書き殴りなのでごちゃついてるところがあるかも、補足は後書きに。
ぷらーん、ぷらーん。
パラシュートみたいな足を広げて空を舞う。
当然ながら人とは全くメンダコの身体、加えて触覚、味覚、嗅覚と五感の半分には影響できないツクヨミの中では浮かんで風の向くままに移動するのが最も楽。
人の身体、現実の肉体。それを持たない僕にとっては羽のように空間を掻き分けるヒレだけが、この世界に干渉できる手段である。
「あ、あれヤチヨのメンダコじゃない?」
さて、現在ヤチヨの本体とは離れている。
『本体は』と言ったのは、彼女はその意識を分裂させて多種多様な形を取れるから。それで色んな人と交流したりしてツクヨミの運営を盤石なものとしているが、代償に規定の時間で眠り分裂体の情報を統合しなければならない。
大体52時間が連続稼働の限界。まあ何事もいいところばかりではないというわけで、それは僕にとっても同じこと。
しかもヤチヨ本人は彩葉たちから逃げるように引き篭もろうとしてるから、誰かの手助けでもないとまた会うのは大変かもね。
こちらを指差すヤチヨのファンであろう子に小さなヒレを思いっきり振ってやれば、あちらも喜んだ様子で手を振りかえす。
空に浮かぶ録画された配信画面、ヤチヨの胸元には僕と同じメンダコ。忙しく空を飛ぶのは、向かわねばならない場所があるからだ。
「ひぃ〜、時間かかるぅ」
──人は、月って言われて何が思い浮かぶ?
昔の人は月にはウサギがいると話して、
でも実際、月の表層って何もないんだよね。
「......何処にいるんだろ」
何も持たないで降り立った月に、ファンタジーは無かった。
「──かぐやを8000年、ひとりぼっちにしないであげて」
僕を作った君はどう言う気持ちで、その腑抜けた顔を見せたの? こんな何もないとこに送り出しておいて。
探してた人もその人を連れてった人たちも、見渡す限りの灰色の上にはいなかった。そのまんま何年くらい月を彷徨ったかな。
もちろん寂しかったよ。誰もいない話してもくれない、その時の僕に肉体は無いから全部投げ捨てて死ぬ選択も取れない。記憶の中にあるのは楽しかった思い出とやらなきゃいけない事だけど、それらが他人事の様に感じられるくらいには孤独。
「女の子に会うんだもんな、似せてあるとは言っても男の姿じゃあ...... というか、こんなこと考える意味もないか? どーせ会えないし。んもーつまんねー...... って、おあぁっ!?」
何年経ったかな。精神構造はそのままにデータ上の性別を書き換えたり色々自分自身をいじったりしながら気長に探してみたけど、1人にしないであげたい人はどこにもおらず。
全部諦めようとして座り込んだところからフッとテクスチャが崩れていって── 気づけば、月の裏側に落ちていた。
正直、そこもめっちゃつまんなかった。
味無い暑い寒いも無い匂いも感覚も無い、無い無い無い! 意外と立派な建物はあるくせ、そこにいた不思議な人たちはみんな規則的で定められた事以上の行動をすることは無い。なんかファイアウォールの役割を持ってそうな門番に追いかけ回され無かったのは良かったけど、本当にここが望んで来た場所なのかって疑問はあった。
ユーリ・ガガーリンは偉大だよね。地球は青かったって、辛いことも楽しいこともある地球がどれだけ素敵だったかって思い知らされたよ。実際に生きてたわけじゃないけどさ、自分としての意識が覚醒したのはここに来てからだから。
でも、耐えられた。
そこには数年すれば『月見ヤチヨ』を名乗る事になる君がいたから。
「わた── る、じゃないの?」
「んー、白石弥って言えばそうなんだけど、そうじゃないっていうか。
むずかしいね、かぐやさえ良ければワタルでもシライシでも、好きな方で言って?」
「ふーん? じゃシライシで」
ずっと仕事に励む君を見てたよ、あとあと『FUSHI』になるあの子を抱えながら。
時折地球を見る君を1人にしないことが、
さて。
僕の第一目標は彼女に会う事。第二目標の実行までには時間がある。おおよそ50年くらい? だから色々やらせてもらう。
「その辺のコード? いいよー触ってー」
軽々しく許可を出す彼女、それに意外と狼狽える菩薩みたいな見た目の住人。ちょっと申し訳なさがありながらもこの空間を構築しているコードに触れてみれば、これがまあ凄い凄い。
さすが月の技術。リソースを使えば宇宙船なんてすぐに作れそうだし、接触によって記憶に情報を送り込んだり削除したりなんて技術まで。通信なんて地球の何世代先を行ってるんだろう? ビーコンみたいなものがあればタイムラグ無しで月と地球の交信くらいは可能っぽい。
わりかし暇つぶしには困らなかった。
それからはずっと話したり、彼女の仕事を理解しようとして頭がオーバーヒートしたり。
そうして時間が経つ中、ほんの少しの不調が自分を襲う。
別に不思議じゃない。今の僕は人間で言うところの魂だけと言うか、データの塊みたいなものだ。だから当然にメンテは必要なのだけれど、それでも何十年と過ごしていればどうしようもない不調は現れる。
その度に月の技術を突っ込んで延命して── そして今に至る。
お姫さまは地球に降り立ったとも。
そこは望んだ時代じゃないし、もちろん彩葉も本当の弥も存在しない
「い゛ろはぁぁぁぁ!! わだるぅ゛ぅぅぅぅ!!
