周年イベント、ツクヨミ超感謝祭当日。
公式チャンネルからライブ配信されているツクヨミ内の様子はいつにも増して熱気を感じられるほどに賑わっていて、画面越しに見守る者も現地に向かって観戦に心を躍らせる者も、両者共に意識を向けるのはこれから始まるエキシビジョンに他ならない。
『超』と題名につけるほどに自信を持って運営が発表する大型アップデート。数組のチームを招いてそのアップデート内容を存分に使ったKASSENを配信するとなれば、エンジョイ勢もガチ勢も必然的に意識を向けてしまうものだ。
「──注目のイベントが始まります!」
そんな舞台を実況するのは、公式ライバーである忠犬オタ公。そして元プロゲーマーにして黒鬼、帝アキラとも関係の深い
10年前にかぐや達とブラックオニキスの間で行われたKASSEN。歴史を振り返るような企画の中でもベストバウトに選ぶ者が少なくないその試合を実況解説した2人の声が、エキシビジョン初戦が始まる合図のように会場の中へと響き渡る。
「KASSEN新ルール、その名も
4
皆さん期待してますよね? してるでしょう、してますとも!」
「そんな新ルールに加えて、既存のルールにも追加される新要素。それらを運営が選んだチームに実践してもらいます!
初戦はチーム『かぐやいろP&ヤチヨと仲間達!』そして── おっと、まだもう片方のチームが来ていないようですが......?」
新規に追加されたKASSENフィールド、名前を壊滅市街地。
何かによって崩壊した街の地面は一面に薄く水が満ちており、その上へ力強く竹ハンマーを地面に置いたのはかぐや。その衝撃で飛び散った水滴から身を守るように、彩葉とシライシはヤチヨが持つ傘の後ろへとその身を隠す。
「ツクヨミで濡れても冷たいとか無いって分かってるけど、やっぱりこういう飛沫は避けちゃうんだよね。彩葉もそうでしょ?」
「わかる」
「マジ? かぐやぜんっぜん気にした事なかった。2人ともお淑やかですなぁ〜」
「むしろアンタはお転婆すぎ。たまに深い池とかに落ちてんの知ってんだからね?
......ヤチヨ、ありがとね」
「いえいえ〜、傘は冷たいのを防ぐもの、ですからっ! でもでも? せっかくなら? そのありがとうを? 行動で?」
「はいはい、撫でてあげましょお姫様」
「あ゛ー! かぐやもー!」
「......じゃあ僕もやってもらって......」
「わかったわかった、順番ね」
女性4人、華やかな光景。
その中でも目を引くのは、この際に合わせてアバターのビジュアルを変えたかぐやと彩葉だろう。
腰ほどまでに伸びる金髪と、短く揃えられた深い紫色の髪。それぞれの特徴を表していたそれら髪型だが、今回は両者共に肩甲骨を少し通り過ぎる程度の長さに揃えている。
本邦初公開たるビジュアル。
KASSENフィールドから観客席の声というのは聞こえないものの、どちらかと言えば視聴者目線の強いシライシにはその姿にいい方向で阿鼻叫喚するファン達の姿が瞼の裏に見え、実際現実でもその通りではあった。
奇跡の復活を果たしたかぐやいろPのコンビ。そして言わずもがな人気を伸ばし続けているヤチヨ。
そんな3人の中に、本人達から誘われたとは言え自分じゃ実力も知名度も不足しているのでは無いか── 1人のKASSENプレイヤーとして新システムの体験をしてみたかったが故、彩葉からの誘いにすぐさま了承で返したシライシは首を傾げる。
しかし、その心配は杞憂。
元はヤチヨの身につけているメンダコがライバーになった、という意外性によって注目を集めていた面があったものの、そこから定着したファン層は多い。
もともと男性として作られたAI。月でかぐやを探す最中に自分の意思でその姿を女性に変え、それに引っ張られる形で立ち振る舞いも女性的になった面はあるものの、根っこは白石弥を元に作られた男性的思考が強い。
加えて長年積み重ねて来た女性としての面も色濃い為、どちらの性別にも寄り添う形を矛盾なく取れるというアドバンテージが人気を確たるものとしている。
週一で行われるお悩み相談配信は彼女が個人で作ったチャンネルにおいて、トップ層に引けを取らない強力なコンテンツのひとつだ。
加えて、ゲーム配信などで見せる人間的な一面もまた魅力的なギャップとして受け取られている。
「というわけで、最高難易度ノーデス縛り耐久配信!
