ソーシャルゲームをプレイしていれば、必ず目にするであろう一大イベントがある。
ゲームの誕生日── 周年だ。
新機能の実装、大々的なアップデートやユーザーに感謝を伝えるキャンペーン。ゲーム自体が飽和する現代においては、半年周期でハーフアニバーサリーなんてそのお祝いを増やすほどに生き残ることは難しい。
支えてくれた人たちへの感謝、そしてゲーム業界という乱世を次の年も生き残ろうという意思表示こそがいわゆる周年イベント。
それは当然、ツクヨミにも存在している。
「今年も開催、ツクヨミ
テレビにネットに、そこかしこに打ち出された広告の中で声高らかに宣言するのはツクヨミ公認ライバー兼広報担当の忠犬オタ公。
例年通り生放送での特別な企画── 有名ライバーたちによるライブパフォーマンスや、KASSENの新機能を使って行われるエキシビジョン等の説明が行われた後、画面を埋め尽くすのは巨大なハテナ。
それすなわち、今回の感謝祭に『超』と名付けられた理由である。
「ツクヨミ史上最も熱い夜を見逃すな!」
「ヤッチョもみんなのこと、待ってるよ〜」
「よ〜」
もちろんそのアプデ詳細はシークレット。
映像の締めにヤチヨとその胸に抱えられたメンダコが手を振り、ユーザーの期待を膨らませる一方で──
「あたっ!?」
その記念すべき日に出演する予定のかぐや姫は、自分と同一、しかし限りなく遠い存在の考えた振り付けに足をもつれさせ、リビングに座り込んでブーたれる。
やれ難しすぎるだの、ほんとにヤチヨは出来んの? だの。
「できるから見本の動画があるんでしょ? こういうので1番大変なの、私なんだけど......」
「彩葉はヤチヨにばっか優しーんだ。
てか、さっきから何見てんの?」
ぼやく彩葉に対し、かぐやはその頬を膨らませた。
かぐややヤチヨが動かす義体。それに搭載された人工筋肉は劣化等で運動性能が落ちることがあれど、モデルとなったのは10年前のかぐやが持っていた身体能力。
つまるところ、元気いっぱいなティーンエイジャーと同等には動くことが可能。
それに対し、半ば確定事項のようにライブステージへの出演が決まっていた彩葉の肉体は、未だ二十代の範疇とは言えデスクワーク多めの社会人程度でしかない。
もちろんかぐやの復帰ライブに備えて鍛えた分の貯金があるとしても、アラサーにとって冗談ではない物に変わりはないと。
故に早めに練習を切り上げた彩葉はソファに座り、私物であるノートパソコンで資料を読み進める。
気になって覗き込み、近づいてきたかぐやの顔をもう少し自分の方まで寄せてやれば、少し考えた後に噛み砕いてその内容を語った。
「新機能のアドバイザー頼まれてたから、最終的な調整の報告見てたの。ヤチヨと...... あと、弥からも頼まれてるから」
「弥も? なんかめずらしーね?」
「まあ、ね」
煮え切らないその区切り。
彩葉の言葉と、本人も気づいていないような少々の憐憫をその表情に感じながら、かぐやはそれを追求することはせずにソファに勢いよく座る。
もちろん彩葉の隣に。
馬鹿みたいな企画を動画にして投稿こそするし、大切な家族2人ともう1人の自分にはそういう絡み方をするとしても、かぐやとて馬鹿ではない。
そういう感情の機微、それをもたらす存在がその人にとって誰なのか、くらいは理解していた。
彩葉にとっては弥がそう。もちろん自分達もその枠組みの中の一部。
故にそれ以上を問うことはない。こういうのはなんだかんだで解決できるものだと、そういうものだと10年前から相場が決まっている。
となれば、自分がやるのはいつものように彩葉と一緒にいることだけ。そう思って体をもう少しだけ寄せてみれば、ぐいと少しだけ力を入れて肩を掴まれ抱き寄せられた。
