「まーけーたー! もう一回もう一回!」
「えぇ〜またぁ〜? 手加減付ける?」
「付けない!」
新居に置かれたでっかいテレビ。
かぐやが通販で買った最新ゲーム機を接続されたそれには、もう何度目かの『2P WIN』の文字が映し出されている。
始まりは数刻前、配信でやっていたゲームの練習がしたい、とかぐやが言い始めたことがきっかけ。最初は彩葉さんが付き合ってあげていたものの、流石にそろそろ勉強がしたいとのことでバトンタッチしたのだが。
まあ自分が強いのか、それともかぐやが弱いのか。
最初のうちは拮抗していた勝敗の天秤は、今や全てこちら側に傾いてしまっている。何が原因かといえば、いつもの様子と同じ様にかぐやのプレイスタイルは猪突猛進そのもの。ともなれば先々の行動を読むのは容易で、やろうとしなくても先読みできてしまう結果がこの何連勝だ。
しかも彼女は手加減を受け取ろうとはしない。
......プライドみたいな物があるのだろう。
「うおりゃーっ!」
プレイ中に声が出るのは配信者しぐさというやつか。
それで言うと、俺にはプライドみたいな物が希薄なんだよな、と思う。
唯一あった『綺麗に生きたい』という感情も2人からの言葉で薄れてしまって、ここにあるのは普通に楽しくお世話をしながら生きてる白石弥。それ自体は望んで無いわけじゃ無いからいいけど、それが原因で頭の中に残り続けている考えがひとつだけあって──
「あっ」
「おぉ── 勝ったァー! 勝った勝った勝ったぁ! 彩葉彩葉見て見て! かぐややぁーっと弥に勝てた!」
「へぇー、すごいじゃん」
「でぇへへー...... もっと褒めてほしいなぁ〜?」
「はいはい、すごいすごい」
「彩葉大好き〜!」
「あんたはまた...... まあいっか......」
少し淀みが出たかな。朝日さんとのKASSENの時ほど集中できていないのもあり、一瞬の隙にたまたまかぐやの一撃が刺さって何戦ぶりかの敗北を受け入れる。
めちゃくちゃに喜んでいるかぐやはその勢いのままにリビングで勉強していた彩葉さんの所へ向かうと、前までは軽くあしらっていた彼女も嬉しそうなかぐやを抱いて優しく撫でていた。
幸せそう。かぐやが言う『好き』はきっと子供が口走るライクというよりもラブの側面が強い。それを受け入れているのだ、そのうち結婚でもするのかな?
戸籍とかかぐやには無いけど、まあなんとかなるか。
──とまあ、頭の中に残り続けている考えとは、そこにも関連している。
彩葉さんのお世話を申し出た時からずっと、俺は俺の好きな人を幸せにするのは自分じゃなくていい、と思っているのだ。
それは兄が大家さんと結婚したから、とかそういう所から来てる話では無い。単純に言えば、他人の人生における自分の存在を軽く見がちという話。
「弥もこっち来てよー」
「いや俺はいいよ、勝ったんだからかぐやが褒めてもらいな?」
「えぇー? 弥も一緒がいいのに......」
昔に一度、それこそ小学生くらいの頃かな。同級生の女の子に告白されて付き合ったことがある。
最初は別に恋愛として好きな子ってわけじゃなかった。でもどうせ付き合ってる以上は幸せになってほしいと思っていたから、束縛とかそういうのはナシ。
自由にやらせてあげて他の男子と遊んでても別に気にしなくて、その子が楽しそうならそれでよかった。
でも相手はそうじゃなくて、数週間後くらいに別れを切り出されたのは驚いた。
「弥くん、私のこと好きじゃないんやろ?」
別に好きではあった。遊んでて楽しかったし、付き合う中で魅力を知って恋愛的なところに行きそうだなって心の予兆もあった。
それでもそう言われてしまったのは、きっと相手の中に自分が残らなくてもいいと考えてしまっていたからなんだと思う。そしてその考えは今も続いているわけで。
きっと自分の中から取り除けない本質なのかな。
自分の幸せはどこにあるんだろう。
そんなふうに考えていればかぐやに負けるのも当然。満足げに彩葉さんへ抱きついている彼女を尻目にコントローラーを片付けていれば、後ろから聞こえてくる『弥』と呼ぶ声。
何かあったかなと振り返って返事をしてみれば、そこにはかぐやを抱いていない方の腕を広げて、小さく『ん』とこちらを呼ぶ彩葉さんの姿。
じっとりとした目は早く来いと訴えかけている様で、脅しにもにたその視線を受けながらゆっくりとその身体に近づいていく。
いいのかな。かぐやが言ってるからやってくれているだけかな。それとも──
いらない事を考えている間に彼女の腕が俺の身体を巻き込んで、3人分の体温がそれぞれに共有された。
顔が熱いし心臓は張り裂けそう。昔に朝日さんへ言った彩葉さんに対する好きの形が崩れそうになる中、かぐやは嬉しそうに笑いながら言う。
「2人とも、ずーっといっしょにいようね!」
ずっといっしょ、でもいいのか。いいか。いいって言ってるもんな。
もし。もし、かぐやにも彩葉さんにも今後の人生ですごく一緒にいたい素敵な人、って言うのが出て来なかった時は...... その時は、俺と一緒にいてくれるんだろうか?
