「とりゃーっ!」
威勢のいい声と共に、金色の糸を纏ったような髪を翻して膝の上に着地するお姫さまが1人。
そこそこな重量と勢い。太ももにかかる負担に思わず顔が軋んだような感覚が襲うものの、なんとか耐え切れば嬉しそうに振り返った彼女が物欲しげに笑ってこちらを見上げる。
お望み通りに。
そう言って少しため息を吐きながら頭を撫でてやると、彼女── かぐやはパタパタと放り出した足を動かし、身振り手振りに嬉しさを表現してくれた。
10年前と変わらない髪の長さ、赤い目、そしてその笑み。ヤチヨの使っている義体はモデリングを彩葉さんが担当したのだが、対してかぐやのモデリングは俺の担当。
なぜ俺なのか? 理由を聞けば『きっと弥の方が覚えてる』と。
その言葉になぜだか少し寂しいというか、悲しい気持ちになった事は誰にも言えない。かぐやを大切に思うからこそ、その役割を任せてくれた事は栄誉なのだから。
「もっと強くてもいいよ!」
「そんなにか〜?」
言われるがまま、くしゃくしゃと髪を巻き込んで撫でてやれば『んふー』と満足げに吐かれる息。君がいいなら良いのだけれど、明日その髪をセットするのは俺なんだよ? ......とは、言えないな。
何にしてもその嬉しそうな顔ひとつで全て許せてしまうのだから、かぐやはずるい。
──かぐやも、ヤチヨも。元を辿れば同一の存在。
それは当然のことだ。俺たちと一ヶ月間を過ごしたかぐやはまだ月にいて、これから全ての仕事を終えて地球に飛んで、その途中で隕石にぶつかって、と繋がっていく。
そうするとこのかぐやは? 俺が撫でくりまわしているこのかぐやは、言ってしまえば『8000年を生きて来た彼女の中の、自認かぐやの部分』というわけ。
ツクヨミの運営はヤチヨ、FUSHI、そしてシライシのAI三人衆で行なわれていた。もちろん人手は3人だけで足りるわけもないため、ヤチヨがその意識を分身させて管理をさせているというわけなのだが、義体に彼女の意識を入れるにあたって使ったのがその分身技術。
これを使い、ヤチヨとして生きていくボディであるYACHIYO型、通称YC型ボディには『8000年生きてツクヨミで管理人をしながら歌姫もこなすヤチヨ』という自認を。
かぐやとして生きていくボディのKAGUYA型、通称KG型のボディには『8000年生きた上で、10年ぶりにリアルの体を手に入れたかぐや』としての自認が入った精神を組み込んだ結果、本来同一人物である2人が混乱もなく同時に存在できている、というわけ。
この理論、誰が提案したというわけでもない。
ただ俺と彩葉さん、2人ともがかぐやにもヤチヨにも一緒に生きてほしいと思ったが故に、特筆して意見交換をするまでもなく成功した事象である。
つまるところ再現性はゼロに近く、故に論文としての発表も今後行われることのない、完全に秘匿される技術だ。
YC型は適合率が低く、手足もろもろの反応が鈍いという特性があったもののソレをカバーできたのは製作者の執念というかなんというか。
「ねえ、ヤチヨとのコラボライブ覚えてる?」
「ん? もちろん」
「あの時さー、彩葉ってばヤチヨばっかり見てぜんっぜんビクともしなくて! 私のなのにーって!」
ああ、確かに彩葉さんは石像みたいに動かなかった。でもまあ仕方がない、重度のファンってあんな感じで近くに推しが来たら動けなくなる。
それは真実さんにおける朝日さん── というか帝がそう。多分子供たちがいる今の彼女でもぶっ倒れちゃうんじゃないかな? なんて言えば、かぐやもまたそれを肯定して『そうかも』と。
「弥はさ、私を見ててくれた?」
「見てたよ、ちゃ〜んと」
「......そっか〜! ふふ、へへ、めっちゃ嬉し〜!」
かぐやは、冗談を言う事が少なくなった。
別に言わないってわけじゃない。思い返せば復活ライブの少し後、かぐやの誕生日を祝いに来た真実さんが連れて来たお子さんのオムツを変えなければならない時、自分がやらせてもらったわけだが。
「へー、弥ってオムツ変えれるの? ......もしや隠し子が?! だれだれだれ、だれ?!」
「そんなのいないよ...... 強いて言うならかぐやのおかげと言うか、
「え゛ぇ゛っ゛?! かぐやとの子?!」
「いませんから!? 君のを変えた事あるんだよ俺も彩葉さんも!」
まあそんな会話もあったね。
というか誰ってなんだ。隠してた子供がいたとしてあの場にいる人間だったら年齢が合わないだろう、こっちは月から来た奴いないんだぞ。急成長とかしないよ?
