超お世話係!   作:チクワ

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「......彩葉さん、お風呂沸きましたよ」

 

「ん......」

 

 かぐや卒業ライブから1日。

 彩葉さんに気力は無い。ふわっと消えてしまいそうな彼女を放り出すことも、そんな彼女よりも悲しくしてることもできない。

 強くあらねば支える事もできないのだと奮い立たせる。とにかくなんでもいいから、自分を強く固めなければ。

 なんとか産まれたての子鹿のような心を形だけ立ち直らせて、ふらふらとバスルームに向かうその背中を見送った。

 

 お互いもう始まっている学校を休んで如何したいのかな、とは思う。

 それだけかぐやがいなくなったことが辛くて、切り替えようにも切り替えられなくて、ただ毎日を過ごすだけ。そんな日々を続けてしまうのだろうか、という不安とまあ、それもいいかという諦め。

 黒いものが滲み出そうな心を封じ込めようと微笑みを貼り付けていれば、急に聞こえて来た玄関先からの声に導かれ、扉を開ける。

 

「あ......」

 

 そこにいたのは芦花さんと真実さん。

 親友の無断欠席、その理由が彼女たちにはわかるからこそ、心配を形にしてこうやって殴り込みに来てくれたのだろう。

 

「......彩葉、無理しないでねって伝えてくれないかな?」

 

「ええ。 ......ごめんなさい、油断するとすぐにダメになっちゃいそうで」

 

 滲む視界を何度も何度も袖で拭い、彼女らの心配の形を受け取って深々と一礼をする。

 お見舞いの花、そして挟まれているのは、前にかぐやが芦花さんたちと遊びに行った時書いたのであろう絵。

 決して上手くないその絵が、無性に愛おしい。

 

「彩葉さん」

 

 バスルームのドアをノックする。返事はない。

 

「芦花さん達が来てましたよ、無理しないでね、だそうです。

 持って来てくれたもの、部屋の机に置いときますね」

 

 とりあえずの要件を伝え、リビングで食べるのは彩葉さんのお弁当。本人が学校に行かない以上、消費するのは自分だけ。

 テーブルに置かれた四つの椅子。埋まらないほか三つ。寂しいよ。

 

 少しして、お風呂を出た彩葉さんの後ろをついて行き、部屋に入る。

 そこにはさっき置いた、かぐやが前に描いた絵が置かれていて、彼女はそれを手に取ってじっと見つめた。

 ただ見つめただけ。それなのに目から大粒の涙が溢れる。

 

 自分も泣きそうだった。

 それでも悲しい気持ちを押し込めて、ぎゅっと彼女に胸を貸せば、わんわんと大きな声が胸に響き渡る。

 

「ちゃんと泣いて、ちゃんと悲しみましょう。

 俺たちは1人じゃないんですから、もっと悲しみをぶつけていいんです」

 

 泣き疲れて眠って、翌日。

 弁当におかずを詰めていると、自室から出た彩葉さんの服装は部屋着から制服へと変わっていた。

 

「行けますか?」

 

「うん」

 

 小さく頷いた彼女に微笑んで、ちょうど完成したお弁当を渡す。

 1ヶ月間の非日常は、こうして日常へ戻っていくのだろう。

 そう思いながら別れ道で二手に別れ、彼女は彼女の学校に、俺は俺の学校に。

 

「白石、ここわかるか?」

 

「はい、ここは──」

 

 帰って来た日常。

 かぐやがいなくなっても、思い出は消えない。

 だから俺たちは、思い出を胸に前へと進む。

 

「彼女と花火見に行ったんだけど、これが可愛くてなぁ......!」

 

「へぇ、いいじゃん」

 

 昼の時間。

 クラスメイトの話を半分ほど聞きながら、動画サイトで手頃な動画を探す。

 いいものはないかと下へ下へスクロールしていけば、目に入ったのはかぐやの顔。

 卒業前に収録したインタビュー。

 

 知らないソレを開いてみれば、そこにはまだかぐやが生きていた。

 自己紹介も、最近初めて1人でお出かけした話も、コラボライブもブラックオニキスとの話も。

 そこにはかぐやがいる。

 そして、聞いた。

 

「──ヤチヨ、いろPとワタPのこと、よろしくな!」

 

「......なにが、よろしくだよ」

 

 かぐやは帰りました。

 彩葉、弥は立ち直って日常を生きて行きます。

 

 ──そんなふうに終われるわけ、無い。

 

「どわぁなになになに?!」

 

「ごめん、先生に白石は早退って──」

 

「おおどうした白石、なんか用でも「めちゃくちゃ体調不良なので帰ります!」

 

 立ち上がり、適当な理由をつけて走り出す。

 俺に何ができる? 家事をするとかそういうのばっかりで、多少曲は作れるようになったけど、それで今の後悔をどうやって解消する?

