超お世話係!   作:チクワ

19 / 29
18

 

「......んー、難しい」

 

 夜、彩葉さんの部屋。

 配信部屋兼自身の寝室として使わせてもらっている一部屋から持って来た椅子に座り、部屋の主人が所有するパソコンの画面に食いつく。

 花火大会から数夜、ツクヨミのトピックはかぐやの電撃引退でもちきり。その際行うライブで使う楽曲を2人で作ろうとしていたのだが、これがまあ、うまくいかない。

 そも、これまでかぐやがオリジナル曲として使って来たのは、彩葉さんが単独で作ったものだったり、俺が猛勉強してなんとか仕上げたものだったり。

 対して今手を入れている曲は、彩葉さんとそのお父さん、朝久さんの思い出の一曲。

 

 彩葉さんと朝久さんの合作。

 片割れの死と共に時を止めたその曲は、他の楽曲に比べても完成度が段違い。故に共同制作として何かを足しても噛み合わず、かと言って引いては物足りない、そう言う状況だ。

 

「もうちょっと頑張るか......」

 

 現在、彩葉さんは部屋にいない。

 リビングに向かって、おそらくツクヨミにログインしているのだろう。

 ツクヨミに来る月からのお迎え。以前のコラボライブで現れた灯籠頭もきっと月からの使者で、あの感じで来るのならおそらくヤチヨに頼んでも、システムの方でブロックする事は難しい。

 故に、理外の存在をルールへ落とし込む。

 

 これは自分たちの身勝手なわがまま。

 かぐやに帰って欲しくないというわがままに付き合わせるため、彩葉さんは友人や兄へ頭を下げに行ったのだ。

 

 とはいえ、そっちはそっち、こっちはこっち。

 どうにも手詰まりが否めない現状の進みに軽いため息を吐くと、とりあえず完成しているワンフレーズを再生して、なんとか続きを作る糸口を掴もうと耳を澄ませた。

 しかし、聞こえてくるメロディーに記憶が反応して、既視感が口から漏れる。

 

「......あーなーたーの、ハートに〜......?」

 

 それはヤチヨのデビュー曲、Rememberで聞き覚えのあるメロディー。

 世界に無数に蔓延る偶然、たまたまの一致。そう思えばすぐにスルーできるだろうものの、世に出ていない未完成の曲と酷似しているその音に疑問を抱かずにはいられなかった。

 

 何故の一致。

 そこに意識が割かれそうになった時、ドアを開けたのはツクヨミから帰って来た彩葉さん。

 イヤホンを外してパソコンの正面から離れ、どうだったかと聞けば、彼女は小さく頷く。

 

「ヤチヨも協力して、ライブをプロデュースしてくれるって」

 

「それはよかった。

 ......ああ、それなら明日、朝日さんに会って来ます。頼みたいことがあるので」

 

 了解。

 その返事に感謝しつつ、一旦椅子から立ち上がって、布団にくるまって涎を垂れ流すかぐやの頬を撫でる。

 元気な普段の様子はどこへやら、眠っていれば本当に静かで可愛らしい。

 

「ハッピーエンドに、連れてってくれるんでしょ......」

 

 だから、帰らないで。

 喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 頭に響くのはずっと昔から言われ続けた薄れる記憶の、諦めないでと言う声。

 誰が言っていたのか、思い出せない。

 

「おっはよー、一緒にご飯つくろっ!」

 

 いつも通り。

 朝を一緒に迎えて、ご飯を食べて、少ししたらちょっと多めなお昼ご飯を詰め込んで。明日もこれを続けよう、何日だって何年だって。

 配信部屋でギターを肩にし、なんとかワンコーラスだけ出来上がった曲を口ずさむかぐやを見て、そう微笑む。

 

「彩葉、これあげる!」

 

「あ、ありがと......」

 

 そう言ってかぐやが渡したのは、いつも腕につけていたブレスレット。光を受けて鈍い輝きをたたえるそれは、かぐやからの『いつもいっしょにいるよ』という餞別。

 その目にはこれからの事と、別れのこと。それらに対する覚悟と決意が燃えていて、スマコンを着けると同時に深く息を吸い込む。ポケットには朝日さんから受け取ったUSBが2つ。

 その決意が必要なかったなって思えるように。

 別れなくてよかったって、笑えるように。

 

 俺は戦う。

 

「かぐや! 

 もし勝っちゃったら、パンケーキ食べよ!