みんな地球人だし、なんならこれからの君も地球人なんだからぽこじゃか髪色変えたり出来ないからね?
というふうに、別に冗談だったり天然が故の発言は今でもある。
しかしそれ以上に増えたのは、昔を懐かしんだり自分がここにいる事を確かめるような言葉。
多分少しだけ怖いんだと思う。
確かに今のかぐやは大元の8000年を生きたヤチヨから分かたれたもの。そこに至るまでの10年、俺たちと一緒にいたのは基本的にはヤチヨの人格で、その立場に自分がいても良いのかどうか。
そこはヤチヨが居るべきなんじゃないかって考えてしまうのかもしれない。かぐやは賢いし、あの花火大会で聞かせてくれたみたいに、その心は大人だから。
でもそれなら、と。
俺は何度でも君を見ているというし、何回だって抱きしめてあげたいと思う。
言葉通りに腕を広げてあげれば、すぐさま彼女は振り返ってその重みをこちらの身体に預けた。きっと彩葉さんだってこうするさ。
「かぐや?」
ふがふが。胸に顔を埋めながら返事をするものだから聞き取りづらくてしょうがないのだけれど、この感じだときっと『なぁに〜?』とでも言ってるんだろう。
彼女の背中に回していた手をゆっくりほどき、着用している黒いTシャツをぐっと背中側へ引っ張る。動かない。
両肩を掴んで押しのける。今度はこちらを掴む力が強くなった。
一息ついて、瞼を下ろす。
「──吸いすぎじゃないかな?」
人間の五感。
視覚、聴覚、味覚、触覚。そして、嗅覚。
その全てが彩葉さんの手によって彼女らに実装された事は記憶に新しい。
しかし── それによって行為がエスカレートすることもある。
「やりすぎだってば、ちょっと怖いって......」
「やだーっ! あったかいし良い匂いするんだもん!」
「彩葉さんにもやってあげれば良いんじゃないかな、きっと彼女の方がいい匂いするよ?」
「洗剤一緒なんだからおんなじじゃない?」
焦って彩葉さんにこの対応をなすりつけようとするものの、確かにかぐやが言う通り俺たちの服を洗う洗剤は一緒。
となれば服越しの匂いもさして変わらず、引き剥がそうにも逆に説き伏せられてしまう。
満足してもらえたのは少し後。とにかく気を逸らそうとツクヨミのシアタールームで昔の動画でも見ないかと誘ってみれば、かぐやが食いついたが故のエスケープ。
いや、助かった。さすがに女の子からシャツの匂いを力強く吸われ続けることに何も思わないわけじゃない。
シアタールームに設置された幅広のソファに軽く腰掛けると、かぐやはツクヨミの機能でアバターを子供くらいの大きさに変更してポスっとその上に飛び乗った。
「──楽しいな」
見たのはライブ映像とか、直近の配信とか。
絞り出したかのような彼女の声に、ほんの少しの疑問符が浮かぶ。
いつも通りじゃない。なんだかしっとりとしていると言うか、いつも通りならほんの少し確かめるような言動をした後はカラッとしているはず。
それなのにずっと匂いを嗅いで抱きしめ続けたり、動画を見ては噛み締めるように言葉にして。
「嫌な夢でも見た?」
突発的な言葉だ。何かを抱えている人に言ったとして、大体の人間は『そうでもないよ』と突き放したくなるようなストレートの投げかけ。
それに対してかぐやは小さく首を縦に振る。
かぐやが月の人と帰ったとき。
そして見せてもらった8000年の記憶の中にある、彼女が味わった絶望。
そのどれかであろうことはわかる。そして、どんなものを見たとしても決して気分が良くないことも。
それでも明るくあろうとするのはかぐやの美徳ではあるのだけれど、相談されないのは自分としては少し悲しいかな、とも思う。
