ほんまにありがとうございます!
「どぅるるる、カニっ! どぅるるる、うさぎっ!」
「はいはい、かわいいかわいい」
コラボライブ当日、控え室。
楽しみで仕方なく、有り余る元気でこちらにアピールするかぐやを軽くあしらう。
かぐやだけのライブならともかく、これはヤチヨとのコラボ。彼女に恥をかかせるわけにはいかないと勉強や模試やらの間を縫って出来る限り練習はしたが、それでも少しだけ不安は残る。
練習のしすぎでお腹減った、なんて言うかぐやに本気か? とも思うが、そう言えばこう言うヤツだったなと変な納得もあった。
「私は緊張してご飯食べれんかったよ......
てか、練習しすぎって言う割には寝坊してたし、とんでもない時間に練習しに来た時あったでしょ?」
「ぬぐ、あれはそのぉ〜、ご飯が美味しくて食べ過ぎちゃって、かぐやちゃんおねむになっちゃったって言うか〜......」
「弥ですら怒ってたんだから、ちゃんと反省する!」
「は〜い...... あ、でも弥、終わったらパンケーキ焼いてくれるって!」
彩葉も一緒に食べよ、なんて言うかぐやにため息を吐く。
でもまあ、このくらい能天気で底抜けに明るいっていうのがかぐやで、私も弥もそれを受け入れて大切な相手として過ごしているのだから笑ってしまうけど。
せっかく新居で寝床を分けても布団の中に潜り込んでくるし、本人は帰るって言ってるのに、駄々をこねて結局弥を泊まらせたりもするし。
でもそういうところに助けられてる私たちがいて、だから3人とも誰かを頼ろうって気持ちになれる。
ほんと、かぐやが来てから色々あり過ぎて目を回してしまいそう。
心の恩人、生きてきた理由。歌声でずっと背中を押してくれていたヤチヨと、まさか肩を並べてライブする事になるなんて。
「どぅるるるる、ドジョウっ! おまたせ!」
準備を済ませ、どこからともなく現れたヤチヨに思わず飛び上がり、その衝撃で座っていたソファーが後ずさり。
対してかぐやは『パンケーキいいなー、食べたいなー』と体を丸めて宙に浮いたヤチヨに食べる? なんて慣れ親しんだ感じで聞いている。どうにも、何度も練習に付き合ってもらったのに私の中でヤチヨへの耐性は生まれなかったらしい。
「では、行こうか!」
キーボードを肩にかけ、ステージへと私たちを連れていくエレベーターの中。
『この空気がヒリヒリなんだよね』とだんだんと近づいてくるその時を見据えるその横顔に声をかける。
「何だい何だい?」
「その...... ヤチヨのデビュー曲って、もう歌わないの?」
デビュー曲、Remember。
ずっと私を支えてくれた曲で、どんなに辛い時もそばにいてくれた、私が彼女を好きになった1番最初の曲。
でも、ライブで歌っているところは観たことがない。
ファンに要望されながらもあの歌を歌わないその理由が知りたくてつい問うてみれば、彼女は少し息を吸って、優しい声で私の耳を撫でる。
「あれはもう届けたい人たちに届いたから、お役目完了〜」
そう言って笑った彼女の表情は本当に嬉しそうで。 その届けられた人たちのことを羨ましく思う間もなく、光と共にステージ上に立った私たちの衣装が変わり、ライブ会場には夜空を照らすほどのペンライトが何本も輝いている。
「あ......」
水色一色の観客席の中、時折赤になったり白になったりしているペンライトが一本。少し目を凝らして見てみれば、ヤチヨが常に身につけているメンダコを膝に乗せてペンライトの機動に四苦八苦している弥の姿。
ふ、と笑みが溢れ、緊張が解ける。
「ヤオヨローっ! みんな、生きるのはどうですか?
いいことあった? それとも泣いちゃいそう?」
ヤチヨの一声で聞こえてくるのは多様な気持ち。
上司がイヤだ、友達と楽しく遊べた、そんな喜怒哀楽が混じったものを受け止め、彼女は胸に手を置いて深く頷く。
「......よしよし。全部大丈夫。
どんなに孤独な道のりでも、楽しかったな、って記憶が足元を照らすよ。
この時間も忘れられない思い出にしたいから......」
そしてヤチヨもまた、弥の方を見た。
わちゃわちゃメンダコと苦戦しているその姿を見て微笑むと、息を吸って口を開く。
「──どうか一緒に、踊ってくれる?」
「──はぁ、はぁ......」
たった数分間のパフォーマンス。
嵐の様に過ぎ去った時間はそれだけなのに、体を埋め尽くすのは楽しんでライブをやり遂げたという実感と、全てを出し尽くしたことへの開放感。
観客の声援も会場の熱気も冷めることはなく、未だペンライトを振る人たちの腕は止まらない。
私と同じ様に肩で息をするかぐやは、ドタドタと興奮を体で表しながら『楽しかった』と笑顔を見せ、こちらに微笑む。
「彩葉、好き」
「わっ、私?!」
「あーもう彩葉と結婚しよっかな〜?
