超お世話係!   作:チクワ

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 その日はみんなで映画を観ていた。

 道中あれこれを全部省いて言えば、最終的に主人公が犠牲になってその家族が幸せに生きていく、みたいな話。

 正直、予告とサムネイル詐欺に引っかかった形だ。

 もちろんハッピーエンドを望んでいるかぐやは私の膝の上でジタバタとこんなの嫌だと暴れているし、幾らか理性的にテレビを見ているヤチヨもその目には不満がある。

 

「──みんな()()()()()だよ、主人公のこと大事大事って言ってたのに居なくなっても幸せーなんて、んなわけあるかいっ!」

 

「そうだよ〜、続編で復活! とかしてくれなきゃー納得できません!」

 

 しかしその作品に続編なんてものはなく、だんだんと膝の上でヒートアップしていくお姫様たちを宥めるのは一苦労。とはいえ可愛いもので、その行為自体を苦にする事はない。

 じゃあ次は楽しいやつを見ようか。

 そう言ってヤチヨの頭を撫でながらリモコンを手に取った弥が口にした言葉さえなければ。

 

「俺は、ああなってみたいけどなぁ......」

 

 膝の上からかぐやが降り、ソファに立ち上がる。

 怒っているのかその言葉に悲しんでいるのか、何ともいえない表情で唯一わかるのは頬を膨らませていることだけ。

 それだけ弥が口走った言葉が癪にさわったのだろう、座っていたヤチヨと共に彼の上にのし掛かると、ぎゅっと頭が変形してしまいそうな勢いで頭部を強く抱きしめる。

 

「あいたたたたたた?!」

 

「なぁんでそんなこと言うのぉー!?

 いっくら弥でも許せない事があるんすけどぉー!」

 

 こういうところあるんだよな。

 弥って昔っから1人になろうとするところがあるっていうか、多分逃げ場がウチの家くらいにしか無かった頃があるから本能的に1人になろうとしてる部分があるっていうか。

 ヘリウムがパンパンに詰まった風船みたい。

 紐を掴んでないと何処かに飛んでいって二度と帰ってこなさそうな、そういう感じ。なんていうんだろう、根差すものが無い?

 

「居なくなっちゃイヤだからね!

 あハッピーエンド!」

 

「あそっれ」

 

「ハッピーエンドぉ!」

 

「あよいしょ!」

 

 2人していつだかに見た様なハッピーエンド音頭を踊りだし、もみくちゃにされる彼を見ながら思うのは目指すものが今の弥にあるのかという不安。

 私はある程度、燃え尽き症候群みたいなものに耐性があった。だからこそかぐやとヤチヨの義体を作ってなお、いまだに自分の仕事に対して情熱を持って励む事ができている。

 対して、彼はどうだろう?

 ヤチヨと8000年をこれから生きることになる新しいAIはすでに作り終わり月への転送を待つだけ。共通の目標(ハッピーエンド)だったかぐやたちの体も完成し、就職をする決断をさせたタワマンの家賃問題も今や私の給料だけで賄えている、と。

 ......まずいのでは?

 

 つまり今の状況は── 弥がいつ居なくなってもおかしく無い、ということ。

 ぎゅっと目頭を抑えずにはいられなかった。

 しかも前科一犯。京都から東京への上京を何の報告も無しにやられているわけで、これは正直なところ気が気でない。

 

「──いやいやいやいや......」

 

 いやいや待て待て、そう自分に言い聞かせる様首を振る。よくよく考えてみればであるけれど、そも彼と私では前提条件がズレているのではないか、と思うわけ。

 私にとっては大切でも向こうにとっては── いや、やめよう。いらんことを考えて無駄にダメージ食らってたら意味がわからない。

 まず、まずひとつ。

 とにかくひとつのことを今自覚するべきなのだ。

 

 ──いつから? と聞かれたら、わからないって言うしかない。

 すっとぼけてるとかじゃない。一緒にいる中で少しづつ、グラデーションみたいに段々と『あぁ、私ってそうなんだな』って思っただけ。

 ごまかしごまかし見ないようにしてきたけど、私は弥のことがちゃんと好きなんだな。

 だって、朝になって消えちゃってたりしたら泣くと思うし。彼が面倒見ている会社の後輩は女の子らしいけど、その子に教えることが多くて軽く残業してきたって言われた時には少しもやっとしたし。独占欲とかあるのかな。

 ......結構好きじゃん。いや、恥ず。

 顔あっつ。かぐやに好きって言うのとはわけが違う。

 

「いてて、でも思っちゃったものはしょうがないし......」

 

「じゃあかぐやが干からびるくらい泣いてもいいの?!」

 

「──それは、イヤだな」

 