もっと頼って? 自分から伸ばして握った手のひらには、そう言う気持ちも込めた。伝わるかはちょっとわからないけど。
「次の配信は何やろっか? 歌? 料理?」
「んーとね、アレやりたいな! ASMR!」
ASMR、確か昔に一回だけやってたような気がする。それこそ包丁研ぎなんてどこ需要なのかわからない題材で、音がデカ過ぎて耳が無くなるかと思った記憶が。
「......包丁研ぎはやめようね」
「えー...... まあいっか! それじゃあ弥も一緒にやろ!」
「需要が薄くない?」
提案するのはいいが、首を傾げてしまうのは男がやるASMRの需要の少なさ。
ああいうのってネットに転がってるのは大概女の子がやってる奴だったり、後はまあスクイーズみたいな奴ペチペチ指先で叩いたりだったり。露骨に男が参入できるようなものではないんじゃない? と聞いてみれば、彼女もそれをわかってて誘ったのか『そうだよねー』と。
「でもオタクウケ良さそうだしなー」
「オタク言うな」
とはいえ、それをかぐやがやるなら話は別。
彼女の言うところであるオタクは喜ぶだろうし、ある程度の話題は見込めるはずだ。
ともかくやってみればいいのでは。そう言ってみれば、彼女はいいこと思いついたと言いたげなにこやかな表情でこちらの耳を両手で包む。そのまま顔を近づけようとして── 思わず、その体を手で押し留めた。
なんで、と一気に不満げな表情がこちらを見る。
「練習しようとしてるだけだよ? いいじゃ〜ん」
「ダメだよ、そう言うのはあんまり人にやるもんじゃないの。もっとこう、マネキンとかでやるもので......」
「ぶぅー...... 」
「ぶぅ、じゃない!」
こういう突発的な行動はまさにかぐやらしいといえばそうなのだが、やられる方はかなり心臓に悪い。できる限り彼女の自由にはやらせたいが、それでもちゃんと線を引くところはしっかりしなくては。
歳をとったが故に知った線引きの重要さを肝に銘じながら譲らない姿勢をとっていると、頬を膨らませていたかぐやが一瞬何か思いついたような表情を見せる。
次の瞬間にはほんの少し伏せた表情。
ゆっくりと顔をあげると、涙を目に浮かべた上目遣いでこちらに語りかける。
「──ねえ、弥...... お願い」
「ゔっ......」
ついぞ、10年前は自分にぶつけられることの無かったその表情。
コレを食らった彩葉さんが悉く折れていたことを見続けて来たからこそ、そして今実際に食らったからこそ、その破壊力を理解する。
押す力の弱まった腕。それを良しとして軽くかぐやが払いのけると、顔を密着させて優しく囁いた。
「だいすき。 ......はむっ」
「きゃあっ!?」
耳に触れる湿った感触。
思わずバチっと瞼を開けば、耳に噛みつく現実のかぐや。ドッキリ大成功とでも言いたげな、してやったりという表情からは『んふー』と鼻息を吐き出している。
色々言いたいことはあった。でも力の抜けた身体ではそんな気力も湧かず、守ってほしいことを言うのだけで精一杯。
「噛むの、俺と彩葉さん意外にやっちゃダメだからね?」
「やらないよ?」
当然のような返答。
まったく、かぐやには敵いそうもない。
月で生きてきた...... ううん、今なら言えるけどアレって生きてたって言っていいのかな? まあ取り敢えず生きてたってことにして、月のお姫様なかぐやちゃんは地球に降り立って2人と一緒に生きる中で、理解するまでに時間がかかった物事がある。
それは『暇だといけないから』と彩葉のタブレットで弥が登録してくれたサブスクの、映画やらドラマやらを無尽蔵に溜め込んだ動画サイト。そこで見ていたドラマには、しばらくすると出てこなくなるキャラクターがいた。