いやー知り合いもやってたし、それなら僕もできるでしょって事で!」
テンプレートとして、まずは調子に乗って大口を叩く。
確かに積み重ねはあるものの、シライシはオールジャンルのゲームが得意なわけでは無い。特に油断からのミスが多い性質上、ソウルライクなどのワンミスが死につながるゲームは特に苦手と言っていい。
それでも毎回その調子で意気揚々と挑戦するのは、なんだかんだでなんとかなっているからである。
「──無理...... 難しすぎ...... なんでみんなこんなの出来んの......?」
次に、ポッキリと折れる。
配信画面の後ろ側で体育座りをしてからが視聴者にとっては本番だ。
折れて、立ち直って、また折れて。そしてまた立ち直って。文句を言う事はあれ、それは自分に向けて。鉄の意志で立ち上がり続けてゴールまで辿り着くその姿がファンを呼び寄せる。
「いやぁったぁー!! クリアだぁーっ!!」
故に、本人が思う心配は杞憂に過ぎない。
既にその姿はヤチヨにくっついている付属品以上の価値を持って、その場にある。
わちゃわちゃと4人が待機していると、遠くから聞こえてくるのはけたたましいエンジン音。だんだんと近づいてくるその音の正体はすぐさまモニターに映され、観客のどよめきと共に対戦相手が明らかになった。
──と、観客から同時に浮かび上がるのはある思考。
それを誰より先に口に出したのは、解説席に座るかぐやの古参ファンたる忠犬オタ公。
「さぁ── 鬼ヶ島から重役出勤!
形は多少違えど、このマッチアップに興奮しないわけにはいかないでしょう!
ヤチヨカップの再演を見せてくれるのかーっ?!」
小鬼がひしめくその道を征くのは、虎のバイクに乗った者たち。
1人は弓を輪の形に変化させ、フラフープのように腰で回して切り裂き、1人は扇を構えたまま微動だにする事なく、その鋭さに両断される小鬼に意識を向ける事はない。
その先頭を走るのは10年前と違い2人。
片方は至近距離で並走する2台のバイクの上へ立ち、両手に持った武器である銃と刀で押し通る。
そしてもう1人。フード付きのマントを羽織ったその姿はバイクに負けない速度で走る。手に武器を持たないままその空いた手のひらで小鬼を掴むと、渾身の力で前方を塞ぐ壁へと投げつけた。
陽の光。照らされた4人の頭に見えるのは雄々しく天を突く角。
「
トップライバー、ブラックオニキス。
既存の3人にもう1人のメンバーを加え、フィールドに降り立つ。
「どうも〜、今日はよろしく」
そのリーダー、帝は軽く右手を上げて挨拶を済ませると、対戦相手であるかぐやに爽やかな笑顔を向けた。
対し、かぐやは袖を捲ってズンズンと大股で帝に近づくと、野太い声でその耳を逆立ててファイティングポーズで威嚇する。
「ゔぉら帝、勝負だ!
ヤチヨもいるし今回は負けねー!」
「へへっ、前傾姿勢かわいすぎ。さっすがかぐやちゃん。
どうする? 今回も負けた方は勝った方のお願いを聞く、ってしようか?」
「ふ〜ん? 帝さまは自信満々で?」
「そりゃもう。こっちが勝ったら...... かぐやちゃんにはブラックオニキスに入ってもらう、とかね」
「──良いわけ、ないでしょ!」
唐突な勧誘。
兄の言葉は冗談であるというのは理解した上で、あまり良い気のしなかった彩葉は手元のキーボードをブーメラン状の武器に変化させ、帝の足元を狙って薙ぎ払う。
しかし帝は微笑みを崩さず、避けるそぶりを見せない。
直撃コースの軌道。それでも帝がその場から動かないのはとある
「っ?!」
「ヒュウ」
その刃を止めたのは踏みつけ。
強烈な力と重さで踏まれたブーメランは速度を失い、叩きつけられた地面にはヒビが入っていた。
彩葉と帝のプロレス。
その兄妹によるパフォーマンスに割り込んだ黒鬼の助っ人である謎の人物。観客席のボルテージが上がる中、その後ろをスススっと存在感を無くしてすり抜けたシライシは腕を組む雷に対し、こそこそと耳打ちする。
