超お世話係!   作:チクワ

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ひとくぎり


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 あれから数日。

 

「蛤の出汁はね、濃縮したければ生で剥いて......」

 

「ほぉー......!」

 

 大人しく数日休んだ弥はすっかり体調を戻し、いつも通りかぐやと配信の企画について喋ったり、料理の技術を教えたりしている。

 特に自分の事を知られたからよそよそしくなったという事はなく、本当にいつも通り以上のことはない。

 強いて言うならば少しだけ馴れ馴れしくなったかな、と思う。

 

「ルマンド食べませ〜ん?」

 

「置いといて」

 

 そう、こんな感じ。

 ......結局、あのあと彼の兄を何故かぐやが知っていたのかは教えて貰った。それと同時に、会いに来たのであろう理由も。

 一度家に帰った弥の指に挟まれていたのはハガキ。 住所等が書かれた面の裏には結婚式の招待状、とありがちなフォントで記されている。

 

「しばらく帰れてなかったうちに来てたんでしょうね。それでいつまで経っても返信が来ないから、痺れを切らして会いに来た、と」

 

「......行くの?」

 

「行かないです。

 ......だって彩葉さん1人じゃかぐやのこと、抑えきれないでしょう?」

 

 それは言えてる。

 しかしその言葉の間に挟まった無言の時間にはいろんな感情が渦巻いてるように見えて、どうにもそれ以上口を出せそうにない。初恋の終わりなんて、とても誰かに言う気にはなれないだろう。

 

「あのさー、みんなかぐやに会ったこともないじゃん?

 ワガママですぐ暴れるし、超めんどくさいよ?」

 

 あとはそう、配信でかぐやに対する求婚スパチャが多量に届いた時、コメントを消しながら横目に見えた弥の顔が本当にイヤそうだったのを覚えている。

 配信の都合上声を出す事はないけど、明確な敵意というか、月の使者にかぐや姫を取られまいと抵抗した翁みたいな感じというか、とにかくそんな顔をしたのは初めて見た。

 の、割には本人に聞いてみると『そんな顔してました?』なんて無自覚。別にかぐやだけそういう反応されて羨ましいとかない。絶対ない。

 

「それじゃあ、いろPとワタPに勝ったら結婚な!?

 名付けて、かぐや争奪KASSEN選手権!」

 

 しかもかぐやはこれをチャンスとしてこんなイベントやり始めるし。そもそも弥はKASSENやった事ないから、結局私がなんとかしなきゃだし。

 まあ、勝ったけど。

 椅子の背もたれに体重を預けながらヤチヨの配信を見て、癒されながらも思考の隅々まで飛散した文句を解消していく。

 

「──ろはさーん......」

 

 いやー、やっぱりヤチヨしか勝たん。

 ライブでは毎回新しい演出で楽しませてくれるし、雑談も楽しませてくれたり、かと思えば勇気付けてくれたりっていろんな姿を見せてくれるし。

 

「──いろはさーん......?」

 

 次のライブはいつかな、もうちょっと後にしてくれたらチケット代も万全だから数ヶ月後とかでもいいけど、やっぱり早くあの声が聞きた──

 

「どわぁっ?!」

 

「うなぁっ?!」

 

 ヤチヨに夢中で夢見心地にも昇りそうな感覚の中、口に触れた布の感触で驚き、思わず振り上げた右腕に何かがぶつかる。

 柔らかいとも硬いとも言えない感触に驚きながらもそっちの方を見てみれば、そこにはタオル片手にほっぺたを押さえる弥が立っていた。

 

「すっごいヨダレ垂れてたので拭こうとしたんですけど......」

 

「え?! あ、ごめん!」

 

 タオルを受け取って垂れたものを拭き取り、スマホの時間を確認すると芦花たちと約束していた時間から数分遅れている。

 みんなで集まる予定だったのだが、目の前の彼が何故ツクヨミにログインしていないのかと言えば、2人に言った『朝ごはんの仕込みをしたら彩葉さんと入りますね』という言葉を忠実に守ろうとしたが故だろう。

 

「ヤチヨ...... というかこのメンダコ、俺ちょっと苦手です」

 

「なんで?」

 

「なんか、ずっと見られてるみたいな感じがして。

 そんなこと無いと思うんですけどねぇ〜」

 

 そんな話をしながらも急いでログインしようとスマコンを取り出し、弥と同時に両目に装着する。目を瞑ればもうログイン完了、という時、隣に座った彼はふと思い出したように語り始めた。

 

