超お世話係!   作:チクワ

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罪・家族・命・独占・怒
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「──なので、今生産している分が終わったら機械の型変えをお願いします。

 ......引き継ぎはこんなものですね、じゃあお疲れ様です」

 

「お疲れ様です!」

 

 昼過ぎ。

 

 けたたましく稼働音を鳴らす機械にすっかり慣れてしまって、そんな騒音の中で後輩に今後の予定を引き継ぎし終えると現場から退出する。今日は早出、朝6時から現場に来ては日々のマイナス分を取り戻すのはいつものこと。

 帰る時間は早いものの、正直キツさを感じているのは言い訳のしようもない。

 

 はあ、疲れた。

 ロッカーに戻って帽子やらマスクやらを外して作業着を脱ぎ、力強く身体を伸ばしてやれば節々から聞こえてくるのは悲鳴にも似たバキバキと骨のなる音。

 高校を卒業してから8年。

 菓子工場にずっと勤めて来たわけではあるが、近年身体を支配しているのは若い頃の負債というか、無理の弊害みたいなもの。

 

「無理もないよな......」

 

 別に文句はない。身体を取り巻く不調は若い頃からずっと座って寝ているとか、そもそもが結構夜型なもので、寝る時間が遅くなりがちとか。

 タバコや酒はやっていないものの、そういう若い頃だから通せていた無理が今の身体では耐えきれなくなっているのを感じている。

 とはいえ、不幸せかって言われたらそうでもないかな、という気分。

 かぐやが戻って来て、ヤチヨが身体を手に入れた。

 それはつまり酒寄家── この場合は、彩葉さん達3人のことを指す。そんなグループにおいて、家事がちゃんとできる人間が2人も増えた、ということ。

 

 かぐやには俺が教えていた家事が当然染み込んでいたし、ヤチヨもかぐやなのだからそれは当然。

 つまるところ、まあ、こんな事を言ったら本人たちに怒られるかもしれないのだけれど。

 自分が居なくても── なんて。

 もちろん意図的に口にする事はない。もしかしたら何かの拍子にポロッと出てしまうかもしれないが、それはそれとして思ってしまうのだからしょうがない。

 必要とされてる。そこにいて欲しいと思われている。

 そういう沢山の気持ちは3人から貰っているわけで、そこに文句は無いしむしろ嬉しさの方がずっと大きい。でもそれはそれでこれはこれ、どうにも自分が居なくなっても変わらないだろうと思ってしまうのは、白石弥という人間の根底なのだろう。

 

 ......それで言えば、さっさと好きな人に告白でもして自分をその人に縛り付けて仕舞えば、そんな事も考えなくなるだろうか?

 

 随分前にシライシに言った、彩葉さんとかぐやに対する感情としての『大好き』がある。それは何年も前に朝日さんに聞かれた好きとは毛色が違っていて、自覚したのはあの夏から何年か経った頃だ。

 俺は、愛してるの方向で2人が好きなんだと思う。

 

 思う、と言うのはこの方向性で人を好きになったことがないから。

 昔は大家さんに対して好きだなぁ、なんて思ってたけど、あれは恋の方の好き。2人に対する好きは、どっちかと言うと愛とかそんな感じなのでこれが正しいのかよくわかってない。

 この感情、正直怖い。

 向こうがもし自分と同じような気持ちじゃなかった時を考えると肝が冷える。だからどうにも踏み出せないでいた。

 そもそも彩葉さんの態度がわかりにくいってところもある。あの人はかぐやのことが好きだから、って彼女からかぐやに対する感情を参考にしようとしても、新しい肉体を作ってやるなんてそんなの感情がデカすぎるし。

 じゃあ友人の2人、芦花さんや真実さんに対する対応を見て考えようとすれば、あの人急に芦花さんを膝枕して朝まで寝かせてあげた上に花丸つけてあげてるし。

 酒寄彩葉にはラブとライクの境目が無いのか?