「帝ってなんでアレで炎上しないんです?」
「みんな慣れてるから」
「ひええ、ファンは訓練されてるんだぁ」
ある意味ではそれも積み重ね。
ライバーである以上炎上というものに恐れを抱くシライシにとって、帝のあり方というのは中々に真似しづらいものがある。
参考にはならないな、と帝を視線から外した先にいるのは、彩葉のブーメランから足を離した件の助っ人。信頼を勝ち取っているのだろうその人物が一体誰なのか。
気になっていたシライシの意図せず言葉を代弁したのは、プロレスであっても自身が黒鬼へ移籍する事を良くないと言ってくれた事に嬉しそうなかぐや。
「てか、その人だれ? 帝って友達いた?」
「辛辣ぅ〜、かぐやちゃんもよく知ってる奴だよ」
そう言った帝に合わせてマントを脱ぎ捨てたその姿。
反応は様々だ。
既に知っていた彩葉とヤチヨは驚く事なく、角の生えたビジュアルも悪くないと冷静。
対してかぐやは目を見開いて大声を。そして誰よりもこれから戦うその人に向けて驚いていたのは、誰あろうシライシであった。
「──ふふ、今回は敵だね?」
「ホワッッッッッ!?!?」
白石弥。
シライシにとっては、いつかKASSENでしばきたいと思っていた相手。そのいつかが自分の意思とは関係なく向こう側から現れた事に驚かない訳にはいかず、なんでどうしてという感情をすぐ横にいた雷をポコポコと叩いてあらわにした。
その反応に対し、弥は『いやだったかな』と能天気。
別にいやだった、というわけではない。シライシにとってはKASSENを始める動機になった相手なわけで、同時に倒そうと思う相手。いつかは向き合わなければならなかった。
しかし今ではないだろう、と。
この10年、実働で言えばもっと短い弥の持つ実績は、ブラックオニキスの他3人と比べたら大きくはない。
SETUNAのアマチュア大会。スキンが優勝景品だったその大会での優勝が唯一の実績。それだけを見ればシライシも早々に勝負を挑んでいただろう。
そうならなかったのは、その優勝の仕方が問題だった。
試合内容に関しては、端的に言って蹂躙。
弥に負けた人だけで反省会を行ったとして、その全員が出す結論は『対戦相手が強かった』で終わるほどに自力の違いが大き過ぎた。
もちろんなんでもない相手にボコボコにされた、という理由もあるが、その試合を見たが故にシライシは自力の強化に努めたわけで── 今回は、道半ばでラスボスに出会うようなもの。
そんなラスボスは微笑みを湛えたままシライシに近づくと、申し訳なさそうにしながらその手を取る。
「俺は月にAIを送る。
もう逃げない。もしも...... もしも君がそれが嫌だって言うなら、謝るしかないけど」
「......それはしょうがない事でしょ。そうしなきゃ、かぐやはハッピーエンドを迎えられないわけだし?」
「はは、そうだね。
それでもさ、納得できない事があるなら...... この試合で
「──それは」
口にしようとして、踏みとどまる。
その言葉はわがままでしかない。言ってしまえば、それを良いよと言われて仕舞えば、彩葉やかぐやから弥を奪う結末になりかねないからだ。
シライシとてそれは本意ではない。しかし見つめてくる弥の目は、その真意すら引き摺り出そうとしていた。
限りなく冗談めかして、言ってみただけだと言い訳できるような雰囲気で、試しに一度だけシライシは口に出す。
「それは、一緒に死んでって言っても聞いてくれるわけ?」
「うん」
腹の中をかき混ぜられているような感覚がシライシに襲いかかる。何をこいつは普通な顔してそのワガママに頷いてるんだと。
大切な人がいるんだろう、それなのに何故こっちを向くのか。無視したって構わない筈だ、それを良しとするために最近はあのマンションにある身体へ意識を移していないのだから。
もはや、シライシの弥に対する感情は明確な怒りに近しい。
売り言葉に買い言葉。じゃあ一緒に死んでもらおうじゃないかと。
「僕にご褒美を作った事、後悔しなよ?