その時までに俺は、好きな人の幸せに自分は居なくてもいいっていう俺を辞められるだろうか。
わからない。
でも今は、ただこの温もりが心地良い。
「んぇ〜......」
「ほら、寝るんだったらちゃんと布団に入って」
「ん、あんがと......」
夜も遅く、ヤチヨとのコラボライブの練習に精を出したかぐやが眠い目を擦る姿を見ながら、自室の布団を軽くめくってやる。そうするとかぐやはスルリとその隙間に入り込み、今にも寝息を立てそうなほどに限界の意識でこちらに向けて微笑んだ。
「彩葉好きぃ......」
「......アンタは本当に──」
その言葉の先。それを紡ぐよりも早く瞼を下ろし切った彼女に呆れたような笑いが漏れる。
お兄ちゃんとのKASSENを終えてから数日、かぐやは事あるごとに『大好き』だの『愛してる』だの、そういう類の言葉を私にも弥にもぶつけてくる。何度も何度も、でも別にその言葉自体の価値が薄れたな、と思うようなことはない。
かぐやの顔を見ればわかるのだ。
その言葉ひとつひとつが本当のかぐやの気持ちで、それ以上のことはないのだと。
意識は、してる。
もちろんバカやった時はちゃんとムカつくし何にでも甘くなれる訳じゃなくて、それは隣で座り込みながらかぐやの寝顔へ笑みを見せる弥もいっしょ。
それはそれとして私も彼も、もうかぐやが好きなんだよな。
それこそ横にいてくれるのを当然だと思ってしまうくらいに。
「......ほんとかわいいな」
「ですねぇ」
赤ちゃんの頃からずっと見てきた。正確には唐突に現れて見なきゃならなくなった、かもしれないけど。
その度に見せられた寝顔はずっと綺麗で、ついお願いをされたら受け入れてしまうくらいには美人。それに便乗して小さく頷く弥もまた、そこにいるのが当たり前のようなひと。
2人と一緒に過ごし始めてから私の人生にはいろんなことが起きっぱなし、もう目が回りそうになる。
でもそれがいいんだな。
心なしかその生活に不満のなくなった自分の心はそう言っていた。
弥にはやる勇気が出ないからって代わりにかぐやの髪に触れて、その柔らかな頬から伝わる天真爛漫な温かさを感じ取る。
その身体の小刻みな震えといつもより色付いた頬の色に気づいたのは少ししてから。
「......ん?」
それはまるで笑うのを我慢しているような。
──やられた。思わず身体を起こして、さっきまでやっていた行為に少しの恥ずかしさを持ちながらも、ペシっと嬉しそうな顔に手を当てる。
「おいっ起きてるな?!」
「ねてるよ〜」
「起きてんじゃん!」
恥ずかしい恥ずかしい。
普段言わない事を相手が寝てるから口走っただけなのに、その相手がやっぱ起きてましたなんて聞いてない。いやそりゃ寝てないからねって言われたらそうだろうけど、起きてるなら起きてるって言ってよ。
囁かれた言葉を何度も噛み締めるように枕を抱きしめ、キャッキャと修学旅行の夜中に話す女子学生のようなテンションを取り戻したかぐやに頭を抱える。
両手の人差し指をいじいじ、まるで生娘のような動きを見せるんじゃない、そんなお淑やかな感じじゃないだろ。
「いやー、ほんとに寝てたんだよ?」
「どの口が......」
「ほんとほんと。
彩葉が急にかぐや可愛い、超大好き〜なんて言うから起きちゃったんだ!」