「この前の配信、かぐやが求婚されてた時、彩葉さんは俺がイヤそうだったって言いましたよね?」

 

「言ったけど...... 実際そうでしょ?」

 

「ええ、イヤでした。思い出してみても、ちゃんと」

 

 そんな事はわかっている。それだけ? なんて少し意地悪な言い方になってしまった言葉を受け止めれば、弥は小さく横に首を張って笑う。

 

「でも、あの時って彩葉さんも言われてたじゃないですか。『いろP結婚して』みたいな」

 

 そんなのあったかな、と思い出してみるが、いかんせんかぐやに対するコメントの方が記憶に残っていて、全く思い出せない。記憶力の問題から、おそらくは弥が言ってる方が正しいのだろうと思えば、彼はその指をこちらに指す。

 

「俺、あの時もちゃんとイヤだったみたいです」

 

「......は?!」

 

 何を笑顔で言ってるんだこの男は。

 綺麗に言い切って動揺することもなく瞼を閉じた弥に少しの苛立ちがありつつ、追うようにしてログインを済ませる。

 

「お久しぶりです」

 

「ま、ひさしぶりってほどじゃないけどねー」

 

「見たよー? かぐや争奪KASSEN選手権!」

 

 掻き乱した私の気持ちはどうでもいいのか、着ぐるみ姿のアバターに身を包んだ彼は友人たちと軽い挨拶を交わして、共有スペースの椅子に軽く腰掛けては、遠くに見えるツクヨミ中心街に視線を向けた。

 芦花も真実も、弥が体調を崩してた事は知らない。

 知ってるのは私と──

 

「くっそー、出てこい帝! 勝負しろー!」

 

 ヤチヨカップの結果発表が近い中、トップを走るブラックオニキスと差の縮まりきらない現状に焦りを隠せないかぐやの2人だけ。バシャバシャとスペース内に設置された湯船に浸かるかぐやはタオル姿で、そわそわと心配そうに視線を送る弥は肌が出ないかと気が気ではないのだろう。スキンとしてのタオルだから、はだけたりする事はないが。

 しかし、帝アキラ── こと、酒寄朝日率いるブラックオニキスのファン獲得ペースには恐れ入る。既存のチャンネル登録者ですら規格外だというのに、たった1ヶ月のヤチヨカップですらそのファン増加はとどまるところを知らない。

 これであのオレ様ナルシスト系キャラの中身が兄じゃなければ、純粋な尊敬もあったのだろうけど。

 

「かぐやVS帝でゲーム対決っていうのは? 世紀の竹取合戦!」

 

「それだ!」

 

 芦花の提案に食いついたかぐやに向け、マジでなしと強い否定を示す。

 そもそも相手はプロゲーマー。かぐやは筋がいいと言われることがあっても素人だし、私も芦花も真実も、全員で力を合わせても勝てるわけがない。端的に言えば、格が違う。

 それに自分たちで企画を消化していれば優勝がほぼ確実な以上、ファン獲得のためにKASSENでの対決を挑んだところで門前払いされるのがオチ。

 

「なぁんで?! 対決!」

 

「なんとしてもダメ! ダメダメダメダメダメ!」

 

 そんな否定派の私に対して、ならばといつものようにお願い、と可愛げのある頼み方をしようとしたかぐやの表情が一瞬曇る。

 ほんの少しだけ逸らした視線の先には弥の姿があって、そのブレーキは無理を言ったら私も弥のように倒れてしまうのではないか、という思いやりがあった。

 

「彩葉も一緒に── いや、いやいや、彩葉も倒れちゃったらイヤだし......

 ......でも? ゲームなら息抜きにも? なんと? 今回限り?」

 

「やりません!」

 

 ふん、とかぐやの前から逃げ出して、また別のソファに飛び込む。

 

「彩葉が意地悪言ってる! 弥はかぐやの味方だもんね?!」

 

「あっ、アンタそれずるい!」

 

「俺かぁ......」

 

 急に飛んできた流れ弾に苦笑いをすると、立ち上がった弥は寝転がる私の頭のすぐ隣に腰を下ろし、少し考える様子を見せる。

 その上で、柔らかな声色のまま言い放った。

 

「やっても負けるだろうね」

 

 『うぇー?!』と騒がしい驚愕がスペースを包む。

 それは実感を伴った結論で、私はそれに対して文句の一つも言う気はない。

 

 実際、お兄ちゃんは強いのだ。

 遊びに来た弥と一緒に部屋を覗きに行けば、サッカーをやめてからずっとモニターの前でKASSENにのめり込んでいた姿を覚えている。

 それでなくても努力の人。戦って、勝って、劇的なハッピーエンド、なんて訪れない。

 