 弥が作ったのを一緒に、3人で!」

 

 ライブ会場。

 彩葉さんがかぐやに笑うその後ろ、KASSENフィールドに視線を向ける。

 横には芦花さんも真実さんも、ブラックオニキスのメンバーも居る。だから泣いてしまいそうな自分の顔を見せたくなくて、振り返らないまま手を掲げた。

 

「ふふふっ、仲良しのヤツ!」

 

 ステージからはずっと下、そこから手を触れられはしない。

 それでもその指の形は彼女に届いて、それだけで指先が触れ合ったような気がした。

 

「また明日も、明後日も、俺らは一緒ですから」

 

「うん── 三位一体、でしょ」

 

 隣に立った彩葉さんに小さく頷き、手に持った鞘から太刀を抜けば、刀は刀身を伸ばして大太刀に変わる。

 情報も何もない相手である以上、使用不可になるリスクを背負う武器でのハイランダーは使えない。シンプルな武装を構え、到来を待つ。

 

「みんな...... 自由だーっ!」

 

 かぐやの一声が会場に響く。

 そして同時に虚空へ集まり出した光の粒子が現実のような月を形づくり、ノイズと共に空間を揺らして渦となったその中から菩薩のような顔の人型が姿を現した。

  

「あれがかぐやの、月からのお迎え......」

 

 合掌。

 その姿に似合ったその行為を見せたかと思えば、開いた手の間から現れたのはこちらの何倍も多い月からの軍勢。

 固有の姿を持つのは大将首を合わせて7体。

 そして見せつけるように大きく表示したUIには、ご丁寧にもKASSENの残機表示を映す。

 物量は絶望的、加えてこちらのルールに則る余裕。

 一瞬だけ脳裏によぎる恐怖は、すぐに背後から聞こえて来たかぐやの歌にかき消される。

 

 負けたくない、諦めたくない。

 開戦の合図は、月からの使者が放った遠距離からの一撃を払った瞬間。

 

 ブラックオニキスが先陣を切り、行司が手に持つような軍配片手に襲いかかる灯籠頭を蹴散らしていく。

 月の使者の中で唯一情報がわかっているのはこの灯籠頭。防御力も薄く、攻撃力も武器が無ければ皆無。

 しかし驚異なのは量。

 

「クソ、抜けるか......!」

 

 圧倒的な物量は単一の戦力がいくら強かろうと、その脇を抜けていく。

 そしてそちらに気を取られれば、不意をつくのは菩薩以外の巨大な6体。シンバルのような武器持ちと棒術使いの猛攻を捌きながら、全身の捻りを使い振り下ろした剣先から放たれる衝撃波で二枚抜きしたとしても、これはKASSEN。残機を1機減らしただけにすぎない。

 それでも──

 

「ハッピーエンドに、連れてくんだから......!」

 

 意地と根性。

 それらが刀を振る腕を強め、絶え間ない灯籠頭の攻勢を受け止める。

 小回りが効かないと大太刀のサイズを太刀に切り替えれば、その隙間を狙う様に放たれた高出力のレーザー。回避が間に合わないと不完全な刀で受け止めようとすれば、目の前に飛来した棍棒がその光を弾いた。

 

「あさ...... 帝!」

 

「どうせマイクは効いてない、朝日でいい!

 あの瓢箪持ち、彩葉と頼めるか?」

 

「はい!」

 

 救援に来た朝日さんが指差したのは遥か後方、雅楽で演奏される(しょう)をカラフルにした物を抱えた奴に守られ、その照準を向ける瓢箪持ち。

 そこに繋がる道には、乃依に援護されながら直進する彩葉さんの姿。

 

 とかく遠距離持ちが厄介である事は常識。

 朝日さんが伸ばした手を取ると、彼は力強くその体を回転させ、思い切り体を投げ飛ばす。

 

 笙を抱えた奴の体が光ると、楽器を強く吹くような動きでその体を膨らませ、笙に吹き込まれた息と共に周囲へ鏡の様な円形が散らばる。

 

「くっ!」

 

 高速回転するその円形は彩葉さんの手から武器を弾き飛ばすと、その場に停滞。本体から放たれたレーザーが鏡面に反射し、四方八方から無防備な姿に襲いかかった。

 

「──折れたか......」

 

「弥?!」

 