 ......それとも色々と鈍感なだけなのか。結構俺も好き好き言ってるのと変わらないくらいの行動自体はしてる、はずだけれど。

 

「わーたるっ」

 

「おお〜」

 

 そんな事を考えながら警備員に社員証を見せて会社の正門から出た自分を待ち構え、背中側からドンっと力強く抱きついてくるのは銀色の髪。

 長く伸びたソレは抱きついて来た時の勢いで身体の前にまで見えて、めずらしいな、なんて思いながら振り返ると彼女はその目を輝かせていて、肉体の楽しさにおてんばが蘇って来ているのだろうなと。

 会社の前だよ。そうは言ってみたものの、自分でもわかるくらい叱る気のない声に甘さを実感しながら、腰に回されて前で組まれた腕をほどく。

 

 ──ヤチヨだ。

 かぐや、ではなくてヤチヨ。

 よくもまあ彩葉さんは彼女ら2体分の予算をつけられたものだ。いや、ヤチヨのボディは旧型を色々アップデートしただけだから、いくらか安く済んだのかもだけれど。

 

「ヤチヨ」

 

「えへへ」

 

 その流れで隣に立ったヤチヨの手を握ってやれば、待ってましたと嬉しそうに笑う。

 しかしその表情は長く続かない。

 もう十分。そう言うにはいくらか寂しげというか、名残惜しそうに手を離すと、すぐに前を向いて駅への帰路を進み始めた。

 

「ごめんね、ちょっと図々しすぎたかも。おばあちゃんだから距離感とか、少しおかしくて......」

 

 ふうん、そう。

 前を行くヤチヨの隣に早歩きで向かい、赤信号に足止めされて暇な時間。追いついた彼女の横顔を少しの間じっと見つめて、なんというか納得が行かなくて、すぐにその手をまた握る。

 彩葉さんが作った彼女らの義体は、はたから見る分に人と変わらない。だからこそその頬がすぐ茜色を宿して、夜明け前の如き宝石に揺らぎが見えた。

 

「ヤチヨはおばあちゃんだって言うけどさ、俺にはそうでもないよ。

 ちょっと踏み込むのが怖くなって、辛くてもよく笑うようになっただけ。結果は変わらないんだから、もっと甘えてみてもいいんじゃない?」

 

 それにほら、と自分の頭を指差して笑う。

 そこにあるのは少し伸びた髪の毛で、その色は高校時代の少し灰色の混じるものではなく、すっかり白くなってしまったもの。

 君がおばあちゃんなら、俺だっておじいちゃんみたいなものだ。ルマンド食べる? なんてカバンから取り出したそれを差し出しながら言ってみれば、彼女は受け取って大事そうにそれを眺めている。

 きっと、ツクヨミに彩葉さんが初めてログインした時も。ミニライブで握手しに来た時も、いつもいつも8000年の間に心で押さえ込んできた感情を爆発させたい時があったはず。

 もう心を閉じる必要はないのだ。ただ、一緒に生きれる相手として、やりたい事をやってくれていい。

 

「ずるいなぁ」

 

 ぎゅっ、と手を握る力が強まる。

 

「隠しても、言わなくてもバレちゃうんだもん」

 

「そりゃそうだよ。わかるさ、ヤチヨのことが好きだから」

 

「......ずるい」

 

 ずっと変わらない。

 ヤチヨがかぐやだった時から、ずっとそう。

 

 

 

 マンションにお邪魔し、ソファに座って大きいあくびを手のひらで隠す。

 工場勤務といえば夜勤とか遅番とか、そういうのを想像すると思うが、自分の部署にはそういう三交代制の制度はない。代わりに社員はほぼ毎日6時までに現場で作業を始めないといけないわけで、時計が針を指す昼過ぎに帰って来れたのもそういう理由から。

 ともすれば、当然に朝は早い。

 弁当は前日に作れるからまだしも、いちいちボロアパートの方からこのタワマンまで来て朝ごはんを作り出勤なんてのは疲労も溜まる。

 かぐやと彩葉さんは義体のメンテナンスがある以上、帰宅時間は少し遅くなる。そしてヤチヨはこれからお昼の配信だから、必然的に1人になるわけで。

 