それらに共通するのは、出てこなくなる前に銃で撃たれたり殴られたり、そういう暴力的な行為を受けたという描写。
「ねえ彩葉、この人たちはなんで出てこなくなったの?」
弥のいない昼下がり。
何度も何度も質問を繰り返す私に彩葉は辟易としていたけど、最終的には根負けして正面からそんな質問でも受け止めてくれる。
返答としては、死んだからだと。
「死ぬって、何?」
色々知った今だからわかるけど、デリカシーとかの無いクソガキ発言だ。もしその時間に戻れるなら、家族を失った事のある彩葉にそんな質問をするよりも先に『待てぇい!』と自分自身をビンタしたい。
実際には戻り過ぎて8000年前に飛んでしまったが。
失敗失敗。
それでもさして彩葉が気にしてなかったのは、早く勉強に戻りたかったからだろうか。少し考え、何も知らない宇宙人に懇切丁寧な説明を渡してくれるのは、なんにしても彩葉の美徳だと思う。
「死ぬっていうのはね、生物学的な機能が全て停止する事。
身体の機能が壊れて動かなくなる事で、そうなったらもう治らないし戻らないの」
「え、でもこの人は別のドラマに出てましたぜ?」
「それはドラマだからでしょ」
聞けば、人は撃たれたらそりゃ死ぬんだ、と。
そしてドラマは本当の事じゃなくて、作りもので、フィクションとやらなんだそう。
本物の人間...... 彩葉に弥に芦花に真実、そのほか犬に猫なんかも含む大体の生物はみんな遅かれ早かれ死ぬし、ゲームのようにリスポーンなんてしない。
一度きりの人生、死んだら死ぬのが地球生命の常なんだとか。
うへー、不便じゃない?
月のスーパーエリートかぐやちゃんとして見れば、誰かが死ぬってことはつまりその位置に欠員が出るって事。そうなれば空きを埋めるのに他の人員を使わなきゃいけない訳で、なんて非合理なんだろう。私みたく自主的にいなくなんのとはわけが違う。
それに理解しがたかったのは、多くの人間が死にたくないと言うのにその辺にあるものの題材として死をよく選ぶのだ。教材に事欠かないのは喜ばしい事だけど、学ぶ度に結論として出るのは『人間って変な生き物』ということ。
死をリアリティのあるものとして描くことで前向きに生きるためのメッセージとしたり、命の尊さを伝えてこようとしたり。かと思えば、大切だとわかっている命を奪うことに躊躇いを持たないヤツもいたり、殺してやる、死ぬべきなんだと害することに躊躇を持たない話もたくさんあった。
その辺を見たかぐやの結論としては、人間は命を限りあるものとして持つからこそ、自由でランダムに輝いているのだろうと。
だから幸せなのだろうと。
そんな理解を砕いたのは、弥が倒れた時だった。
それまで、かぐやは退屈こそ楽しくないこと、退屈でないことは楽しいことと思い、2人を巻き込んできた。
でも彼が倒れた時、退屈では無くても楽しかったか? と聞かれれば、首を縦に振ったりはしない。
声をかけても返事はないし、力の入っていない人体は重くて仕方がない。それが過労から来る体調不良であることを彩葉に教えて貰って、休ませて栄養を取らせるために布団で寝かせて優しいご飯を作って。弥が起きるまでの彩葉の顔は酷いものだったし。
退屈ではない。楽しくもない。
ただ不安な様子の彩葉を見るのも辛くって、かぐやの考えは正しくはなかったのだとのし掛かる。
ただ、弥は死ななかった。
映画やドラマじゃ病気で死ぬとか、風邪拗らせて死ぬとかしょっちゅう。倒れちゃったのは大変だったけど、弥の運が良くて──
そこで、思う。
運が悪かったら弥は死んでたんだ。
死んだらどうなる?