 すんでのところで庇うが、代償は大きい。

 反射の度に収束されたレーザーは小太刀サイズにまで凝縮し、硬度を高めた刀を容易く砕く。

 しかし生まれた一瞬の隙。その隙を見逃さず、彩葉さんは拾い上げた武器で笙持ちの腕を切り飛ばす。

 追撃。刀身の砕けた刀を放り投げ、無防備になったその口へ素手を突っ込んだ。

 

「うぅぁああっ!!」

 

 上顎を左手、下顎を右手で鷲掴み、力の限りを込めて引っ張れば、下顎はその体を離れる。想定外だったのはこんなに早く武器が使い物にならなくなるとは思わなかった、というところ。

 こちらに向けて狙いを付ける瓢箪の銃口が光ると同時、腹に巻きついていたのは彩葉さんの武器から伸びるワイヤー。巻き取り音と共に体を引っ張り、直撃寸前で回避に成功。

 

 しかし残ったのは武器を失いハイランダーのバフで5分しか全力で戦えない自分と、月の使者の硬さの前では決定力に欠けるブーメランが武器の彩葉さん。

 彩葉さん1人ではおそらく攻めきれない。それに時間をかければ今倒した笙持ちも、棒術もシンバル持ちも復活するだろう。だからと言って素手にセットしたハイランダー、バフ持続時間5分── これを早々に切ってしまうのは賢いと言えない、が。

 

 現実のポケットの中にはUSB2本。

 ......これは、まだ使いたくない。

 

「......俺が近づくまで、援護してください。

 近くに行けさえすれば止められます、あいつを」

 

「わかった、行って!」

 

 走り出した彼女の背中にピッタリとつき、瓢箪持ちの放つ散弾のような攻勢を弾く彩葉さんを盾の様に使って進撃する。

 武器を失った以上、ここにデメリットはない。

 笙持ちが消えて薄くなった弾幕を容易く通り抜けると、こちらに向き直ってリフトアップの姿勢で腕を組んだその上に足を乗せ、バレーで高くレシーブされたボールの様にの様に空高く飛び上がる。

 浮遊する瓢箪持ちへの接近、超近接。

 素手に設定したスキルを瞬く間に使用すると、空中から地上に向け、瓢箪持ちと自分の両手の間にある空間を叩いた。

 ピシ、とヒビが入る。

 

「──空破(からわ)りッ!」

 

 通常時最後の手段。ハイランダー、起動。

 強烈なノックバックで地面にめり込んだ瓢箪持ちの上に落下し、さらにもう1発の空破りが繰り出される。

 

「彩葉さん!」

 

「わかってるっつーのッ!」

 

 額縁に嵌め込まれた絵画の様に身動きの取れない瓢箪持ちの胸。そこに刺された刃は、その刀身に撃破の証であるポリゴンを纏わせる。

 

「はぁ、はぁ......」

 

「......まだ、あきらめられません」

 

「当然でしょ。 ......戻るよ」

 

 残り3分。

 ハイランダーのタイムリミットと、かぐやの下に向かうあまりにも多い軍勢を前にして焦りが生まれるものの、まだ心は折れていない。

 KASSENのフィールドに設置されているジャンプ台を使ってライブ会場近くまで戻れば、遠くの方でノイズ混じりの音と共に復活するのは苦労して倒した瓢箪持ちを始めとする4体と、朝日さんが撃破した2体。

 そして唯一撃破できなかった狛犬。

 

 狛犬は体を白黒と点滅させると、その大きな口からもぞりと出て来たのは真紅の鬼。

 ケンタウルスが如き下半身に、燃え盛る武器を携えた4本の腕。正真正銘、文字通り黒鬼を思わせるその顔面に、さしもの朝日さんも苦笑いを見せる。

 

「こっから本気ってわけか」

 

「笙持ち、瓢箪持ち、狛犬...... 一体は止められます、とにかく削るしかない」

 

「彩葉、弥! 油断するなよ、守りたいならこっからが正念場だぞ!」

 

 

 

 

 二曲目。

 ステージが変わって、その上から必死に頑張ってくれているみんなを見る。

 

 ねぇ彩葉、弥。

 私を電柱から取り上げてくれた時も、竹取物語のエンディングに文句を言った私に向けた顔も、全部そうだったけれど。

 2人の表情(かお)がとっても綺麗でさ。

 私、すぐ好きになったんだ。

 

 

 

 

「ぬ゛ぅっ......!」

 