「そこまで言ってないんだけど」
またまたぁ、なんて嬉しそうに言うかぐやに対して反論したとしても、実際かわいいとは言ってしまったのだから全部強く出れるほど正当な主張は持ててない。
こういう時は逃げに限る。
起き上がった拍子に乱れた布団を寝転がりながらかけ直すと、恥ずかしさで赤くなった顔を見せないようにして枕の上へ頭を下ろした。
しかしかぐやの追撃は止まらない。
「もう寝るから。さっきのは忘れる事、おやすみ!」
「え〜彩葉寝ちゃうの〜? ひどいよ、かぐやの心をこんなにしておいて...... 弥ぅ〜、彩葉がかぐやの心を弄んだ〜」
「うるせー変な言い方すんな! はよ寝ろっ!」
目を輝かせてるのがタチ悪い。
今度は私が狸寝入りを演じていれば、後ろから聞こえるのはかぐやと弥のヒソヒソという話し声。どうせかぐやがまた一芝居打つのだろうと無視を決め込んでいれば、聞こえてきたのは弥による『彩葉さ〜ん......?』というか細い不安そうな声だ。
またなんかやらされてんな? 不憫が故に細目でその姿を見てみれば、そこに居たのは顔真っ赤な幼馴染。
「に、にゃ〜ん」
そのポーズ、私は知っている。
前に一度芦花や真実、そしてかぐやと私で出かけた時に写真を撮ったはいいが『SNSにはアップしないでね』と強めに注意した時のポーズ。
見せたな? 確かにSNSではないけど、見せたな?
かぐやの方を見ればイタズラ成功とでも言いたげにウインクし、目元をピースサインで彩っている。代わりにやらせたのか最初から弥にやらせたかったのかはこの際なんでもいいが、本人の顔を見て目を覆う。
真っ赤も真っ赤、茹蛸なんて目じゃないほどに顔全体を赤く染め上げて、その視線はだんだんと下がりはじめた。
「......その。その...... もう助けてください......」
助けようにもかぐやの意図がわからないから── と、フッと降りてきた言葉。
これであってる? 疑問はあるものの、一瞬かぐやの方を見てから小さな声で口を開いた。
「......かわいい、よ?」
「──イェイ! ほらやっぱり彩葉の『かわいい』は男女平等、みーんな弄んじゃうんだー!
ほら顔真っ赤! 弥
「アンタが言わせたんでしょうが」
はー満足。
そう言ってふらーっと起こしていた身体をかぐやが布団に倒すと、その後ろに回るのは天井からの逆光で幾らか表情の見えづらい弥。
低くしゃがむと、かぐやの耳元へその口を持っていく。
「ねえ」
「ねえ、かぐや?」
「俺、ちょっと嫌だったなぁ今の」
枕を瞬く間に弾き飛ばして代わりに自分の太ももの上にその頭を置かせ、逃げられないように両手でかぐやの頭をロックしながら聞いたことのない低音で淡々と囁く声。
『ほぇ?』と気の抜けた声が聞こえてから数秒、助けを求める手が私の体を掴んだが気にしないことにする。
「いいいっい彩葉、たしけてぇ〜......?」
「ねてるよー」
「絶対寝てないじゃん! こんの薄情ものー!」
「かぐや?」
「はひっ」
「朝日さんからやり方教えてもらったんだ、ASMRのコツ。だからそれを使ってこれから10分、キッチリお説教するね?」
「ひょえぇぇ〜......」
──後日。
今度はライブの練習を寝坊してほとんどすっぽかした容疑により、またかぐやが逃げ場のない説教を喰らうことになるのは別の話。