「──って言うわけなんですけど、どう思います?」
「......仮説としては良いセンかもね。ちょっと詰めてみようか」
休日の一幕。
夏場のとある期間は工場も休みの時期が多く、今週は色々重なってなんと1週間まるまる休み。そこに彩葉さんの休日も重なったことから、ソファの上でパソコンを見ながら
できるならやっておきたい事。簡単にいえばそういう類の物事だ。
しかしそんな真面目な話と知ってか知らずか、ウロチョロと目の前を通ったり横にした身体を膝の上に乗せて来たりするのは金髪のお姫さま。
最初はヤチヨに頼んで止めて貰っていたのだが、かぐやが彼女に小さく何か囁くと、彼女は少し迷ってから裏切って二重の攻勢をかけて来ている。
一体何を吹き込んだというのか。遠目に置いてあるのは彩葉さんが買い与えたかぐやのスマホ。そこに見えるのは立川に新しくできたボリューミーなパンケーキ屋の写真で、変な納得が心に落ちる。
そうだよね、パンケーキはヤチヨも好きだもんね。
「彩葉ぁ〜弥ぅ〜、かまってぇ〜?」
「ヤッチョもー」
「ちゃんと後で遊ぶからさ、今はちょっと待ってて?」
「やだーっ」
ええい、わがまま。
とにかく今は進めたいものがあるのに、かぐやもヤチヨも2人の膝の上でジタバタと駄々っ子のような姿を晒している。
仕方があるまいとゆっくり立ち上がり、腕にぶら下がる2人を引き摺りながら配信部屋へ。あそこならゲームもあるし、防音なおかげで彩葉さんの作業を邪魔することもない。
「えっと......」
「いいよ。遊んであげて?」
柔らかな微笑みを与えられ、なんだか重ためな申し訳なさに包まれながらも配信部屋へ。
ありがたい心遣い。でも貰うだけになるのは嫌だから、そのうちに彩葉さんの買いたいものでもそれとなく聞いてみようか? とかく何かしらをお返しできればな、と思うばかりだ。
「何で遊ぼっか?」
「KASSEN! 今日こそ勝つから!」
「ヤチヨは?」
「ヤッチョもKASSEN〜。マイナー武器の傘使い、その実力を見せてしんぜよ〜!」
こんなふうに話せるのも彩葉さんが義体を作ってくれたおかげ。きっとどこまでも感謝が絶えることはないんだろうな。
「はぁ〜......」
3人を送り出してしばらくパソコンと向き合った後、背もたれにぐったり背中を預けて天を仰ぐ。口から漏れるのはため息ばかり。
正直、私も遊びたかった。
かぐやとヤチヨの肉体を『人』の域にまで仕上げてから数週間。私が目指したところのハッピーエンドは通過して、きっと今は映画で言うところのエンディング後映像とかのあたり。
それでも人生は終わるわけもないし、終わらせる気もない。生きていく以上仕事をしなければならないわけだけど、そうすると私も弥も、お互いにお互いのことを見る時間なんてないわけだ。
最後に腰を入れて遊びに出たのは、かぐやが『学校を見てみたい』と言った時。ヤチヨの協力を受けてツクヨミの空きスペースに私の母校を作り、芦花や真実らと共に高校生の自分に似せたスキンで過ぎ去った青春を謳歌した記憶がある。
そのスキンを誰が作ったかと言われれば、もちろん弥になるのだが。
「......結構恥ずかしいんですからね」
頼んだのは私だけど、あのじっとりとした視線には申し訳ないと思わずにはいられなかった。でも私たちより私たちのこと覚えてそうだし、実際スマホに残っていた写真と瓜二つの出来だったし。
終盤は割とノリノリだったと思う。ヤケクソだったのかもしれないけど。
「ん? ......げ」
短めのバイブレーション。
メッセージが届いたことを知らせるそのスマホが発した鳴き声を受けて拾い上げてやれば、その画面に映ったのは未だほんの少し苦手の抜けきれていない肉親からの言葉。
要約すれば結婚とか考えてないの? あんたもいい歳でしょ、みたいな。
そんなのわかってんの、と投げ出した腕がソファを埋めるぬいぐるみの上で跳ねた。
......別に、告白とかされたことが無いわけじゃない。
高校生の頃はバイト先でそういう類のことを何度か言われたことがあるし、大学生の時だって軽いアプローチ程度ならされた。そのどれもがお互いのことを深く知らないかつ、たいして顔を合わせたこともない人だったから当然に断ったけど。
時は過ぎて28歳。
もうこの歳になれば新しい出会いなんてない。
別に欲しくもないですが。
ここまで来たらかぐやと結婚しようかな、なんて考えるのは昔やったコラボライブで彼女が言ってた事を真に受けているようで、加えて誰かに急かされてなんてかぐや自身に悪い気もする。
もちろん大好きだし、ほとんど今でも付き合ってるようなものだし。
だって帰って来たらキスしに来てくれるんだよ?