「どっどどどどしたの彩葉?」
「......そう言えば聞いときたいことあったわ、って」
あっけに取られてその顔を見上げると、彩葉はパソコンのタブを別のページに変え、逃げられないかぐやの眼前に見せる。
そこに映るのは、先日こちらの家に遊びにきた彩葉の兄、朝日が手に持っている写真を誰あろうかぐや本人が手に取っている画像。
お互い視線はあらぬ方向へ向けられていて、その雰囲気はまるで闇取引を思わせる。
「げっ」
「何してたんか教えてもろてええかなぁ?」
画角と時間。
思わずかぐやが『ヤチヨめ』と言ってしまいそうになるその画像を撮影したのは、現在配信部屋を使っているツクヨミ管理人だ。
「ヤッチョが撮りました! スクープスクープ!」
それは対等な取引である。
かぐやは彩葉の上京してからの可愛いエピソードを教え、朝日はその対価に幼少期の彩葉の写真を受け取るというもの。
今回の写真は誕生日の時のもの、その複製。
かぐやがこの肉体を手に入れて数週間。当然ながらヤチヨではなくかぐやとして今居る彼女は彩葉の誕生日など知らず、当然に祝ったこともない。
友人一同揃って盛り上がりを見せているのだろうそれを夢想して、いいなぁなんて羨ましく思って、結果その取引に手を出したわけだ。
褒められたことではない、とはいえ。
「はぁ...... 言ってくれれば見せるくらいするって。今後はこういう取引をお兄ちゃんとはしないこと! いい?」
「むぅ、かぐやちゃんりょーかーい」
それに対して彩葉が強い怒りを見せることはなく、少々ふざけたふうに抱きついてきたかぐやを微笑みながら受け入れた。
むしろそういう事をしてくれた方が可愛げがあると思ってしまうほどで、言ってしまえば望んだものが此処にここにあるが故の猫可愛がりである。
愛が、ある。
彩葉は明確な愛を持ってかぐやに、ヤチヨにそれを伝える。
10年前には突っぱねていたあり得ない量の泡を使っての泡風呂も、少々やり過ぎな感じもする共謀の上でのイタズラも何もかもを『まったくもう、仕方ないな』で受け入れ、その愛をまた、かぐや達も望まれるように享受していた。
その中で唯一、彩葉が与えることができなかったもの。
それは
生きてる上で変わらず訪れるもの。
人間である上で逃れ得ない時。
正確に言えば与えることができなかったというよりも、与えようという思考そのものがなかったのだ。
好きであるから生きてほしい。生きるなら1人にしないために、自分達の寿命をどう伸ばすか? それを相談した相手は、ゆっくりと首を横に振った。
「それはダメだよ」
震えも間延びもないまっすぐな言葉。
白石弥はそれを是としない。
その上で、彼は終わりを提案する。
かぐやがもう一度月から地球へ飛来するために使用したタイムマシンであり、月の遺物である竹── 『もと光る竹』が生命維持装置に似たものと仮定するならば、この接続を物理的な距離をもって切断することにより不死生は失われるのではないか、と。
説明する彼の目に灯るのは一筋の覚悟だ。データ体として生きなければならなかった者に肉体を与えるという『生』の方面でのアプローチが酒寄彩葉の司るものだとすれば。
無限の生に囚われる者に、どれだけ後ろ指を刺されようともひとつの終わりたる『死』を齎すのが白石弥の司るもの。
それは自身の軽率たる行動への戒めと、未来の自らが行う行為への戒め。
「感謝祭のエキシビジョン、どうせお兄ちゃん達も出るんだろうなぁ......」
「KASSENのやつでしょ?」
「そ。うちのチームはかぐやとヤチヨと私で、まさかの弥が出られないって言うから」
「用事だもんね、仕方ないんだけど〜......!
