八千年の孤独   作:40代目稗田阿礼

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第一話

それは、誰にも知られていない時間だった。

 

記録もない。伝承にも残らない。

 

仮想空間「ツクヨミ」にもログは存在しない。

 

ただ  管理者の中にだけ、かすかに“痕”として残り、少女の到来を待ち続けている。

 

 

 

 

 

 

第一話 始まりの男

 

 

 

 

 

    ねえ」

 

隣で横たわった少年が言葉をこぼす。

 

 

「また、歌ってよ」

 

弱弱しくも、不思議とまっすぐで、迷いのない声だった。

 

分かっている。彼はもう病に侵され動けない。青白く細い腕も落ちくぼんだ目も、すべてが終わりに向かっていることを如実に伝えている。きっとあと数時間  もしかしたらもっと早くにこの小さな命は終わりを迎えるだろう。

 

それでもその少年はそんな恐怖も、不安すらおくびにも出すことはなかった。

 

ただ、自分を心配する小さな友人に最後の願いをつげる。

 

 

「…っ!」

 

言葉が詰まる。

 

「お願い」

 

その言葉でもう十分だった。

 

 

かぐやは歌を歌う。少年の願いの通りに。

 

柔らかく、いつか大切な人が月の自分に歌っていたように。

 

 

歌を聞いた少年は小さく笑みを浮かべる。

 

恐れも、怯えも、怒りも。

歌に聞き入ることで、ただそれをかぐやには伝わらないように隠し通した。

 

 

 

「…ねえ」

 

 

かぐやは声をかける。

眠っているのだと思った。そう思いたかった。

 

 

「起きてよ。まだ、歌の途中だよ」

 

 

返事はない。

 

風も、虫の音も遠くに聞こえる。

 

 

その静寂は、今までかぐやが知っていたどんな静けさとも違っていた。

 

 

音がないのではない。

 

 

 

戻ってこない静けさだった。

 

 

 

やがて少女は理解する。

 

 

 

  これは、“終わり”なのだと。

 

 

「……そう、なんだ」

 

 

その言葉は、誰に向けたものでもなかった。

理解はした。だが、納得することができない。

 

胸の奥に、説明できない違和感が残る。

なぜ終わるのか。

なぜ止まるのか。

なぜ、彼だけが。

 

 

かぐやは、少年の手のひらに体を預けた。

 

 

冷たい。

 

さっきまで、あんなに温かかったのに。

 

 

「……また、遊ぼって約束したのに」

 

 

かすかな声が、空間に溶けていく

それがかぐやにとって最初の別れだった。

 

 

それから何度か、同じような出会いと別れを繰り返した。

 

あるときは神として崇められ、村の行く末を見守った。

しかし、冬を越せず皆倒れた。

 

あるときはある一族を見守り続けた。

ともに笑い、ともに泣き、ただそばで見つめていた。

けれど最後は看取ることがつらくなり逃げ出した。

 

みんな決まって最後は歌ってほしいとお願いされる。

 

最初の少年。

その次の少女。

飢えた死んだ赤子もいた。

 

そのすべての顔が、同時に浮かぶ。

 

 

声が、少しだけ揺れる。

 

「...重いなぁ」

 

残された感情が積み重なり、重荷となってかぐやの背中にのしかかる。分かっていたはずだ。みんな最後はいなくなってしまう。

だれも自分と同じ時を歩むことはできないのだと。

 

 

なのに求めずにはいられない。

 

孤独に耐え続けることができない。

 

 

なんと愚かなことだろう。寂しがり屋なウサギは一人でも、誰かと過ごしていても死んでしまうのだ。

 

 

最初の少年から何年が経っただろう。

 

数えることに意味はなくとも、忘れることはできない。

 

今でも鮮明に思い出すことができてしまう。

 

辛かっただろうに、最後まで微笑みを浮かべたまま逝った少年の表情を。

 

 

 

 

「ねえ、ヤチヨ......」

 

 

月が見下ろす夜空の下、一人弱気な言葉をつぶやく。

 

「......どこにいるの?出てきてよ......。8000年も生きてるんだったら、かぐやを助けてよ......」

 

一人の孤独も、

誰かを見送る喪失感も、

 

たった一人生き続けるには重すぎる荷物だった。

 

 

月人には忘れるという機能はない。数千年にわたり誰一人忘れることなく背負い続けることは、かぐやの心をすり潰すには充分すぎる狂気と化していた。

 

 

 

 

ふと、風が止んだ。

草木のざわめきが止まり、無音が訪れる。

 

「......おや?」

 

背後から、声が落ちてくる。

 

軽い。

 

場違いなほどに。

 

「こんなところにウミウシとは、これはまた珍しい」

 

少女は、ゆっくりと振り返る。

 

そこにいたのは  

 

妙な男だった。

 

大きな荷物を背負っている。

 

中身は分からない。

 

けれど、それが普通の旅人の荷物の量ではないことだけは、理解できた。

 

そして何より  

 

顔が、胡散臭い。

 

「......だれ?」

 

かぐやは問う。

 

警戒はしていない。

 

興味も、ほとんどない。

 

ただ、そこに現れたから聞いただけだった。

 

「おお!ウミウシがしゃべった!」

 

男は少しだけ目を見開き、それから楽しそうに笑った。

 

「いやあ、最近は驚くことも少なくてねえ。これはおもしろいねえ」

 

 

視線が、少しだけ鋭くなる。

 

 

「きみ、普通じゃないね」

 

 

断定だった。

 

 

しかし、かぐやは少しだけ首を傾ける。

 

 

「……見てわからない?」

 

 

男は大きく笑いながら膝を叩いた。

 

 

「うん、たしかに!喋るウミウシなんて普通はいないよね!」

 

 

そして、軽く頭を下げた。

 

 

「わたしはオオムナジって名前でね」

 

 

名乗り方すらどこか間があり、芝居がかっている。

 

 

「差し支えなければ、きみの名前を聞いてもいいかい?」

 

 

それが  

 

このオオムナジと名乗る男との、最初の出会いだった。




二話投稿日未定
もしかしたら続かない
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