意地汚く勝利にしがみついてやるから!」
「楽しみにしてるね。
......ああ、それと俺が勝ったら2つ聞いてほしい事があるんだ。あといろPにも!」
「え私?! まあいいけど......」
「かぐやたちにはー?」
「ええーっと、じゃあ負けた方が晩御飯作ろうね」
試合前の話を終え、それぞれが天守閣に向かう。
道中を行くシライシは顎に手を当てて早速勝利へ向かう思考を回し始め、一方で冗談めかしこそしたが抑えていたものを口に出来た事が嬉しく、心を軽くしている。
対して弥は無表情。個人としては負けようと勝とうと構わないが、チームとしては勝っておきたいな、程度の思考しかしていない。
「うまいことダシに使ったなぁ」
帝のぼやき。
新ルールでのエキシビジョン、ブラックオニキスが3人チームである以上は誰かを新しく迎え入れなければならず、その時ダメ元で弥に声をかけたのは帝。
弥のOKがこの状況にシライシを巻き込むためだったとすれば、うまいこと利用されたと空を見上げる。
「怒ってます?」
「いや? 強かなのはいい事だろ。
ただメンダコのお願いは聞いてもらえないだろうな、勝つのは俺たちって決まってる」
「流石ですね、そういうところ昔から好きですよ」
負けず嫌いと溢れる自信。
過去の自分にはそれがなかったからこそ負けたのだろうと、大人になった弥は小さく笑った。
大人になって、いろいろな事を知る。
いい事悪い事、内容は様々。その中でも真っ直ぐな帝アキラ── 酒寄朝日を友人、人生の先達として弥は好いていた。
「これは、俺なりの贖罪なんです」
「──さぁ、コレ新しいシステムですねー。
チームごとの実力差に対してアドバンテージが与えられます。今回はブラックオニキス側全員に残機マイナス1機! アドバンテージシステムによって初心者にも勝ちの目が生まれやすくなります」
「実力差ってことは、高ランク帯で1人だけ初心者を連れてきたら、実際には差が無いのにアドバンテージシステムが働いてしまう、って事になりませんか?」
「心配ご無用! そこはツクヨミのAIが判断して与える与えないの結果を出しますので。高ランク帯では使えませんし、初心者帯でもオンオフ出来ますからね!」
ほえー、と解説を聞きながらかぐやが試合前のマップ確認をすると、そこに書かれている参加メンバーの残機には確かに変動がある。
黒鬼側は全員2機の残機だけになっており、それはゴリ押しによるやぐらの確保が明確なリスクになりうる事を示した。
「そんで、作戦とかどうすんの?」
「そりゃあもう──」
「ガーっと行ってシュタタタター、とかは作戦って言わないから。そんなんやってたらヌルッと負けるよ」
「えぇー、そんじゃヤチヨ......」
「んー、ヤッチョも作戦を立てるのは得意じゃないのです...... そう言うところはやっぱりメンダコちゃん! お願いしますよ〜」
期待の視線。あまり受ける事のないソレに押しつぶされそうになりながらも、せっかく手に入れたアドバンテージを利用して取れる勝利への道を大まかに共有する。
「まず、僕は出来る限り弥と接敵しない。
ビビってるとかじゃないから! ......まず弥はガチガチに対策を取って行動をコントロールする、言っちゃえば陰湿プレイが基本だよね、そこはオッケー?」
「「オッケー!」」
「最高!
そうなると、出来るだけ情報はあげたくない。初見殺しこそが1番効果的ってわけ。
だからなんとかして3人で1機削る! そしたら2機目を僕が初見殺しで勝ち! 弥はコレで...... いいんだけど......」
シライシがそこで言い淀むのも無理はない。
単純、ブラックオニキスはパーティとしての完成度が著しく高い。3対3であればそのバランスを崩すだけなら誰か1人を落としてしまえばなんとかなろうが、今回はそこに弥が参加してしまっているのが痛かった。
欠けた枠を埋められる存在がいる以上、何がなんでも誰か1人を潰してその綻びを詰める、という戦法は取りづらくなっている。
とかく、優先すべきはやぐらの確保と天守閣の破壊による勝利。その中で邪魔になりそうなのは純粋なアタッカーよりもデバフを振り撒く存在。
「てことは、乃依くんを出来るだけ撃破しつつ他2人はあしらってやぐらを取りに行く形ってことね。弥は全員でなんとかする、と」
「そう! 彩葉天才!」
「......さっきからソレはなんなの?」
「褒めて伸ばすタイプだから!」
「雑なんよ......」
とりあえずの指針は決まったものの、不確定要素を加味して優位に進める事ができるかと言われれば、いささか不安が残る。
その不安要素がどう転ぶのか── ともかく、始まってみなければわからない。
「試合開始です!」
開始を告げる法螺貝の音。
それと同時に天守閣から飛び降りると、4人はそれぞれ二手に分かれて
トップ側には彩葉とかぐや、ボトム側にシライシとヤチヨ。
対して黒鬼側はその手を全レーンへと伸ばす。
「おほっ、
「黒鬼、別々のレーンに向かいます!