4人で出たかった〜!」
「芦花はお仕事、真実はまだまだ忙しそうだし...... はあ、こう考えると私のツテって結構少ない......?」
数年前、一度だけ彩葉は弥が酒を飲むのを見ていた。
不味そうに貰い物のソレを飲みながら苦笑いする彼が語ったのは、なんでもないように振る舞うその向こう側。
「──やっぱり、踏み込んだ話は出来ないですね」
「メンダコのこと、だよね」
「ええ。
歳をとるとどうしても...... あの子に向けてどう謝ったらいいのか、贖罪みたいな事をしたらいいのかわからない。
だって俺、これからあの子と同じ形をした生まれたての子を月に行ってこいって、辛い思いをしてこいって本人がいる前で突き落とさなきゃいけないんですよ......?!」
そうしなければいけないこと。
わかっていても、踏み出せなかった。
「......よし、メンダコ呼ぼうか」
かぐや達も知らない弥の用事。
それを事前に聞かされていた彩葉は思い切りをつけてそう宣言すると、手早くチャットアプリでメンダコに連絡を取ると、すぐさま返ってくるのは『いいよ』の3文字。
踏み出させるその選択。
かぐやが目を離した隙に切り替えたパワーポイントのタブには、軽く兄と相談しながら考えたプレゼン内容がびっしりと。
伝える日は、すぐそこまで来ている。
──意識自体は昔からあった。
その時は好きだからこそ、もっと彼女を幸せにできる人がいるはずだと思い込んでいて、それこそが正しい思考なんだと。
その心根が変わったのはいつだったか。
おそらくはかぐやの身体が出来上がる前、ヤチヨがスリープモードに入っていた日。
「飲み過ぎには気をつけてくださいね?」
「わかってるわかってる〜」
まったくもう、と軽く流した彼女に少し不満げな視線を送るが、それに対して彩葉さんはどこ吹く風。
色々と職場がハードスケジュールに包まれていたのだろう。ウキウキで取り出したワインをガラスの容器に注ぐと、軽く香りを楽しんでから喉奥へと流し込む。
どうにも、俺に酒の美味しさはわからない。むしゃくしゃした時、もしくは人付き合いで飲むことはあれど常飲することは無いくらいに苦手だが、そんな自分と対照的に彼女は割と飲む人だ。
「へっへ〜、玉座独り占め〜」
「俺の膝上はそんな大層じゃないんすけど......」
そしてその割には弱い。しかも記憶を飛ばす。
だから対応に手を焼くことはあるものの、別にそれだけで嫌うってほどじゃない。
今日もこういう日か、なんて思いながらグニグニと手のひらを揉まれることに慣れ始めていると、不意に彼女は振り向いてその身体をこちらに預ける。
「ほんと、仕事も家事もやってくれて助かるわ。
もー1人じゃ生きていけへん」
「......そんな事ないです。やりたい事やってるだけですし、というか別に彩葉さん1人でも生きていけそうですけどね、ここまで来ると」
「無理やったわ! ......10年前に答え出てるて。
ていうか、ねえ」
投げかけられた疑問。
それになんだろうと耳を傾けようとすれば、瞬間ガバッと伸ばされた腕が後頭部に回って唇に感触が走る。
「──いなくならないでね。
かぐやと、弥がいて、それが私の幸せな時だから。そこが私のハッピーエンドなんだから」
酔ってる時のファーストキスはノーカンだろうか。
手で口元を押さえながらそう思う一方で、心臓の音を早めたのは彼女の語る幸せの形、ハッピーエンドである。
ああ、そうなのか。あなたのそこには俺が居なきゃダメなのか。それは...... すごく嬉しい。あり得ないくらいに体が熱くなっているのを感じる。
でも、どうにも自分はフワフワしてる。
それこそ自分自身でフッとした時に消えてしまいそうだと思う程には地に足がついていない感覚が付き纏っている。
もしよければ手綱を引いてくれないかな、なんて思いながらその時をやり過ごして数年。
「朝日さん」
「どしたー」
「俺、彩葉さんの事が好きなんですよ」
「知っとるけど」
ちょこちょこ好きの波動を出してはいたものの、流石にアラサー近い男が受け身ではいけない。
用事で最近よく会っている彼にちゃんと報告をした上で、心のネジを強く締めた。
「......ケジメをつける」
もう軽い存在で居ようとは思わない。
そのために、自分の心にケリを付けなければならない事を鏡越しの己をキャンバスに描いた。
輪廻を進めるため、AIを月に送るタイムリミットから逃げる自分。
ウジウジと逃げ続けていた事。
そして、消えることが1番だったかもしれない命を無責任にも助けた事への贖罪。
その全てを終わらせるため──