 燃え盛る剣の着弾地点。

 そこから彩葉さんを弾き飛ばし、理外のスピードと重さを兼ね備えた狛犬の幹竹割りを頭上で受け止める。

 受け止めた朝日さんの力。そして軽減目的で放たれた空破りのノックバックを受けながらも重すぎるその一撃。

 とてつもないほどの重量感に神速を思わせる攻撃スピード。それらはツクヨミではあり得ない一撃で、受け止められたことすら奇跡と言ってもいいほどだ。

 視線の横では、チャージを終えたレーザーを構える笙持ちと瓢箪持ち。ここで一掃しようという魂胆なのだろう。

 

「──御三方なら、できるんじゃないかと思ったんです」

 

 それは先日、朝日さんの家にお邪魔した時のこと。

 自分の要望を聞き、その場に集まっていたブラックオニキスはわかりやすく渋った表情を見せる。

 それは今後、未成年の男が背負うには重すぎるかもしれない行為と後ろ指を指され続けるであろう未来を考えての表情で、普通はお願いするべきじゃないことであるのは自分でもわかっていた。

 

「一応言うが、意味はわかってるんだよな?

 これを使うってことはツクヨミの中で立場を投げ捨てるってことだ。場合によってはお前が出るだけで炎上して、かぐやちゃんのチャンネルには2度と出られないかもしれない。

 永久BANのリスクだってある」

 

「それでも、なんです」

 

 それでも。

 自分の力だけでは、かぐやを守るためには足りないから。

 

「もし、できるなら──」

 

 

 

 迫るハイランダーのタイムリミット。

 放たれるレーザー。

 一度目を開け、現実世界のポケットから取り出したUSBメモリをコントローラーに突き刺す。

 

 ──自分のスマコンは、中古でかぐやが買った古いバージョンのもの。

 最新バージョンと古いバージョン、普通に使う分には差異は無い。唯一変わる点はセキュリティ。

 最新バージョンと比べて古い方はセキュリティが緩く、それは有る一点において長所となりうる。

 それは、チートの導入。

 

 ツクヨミでのチートは当然排斥されるべきもの。

 USBに入っていたのはチートの解放コード。実行されるのは異常な数値のバフを始めとしたハイランダーのバフ永続化、ハイランダー時の武器使用可能、そして空破りの強化、蜘蛛の完全顕現。

 違法行為検出が成されるまでのタイムリミットとライバーとしての未来。

 それらを捧げ── 紅い鬼と白蜘蛛が、舞う。

 

 ──朝日さんが強化された膂力で狛犬の両腕を弾き飛ばし、自由になった手のひらを瓢箪持ちへと向けた。

 放たれるレーザーは空間で止まり、触れた箇所から大きく広がっていくのは水面が如き波紋。通常よりも遥かに大きい亀裂が空間に走り、逃げられない様に蜘蛛の吐いた糸で雁字搦めにされた瓢箪持ち、笙持ちを砕く。

 星屑の様に煌めきながら砕け散る空間の粒。

 それを背に、彩葉さんへ叫ぶ。

 

「かぐやのところに行って!」

 

 すでに前線は崩壊している。

 モブ1人1人ですら時間が経つにつれてKASSEN用のモブを遥かに超える力を見せる月の兵士は、そう遠く無いうちにかぐやの元に辿り着くだろう。

 だから守ってほしいと送り出す。

 まだ、諦めることはできない。

 

「協力プレイですね」

 

「ちゃーんとついてこいよ?」

 

 当然、と朝日さんの肩を叩き、復活した刀を握りしめて狛犬の前に立つ。

 赤熱した4本の武器は武器で受ければ武器を砕き、回避しようとしてもその熱でスリップダメージを与えてくる。

 チートもどれだけ持続するかわからない。考えうる限りの最善は、速攻。

 

 言葉を交わすまでもなく、2人の歩幅が同調して狛犬を空中に弾き飛ばす。

 まるで光弾のようなスピードで追撃に飛べば、狛犬もまた、そのスピードに肉薄するように4本の腕を振るう。

 

 空中に幾重ものヒビが走り、炎が舞い、3つの光は岩壁も意に介さずツクヨミの空を走った。

 4本の腕から、2本を砕く。刀が吹き飛ばされ、爪が肉を裂く。

 視界の周りを埋め尽くすのは違法行為に対する警告。

 想定時間よりもずっと早いそのタイムリミットに視線を奪われれば、それを逃さない狛犬の槍が片腕と足を削いだ。

 ダメージ表現の桜が舞い散り、体力はミリ。生き残っているのも怪しい状況、カウンター気味に放った朝日さんの斬撃は狛犬の武器、その全てを奪い取った。

 