トップレーンに乃依と雷を向かわせたあたり、確実にそちら側を取りに来た形でしょうか?」
複数の敵にも単独で応戦する必要がある陣形であり、一点が突破された場合相応のリスクを負う必要のある陣形であるが、4対4ルールに於いては1レーンに2人を割ける都合上効果的な戦術と言える。
一方、1人で2人を相手にしなければならないという負担は変わりなく、相応に上手さが求められる陣形。
故にボトムレーンへ向かうのは黒鬼最高戦力たる帝アキラ。真ん中のミドルレーンを進むのは弥であり、その状況はシライシにとっては願ってもない状況。
「舐めプ...... ってのも違うか。
降りよう、ヤチヨ」
「りょ〜」
やぐらに近づくにつれ、所謂ザコMOBであるミニオンの量が増えて撃ち放つ矢は雨のようにその密度が増し始める。
ともなれば乗り物で進むにも限界があり、ヤチヨとシライシはスルリと乗り込んでいた神輿から地上に降り立った。
ライバーからの公募で作られた新フィールドの壊滅市街地だが、既存のフィールドと比べて高低差や遮蔽物が多い。遠距離からの狙撃が効果的であろう地形の特徴からしても、やはり残機を削り切るのならば乃依が第一優先である、という思考は間違いではない。
「そりゃっ」
高速回転するヤチヨの傘がその手から離れ、まるでブーメランのようにミニオンを薙ぎ倒す。その一撃で生まれたキッカケを突き進むのは、両手に構えた銃を突き出して乱射するシライシ。
その銃身下部には刃が取り付けられており、近接戦闘にも対応したオールラウンダーな仕様。ツクヨミに於いては仕様の都合上、2丁拳銃はそこまで強力ではない。
それでもシライシがこだわる理由は単純、カッコいいからだ。
「よし、このまま......」
「──ってわけにはいかないだろ?」
開かれたやぐらへの道。その最短距離を進もうとすれば、その歩みを止めるのは金棒による一撃。
力強いその横薙ぎを2丁の刃で受け止め、止まった動きをヤチヨが咎めようとするが帝は軽やかにその身を翻して2人の前に立ちはだかる。
「さぁどーする? 俺をなんとかしなきゃ、弥に勝つなんて出来ないぜ?」
「上等......!」
その一方、トップレーンでは既にかぐやと雷が接敵し、地形が更地になるのではないかと思えるほどの衝撃が鳴り響いていた。
一撃が地面を揺らし、弾け飛ぶ瓦礫に向けて重ねたハンマーでの横薙ぎは散弾のようにして石礫を射出する。
「だぁっしゃーっ!」
なんとも定型的ではない掛け声を上げたかぐやから視線を外さないまま、雷は扇を杖に変化させて2度3度と振るった。それに応えるかの如く周囲の壁面、そして地面から生成された防御壁がその眼前に迫り上がるが、彼の表情はそれに安堵を覚えたものではない。
いくらか険しく眉間に皺を作り出す。
防御手段として取った岩壁の生成。回避困難な攻撃範囲である石礫の散弾はそれを使わせるための釣り餌である、というのを理解した上でその選択を取らなければならなかったのは、少なからずかぐやの巧さによるもの。
現在雷とかぐやが相対する場所は決して開けた平野とは言えず、かと言って複雑に入り組んだ閉所というわけでもない中間の場所。
その上で身を隠している彩葉が何処から奇襲をかけてくるのか、というところに対しても意識を割く必要がある。
かぐやへの対処、彩葉の警戒。
援護に回っている乃依のサポートがあるとは言え、不確定要素である奇襲を思考から排除し切ることのできない雷が取ったのは思考よりも先の
プロゲーマーとして、ライバーとして積み重ねて来た経験。何年も重ねられたそれは条件反射でも目の前で起きている事への対応を可能とした。
特にかぐやはパワータイプ、搦手を使えないわけではないとしても中心は直線的なプレースタイル。対応力と妨害力にバランスを傾けている雷の武器、職選択はかぐやに対する有利を取ることは難しくない。
思考は彩葉へ、反射はかぐやへ。
じわりじわりとやぐら奪取への道を歩むその中で、このタイミングにかぐやが通してきたその行動は、雷の表情を小さく曇らせるには十分な不自由さを与えた。
岩壁を挟んで2人。
防御によって視界から消えたかぐやの、一撃で勝負が決まりかねない攻撃がどの方向から襲い来るのか。
視界による攻め手のアドバンテージは大きい。防御に回らなければならない側は攻撃側の行動に対し、反応だけでの対応では例外なく一手遅れる。
このシーンに於ける一手の大きさ。
奇襲へ向けられていた思考を奪い取って自分に向けさせたかぐやの巧さに唸る── が、狼狽えることはない。