 そんなのは後で考えればいい。今はただ、この感情を持っていくしかない。

 

 走って走って、朝に通った別れ道。

 少しくしゃっとした進路希望の紙を持って、同じように息を切らしている彩葉さんがそこにいる。

 ぜえはあ、なんとか息を整え、押し込めていた想いが堰を切った。

 

「俺は! まだ、かぐやのことを諦めたくない!」

 

「私だって、こんなふうには終われない!」

 

 タワマンに戻り、2人でまた音楽ファイルを開く。

 それは卒業ライブまでにワンコーラスしか完成しなかった彩葉さんとお父さんの合作。

 2人で集中して、ご飯はカップラーメンや焼きそばで済ませて、とにかく完成を急ぐ。

 

 かぐやは言った。

 『そんなはちゃめちゃかぐや姫にもお迎えが来て、最後の日まで楽しく過ごしましたとさ!

 そういうのがいいじゃん!』と。

 何がそういうのがいい、だ。俺は何がなんでもハッピーエンドがいい。これは竹取物語じゃないのだから、結末は自分たちで変えられる。

 

 全ての時間をその曲に注ぎ込んで、4日目。

 

「......出来た」

 

 ファイル名、Reply(リプライ)

 手首から腕輪を外し、左手でそれを胸の前に当てた彼女の右手を握る。

 ベランダから見える夜空には月が見えて、手を伸ばせば届いてしまいそうだ。

 2人、その風の中で歌う。

 どうか届きますように。そう願いながら。

 

 

 

「ん......」

 

 Replyが完成した疲れからか、俺に体を預けて気絶するように眠ってしまった彩葉さんが目を覚ます。

 そして最初に見たのは、スマホのメッセージアプリ。曲を完成させて見えて来た()()()()。それを確かめるため、質問を送ったのはヤチヨに対して。

 

 しかし、そのメッセージが届くことはない。

 前までだったら諦めていたかもしれない。しかし、2人とももう諦めるという選択肢は無かった。

 

「行こう」

 

「はい」

 

 目を瞑り、ツクヨミへとログインする。

 大通りではヤチヨの配信が流れているが、重度のファンである彩葉さんと記憶力のある自分には、その配信に対する違和感にすぐ気がついた。

 恐らくこの配信は再放送であると。

 

「とにかく、ヤチヨを探しま──」

 

 と、周りを見回せば、路地から顔を出す赤い何か。

 見覚えのあるそれは頭に白黒のウミウシを乗せていて、こちらが気づくや否や裏路地へと逃げ込んでいく。

 ヤチヨと一心同体とも言える存在のFUSHI。そしてメンダコ。なぜその2匹がこんなところに単独でいるのか。

 

「ヤチヨがどこにいるか、教えて」

 

 袋小路に追い詰めて、彩葉さんが強く問う。

 ヤチヨがコチラとの連絡を絶ったのは向こうも知っているだろう。当然行為には理由がついて来て、その理由を話したがらないFUSHIは無視を決め込む。

 しかしメンダコはその姿をじっと見て、まったくもう、と半ば呆れたように、触腕を上下に動かしてみせた。

 

「目を開けてご覧」

 

「おいタコ......」

 

「大丈夫だよFUSHI、僕に任せて。

 そうだね、リアルの視界で案内するよ」

 

 言われるがまま目を開ければ、そこには2匹の姿がARで映る。不思議な感覚だ。

 ついて来て、と一言だけ言ってスイスイと行ってしまうメンダコを追いかけていけば、そこはじぶんがよく知る、最近はあんまり通らなくなった道。

 彼らが入って行ったのはボロアパート。それも彩葉さん達が前に住んでいたところではない。

 

「ここ、俺の......」

 

「都合が良かったのさ。さあ、ここだよ」

 

 自分の部屋があるアパート。

 そんなアパートの一階、端っこの部屋にメンダコ達がその体をすり抜けさせると、中から鍵が開かれた音がする。

 歩いているうちに実態があるかのように思えて来ていた2匹がそういう消え方をすると、やっぱり電子の存在なのだなと思い知らされるよう。

 恐る恐るノブを下げ、ドアを開く。

 