 落下する狛犬の体に片方だけの手を触れた。片足で立つことはできず、パタンと座り込む様にして攻撃手段を失った狛犬の胸の上に降り立って。

 空破りの強化。それは片腕での使用可能と、空間ではなく肉体そのものへの作用。

 

 内部から音を立てて割れていく狛犬の身体を見ながら、無言で朝日さんは自分の手を掴み、放り投げる。

 片足では着地ができず二転三転。辿り着いた先では灯籠頭が俺と彩葉さんを取り囲んでいて、上を見ればかぐやの元に菩薩のような月の使者がこうべを垂れていた。

 

 俺たちは頑張った。頑張ってた。

 芦花さん真実さんも入道の様な月の使者を足止めし、乃依も雷もチートという2度と無い悪魔の手段に手を出してくれて、最善を尽くしたはず。

 それでもそこにあるのは敗北の証。

 

「はるばるようこそ。

 逃げちゃって、ごめんね!」

 

 その言葉に月の使者は顔を上げる。変わらないはずのその表情は、心なしか微笑んでいるようにも見える。

 

 立ち上がれない体を起こし、その場にへたり込んで俯いた。

 固く握られて開けない拳も、悔しさを噛み殺すように食いしばった口も、全てが震えている。

 

「待って、まだやりたいこと、いっぱいあるって......」

 

 力なく手を伸ばす彩葉さんの向こうでは、最後の挨拶に歓声を上げるファンがいて。浮き上がったステージは月へと進路を取り、かぐやの背中は遠くなっていく。

 彼女に言葉もかけられず、ただ俯く中。

 不意に、現実の腕に何かが触れた。

 

「──だいすき」

 

「かぐやっ!」

 

 微かに聞こえた声。

 涙を伴ったその声に空を見上げて声を荒げても、この願いは、わがままは、届かない。

 

「ばいばーい!」

 

 ファンに向けられた言葉を最後に、かぐやの肩に羽衣が掛けられる。

 それを最後、彼女がこちらを振り向くことはなかった。

 

 KASSENのシステムが消え、残機を失っていたメンバー全員が周りに揃う。

 立ち直れないかもしれないくらいショックな筈なのに、彩葉さんは気丈にも微笑みをたたえながら振り返り、協力してくれた全員に頭を下げた。

 俺にはそんなことできない。戻って来た手足がありながら立ち上がれず、ただ月を見て、項垂れるだけ。

 

「みんな、お疲れ様でした。本当にありがとう。

 ......先、帰るね」

 

 『ごめん』とだけ言い残してログアウトしていった彩葉さんの少し後、その後を追うように、何も言えないままログアウトする。

 

 目を開ければ明るいままの配信部屋。

 キーボードに繋がれた猫耳のヘッドホンは着るもののいなくなった黒いシャツの上で打ち捨てられていて、そこには誰もいない。

 部屋を出て玄関を経由し、リビングへ向かう。

 真っ暗な部屋は、まるでいつものように何処かからあの子が出て来そうな予感がして、通り過ぎればやっぱりそこには誰もいなくて。

 静かになってしまった空間を抜けてリビングに行けば、キッチンの収納が全て開いたまま。

 

 ......お金は勝手に使う。

 めちゃくちゃやるし、結構な無茶振りだってされた。

 片付けは苦手で、深夜になっても騒がしくしてた。

 それでも、ずっと楽しかった。

 いつも通りも、前までの『楽しい』も、君に奪われてしまった。

 

 テーブルの上にはホットケーキミックス。

 冷蔵庫には牛乳。

 

「──こんな、こんな大金...... 使えるかよ、馬鹿野郎っ......!」

 

 階段のすぐ横、しゃがみ込んだ彩葉さんに寄り添う。手に持ったスマホには『使っちゃった分、かえす! ご迷惑かけました!』と。

 

「う、うぅ」

 

 迷惑なんてずっと掛けててくれればよかったんだ。

 いつもみたいに笑って、バカやって、ただのかぐやとして居てくれればよかった。

 それがこんな、こんなちゃんとしたお別れなんて言って。

 

「うあぁ、ぁぁあ」

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。