やだやだ、いやだ、こんなのいやだぁぁぁぁ!!」
泣き叫ぶ彼女に声をかけることはできなかった。そうなる様に物事を進めたのは僕だったから。
タイムスリップ技術を思いついたのは誰あろうかぐや本人だ。昨日の続きをしゃべりたいから、呼んでくれた2人のところに行くんだって。
「......でも、それじゃあ輪廻は回らなくなる。
ごめん、かぐや」
そんな地球に向かうルートの改変、それによって作為的に起こされた事故。賢い彼女がそれに気づいていたのかどうかは知る由もないが、その日にあるモノが産まれたのは確か。
──いや、壊れたと言った方が正しいか?
「君が君のやるべき事をやれたら、それでいいよ。
その上で任せる仕事を完遂するのはきっと辛い事だろうが」
僕は僕の仕事をしたんだよな?
なのに、何でこんなに辛いの?
いつか絶対に僕は、僕を殺す。
そう言いたくなるほど自分に対する憎しみが燃えたぎる。
あるべき流れ、輪廻。その中で生きることが正しいことであると、そのレールに彼女を乗せることが愛だと思い込んでいた自分をブチ殺したい。
この僕は誰だ。白石弥じゃない、許せないこの僕は。
「......諦めちゃダメだ」
それでも1人にするわけにはいかなかった。
これは命題。僕が生まれてからずっと願いの様に作成者が囁き続けた、呪いの言葉が自分の中に楔となって残り続けている。
「彩葉は8000年すれば産まれる、大きくなる。
僕らは── 何が何でもその時まで生き続けなきゃいけない」
どの口が言っているのだろうね。
それからの8000年、謝らない日は無かったよ。
時が経ってヤチヨはツクヨミの管理人になり、僕はメンダコになって輪廻を見ている。
辛いこともあった。悲しいことも当然に。
その度に折れそうになる彼女を支えようと寄り添い続けて、その気持ちに嘘はない。嘘はないよ。でもこれが本当に正しいのかもわからない。
輪廻とは、変えることの出来ない物事だ。
僕に与えられた二つ目の役目はその輪廻をそっくりそのまま繰り返せる様に導くこと。
だから折れてはいけない。
逸れてもいけない。
上手くいってもいけないし、下手を打って悪くなってもダメ。
がんじがらめの毎日を何度繰り返したか。
あと何回? あと何回数えて、失って、傷ついて、傷つけて、何回、何回、何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回何回──
やめた。
弥の頭を弄った。それは記憶を弄らないとこの後に繋がらないから。そのためにサーバーを置く部屋を彼が住んでるクソ狭いアパートの別室に置いた。
ツクヨミの管理、その一翼を受け持った。それは彩葉がログインしてくるまでに不手際でサービス終了なんてさせるわけにはいかないから。
ゆうに過ぎ去った8000年。あと少しで全て終わる。
──終わったと、して。
8000年の旅路を終えて、ある程度進むべき道としてインストールされていた記憶にある様な10年を過ごし終えたとして。
その時、僕は何者だ?
かぐやの横にいるのは僕だけど僕じゃない。じゃあ、今頑張った僕はどこへ行くのだろう?
いや、頑張りが消えるのはまだいい。これは身勝手にかぐやを巻き込んだ罰であるのだと思えばそれは納得ができる。それでも嫌だったのは、歩いた先に何もないという虚無。
「ヤチヨ。もう、疲れちゃった」
恐怖と暗黒。それが口をついて漏れた。
罵倒の一つでもくれればいい。
そう思う事しかできない放った言葉を、彼女はほんの少し悲しそうな笑みで飲み込んだ。
「......うん。お疲れ様、ワタル」
──違うんだ。待ってよ、なんでそんな顔する?
