超お世話係!   作:チクワ

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「お疲れ様で〜す」

 

 バイト先に軽い挨拶を済ませ、正面入り口から空の下へ向かう。本来ならその辺に置いてある広告に興味を持つことはないけれど、なんだかセンチメンタルな日だった今日は、そこに飾られていた物に目を取られてしまった。

 

「......花火大会」

 

 手に取ったチラシには納涼花火大会、と。

 ここ数年、そういう祭りみたいなものに無関心な日々を過ごしてきた。それはこれからも自分1人じゃそのままだったはずなのに、こうやって目を引かれたのは喜びそうなヤツが1人いるから。

 彼女は今朝、白甘鯛を1人で捌いていた。あれもきっと配信で使うんだろう、いつのまにか魚を捌く技術が抜かれてしまって、少し寂しさを感じる。

 かぐやはもちろん、彩葉さんも1日遊びに使うわけじゃないし、行ってくれるだろうか?

 兎にも角にも聞いてみなければわからない。そのチラシを四つ折りにしてトートバッグの中にしまい、今度こそ外へ体を晒した。

 

「あれ、彩葉さん」

 

「一緒に帰りませーん?」

 

 珍しい、というよりも初めて。

 壁に寄りかかってこちらに目を合わせないまま、ひらひらと手を振る彼女へ、小さく頷く。照れ隠しなのかそういうテンションなのか、ちょっとチャラめな人みたいな誘い方は彼女が人を誘う、というところに奥手であるが故。

 

 それから少しの間、お互いに口を開くことはなかった。

 おそらく、開けば出てくるのはかぐやのことだろう。昨日のコラボライブ、その中で起きた出来事。

 それはどうやっても記憶から消して何事も無かったように過ごす事なんてできないほどの衝撃で。

 加えて、かぐやに起きた事とその後の事を考えると、どうしても辛い事実と向き合わなければいけないことがわかるから。

 

 震える手を握り込もうとして、下を向いて、気付く。

 少し驚いた表情になったであろう自分の顔を、彼女の顔を見ないように前へ戻して、柔らかな五本の指に触れた。

 それもまた、小さく震えている。

 言い出せない。

 怖い。

 そんな気持ちが喉を閉める俺たちは、自分たちが思ってるよりもずっと子供。

 でも、ほんの少しだけ踏み出せる蛮勇を持つのも、また子供だから。

 

「......最近」

 

「うん」

 

「誰かの前でご飯を食べても、吐き気が抑えられるようになってきて。今日だってそんなに多くなかったですけど、弁当ひとつちゃんと食べられました」

 

「ふぅん、えらいじゃん。

 でもそれじゃ、今まで学校とかどうしてたの?」

 

「タイミング見て、ダメそうなら友達に。

 結構好評でしたよ。彩葉さんはこう...... なんか無いんですか?」

 

「話題の要求が漠然としてるな......」

 

 踏切で立ち止まり、電車が轟音と共に行くのを待つ。

 黒と黄色の棒が通過を許可すれば、2人合わせて足を踏み出して、少しして彩葉さんの方から口を開いた。

 

「最近、徹夜しなくなった...... とか」

 

「えっ、めっちゃ偉いじゃないですか?」

 

 かぐやが寝ろってうるさいから、という彼女の目元からは確かにクマが消え失せて、1ヶ月前にはまだまだ根強く残っていたソレが無くなったことに安堵と、ほんの少しの寂しさがある。

 少し離した右手で彼女の目元を懐かしむように撫でれば、彩葉さんは文句も言わずただ、どう? とだけ。

 

「変われてえらいっ」

 

「なにそれ」

 

 はは、と2人で笑いながら帰路を行く。

 一階にドラッグストアのあるマンションなんていつ来ても凄いな、という感想が出るが、何度も見ていれば慣れるのだろうか。

 エレベーターの中で重力を感じながら考えていれば部屋のある階に着くのは一瞬で、鍵を開ける彩葉さんの後ろにひっついて『ただいま』といえばいつも通りの元気な声が返ってくる。

 

「おかえりーっ、弥もいる?」

 

「いるよ、連れてきちゃった」

 

 ひょっこりとリビングから顔を出したかぐやはドタドタと玄関にまで走ってくると、嬉しそうにその頭を自分と彩葉さんの胸に擦り付ける。

 お魚のエプロンをつけているところから、料理中だったのだろう。前までなら容赦なく濡れた手で抱きついて来ては怒られていた彼女の成長になんとも言えない気持ちを感じながら、その背中に連れられてリビングへ。

 後ろ姿に見える黒いオーバーサイズのシャツは、かぐやが来てから3日目、急に大きくなった時に着せたもの。言ってしまえば俺の物なのだが、気に入っている様子の手前奪い返す気にもならない、というのが本音だ。

 

「2人ともいいところに来た、ほいっ」

 

 ハケで醤油を塗り、差し出されたのは白甘鯛の寿司。

 口の中に押し込まれたソレを少しの吐き気を封じ込めながら噛み、飲み込めば、口をついて出る感想は『うっま』の一言。それは彩葉さんも同様で、嬉しそうなかぐやは鼻息荒く『明日は麺からラーメン作る!』とピースサインで得意げだ。

 すげえ。

 

 寿司の味わいとかぐやのこだわり、というより好奇心?