閉ざされた視界の左右、そして上。そのどれからかぐやが現れるのかはある程度絞り込むことができる。それを可能にするのは信頼を置く乃依からの援護があるからに他ならない。
「乃依」
「りょーかーい」
酒寄家、白石家と兄弟、兄妹の形としては少し型とは外れたものが周りにいる中で、駒沢家の兄弟は真っ当な関係性を築いている。
だからこそ波長を合わせることも容易であり、乃依が狙いを定めたのは雷の立ち位置から最も対応の面倒な左側。手が伸びたのは── 2方向から。
「とぉりゃー!」
「......!」
壁の右側から現れたかぐやの一撃に対し、雷は杖を扇状に変化させると敢えてぶつけ合うようにそれを振り抜く。
KASSENで使用される武器に設定されたマスクデータ。その中で扇は上から数えたほうが早いほどの数値を持つが、それを超えるのはかぐやの持つハンマー。
数値通りに砕け散ったのは扇。あまりにも軽い手応えに『わっとっと』と身体が余分な回転をするものの、武器を失った雷を詰めるのは逆サイドから現れた彩葉──のブーメランが行うべき役目。
本体ではなく武器のみでの攻撃にすぐさま乃依は引き絞った弓の弦から手を離すと、放たれた矢は正確にそのブーメランを弾いて回転を止める。
カラカラと地面に落ちる刃。
それを遅れて拾い上げたのは、誰あろう奇襲の機を狙っていた彩葉だ。
防がれるだろうことは想定した上で、彩葉が取ったのは1人時間差攻撃。
もし乃依が射ったとしても、新しい矢を取り出して弓につがえて──としていれば間に合わない攻撃感覚。
実質的な2対1の形。
誰の目に見てもピンチである状況の中でも雷はその表情を変えない。そこに、信頼がある以上は。
「──彩葉ちゃん惜し〜い」
「出し抜いたと思ったんだけど......!」
フラフープの様な形、中国等で武器として伝えられている
しかし安心はできず、一方ではかぐやの一撃がまだ残っており、振り抜いて仕舞えば2人同時に撃破ということにもなりかねない。加えて雷の手には武器が無く、防ぐ手立ては無い。
それでも乃依が背中を合わせたのは、どうせなんとかするんでしょ? という投げやりな信頼の形。
「ふっ!」
扇の先を砕かれた棒。
それを力強く突き出すと、砕け散ったはずの破片たちが意思を持ったようにかぐやへと襲い掛かる。おもわず振り上げたハンマーを下ろして防御体制をとると背後へ飛び退くが、それでも武器自体が軋むほどの衝撃がかぐやに降りかかる。
「いっち〜......! 武器壊したのに、そんなんアリ!?」
「出来るってことはアリなんでしょうよ、ほら立って!」
仕切り直しの形となる。
扇が砕けたのは武器自体の特性であり、集まった破片が棒の先に集まると元の形へ。
総合的な実力では劣るかぐやチームにとってこのチャンスで1人削ることが出来なかった事は大きく、その時点で少し黒鬼優勢に傾いている戦況。
再度の激突はどちらが口火を切るのかという緊張を破ったのは、彩葉のブーメラン。
カーブを描いて向かってくるその攻撃に対して、慣れた様子で乃依が撃ち落とすとその刃が2つに割れる。
分裂した剣先。その片側からあらぬ方向に射出されたアンカーへ放たれたのは、かぐやのハンマーが変形したランチャーに装填されている電気ウナギ。
直進するウナギに引っ張られ、帯電しているブーメランが描くのは単独の慣性では実現し得ない軌道の勢いで雷の方向へ。
帯電効果はKASSENに於いて、ほんの一瞬であるがスタンを付与する強力なもの。
出来れば防御ではなく回避で対応したいところであり、彼もまたそのセオリー通りにバックステップで軸をずらすと軌道の通過点からその身を引いた。
しかし一瞬の違和感。
かぐやが、詰めて来ない。
かぐやと彩葉の2人で気をつけなければならないのは、調子が乗れば帝すら撃破するそのコンビネーションでの連続攻勢。
それを行って来ない現状、少なからず何かがある。
すぐさま周りを見渡せば、異常が起きているのは逆サイドであるボトムレーン。
黒い半球場の結界がやぐらを中心として包み、中での様子はまるで見えない。しかし天守に動きがない以上は帝が落ちてやぐらを奪取された訳ではなく、それならばとにかく目の前の2人を退かして戦況を進めるのが優先。
雷が結論づけて踏み込んだその瞬間──
「──は?」
閃光が如き何かが乃依の腹部を貫通し、アバターがダメージエフェクトの花びらを散らして消えていく。
かぐやの方にすぐさま振り向けばすでにその姿はやぐらに向かい、数的不利たる自分の前に立つのは彩葉だけ。
「今回は、1戦目から貰いますから」
──数分前。ボトムレーンにて。
「やーっぱヤチヨちゃん強え〜」
「お忘れで?