 それでも納得しないかぐやは『ハッピーエンド、ハッピーエンド』とふざけたリズムで盆踊りを踊る。それに対して聞こえないふりをかましていると、不意にその声が止んだ。

 そして目を輝かせ始めたかぐやに嫌な予感がして弥と共に立ち上がると、かぐやが見ていたのはツクヨミ内で届いたメールを確認するための巻物。

 覗き込んでみれば、そこには挑戦状。しかも格上からのそれにくらりと目が眩む。

 

「──帝からの挑戦状、キターっ!」

 

「ウソでしょ? はぁ〜......」

 

 気が抜けてへたり込みそうになる私を、すぐ隣にいた弥が支える。着ぐるみの頭だけ外してメールを見るその横顔は──

 

「なるほどぉ〜」

 

 心底、イヤそうだった。

 

 

 

 

「──アイツの家から出たってのは聞いてたけど、こんなところで会うなんてな、弥」

 

 ファミレス。近場のスーパーが閉まっていたから少し遠出をしてみれば、珍しい顔と出会ってふらりと立ち寄る。

 一体どう言う顔をすればいいのだろうか。数日しない後にはツクヨミで顔を合わせるわけで、そこではお互い敵として向かい合わなきゃ行けない。

 

「......朝日さん、元気そうで本当によかったです」

 

 酒寄朝日、彩葉さんのお兄さん。

 上京した後に何をしているのかは知らなかったけれど、少し前のヤチヨミニライブで現れた帝アキラから聞こえてきた声は目の前の人のそれ。

 方向音痴でゲーム好きな彼がああなってるのは驚いたものの、お母さんと彩葉さんの間を取り持ってた頃と比べたら、ファンを虜にするのなんてよっぽど簡単か。

 

「聞きましたよ、帝アキラとかぐやでKASSENやるんですってね? 求婚までして、話題になってましたし」

 

「......まあ、な」

 

 つぅ、とお冷の入ったガラスのコップ、そのフチをなぞる。

 対して返って来たのは『争奪戦の延長、ってやつだ』と。

 

「可愛い妹と話したいだけだよ。彩葉はいい顔、しないだろ?」

 

「はは、どこまで知ってます?」

 

「そっちこそ」

 

 お互い、気づいていた。

 かぐやのチャンネルに出演するいろP、ワタPが誰なのか。ブラックオニキスのリーダー、帝アキラが誰なのかを。

 その上で送って来た挑戦状。おそらく大事な家族の近況でも知っておきたかったのだろう、あの様子だと彩葉さんは朝日さんを頼ろうとはしないから。

 

「俺がなんで(アレ)の家を出たのか、朝日さんは知ってましたっけ?」

 

「まあ、本人から聞いたからな」

 

「まだ付き合いあったんですか?!」

 

「付き合いらしい付き合いは無いよ、お互い電話番号を知ってる腐れ縁ってやつ? そもそもこっちに来てから遊んだ事も無いって」

 

 話半分だよ、と笑う彼に笑みで返す事はなく、フチをなぞっていた指が一周した。

 

「俺は酒寄家に感謝してます。今も昔も、それこそ彩葉さんがいい相手を連れて来たら喜ぶでしょうね。

 それはかぐやに対しても同じなんです。いい相手を見つけて、その隣に俺がいなくなっても嬉しいと思います。

 ......でも、あの挑戦状に書いてあった求婚は、イヤだったんですよね」

 

 爪を立て、ガラスのコップを叩く。

 

「独占欲?」

 

「どうなんでしょ、順序守って貰えば文句もない、というか。顔も合わせたこと無いのに、ねえ?

 そんな風な人に奪われるのがイヤなだけなんで」

 

 

 何も頼んでいないのに、ドリンクバー分の金額を置いて行った弥の後ろ姿を見て、朝日は口を開いた。

 

「さて、どこまで対策されっかな......」

 

 過去、何度も行われたゲームでの対戦で、弥が朝日に勝ち越した事はない。そして同様に、朝日も弥に勝ち越した事はなかった。

 最終的には自身が上京し、流れたままの決着。数年数ヶ月の渇望、そして妹との再会。

 弥が去り際に残した笑いひとつない視線がその身を震わせ、笑みを滲ませる。

 

「ずいぶん変わったじゃん」

 

 

 

 






 いただいた感想は全て読ませてもらっています。
 そしてその度に『この話の展開だとブチギレられんじゃないかな』と怯えています
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