 薄暗い廊下、どこまでも伸びているかのようなコード。

 その終点にあるのは、水槽に浮かぶタケノコのようなもの。鉄とも言い切れない不思議な光沢のマテリアルで見を包み、メンダコとウミウシ、それぞれの水槽に見守られながらそこに有る。

 不思議と、驚きはない。どちらかと言えばそこに有るという事実を受け入れられている自分に驚きながら、もう一度足下にうごめくメンダコの方へ視線を落とす。

 

「ここから入れるよ。さあ、目を閉じて」

 

 言われるがままに瞼を下ろす。

 次に入って来た視点は、騒がしく静かな時のないツクヨミでは珍しい、厳かな明かりが灯す空間。

 少し離れて正面には、髪の長い女性が佇んでいる。

 

「──かぐや?」

 

 彩葉さんがそういうのも無理はない。

 後ろ姿から感じられる雰囲気は、卒業ライブ当日のどこか達観したかぐやのものと似ていて、彼女がその言葉を口にしなければ恐らく自分の口から吐き出されていただろう。

 目の前の女性はこちらに向き直ると、普段は見せない表情でこちらを見据える。

 

「ヤチヨ...... ヤチヨは、かぐやなの?」

 

 俺たちはReplyを作曲する中で、かぐやのことを想った。彼女だったらどう歌うか、この歌詞をどう思うか。

 その中で、どうしても頭によぎるのは月見ヤチヨのデビュー曲、Remember。Replyのメロディを知るのは作った彩葉さん、俺、そしてきっと届いているはずのかぐやだけ。

 それなのに同一のメロディがRememberから聞こえるのはきっと偶然ではない。

 

「変なこと言ってるのはわかってる。でも......」

 

 それを聞き、ヤチヨは笑みを浮かべて立ち上がる。

 背後にある屏風がそれに合わせて柄を変えると、彼女は俺たちと別れた後のかぐやのことを話してくれた。

 

 月に帰り、自分の放り出した仕事を真面目にこなしていたこと。

 そしたら歌が聞こえて来て、全ての仕事を引き継いで地球に戻ろうとしたら、ずっと時間が経ってしまっていたこと。

 それでも月の技術を使って過去に戻り、地球に向かう最中で隕石と接触してしまったこと。

 

「──やっとのことで辿り着いたのは、ざっと8000年前の地球でした。壊れてしまった船のわずかな力で、同行していた犬DOGEと、月に帰ってから少しして現れたメンダコだけが肉体を得られて。

 ドジなかぐやはその2人を通してだけ、世界と交流を持てたのです」

 

 時は経ち、人々は見えないものを形にし、多くの人と繋がる力── ネットワークを手に入れる。

 それは月と少し似ていて、かぐやは初めて、魂だけの自分が世界と関われる可能性を知った。

 

「そして、仮想世界ツクヨミの歌姫として、再び彩葉や弥と出会うことができたのです。

 ......ってこれじゃあやっぱり、手放しで『めでたしめでたし』とはならないか!」

 

「......俺たちといたかぐやは?」

 

「今もまだ、同じ輪廻を巡ってる」

 

 私たちはその輪から逃れることはできない、と簡単に言ってしまうヤチヨが── かぐやが、どうしても俺にはわからなくて。だってまた会えると思って地球に来たのに、いざ着いてみれば8000年も前の誰もわからない場所なんて、不安でたまらないだろう。

 それでも君は、どうして笑える?

 

「ただのおとぎ話! あんま深く考えちゃだめだめ。

 とにかく、再会をお祝いしましょう!」

 

 言葉にすることもできず、彩葉さんと共に手を引かれるまま、天守の襖を開いた先に連れられる。

 そこから見えるツクヨミの風景は輝いていて、こことは違う騒がしさに満ちていた。

 

「ヤチヨはここからの眺めが、本当に大好きなの」

 

 もう、かぐやって自分を言ってもいいじゃないか。

 それでも彼女は自分をヤチヨと呼んで、ずっと微笑んでいる。

 どうして、ヤチヨはずっと笑っているのか。

 それはどちらが口にした言葉だったろう。少なくとも、2人の中にあった悲しさを吐き出したことは間違いない。

 

「それがヤチヨだから」

 

 そう当然のように言う彼女の表情は見えない。

 輪廻。ループ。廻る輪。

 その中で自分がヤチヨであると気付いた時、その時からきっと、彼女はヤチヨとして笑っていなきゃいけなかった。輪廻から外れてしまえばどうなるかわからないから?