帝さまと同率1位だった大会もありますのよ?」
「はは、っと......」
開かれた傘の外円。その円に沿うようにして展開された光刃と高速回転によりチェンソーの様な音を立て、武器一本で防御を行う帝の棍棒をヤチヨの猛攻が襲う。
天女のようにくるくると回りながら放り投げられた傘は2、3度往復して攻撃を仕掛けると、持ち主の手元へ。
その隙を詰めようと踏み込めばそれを咎めるのはシライシの持つ2丁拳銃による弾幕と、その下部につけられた刃による近接戦闘。
当然に近接においては帝の方に軍配が上がるものの、近づけさせずにジリジリと時間を使ってミスを待つような2人の戦法に帝はいい表情ではない。
「メンダコもいい動きじゃん、雷の指導はちゃんと聞いてんだな! その銃、あー、なんて言ったっけ......」
「ほえ? 名前あるの?」
「うん、つけてる。
──こっちがヘヴィで、こっちがメタル! 真実のお子さんにつけてもらったんだ、お気に入りなんだよっ」
正式に言えば極限龍神ヘヴィと極限龍神メタル、であるが、流石に正式名称を長々と説明するほどシライシも気が抜けている訳では無い。
「そのヘヴィとメタル、なかなか上手く使えてるんじん? 今後何戦かやれば── 俺らにもワンチャンあるかもな!」
会話の終わりと共に地面が砕けるほどの力で踏み込むと、空気が焼けるほどの速度で振り下ろされた棍棒が振り下ろされる。
2丁拳銃を合体させて形状を変化させ、まるで厚みのある盾のようになったそれで防ぐものの、動きの速さと決め切る嗅覚の鋭さは群を抜く。
押し込まれる棍棒の重さから逃れるように体を回転させ、そのままの勢いで小さくジャンプしてから鋭く浴びせた回転蹴り。しかし帝は左腕でそれを受け止めると、棍棒を分離させた銃でカウンター気味にその引き金を引く。
だが、シライシも元は軟体動物。
柔らかく身体を逸らして弾丸の軌道から自身の肉体を外すと、そのまま蹴撃偏重の近接戦を繰り広げる。
袈裟斬りに対して弾丸を打ち込み太刀筋をずらし、回避に行動を使う事なくシームレスに返しの太刀を浴びせようとすれば、今度は刃の通りづらい銃身にわざと刀をめり込ませて引けなくした上で反撃に転じる。
刀のめり込んだ銃を逆の手に持ち替えて引っ張り上げる事で片側を無防備な状態にし、ふわりと浮き上がって側頭部に向けた膝蹴りを繰り出そうとすれば帝もまたその手から刀を離し、空いた拳で渾身の裏拳。
それを膝蹴りを繰り出す直前だった足で受け止め、繰り広げられるのは一進一退の攻防。
吹き飛んだシライシに追撃を加えようとすれば、それを咎めたのはヤチヨの傘。お互い詰めるに詰めきれない現状が続く中、先に痺れを切らしたのはシライシ側。
一度トップレーンに視線を送れば、そこにはまだどちらの色にも染まっていないやぐら。
時間が経って修復された拳銃を手に取り、少し考えてからヤチヨに対してとある提案を見せる。
「──1人で帝を止められる?」
「うーん、頑張ってもちょーっと大変かにゃ〜?」
「デバフ込みならどうかな」
「いけちゃう!」
結論を出し、前へ向き直った2人はスタンスを変更。
前衛だったシライシが後衛に下がると、彼女は右手に持っていた銃を上空へ放り投げ、力強く胸を叩く。
同時に足元から
何かが始まる前に叩こうと帝は踏み込むものの、畳んだ傘を剣のように見立てて振るったヤチヨがそれを受け止めた。
「水差しはご遠慮を?」
「そりゃ申し訳ない、お詫びにもっと盛り上げていこうか!」
帝、ヤチヨ、そしてシライシ。
3人とやぐらを巻き込んで展開されたその空間で起きた異変に気付いたのは、最も影響を受ける帝本人。
足の動きが重く、武器を振れば動きがいつもよりも鈍重。視界にも黒いフィルターが被せられたようで良好とは言い難い。シライシの展開したものが原因であることは誰の目にも明らかだろう。
──結界職。
直接戦闘よりもバフやデバフによる支援をメインとする防衛向きな職であり、かぐや達と黒鬼による1度目のKASSENで弥が使用した『
文字通りシライシが展開したのは結界。
デバフを与える黒の結界であり、帝はその影響下にある。
「任せたから!」
帝の脇を抜け、シライシはやぐらと別の方向へと走り出す。
なぜ2人でやぐらを奪取するのではなく、その選択をしたのか。それはひとえに帝がこのデバフ状況下であっても、効果時間が切れるまでは自分達の攻勢を無事とまでは言えなくても耐えられる可能性が大きいから。
故にひとつの目標を全力で奪いに行く方針に切り替えた。それならば、なぜ今帝はシライシの背中を追おうとしないのか?