 かぐやのだる絡みに対する返答。

 彼のソレは熱くなった私の顔を覚ますほどに冷たくて、表情は最近見ないような哀しげなもの。かぐやをじっと見るその視線は何かを思い出して辛そうで、さっきまで怒っていたはずのかぐやも落ち着きを取り戻して『ごめん』と謝るほどだ。

 

 時折。

 本当にときどき、弥が同じような目をしたままベランダで空を見ている時がある。

 視線の先には月があって、決まって時間はみんなが寝静まった頃。いつもなら朝までずっと寝ているはずの彼が使ったのであろうキッチンのシンクは濡れていて、何かを洗い流した跡がそこにあった。

 

「弥?」

 

 不思議に思い、声をかける。

 そうすると彼はその目には似合わないような笑みを浮かべてこちらを振り返り、知ってる声色と表情でこう聞き返すのだ。

 

()()()()()()()()?」

 

 もちろん、私はその姿に思うところがある。

 彼がふざけているように見えないし、だからと言って真面目にそう言ったのかと言われればどうなのだろうとする他ない。

 思えば、弥は何かを忘れた事はないよな、と。

 

 それはシライシがこれまで何度も接触して記憶領域を何倍にも広げていたからだと思っていたのだが、それだとひとつおかしい点が生まれる。

 

 同じように接触を受けた私にも記憶領域の変化があった。

 それがあったからかぐやの8000年を見ても、それこそ起き抜けには自認が酒寄彩葉からズレてしまう事こそあれ、頭がバグを起こさずに済んだと言える。

 しかし、物事を全て覚えていられるわけではなかったのだ。

 

 2年前の天気は?

 

「2年前の今日は確か雨でしたね」

 

 直近10戦のKASSENでの勝ち方は?

 

「1戦目が武器弾いて体制崩したところを切って勝ちで、2戦目から7戦目は全部防御の上から切って勝ち。

 残りの3戦は負けかな、武器の扱いに慣れてなかったからそこを突かれて」

 

 高校卒業の次の日、食べた昼ごはんは?

 

「すだちうどん」

 

 ......そんなの、私は覚えていない。

 そうなればその記憶能力は弥にもともと備わっていたものであり、シライシがどうこうする以前の問題だったのではないか?

 そしてその記憶力が、8000年の思い出を全て覚えてしまっているとしたら。

 自認は、ズレる。

 

 時折、悪夢を見る。

 それはおそらくかぐやの記憶の追体験。燃え盛る大地、泣き叫んでも絶えない孤独、それらを始めとした良いだけではない全ての羅列。

 恐怖を覚えてしまいそうになるその道のりは、見るたびにかぐやとヤチヨの事を抱きしめて大切にしたいと決意を新たにさせてくれる。

 もし、これも弥の中でリフレインし続けているならば。

 

「さあお風呂お風呂。

 頭洗ってきちゃおうね」

 

「えー、洗ってぇー」

 

「乾かすのはやってあげるから、頭くらい自分で洗いなよ? そもそも一緒に入るわけにはいかないよ」

 

 テレビを消して2人をバスルームに送り出した彼を見れば、そこにさっきまでの冷たさも目の中にあった哀しさもない。

 それでも『なんだ気のせいか』という気にはなれなかった。

 

「今日さ、みんなで一緒に寝よっか」

 

「......俺は、良いですけど......」

 

「じゃあ私の部屋に布団敷いておくね」

 

 不安ではある。

 それでも信じるのが私なりの信頼になるのだろう。

 10年が経った。あの夏の時みたいに無理をして倒れることも、頼らせるくせに頼ろうとしないこともきっと彼はしない。

 1人でなんともならなくなれば、きっと頼ってくれると信じているから。

 

 それはそれとして。

 布団の中、左右を埋めるヤチヨとかぐやを起こしてしまわないように体を掛け布団で包み、手元に持ったのはスマートフォン。

 明るさは最低、起こさないようにミュートボタンを押してからロックを解除して、確認したのは給与明細と現在時点の預金だ。やっぱり大卒と高卒ではかなりの差があり、それこそ弥の生活費を補って余りある、というか。

 ......補えるんだよね。

 

「弥は...... 仕事、楽しい?」

 

「楽しくはないですよ。でも生活のためですから、働かなくていいならもっと色々凝ったご飯も作れるんでしょうけど」

 

「そりゃ、そうですよねー」

 

 座ってこちらを見下ろしている彼に聞いてみれば、返ってくるのは一般的な会社員が思っているであろう思考。

 世の中やりたくて仕事している人なんて多くは無いのだから、それはそうという他ない。

 

 ずっとお世話になってしまったそのお礼。

 ......一度、お兄ちゃんにも相談してみようか。

 

 

 

 

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