 それらに感心するのもそこそこに、トートバッグの中で折り畳まれてるチラシを手に取る。花火大会、かぐやは喜ぶだろうか。

 そう思いながらも取り出したそれを開こうとすれば、すぐ隣にいた彩葉さんもまた、ポケットに入っていたスマホの画面を彼女に見せる。

 

「ん? あれ、2人とも同じヤツ?」

 

「あ...... はは、マジか」

 

「じゃ、代表して。

 ......ふたりとも、遊ぼー?」

 

 

 

 

 

「──おまたせっ!」

 

 9月1日。

 花火大会当日の昼、階段下で着付けを頼みに行った2人を待っていれば、もうすっかり上機嫌なかぐやの声。

 振り向いてみると、そこには着物姿とそれに合わせたヘアスタイルが映える2人が自分の後ろに張ってある鏡を見ながら、その着物姿に満悦の様子。

 

 かぐやは紺色で、彩葉さんは白に向日葵の柄。

 お互い髪色を含めた色使いがマッチしており、思わず自分も微笑んでしまう。

 

「何か変じゃない......?」

 

「綺麗ですよ」

 

 褒め言葉を『そ』と小さな声で返されるが、別に嫌な感じはしない。毛先を指でいじるその姿に対する正直な言葉なのだから、本人に届きさえすればそれでいいのだ。

 ちなみに今回、俺は着物を着るのは遠慮させていただいた。別にお金の問題とかではない。

 

「あーあ、弥も和服にしたらよかったのに! 似合うと思うけどな〜?」

 

「俺まで和服だと、2人が足痛めたりした時におぶって帰れないでしょ? それに、見ているだけで満足だよ」

 

 電車に乗り、急な揺れで椅子の上から落ちないよう、窓に寄りかかって外を見るかぐやの背中を押さえる。

 まあ、そうは言うものの2人の靴は下駄や草履ではなく普通のスニーカー。心配するようなことは起こらないだろうが、一応念には念を込めて損はない。

 

「わぁ......! 気持ちいいーっ」

 

 花火大会の会場、河川敷。

 一面の緑が広がっていて、吹き抜ける風は残暑がもたらす熱を心地よく取り払ってくれる。風に戦ぐ感覚は何物にも変え難い爽快感と、小さな悩みなら吹き飛ばしてくれる優しさがあり、きっと俺は2人とじゃなければここに来なかったであろう事を考えると感謝の念が絶えない。

 

「射的射的、射的やろー!」

 

「はいはい、500円ね」

 

 手を引かれ、かぐやの温かさに笑みが溢れる。

 楽しもうとする人の笑顔、屋台が入り混じった細道に流れる目新しさ。

 それらの中でも燦然と輝く2人の笑顔が嬉しい。

 りんご飴、カニ釣り、焼きそばにじゃがバター。両手に抱えた牛串とツイストポテト、それにたこ焼きを受け取ると、3人で並んで河川敷の斜面に腰を下ろす。

 

「ひょあ〜、楽しすぎ〜! 楽しキングダム!」

 

「王国できちゃった......」

 

「キングダム......」

 

「うぇーい、彩葉まねっこ〜」

 

 楽しそうにするかぐやの腕にしゃらん、と腕輪が音を奏でる。

 初めて出会った時から手首に身につけていたそれ。シンプルなデザインの、螺旋状の腕輪に対して彩葉さんが疑問を持つと、かぐやは懐かしそうに空を見上げてそれを撫でる。

 横顔に見えたその瞳は、全てを受け入れ、達観しているふうにも。

 

「それ、いつもつけてるよね」

 

「んー? あぁ、なんか落ち着くんだー。

 故郷、って感じ?」

  

 花火大会の開会を告げる爆発音。それと同時にかぐやの口から初めて聞いた故郷という2文字に、それ以上の会話を続ける事はできない。

 薄々そうなんじゃないか、と気付いていながら、それを考えたくなくて遠ざけてしまう。そんな自分たちに対して、いつものように気楽な語り口のかぐやは、ほんの少し大人に見えた。

 空が、暗くなっていく。

 