 辛いだろう、そんなのは。

 

「でも...... ハッピーエンド、連れてくって約束したのに。

 彩葉と、弥の歌を聴いて戻って来たのに」

 

 振り返った彼女の表情は、見たことがなくて。

 後悔と申し訳なさと、自分への不甲斐なさと。それらが混ざり合って悲しさが現れたその表情を、抱きしめられたらどれほど良かったか。

 

「ごめん、ドジっちゃった。

 キラキラのかぐや姫はもう、おばあちゃんです」

 

「......かぐやは、そんな顔しなかったじゃん」

 

 かぐやでいて欲しかった。

 でも8000年は変わらないことを許さなくて、俺らは一緒に歩きたかった彼女に、8000年も置いて行かれてしまった。それが辛い。

 俺にできることはなんだろう。この部屋に入る前も、入った後も、ずっと考えている。

 それでも何か思いつく、と言うことはない。ただ彼女の歩んできた道に寄り添ってあげることしか、出来ない。

 

「聞きたくなかったなら忘れてもいいよ。

 メンダコなら、記憶に関しても──」

 

 だからずんずんと部屋の中心に戻り、久しぶりの怒りみたいなものがチラつく頭の中を軽く振って落ち着いてから、思い切りその場に座った。

 俺たちは三位一体だって言ったのはかぐやだ。

 それなのに1人で8000年の記憶を抱えたまま生きていこうだなんて許せない。

 

「──俺は中3の1年間兄を世話して、初恋の人を取られました! 

 俺の話おしまい。次はヤチヨの8000年、全部聞かせて。

 1人で全部持ってくなんてダメだからね」

 

 寝ないから、と付け加えれば、すぐ隣に彩葉さんも来て多数決なら圧倒的大差で圧勝。

 まだかまだかとヤチヨが来るのを待っていれば、彼女は驚きを笑みに変えて腕を振る。

 

「無茶言うね〜っと!」

 

 その瞬間、和風だった周りの景色は懐かしいボロアパートの一室に変わり、見覚えのあるテーブルにはコーラと安っぽいお菓子たち。

 まあツクヨミはヤチヨのお膝元。これくらいはわけないのだろう。

 

 テーブルを挟んで彼女は淑やかな正座を見せると、まずは縄文人と魚取った話から、と始める。

 ......なんか、普通に面白そう。8000年もあるのだからと身構えていないわけではなかったが、思っていたよりも興味を惹く話し始めに驚き。

 

「──普通に脱藩できたのに、しょうちゃんもう滅茶苦茶でね?」

 

「脱藩ってそんなカジュアルな感じだっけ......?」

 

 何時間、体感で経っただろうか?

 縄文から始まったお話は江戸にたどり着くが、隣で聞いていた彩葉さんはこくこくとその首を揺らし、体を俺の方に預けている。

 普通に話を聞いている俺の方が今はおかしいのだろうな。口にはしたものの、寝ないでずっと話を聞くのは人間的に難しいし、睡眠を抜き過ぎれば体調に不良をきたす。

 

「おやすみなさいよ彩葉、死んじゃう」

 

「今江戸じゃん! まだまだ、聞き足りないってば」

 

 そうは言うものの、彩葉さんの顔には眠気が隠しきれていない。ほっぺを引っ張ってしょっちゅう発散するものの、耐えきれなくなるのも時間の問題だ。

 しかしそれよりも先にこの話を小休憩としたのは、目を光らせて機械的に飛び上がるFUSHIの存在。

 『ネムッテ、ネムッテ』と合成音声的な声をアラームのように響かせれば、ヤチヨは困り眉を作りながら大きくあくびを見せる。

 

「あちゃー、ヤチヨの方が眠る時間だ。

 ふぁ、ごめんねぇ〜」

 

 そう言って横になったヤチヨの頭が痛くならないよう、枕を床との間に滑り込ませれば、そこにあったのは疲れた子供のように無垢な寝顔。

 枕元に腰を下ろし、見下ろす彩葉さんの顔には先ほどまでとは違う、安堵に近いものがあった。

 

「ずーっとケラケラ笑っちゃって、私みたいになっちゃったんだ」

 

 優しく撫でるその表情は、自分と同じだからこそその奥にある真意を見透かす。それはきっと、俺たちを傷つけないための嘘。ここまでの話は全て面白おかしくヤチヨが過ごして来た8000年の話だ。

 8000年。気軽に言っていい年数ではないその時間の中には、きっと辛い出来事も悲しい出来事も、等しく存在していたはず。

 そしてそんな8000年を共に生きて来たのだろうメンダコは、机の上で微笑んだ。

 