そこに弥の居る日常が当たり前だったかぐやの頭で考えてみるけど、それらは想像の域を出ることはない。
もう弥のご飯は食べられないし、何かを教えてもらうこともできないし、買い物帰りに手を繋いでなんでもない話とかをすることもできなくなる。
実感を伴って背中にぞわりとしたものが走った。
死ぬってそういうことなんだ。そこで終わりなんだ。
そのくせ、倒れた弥本人は立ち上がってバイトに行こうとしてた。もう休みの連絡は入れてあってそれを本人も確認したのに、綺麗に生きたいからなんて訳のわからない漠然な理由で死へ向かおうとするその心が到底理解できなくて、失いたくなくて。
「弥、死なないでぇーっ」
もう全部かなぐり捨てて、抱きついて泣き喚いた。
人間はとんでもない生き物だ。バックアップは無い、機能停止に関する予告も無い。
明日目を覚まして生きれるかどうかもわからない、なんて不安定なブヨブヨ生物。
しかも弥に関しては何回も殴られたり蹴られたりしてるというでは無いか。映画やドラマじゃ軽く殴られても死んだりするのに、それを何回も?!
かぐやちゃんは決意した。この温かく柔らかい生物を守らねばなるまいと。
それから少しして、
びっくりしたのは、人間って8000年前から死んだり生きたりを繰り返していること。飽きもせず?!
他のやり方とか思いつかなかったんだろうか、この時点で月じゃあもう死とかないんだよ? まあ思いつかなかったんだろう、そもそも地球の生物なんて大体死んだり生きたりしてるらしいし、その中でいち生物だけ抜け駆けってのも違うかなってこと?
さすが人間、同調圧力を感じる力はずば抜けてる。
自由には動けないウミウシの身体。
いくらか好きなように動けたメンダコであるシライシの力を借りたとて、そこまで大きく変わるわけでも無い。
だからしっかりとその瞬間を見ることは少なかったけれど、それでも普通の人間よりかは見ざるを得なくて。
どんな誰であれ、死ぬのだ。
どれだけ生きたことに価値があっても、無くても、ただそれ自体に価値が無いのに死という現象は現れる。
自然な死。誰かから与えられた死。自分から迎えに行った死。
そして、ただ無差別に放り投げられた地獄のような死。
そんな理不尽がある中で、もう一度彩葉たちに会いたいと思う気持ちが薄れたこともある。会えないかもなぁって。
その度に寄り添ってくれたのは思い出と、絶対に諦めさせないと意気込んでたシライシ。
「大丈夫だよ、絶対辿り着ける」
無責任な。
そう思ったのも何年か、人は焼け野原の上から街を作り直していつも通りに戻っていく。
そうして月より遥かに劣るネットワークシステムが生まれて、その中で月見ヤチヨとして生きて、彩葉や弥ともう一度出会えて。
諦めなくてよかったな、なんてシライシを抱きしめたのも束の間、彩葉が作ってくれた義体に突っ込まれて五感なんかも搭載されちゃって。
これでめでたしめでたし! って終わればいいんだろうけど、結構良くない考えになっちゃうのは8000年積み重ねた更年期みたいなものなのかな?