「寝るのもな...... よし」

 

 立ち上がり、やる気を表すようにして肩を回す。

 探せば何個か仕事はあるだろう。家事をやってくれるとはいえ、ヤチヨもかぐやも掃除をすること自体は昔から苦手だ。

 だったらそこをリカバーしてやるのが自分の役目。

 風呂掃除に部屋ごとの清掃。特にかぐやの部屋は予想通りに散らかり放題で、極端に少ない足の踏み場に苦笑いするものの、本当に帰って来たのだな、と少し嬉しい気持ちもある。

 ぬいぐるみを並べてやったり、ゴミ箱の中に突っ込まれた菓子の袋をまとめて回収したり。まあ当然といえば当然なのだけれど、仕事でやる作業よりもずっと楽しさがある。

 

「ぐわぁっ...... うわ、びっしゃびしゃだ〜......」

 

 笑みを浮かべながら油断すれば、水を出したまま床に置いたシャワーが牙を剥く。

 最近油断しきりというか、ちょくちょくこういうミスをやらかしてしまうのが悩みどころ。まだ自分の服がびしょ濡れになる程度で済んでいるからいいが、もしこれが彩葉さん達に被害が及ぶようなことで起きたりすれば後悔じゃ済まない。

 気をつけなければな、と思いながら洗濯機に濡れた服を投げ入れて着替えを済ませ、リビングに戻ってくれば過ぎ去った時間は1時間ほど。

 まだまだ2人が帰ってくる時には遠い。

 

 ソファに置きっぱなしだったトートバッグからパソコンを取り出すと、膝の上に置いたそれで流すのは適当に選んだ昔の配信。

 10年前の、かぐやが来てから一ヶ月も経っていない頃の配信だ。

 

 懐かしい。

 この配信はかぐやへの求婚コメントがやたら多かった。それを見かねて削除の方向に対応の舵を取った彩葉さんの行動も貫通してくるくらいには連投されていたし、その中には彩葉さんに向けたものも何通か。

 見てて嬉しいものではない。それどころか『顔も知らない、会った事もないのに何を考えてるんだ?』と嫌悪感を明確に示しそうになった── まあ、端的にイヤだった記憶がある。

 その感情は何年経っても変わらないだろう。

 復活ライブを終えたかぐやの配信に時折現れるソレに渋い顔をする事はあるし、研究所所長として顔が割れている彩葉さんに向けたコメントを見てはイヤな気分に包まれそうになりもする。

 

 ──でも、別に2人が誰かと付き合うのがイヤ、というわけではなかった。

 

 例えば彩葉さんが、顔も知ってて良い人たち揃いの研究所職員の1人を連れて来て『この人と付き合います』と言い始めたら祝福して出ていくし、似たような事がかぐやに起きたとしても、俺は同じ行動を取る。

 結局、幸せになってくれればそれでいい。そこに自分がいる理由はどこにも無いわけだ。

 ......ヤチヨとかぐやのコラボライブの時、かぐやが歌い終わりに『結婚しちゃおっかな』みたく言い始めた時はびっくりしたけど。しかも3人で、なんて。

 多分興奮状態で口から出て来ただけの言葉だったはずだ。実際それ以来似たような事を言われた事はないから、気の迷いみたいなところだったに違いない。

 その真意は本人に聞いてみるのが1番なのだろうけど、その勇気が出ないのは臆病だから。そこだけは何年経とうと変わりはしない。

 

 しばらく目を通していれば、玄関に続く廊下から見えるのはひょっこりと少しだけ顔を出してこちらの様子を伺うヤチヨ。

 集中して画面を見る俺が何か真面目な事をしているように見えたのだろうか、配信を終えた後にしては控えめに視線を送っている。別に邪魔してくれたっていいのにと思うのは、受け入れる側の傲慢か。

 膝の上に乗せていたパソコンを横に退けて笑顔で手招きしてやれば、我慢しがちなお姫さまはすぐに隣に座って少し離れた俺のパソコンを見つめている。

 

 ......一緒にパソコンを見たかっただけ?

