動して、首をプラプラと揺らした。

「お前、あれどうやって作ったんだ!?」

 ガルカディアという異星の大国がアメリカやフランスを通して地球向けに電脳を発売し、昨今急激に普及し始めた。

 それをなぞるように、幕府は電脳空間の設備を急ごしらえで行っている。

 異三郎も貯金をはたいて、電脳を買い求めた。

 そんな中で一ヶ月前、突如として電脳空間に現れた電脳遊戯(テレビゲーム)。勇者を操作して、姫君を救う物語。

 鍵子(キーボード)ひとつで電光板(液晶画面)の中を駆け回る主人公に、度肝を抜かれた。

「どこで仕入れた技術なんだ!?」

 房二郎が眉をひそめながら、異三郎を見た。

 異三郎は思わず心の中で吹き出した。興奮してうっかり大事な事を言うのを忘れていた。これを言わなければ、房二郎は何を言われているのかわからない。

「セレスの伝説 時空のオカリナだよ!!電脳遊戯の!!」

 房二郎がさらに眉をひそめたのを、異三郎は興奮のあまり見逃していた。

 昨夜、電脳空間に現れた謎の電脳遊戯を半月かけやっとの思いで遊戯満了(ゲームクリア)した異三郎は最後に驚くべきものを目撃した。

 

 最後の最後、画面の中央に「任天屋 1998」と表示されたのだ。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。