そんな悲しい顔して欲しかったわけじゃないんだ。
疲れ切ってくたびれた搾りカスみたいな、ゴミみたいになった僕をストレス発散の捌け口にしてくれればそれでいいんだよ。こんなやつのことを労る必要なんてどこにも存在しないんだから。
君だって辛かったろう。FUSHIや僕の体を通してじゃないと世界と関われなくて、本来あるはずだった五感はほとんどを奪われて、ずっとずっと愛した人たちを待ち続ける日々は。
しかもこの後君は昔の自分を助けようともせずに見捨てなきゃならない。弥の全てを投げ打ったチート行為も潰してまで!
だから少しくらい楽になろうとしてくれよ。そんなところまでヤチヨにならなくたっていいじゃないか。君はかぐやなんだろう、少しへたっぴに演じているだけの、かぐやなんだろうに。
「なんで、そんなにがんばるのさ」
「もう一度彩葉たちと歌いたいから」
たったそれだけ。
今よりも先にいる白石弥から教えてもらったから、彼女の言うそれがたった一度だけのコラボライブだと知っている。
それだけのために? もう一度一緒にいたいからじゃないの? これだけ頑張ったんだよって褒めてもらいたいからじゃないの?
8000年をたった一瞬のために?
「おかしいよ、そんなの」
「そうかも。でもね、
だからヤッチョ1人でも頑張っちゃうのです!」
──やめた。
やめるの、やめた。折れた骨が修復と同時に強く硬くなる様に、心の中にあった柱がまた高く聳え立つ。
「ヤチヨ、今のナシ。
僕もっと頑張るから」
そんなの良いわけないじゃん。
8000年頑張ってんのにそれだけなんてとんでもないバッドエンドだろ。
それからは飛び回った。電子の海、いろんな人のスマコンの視界、それらを最高速で。
「おい!!! 弥!!! なに人ん家の前で座ってたそがれてんだ!!! ほらもう空からかぐや落ちてきて電柱に宿るぞ!? 爆誕するんだからもっと、こう...... こっちこい!!! 今後10年どころじゃない関係になるんだから、聞こえないにしたってもっと僕に耳を傾けてくれや!!! 彩葉だって流れ星の彼女みてんだよ、さっさと出てきて光り輝く電柱見ろや!!!
──よっしゃあぁぁぁぁあ!!!! やっときたァァァァア!!!! 開けて、開けて抱いてあげて!! ほらすっごいかわいい!! 月の寵児!!! 8000年待った!!!
え、なんで閉めるの?
......いやいや、もう一度開けたらば受け入れるでしょ。ちょっとハッキングしてひょひょいひょいっと。
え、閉めた......
──うぁぁぁぁぁあぁ!!!? 意地でも開けるからなぁ!!!!
ぜぇ、ぜぇ...... かて、勝てると思うなよ...... 月の技術はすごいんだからね......」
......こんなこともあったね。さっさと赤ちゃんを助けようとしないのが悪い。
そしてその度、その時代を生きてる弥に声をかけ続ける。
あきらめるな、あきらめたら許さないぞ、絶対にあきらめちゃダメだからな、と。
「この辺で〜...... あ、見つかった」
──そして今、弥と彩葉は僕の前に立ってる。
最後の鍵になる歌を完成させて、輪廻の最後のピースをはめ込んで、真っ直ぐな視線と確かな決意を胸に。
「ヤチヨがどこにいるか、教えて」
それを贖罪だなんて言うつもりはない。
でも、ああ、これでいい。僕は白石弥にはなれなかった。
結果的にかぐやを8000年も前に送って悲しませた。 たぶん彼だったらそんなことしなかったろう。
でも
望まれたからだけじゃない。自分の意思でヤチヨをハッピーエンドに導こうとできた事が何よりも嬉しい。
偽物。本物が作り上げた、孤独を癒して真っ直ぐ進ませるだけのAI。
「これで、僕の役目はおしまい」
ありがとう、ごめんね、ヤチヨ。
君の輪廻が全部終わったらしたい事、いっしょに考えられなかったよ。
メンダコの思考はヤチヨにも彩葉にも主人公にも共有されていません。
隕石にぶつかって8000年前に落ちるという既定路線に乗せた行為にヤチヨは気づかなかった為、今後機能を停止するまでメンダコは1人でずっとその後悔と付き合っていきます。
でも月の技術を入れたせいで思ってたよりも生き延びてしまうため、機能停止するかどうかというところも本人判断のおおよそ予測でしかなく、下手をすればギリギリの状態で機能停止という終わりもこないまま永遠にかぐやを悲しませたという事実だけと向き合わなきゃならなくなり、人格を蝕みます。
加えてシライシワタルという名前と人格ベースがあるだけで白石弥では無いので、ヤチヨ(かぐや)の中で弥になり変わることもできません。
唯一無二の自己は無く、後悔が常に付き纏い、機能停止による死という逃げも取れず、輪廻を完遂したとて自分が幸せになる保証はない。
それがシライシワタルの8000年です。
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