でも弥が1人になっちゃうか。それじゃ、3人で!」
はぁっ?! と声が出る。
騒がしさからその言葉は観客に届いてはいないものの、少し冷静になってきた頭にまた熱が昇り始めた。そもそもかぐやは戸籍ないし、そういうのはお付き合いをしてから段階を踏んで言うものなのに、色々飛び越えちゃってるし。
弥の方を見れば、彼も見たことないくらい顔を真っ赤にしている。そう言えば読唇術もできるんだったな、なんて思いながら『ダメ?』と首を傾げてこちらを見上げたその表情は断りづらい。
まったく、その破天荒は収まるところを知らないのか。
「......生活費、折半してくれるなら一緒に居てもいいけど」
「えっ、ほんと?!」
『弥にはちゃんと聞きなよ』と言った言葉が聞こえていたのかいないのか、私の言葉を受けたかぐやはぴょんぴょんとうさぎの様に跳ね回る。
まあ、ずっと一緒に過ごすのもいいか。
──ほんの、一瞬。
欠片ほどでしかない不快な感覚が、脳裏をよぎる。
空を見上げてみればツクヨミにおける月の役割を担っていたミラーボールが黒雲に覆われていて、スマコン越しの視界には時折ノイズが走った。
「ん? なんだろ......」
感じた違和感。
それはかぐやも同様で、彼女が振り返る姿を追う様にして自分も体を翻す。
その瞬間目の前にいたのは頭が灯籠の様な形の、ツクヨミには実装されていないはずの見た目をした、ほんのりと光を放つアバターの様なヒトガタ。
「かぐっ──」
かぐやに向けてその人型が伸ばした両手。
それに対して嫌な予感が頭を埋め尽くし、彼女の方へと手を伸ばす。
しかし人型の手が、無常にもかぐやの腕を掴んだ。
「かぐや、ねえかぐや!」
掴まれたかぐやが驚いた様な声をあげると、次の瞬間にはその足を折り、彼女はその場でへたり込む。
何度声をかけても呆然とどこかを見つめるかぐやに再度手を伸ばした灯籠頭の腕を、キーボードを武器に変化させて払い除けようとすれば、それよりも先に空間から現れた蜘蛛の足がその体を貫いた。
「かぐやは?!」
「返事、してくれない......!」
観客席からステージまでの最短距離。
その道を塞いでいた灯籠頭を殴り飛ばし、不完全に顕現した蜘蛛に私たちを守らせながら、飛んできた弥が声を荒げる。
四方を囲む灯籠頭。かぐやはまだ返事をしてくれず、強まっていく不安。
いつも騒がしいのに、何をしてても元気なのに、答えてくれない。その姿に手をぎゅっと握りしめると、周りを囲んでいた灯籠頭が見えない衝撃に次々吹き飛ばされていく。
こつ、こつ。
ステージに靴の音を鳴らしながら歩くヤチヨが指で宙にジェスチャーすれば、次々に弾かれた灯籠頭の体が煙と共に消えていく。
「おいたはダメだよ〜?」
崩れない笑顔。
蜘蛛に貫かれた灯籠頭。本来ツクヨミでは流れるはずのない血液を見ながらも、ヤチヨはその表情を動かさない。しかしその表情の向こう側、指先と声色からは底知れない怒りにも似た何かが伝わってくる様だった。
『モウシワケアリマセン』
そう言って深々と一礼をし、消えていった灯籠頭のあとに残ったのは不安とライブ会場を包む困惑。
その空気に気づくと、すぐさまヤチヨは周囲に向けてそれがまるで演出であったかの様に、オーバーな動きを見せる。
「今のはいったい?! どうなってしまうんだー!?」
不安に、手が震える。
蜘蛛を消し、かぐやの手を握る私の手を弥がぎゅっと両手で包み込んでもそれは消えない。そう、きっとこれは演出。ハプニングが好きなヤチヨが次の何かに繋げるため、考えて実行した演出なんだ。
「ヤチヨ、今のって......」
「バグじゃなさそうだし、ヤンチャっ子のイタズラかにゃ〜? 調べとくよ」
しかし、ヤチヨの答えはその誤魔化しすらも消し飛ばしてしまう。
未だにかぐやは虚空を見つめていて、弥はその表情を強烈な不快と嫌悪に染め上げる。それはいつかに見た、かぐやに対する求婚コメントへ向けたものとは全く違う無力感への自責のような。
出所不明の恐怖が、ただ頭を埋め尽くしている。
「──行ってしまったねえ」
ログアウトしていく3人を見送りながら、ヤチヨの頭の上でメンダコはつぶやいた。
彩葉は起こった事実と不安感に。弥は、大切な人に危害が加えられる前に助けられなかったことに。それぞれ傷を作ってしまった事実が、ヤチヨの笑顔をほんの少し曇らせる。
「私知らなかったなぁ。あの時、弥も飛んできてくれてたんだ。
......あの子が帰るのは今じゃないから、ちょーっとだけ強くしちゃったけどいいよね?」
「仕方がないよ、向こうも強行すぎる」
8000年と少し。輪廻を回すメンダコとその中を生きるヤチヨにとっては既に体験済みのことであっても、彼らにとってはショッキング。
畳の上に寝転がったヤチヨの腹の上、メンダコのヒレも少し悲しげにくたびれる。唯一無二のライブ、その後味としては最悪だろうという理解。
「大丈夫。きっと、大丈夫だ」
「でも私、彩葉を傷つけちゃった......」
彩葉の不安、弥の悔しさ。そんな事実に気づかないまま言葉を紡いでしまったと項垂れるヤチヨに、頭上のメンダコは小さな触腕でそのおでこを撫で、くるくると花丸を描いてみせる。
「......ヤチヨは、全部終わったら何したい?」
「考えたことも無かったなぁ」
「それなら一緒に考えよう。大丈夫、君を縛るものはもうすぐ無くなるんだから」