嬉しいじゃん。
まあ、ソレもひとつの選択肢。全然前向きに選べるものだけど、早急に答えを出すべき事じゃないっていうか。
言葉にならないうめき声を溢しながら天に向けた視線を腕で覆い隠していると、すぐ隣から聞こえてくるのはポスン、と誰かが座った音。
すぐにそこへと視線を送れば、前屈みになって肘を膝に乗せ、こちらを見上げる弥がそこにいる。
やっとこっちを見た、と笑って差し出したペットボトルのお茶を受け取れば、2人の視線はゆっくりと交差した。
「2人は?」
「なんかの争奪戦で10連戦をやり始めたので、すっかり俺はお払い箱です」
まあ楽でいいですけどね。
そう言って優しい笑みを配信部屋の方へ向ける彼とも長い付き合い。こうやってほぼ毎日私の家に来ては家事をやってくれたりする事の始まりは、いつだかのアパート、階段で私が転んだ時から。
あれから私も弥も他人を頼ることに躊躇が無くなって、無理をしすぎることも無くなって、いつのまにか立派な大人。ともすれば彼は...... その、結構顔が整っているから、昔の私みたく告白されたり好きな人ができたりとかするんだろうか?
もしそうだったら縛り付けるのも申し訳ない。ハッピーエンドまで付き合え、と言ったのは私。でももうハッピーエンドと呼べるところまでは走り抜けてしまったのだから、彼も彼自身の道を行くべきだろう。
「弥には── 」
好きな人は、いるの?
そう聞こうとした口は動きを止め、視線の先にある弥の顔は微笑みのまま不思議そうにこちらを見る。
まあ、言えない。
その一言がここまで重ねてきた月日を打ち砕いてしまうかもしれない。杞憂にしては実感を伴って喉を閉じさせたその不安が、臆病にも寸前まで出掛かっていた話題を別のものに取り替えてしまう。
「やっぱりヤチヨも気安いんだ?」
「ええ、まあ。結局のところは8000年生きてきたかぐや、ですから。
いつも通りに遊んであげるだけです。
むしろ彩葉さんがコラボ配信で緊張しすぎなんじゃ──」
「その話は無し、って前に言ったよね?」
表情はそのまま。認識できないほどの速さで伸ばした人差し指と親指が、高校時代より少しだけ健康的になった弥のほっぺをつまみ、ギリギリと音を立てそうなほどにつねりあげる。
『いひゃいです、ごめんなはい』とはほんの少し涙を浮かべた彼の命乞い。まあ許してやろうと指を離してやり、その言葉に思い浮かべるのは過去の忌まわしき自分。
「ヤオヨローっ! 今日の配信にはゲストをお呼びしてるよー! それでは、自己紹介をどうぞ!」
「ヴェッ......ザ、ザカヨッ、ザカヨリイ、イロ、イロハデスッ」
「おやおや〜? 彩葉、なんだかカチコチだね〜?」
......本当に。
ほんっとに思い出したくなかったのに!
たとえヤチヨが8000年を生きたかぐやだってわかって、その8000年の歩みを教えて貰ったからって私の人生を彩ったり辛い時を助けてくれたヤチヨはヤチヨなんだから、推しなんだからそうなっちゃうじゃん。
そもそもチャンネルの名義としては『かぐやいろPワタPチャンネル』なんだから弥も来てくれればよかったのに、話したいことあるだろうから2人きりで楽しんでねって送り出したのはアンタでしょ。
そういう! 優しさが! 1人のファンを激震地に叩き込んだワケ!
「でも好評だったじゃないですか......?」
「もっかいつねる?」
「あっほら明後日海に行くんですよね! かぐやたち呼んできて準備しましょう!」
逃げたな。
行き場を失った手のひらをそのまま下ろし、配信部屋へ急いだ弥の行く手を塞いだのは部屋の中から『よっっしゃぁぁぁ!!』という雄叫びと共に飛び出してきたかぐや。
天を衝くほどに力強く掲げられた右腕。
その衣服は先ほどまで身につけていたものとは変わり、見覚えのある── というよりもあり過ぎるものへと変貌している。
何を隠そう、それは私のパジャマだ。
「ヨヨ〜、負けちゃったぁ〜」
「うへへ、彩葉のにおいがする〜」
「何してんのよ......」
争奪戦ってそれを巡って?