「──月ってさ、味も温度も無くてマジつまんないの。決められた役割をずーっと繰り返すだけなんだよね」

 

「......全然想像できない。かぐやもそんな事、やってたの?」

 

「うん。でも、かぐやだけ浮いてたんだ」

 

 そう言ったかぐやの表情は、暗黒に隠されて見えてこない。

 大地から打ち上げられ、軌跡を描きながら空にたどり着いた光弾が、花のように弾ける。目に焼き付くほどの美しさを見上げて、その光に照らされた彼女の瞳は輝いている。

 明日は何をしよう? 楽しそうだからコレをやりたい。 

 その好奇心が詰まった瞳が、懐かしむように細められる。

 

「寂しいし退屈! もうヤダ、どっか行きた〜いって思ったとき、窓からこの世界を見たらみんな好き勝手動いてて。

 複雑で、一回きりで、自由に見えた。

 でも...... 抑えてもいるんだよね、本当の気持ち」

 

 『もっと大切なもののために』

 そう言ってこちらを見た彼女の目から、視線を逸らす。

 

「ねえ、2人に聞いていい?

 彩葉はお母さんのこと、好き? 弥はお兄ちゃんのこと、嫌い?」

 

 俯き、考え込む。

 嫌いになる権利というのは、俺の中に確かにある。

 それは暴力とか、嫌がらせとか、そういうものが形としてぶつけられたからであって、実際2人に対して色々全部話した時は、あの人のことが嫌いだった。

 

 でも。

 ブラックオニキスとのKASSENを終えて、色々吹っ切れて。1発ぶん殴ってやろうってことで交流のあった朝日さんにお願いして呼びつけて、その顔を思いっきり殴った時。

 スカッとなんて、しなかった。

 

 尻餅をついて俺を見上げるその目は、きっと子供の頃に殴られて怯えていたあの日の俺と一緒。

 あの人は期待を受けていた。白石家の息子、その優秀な方というレッテルを常に貼られて優等生である事を常に求められて。だから俺に対しては、ただ1人の兄弟として見ていた俺に対してだけは素の自分を見せていたのではないか?

 

 だから心がダメになっても実家に帰るのでは無く、俺を東京に呼んだ。家じゃ、また期待に押しつぶされてしまうから。

 それでやって来たことの全てを許せるほど、俺の心は広くない。時折フッとフラッシュバックしては嫌な気分にもなる。

 でも、だからといって全てを嫌いになることもできなかった。

 

 その事実が、泥まみれになっていた過去の、ほんの少し楽しかった兄弟の思い出を輝かせてしまった。

 いつも彩葉さんから言われてるのと同じだ。

 俺は、甘いから。

 

「──好きじゃ、ないかな。嫌いにもなれないかな。

 どっちかに振り切れたらなって、ずっと思ってる」

 

 空を見る。

 そこにはただひたすら美しい花火が咲いていて、でも、潤んだ目には滲んでしまう。

 

「──私も、わかんないや。

 でも、嫌いになれたらなって...... 何回も思ったよ」

 

 彩葉さんもまた、情と思い出が心にブレーキをかけてしまった人。

 家族だから。

 どうしても答えの出ない心に、かぐやは『そっか』と涙ぐみ、2人の手の上に自分の手を重ねる。

 触れる手は少し冷たい。それを温めるように、俺は彼女の手を軽く握った。

 

「──帰っちゃうの?」

 

 震える彩葉さんの声が、花火と花火の間に生まれた静寂を切り裂く。

 かぐやはそれを自分の運命だと笑った。

 

「仕事放り出して来ちゃってさー、強制送還的な?

 ......弥がつけてくれた名前の通りだったよ。

 かぐやは、かぐや姫だったみたい」

 

 ──違うよ。

 その言葉を言う暇もなく、かぐやは情報を繋げていく。

 次の満月、ツクヨミに来るお迎え。

 それを最後にかぐやは月に帰って、2度と──

 

「かぐやは、かぐや姫じゃない」

 

「んぇ?」

 

「いろいろやって、縛られずに生きて。だからおとぎ話とは違うじゃん。

 それに一度逃げたなら、もう一回逃げようよ。

 はちゃめちゃなんだから、それくらい......」

 

「......ダメなんだぁ、やっぱり月にかぐやの代わりはいないみたいだから。

 そんなはちゃめちゃかぐや姫にもお迎えが来て、最後の日まで楽しく過ごしましたとさ!

 そういうのがいいじゃん!」

 

 いやだ。

 駄々を捏ねる子供、受け入れて前向きに考える大人。

 暗闇の中、強く掴まれた両手を握り返し、優しく口を開いた。

 

「もうおうちに帰らなくちゃ。帰れなくなっちゃう」

 

 

 

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