望んでた未来よりもずっと嬉しい今。
でも彩葉も弥も80年。たったそれだけで死んじゃってまたヤッチョひとりぼっち〜? そんなのやだ〜、彩葉も弥も死んじゃったらヤッチョ生きてく理由無くなっちゃう〜。
そんなメンヘラ感情を誰も見てないベッドの上で発散しながら、天才酒寄博士と10年技術先取りの白石さんがなんとかタケノコを解析しちゃって、一緒に永遠無限の人生を歩んでくれないかなーって。
そしたらさ。
「──かぐや、もしかしたら君のことを本当の人間にできるかもしれない」
彩葉の作ってくれた義体には、老化もする生体部品が使われてる。それなら仮説としてある『月由来の物質との間で繋がっている同調の切断と、それによる不死性の喪失』
つまりタケノコとの接続さえ切ってしまえば不老不死では無くなるんじゃないか──
それが、弥の説明してくれたこと。
どうするべきなのかなって。
だって何も残らないんだよ、死んじゃったら。
それでも同じ時間を歩くことっていい事なのかな、わかんない。彩葉の凄さも弥の頑張りも後世に伝え続けられなくなっちゃうのに。
そうやって曖昧な返事ではぐらかして数日。
そういえばコレ、地球に来て2日目3日目とかに見せて貰ったなって思いながら、ネットで調べたのは竹取物語の伝説。スイスイとネットに落っこちてる画像をスワイプしていけば、その中で目に留まった一枚の画像。数ヶ月前に開催された展覧会で展示された、現存する最も古い竹取物語の写本。
──笑っちゃったよねぇ。
それを書いたのは昔に出会った誰かだったんだろう、彩葉や弥との話を語り聞かせた誰か。
『かぐや姫』の物語、その中にわかりづらく書かれていたのは、白いウミウシと真っ赤なメンダコ。
何も残らないわけじゃなかった。
いつか未来に届くように。誰かに届くようにって書かれたソレと同じものがきっと世界中にあるんだろう。
花売りのあの子。花魁のあの人。小説家のあの人だってもしかしたら不細工なウミウシを、真っ赤っかーなメンダコをどこかに置いてきてくれているのかもしれない。
それがきっと未来に繋がるって信じてたから。
それならさ、私たちもできるかな。
「──ふぅ、配信おーわりっ! わたるー、っと......」
シアタールームで弥を揶揄ってから数時間。
夜の配信をキッチリ締め、月の明かり以外の消えた配信部屋で座り込み、瞼を閉じるその姿を見て口を閉じる。
先に寝てしまった弥を見て柔らかい椅子から降り、猫耳のついたヘッドホンを外してその横に寄り添った。
彩葉が実装してくれた五感。きっとあちらで寝ているヤチヨもやっている事を、その全てを使って感じ取る。
その顔を見る。ふつうにイケメンだ。
その手を触る。あったかい。
髪の匂いを嗅ぐ。シトラスの匂い。
口から漏れた寝息に耳を澄ませる。近づきすぎて耳に吹きかけられるそれがくすぐったかった。
どうせ起きないから、首筋を舐める。ちょっとしょっぱい。
そして唇に触れた。
触れ合うだけ。前に酔っ払ってキス魔になった彩葉に1番最初は取られてるんだから、これくらいはいいよね?
マジびっくりしたもん。きゅうりの浅漬けを切ってキッチンからリビングに行けば、そこでは彩葉が弥を押し倒して顔を両手で掴んでた。
ヤチヨなんか顔覆ってるくせに指の隙間からチラチラ見てるし、あー頼んだらかぐやにもやってくんないかなー。毎回お酒飲んだら記憶飛ばしてるから、きっと彩葉はダメって言うんだろうけどね?
──今日も弥はそこにいる。
ヤチヨもおんなじ事して彩葉がそこにいる事を確かめてるだろう。たまーに起きて、寝ぼけたまま抱きしめてくれるからそこは彩葉の方がファンサ精神旺盛かも。
「お墓、でっかいほうがいいなぁ〜......」
もうどこにもいかないから、ずっといっしょにいようね。