それは結界の基本的な仕様にある。
結界は展開した本人が撃破される、または展開した本人が結界内から脱出することにより、時間経過を待たずして崩壊するスキル。
ともなれば、帝にシライシを追う理由は無い。むしろデフォルト状態で1対1となれば、確実にやぐらを落として天守閣へ向かう自信があるからだ。
──しかし、このKASSENは新要素の追加されたものである。
事前にエキシビジョン参加者に共有された新要素は2種類だが、そのうちひとつは実はランダム。
つまりお互いに知らない情報と要素を一つ持って対戦に臨んでいる。
そしてシライシが使った黒鬼チームの知らない新要素。それは『代償システム』。
「結界が......!? 知らない新要素か!」
「そだよー?」
ヤチヨの連撃を受け止めながら、使用者本人が消えても崩壊しない結界を見上げた。
代償システムとは、既存のスキルにマイナス要素を追加することでプラスの要素を盛り込めるシステム。
例えるなら雷のスキルである地雷トラップ。
そのスキルに設置持続時間ダウンのマイナスをつければ、今度は地雷サイズアップ等のプラスを追加できるという機能だ。
このマイナス、プラスにはそれぞれ効果の大きさに見合った数字がつけられており、強いプラスをつけたければ重たいマイナスを付けなければならない、という縛りがある。
スキル毎にコストがあり、良いところ悪いところを装備のように付け替えられると言えば早い。
その機能で黒の結界にシライシが付けたマイナスは、使用者以外の味方にも視界不良はそのまま、ステータスデバフは基本効果の10%が与えられるというもの。
そしてプラスは使用者権限を他の味方に渡すことができるというもの。
つまり、結界内に味方がいれば時間までそれは残り続ける。
「ここでよし、と」
周りのNPCを片付け、シライシは銃を直列に繋ぐと座り込んでトップレーンの方向へとその銃口を向ける。
彩葉はおそらく気づくはず、と取り外したスコープを太陽に向けてチカチカと光を反射させると、すぐに射撃体制に入った。
銃と弓にはそれぞれの得手がある。
弓はデバフ付与のスキルの多さ、そして継続的な貢献のしやすさが大きい。
対して銃にあるのはその圧倒的な射程距離と火力。
「動いた── 今!」
引いた引き金。
スコープに映っていた乃依の体に風穴が空き、戦況を大きく動かす一手が打たれる。
これならばやぐらは確保できるだろう。そう確信して銃を2丁に戻し、黒鬼側の天守閣に向かおうとするシライシの脳裏に浮かんだのは勝利の文字。
勝てるのかもしれない。
「初めて見たけど、上手いんだねぇ」
──光だった。
ダメージエフェクトの花びらの中、切断された首が浮き上がるとともに見えたのは背後から斬られた銃身と、自らのアバター。
そしてヤチヨのとは形状の違う現代的な傘── アンブレラから光の刃を引き抜いた、自らを作り出した男の姿。
弥は、撃破したシライシの花びらを見送ると足元にある岩を手に持った武器、傘で叩き壊して蹴り上げる。
物理法則を無視し、その岩と弥だけが横に向かって働いている力場に向けて落下していく。その先にあるのはトップレーンのやぐら。
トライデントの形で先んじて天守閣に向かっていたものの、彼が引き返してきたのは乃依が撃破された故。数的不利を作ることはこのルールにおいて最も危険であり愚かな行為であると理解した上でのムーブである。
横に落下する、というあり得ない状態のまま辿り着いたのはトップレーンやぐら上空。そこではかぐやがすでにハンマーを振りかぶり、奪取寸前といった形だ。
となれば行うのは当然防衛。横に向いていた重力をあるべき姿に戻し、軽やかとは言い難い動きで降り始めていたそのハンマーの前に立ち塞がる。
かぐやが見せる驚いた表情。
それを見ることなく、弥が視線を落としたのはアンブレラの手元であるグリップに取り付けられたパネル。黄色に光るそれを見て迷った表情を見せながらも、負けては仕方がないと鞘から刀を抜くようにグリップを傘から取り外す。
そうすれば、グリップから伸びるのは刀の形に形状を保つ光。
瞬く間にハンマーを切り刻むと、そのままその刃をかぐやのアバターへと突き刺した。ためらいなく、真っ直ぐに。
「ごめんね、手加減無しだから」
すぐさま彩葉が雷から視線を切り、やぐらを取らせまいとアンカーを撃ち込む。しかしグリップを納刀したアンブレラに巻き込ませて逆に動きを封じると、そのまま力任せに放り投げられてしまった。
そして瞬く間に状況の一変したやぐらで雷が鐘を叩けば、天守閣への道が開く。
「乃依くん取られちゃいましたね。
次やられたら離脱ってなると、前線構築むずいかもですね〜」
「ああ」
そこには、強者が立っていた。