「ヤチヨはね、ずっと怖がってた。

 弥がかぐやの卒業ライブで使うチートを、守る為の力を、何より早く消してしまおうとする自分を嫌いにならないか。

 かぐやを失った彩葉が、もう何もできないほどに心を傷つけてしまわないか。

 その答えを見れて良かった。8000年を見続けて、本当に良かった」

 

「メンダコ......」

 

 その目から流れる涙は、本当にヤチヨを思うからこそ。

 そんな彼の触腕を手に取り、先ほど口走った彼の言葉をそのまま反芻する。

 

「メンダコはこの部屋に入る前、ここを都合がいいって言っただろ。ヤチヨにとってここは大切な場所なの?」

 

「ううん、ヤチヨは知らない。

 ここはね。僕にとって都合がいい場所なんだ」

 

 さて、どこから話そうか。

 そう語りながらテーブルを降りるメンダコを見て、あることに気づく。これまでメンダコと話していれば確実に現れていた頭痛が、今はまるで出てこない。

 何かを忘却したような感覚も、ここでは息を潜めている。

 

「もう忘れさせなくていいのは嬉しいね。

 君にずうっと『あきらめないで』って言ってきて、本当によかったな」

 

 見透かしたような言葉。

 そして頭の中に響き続けて来たあきらめないで、と言う声が、メンダコの周りに広がっていく映像と共に鮮明になる。

 目の前のタコは全てを見ていた。

 彩葉さんがヤッチョGPTに人生相談をしているのを見て、自分もやってみようとした時、出て来たバグみたいな文章の羅列も。

 コラボライブ前の語り合いも。

 そしてコラボライブ中、俺の頭の上に乗ってしていた会話も。

 

 そのほか、数多行われて来た接触。

 なぜ俺はかぐやに『かぐや』と言う名前をつけたのか、ツクヨミの初ログインでヤチヨの事が口をついて出て来てしまったのか。

 

「弥、どういうこと?」

 

「......あの日、彩葉さんと会った夜。

 俺はいつもと違うルートで帰っていたから、転んで立てなくなったあなたを見つけられたんです。

 偶然じゃなかった。覚えている記憶の奥底で、そっちから帰ろうって声がしたから」

 

「あんま良くないんだけどね、意思の改竄。

 月の技術は凄いのさ、いじらないでも弥は彩葉のことを助けてただろうけどね」

 

 メンダコは笑う。

 彼は自分の周りを中心として、ヤチヨの設定した風景をもう一度塗り替えていく。

 新たに変わったその場所は、かぐやと彩葉さんが一緒に過ごしていた頃のタワマン。

 そのリビングに座らされ、彼は一息ついてその体を変化させる。

 

「僕にとってはこっちの方が馴染み深い。

 ......さて、と。ヤチヨにとっての輪廻は巡ったけれど、僕の方はもうひと頑張りなんだ」

 

「お前は──」

 

 そうして見せた姿は人間のソレで。

 性別の形は違うけれど、目に訴えるその他の要素はまるまる俺のような風貌。

 信じがたい。動揺の中、口をついて言葉が漏れる。

 

「お前は、俺なのか?」

 

「──そう。

 僕はAIとしてこれからの未来で作られる、ヤチヨを1人にさせない為の存在。 

 名前はそのまま、シライシワタル。

 女の子の体だけどね、僕は(キミ)なんだよ」

 

 ふわりと微笑む彼女は、自分の輪廻を良いものだと言った。

 

「いろいろ大変だったんだよ? これから10年もしたら作られる僕は月に送信されて、何年かかけて月のシステムに排斥されないよう溶け込んで、かぐやのお手伝いをして。

 一緒に地球に行こうとする途中で、僕のせいで隕石にぶつかって...... そのあとはどうにかこうにかおんなじルートを進むしかなかった」

 

「待て待て、待って......」

 

「うん? どうかした?」

 

「いや、いろいろ言いたいことはあるんだけど。

 そもそも俺の名前そのまんまって、一体誰が作ったんだよ?」

 

(キミ)だけど」

 

「おれ?!」

 

 ともすれば、だ。

 俺は10年もすればメンダコ── というよりシライシを作れるほど頭が良くなるのか? 月にいる、これから8000年を生きて行かなければならないかぐやを1人にしたくないという気持ちはある。それでも今の学力からそこに辿り着くのは無理筋ではないかと聞けば、彼女は困り眉を作って苦笑いを見せた。

 