別に言ってくれれば渡すくらいするのに、それを争ってしまうところがなんというか、どれだけ生きても変わらないというか。
かぐやが嬉しそうなのはいいけど、ヤチヨがけっこうガチで涙を流しているところになんとも言えない『そんなとこでそんな深刻に捉えなくても』という気持ちになってしまうが、すかさず手を差し伸べるのは弥のいいところだ。
「ヤチヨ、俺のパジャマだったらあるんだけど......」
「いいの?!」
とはいえアラサー男女のパジャマで一喜一憂はしないでほしい。
苦笑いしながらアイコンタクトをとった、2人の間の共通見解である。
「海なんて久しぶりだなぁ〜、ウミウシの身体以来?」
おおよそ十年ぶりに来た江ノ島のビーチ。
変わらない海の輝きはそのままに、今回はパラソルを開いて肩に乗せたヤチヨも同行している。芦花は美容系らしくスタイル抜群、真実も子供を2人産みながら体型の維持が出来ていて見事としか言いようがない。
「ほんと、真実はちゃんと食べてちゃんと綺麗な体型だから私の希望なんだよねー」
「えへ、そーう?」
「そ。復活ライブでも思ったけど、それで言ったら彩葉も綺麗なまんまだね」
「いやいや、2人に比べたらとても......」
そう謙遜してみせるが、2人は『またまた〜』とほっぺをその指でつんつんと。
まあ、これでも頑張ってはいる。どれだけ意識したとしても歳を重ねれば当然体型も緩くなっていくもので、木が年輪を重ねるみたいにだんだんお腹周りが膨らんでくる。
だから現実でも復活ライブをしたい、とかぐやが言い始めた時はヤバいなと思ってちゃんと絞っておいたのだ。おかげで下っ腹が膨らむ、みたいな事はない。
その一方で、本当に上から下まで変わった様子のない男もいた。
「......? どうしたんですか、そんなにみんなでこっち見て」
クーラーボックスを肩から下ろして取り出したペットボトル。それにストローを刺し、吸い上げていた口からゆっくりと離れていくのを見つめた。
見れば見るほど変わらない体型。
なんだかんだで10年間一緒の食事をしてきたというのに、なぜ弥の体は伸びも膨らみもしないのか。聞いてみれば『なんだかわからないけどずっとそうなんです』なんて当たり前のように口にする。
ほっそりした姿になんだか少しムカついて脇腹を突っついてやると、それに便乗して芦花や真実、そして何も知らないかぐやたちも同じように指をつんつん、と。
「本当になんで?!」
受けるがいい、体型維持のつらみを。
とまあ戯れもそこまで。デキるエリートは遊びもおろそかにしないはず、とは昔の私が残した言葉。それを嘘にしないため手早くブルーシート等を設置すると、膨らませておいたボールを使ってビーチバレーに興じる。
弥が審判をするとなれば1人余りが出るものの、そこはローテーションで。
まあ何というか、時間が経っても割と皆アグレッシブに動けるもので、明日の筋肉痛を考えないで楽しむのは最高の気分。
焼きそばの奢りでも賭けようか、なんて誰かが言った言葉を皮切りにヒートアップしながらも、ちゃんと勝負をつけてブルーシートの方に戻ってきたら既に弥が買って来てたなんて笑い話もあったが。
ふと、かぐやが私の方を見て不思議そうな顔をする。
「彩葉、ソレって下はどうなってんの?」
「ちゃんと布があるよ」
ソレ、とは私が着てる水着のこと。
フリルの覆うその下にはちゃんと隠してくれる布があって、何かの拍子に出てしまう、という事はない。
というか何とは言わないが、出てしまうのは水着としてまずいだろう。そんなふうに軽い説明をしてやると、かぐやは『ふーん』と言って手を伸ばし、問題のフリルをぺらりと捲った。
「あ、ほんとだ」
「──こらっ」
軽く握った拳を落として『やめなさい』と。周りを見るが誰かに見られたとかはなさそう。いってー、なんてブーたれているかぐやに対してやっちゃダメに決まってるでしょ、と当たり前の注意をする。
しかしまあ、アラサーの水着。しかも隠れてるところを見て喜ぶヤツなんていないか。よっぽど好きものじゃない限り。
そう思いながら捲れたままのフリルを戻して視線を上げた。
「弥? どうし、た......」
両手で顔を隠している。隙間から見える肌は夏だから、なんて言葉では誤魔化せないほどに真っ赤で、思わず釣られて私の顔も熱くなっていく感覚。
「見てないです」
うそつけ。
この感情、どうしてくれようか。