 それなら、といくらか甘さの感じられる彼女の義体を両手で持ち上げると、開いた膝の間にスッポリと座らせた。そうしてヤチヨの膝にパソコンを置いてやれば、何も問題はあるまい、と。

 

「こっちの方が収まりいいでしょ〜?」

 

「邪魔じゃないかな......?」

 

「次似たようなこと言ったら30分くすぐるからね?」

 

 邪魔な事があるものか。

 どうにもこのお姫さまから遠慮を取り除くためには時間がかかりそう。彩葉さんにも協力してもらわなきゃな、なんて思いながら、ヤチヨの心に積み重なった8000年分の氷の層を溶かす方法を思案する。

 まずはとにかく、一緒にいてあげるところからだ。

 

 

 

 

「......ふぅ」

 

 連続稼働時間は52時間。

 それを超過したからか、それとも安心を提供できたからなのか。

 膝枕...... 正確には腿の上なのだけれど、その姿で眠るヤチヨに視線を落とす。

 動けないけど別に文句はない。文句があるとすれば、スマコン越しに見える、モゾモゾとその辺を蠢きながらこっちを見てる白い物体に。

 

「FUSHI?」

 

 びくり、その背中が震えた。

 自分はあくまで見守る側。そうであれば文句はないというのが彼の言い分だろうが、そうもいかない。

 

「ほら、こっちきて」

 

「いや......」

 

「早く。俺は気が短いよ」

 

「......どの口がっ」

 

 FUSHIはかぐやがゲームキットで作った犬DOGE、それがウミウシとして肉体を得て、またツクヨミというVR空間でデータ体として生きているという経歴の生き物。

 彩葉さんや俺に強い言葉を使うのは昔を思い出して泣きそうになるから、なんてヤチヨは教えてくれた。別に泣いたって構わないのに。

 まあそのあたりは本人の気持ち次第。

 こちらの手招きに対して放たれた言葉に対して、いくらか上機嫌な様子で飛び乗ってきた彼をキャッチすると、2人でヤチヨの寝顔に微笑んだ。

 

「ふふふ」

 

 上機嫌な彼をみて、ふと思う。

 FUSHIが俺たちに接触する方法は、スマコンをARモードにしてもらって現実に投影してもらう方法しかない。

 本体と呼べるウミウシの体は今でもアパートの一部屋に生きているけれど、アレでは自由に動くこともできないし言葉も交わせないはずだ。

 

「FUSHIは、身体が欲しくないの?」

 

 この10年、何度か聞いてきた質問。

 返ってくるのは変わらない言葉。

 

「必要ないっ」

 

 ふうん、そっか。

 それで話を終わらせて来たこれまでと違い、今回は少しだけ食い下がる。

 ヤチヨの義体は完成した。それならばその横にずっとついていたFUSHIも肉体を得てその人生を共に生きたっていいはずで、その為の予算だって彩葉さんに聞けばきっと用意しているはずだ。

 なのだから── と、そう言うよりも先に目に入って来たのは力強く飛びかかってくるFUSHIの姿。実体がない以上その攻撃はすり抜けるものの、彼が明確な意思を持ってその行動に移ったことには違いない。

 

「あのなぁ、前から思ってたけど傲慢なんだオマエは!」

 

「そんなに怒るぅ......?」

 

「堪忍袋の尾が切れた! 正座...... はしてるか。じゃあそのまま説教してやる!」

 

 説教を受けながら考えるのは傲慢という彼の言葉。

 何か積み重ねて来た事が無ければそんな言葉は出ないはずで、そうすると思い浮かぶのは8000年を彼と共に生きて来た1人。

 テーブルの上に目を向ければ、そこにあるのは抜け殻のメンダコ。

 ......もし機会があるのなら。

 

 ちゃんと謝らなきゃいけないのかもしれない。

 シライシのこれまでと、俺のこれからのことを。

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