「そこなんだよねぇ〜。ずっと見て来たから頭がいいわけじゃないのはすぐ分かったし、そこが1番考えたと思う。

 だからちょっと荒っぽい方法を使うことにしたんだ」

 

 するり、彼女の手が自分の手に触れる。

 軽く握られた手のひら。小さく息を吸い込んだ音がすると、不思議な感覚と共に自分の頭にある記憶領域が恐るべき広がりを見せていくような。

 これは、幼少期に覚えのある感覚。

 

「よし、と。彩葉もほら、手を出して」

 

「えっ...... う、うん」

 

 それは彩葉さんにも伝播し、シライシは満足そうに口角を上げ、自分の役目は果たされたと満足げだ。

 

 ──俺は、記憶力に自信がある。

 それはある一時を境に付いた力。

 思い出したいことがあれば記憶の引き出しを開けて、その中から情報を得る。それが普通の場合。

 しかし自分の頭に引き出しはない。常にむき身の状態で広大な記憶領域を浮かぶ情報を手にとるような、そんなイメージで物事を覚えている。

 

「僕は2人の記憶、そのキャパシティを増やしてしまうことにしたんだ。そうすればほら、僕を作るために必要な情報を丸ごと覚えてもらえるだろう?

 一気に増やしたら壊れちゃうから、何年かを使ってじわじわとね。

 ──さあて、これでぼくの役目はおしまい」

 

 頭の中に溢れながらも、飲み込むことのできる情報。それを俺たちに託した彼女はそう言って手を離し、細い指ですぐ隣に眠っているヤチヨの頬を撫でた。

 全部終わったよ、これから何をしようか。

 そう囁くシライシの体は足元から段々とノイズが走り始めていて、AIとしての限界が近いことをその姿が教えてくれる。

 2人の中にある苦悩も、哀しみも。

 俺たちは、まだその全てを知れていない。

 

「シライシ」

 

「なんだい?」

 

「ヤチヨが隠していること、あるよね?」

 

 彩葉さんが2人の前に座り、優しく問う。

 見せた複雑な表情は、それだけヤチヨの隠した真実が辛いものであることを示す。それでも知らなくてはいけない。

 俺も、彩葉さんも、そうしなければいけないと思ったから。

 

「見せて。

 私たち、かぐやの全部を見なくちゃ」

 

 シライシはヤチヨの頬に触れる手を離し、渋った様子で握りしめた両手を差し出す。

 

「どれだけ記憶領域を広げても、2人はヒトだよ。

 耐え切れるかわからない......」

 

「「問答無用っ」」

 

 その手を開かせ、握る。

 それを受け、彼女は大きな瞳に涙を溜めながら、優しく握り返して2人の目を見据える。まっすぐ、純粋に。

 

「ヤチヨはさっき、久しぶりに本当に嬉しそうだった。

 だから僕の全てを使って、2人に教えるから。

 ──行くよ」

 

 触れる指に力が入ると、視界を一瞬白い光が包み込む。

 その光を抜ければ、数多の竹がその節ごとに記憶を見せた。

 

「ヤチヨ、どっかにいるんでしょ?

 出てきて、助けて......? いろは、わたる、会いたいよ......」

 

「──かぐやっ!」

 

 記憶でしかない。

 だから声は届かない。それでも手を伸ばしてしまう、声をあげてしまう。

 辛かったね、寂しかったね。そんな言葉が溢れてしまうほどに、1人きりじゃなかったとしても8000年の年月を過ごした悲しみは涙を滲ませる。

 

 それでも、そんな死にたくなるような孤独感の中でも、かぐやは生きていてくれた。

 そして、そんなかぐやと共に生きてくれた人たちの軌跡が、全てを支えてくれた。

 

(いまし)は縁起よしとぞ......」

 

「逢い見ての、のちの心にくらぶれば──」

 

「会いたい者がいるのだろう?」

 

「ムカつくからさ。 つらくても、笑うんだよ!」

 

「君の活躍する時代を、俺も見てみたかった」

 

「私には...... ここなの」

 

「極上のワインは、時間が経つほど深まる。

 悪いことばかりじゃないさ」

 

「ヤチヨは、全部終わったら何したい?

 一緒に考えようよ」

 

 皆、笑っていた。

 ヤチヨを形作っていた人との出会いが、そんな人たちの心が、どんなに辛くたって笑っていようって。

 だからずっと── ヤチヨも、笑っていたんだ。

 

 いつもあんなに楽しそうに。

 

 

 

 





 明日は2話更新です
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