超お世話係!   作:チクワ

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なっげぇ......


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「やっ...... べぇ〜......」

 

 ツクヨミ超感謝祭DAY1、メインイベントのKASSENエキシビジョン。

 その初戦であるかぐやチーム対ブラックオニキスの第一セットは、両やぐら奪取によるコールドゲームでブラックオニキスのポイント。

 2セット目開始までのインターバルの中、当初予定していた作戦を崩された白石は座り込みながら顎に手を当て、思考を回していた。

 

 黒鬼側の残り残機は乃依のみ1機、それ以外は変動無し。

 対してかぐやチームは彩葉とヤチヨが変動無しであり、かぐやとシライシが残り2機となっている。残機数のアドバンテージこそあれ、それほどまでにシライシが焦る理由は自分たちに残された勝ち筋の薄さに起因していた。

 個人個人ならともかく、チーム単位で言えば明確に格下である自分たちがジャイアントキリングを達成するのに絶対と言えるほど必要なのは()()。それこそ全貌を明かされる前に勝負を決め切らなければならかったわけで、それをあと一歩のところで塞がれた事が何よりものダメージ。

 

「つーかなにあれ、ビームサーベル傘みたいなさぁ!」

 

「見た事ないってことはあれだよね、新武器」

 

 こくこくと一般ユーザーからの言葉に頷いた運営チーム2人。黒鬼に配られた新要素の情報は『数ある新武器種の内のひとつ』。

 ヤチヨがその手に持つ傘のマイナーチェンジ版、名をアンブレラ。

 

 近距離に重きを置いた武器である。開けば盾に、閉じた状態では頑丈な打撃武器として使え、その先っちょからは弾速や射程距離は平均以下なものの癖のない弾丸を発射する。

 真価はグリップ部分を傘から分離し、チャージしたエネルギーを使って展開する光刃。展開可能時間は1分に見たないごく短いものではあるものの、その攻撃性能は高い。

 それこそ硬度の高いかぐやのハンマーも容易く分解されてしまったのだから、明確な警戒対象であることは4人とも痛いほどに理解している。

 

 その上で驚いたのは、弥のスキル構成。

 

「ハイランダー以外も使ってくるなんて......」

 

「あーそれ! 思った! かぐやとかヤチヨと遊ぶときは大概それなのに、今回はそういうの無しで真正面から来てる感じする!」

 

「マジでいつ練習してんだか......」

 

 全員が知らない動きをとってくるかもしれない以上、やはり弥に対しての1対1は自殺行為に近しい。加えて1戦目を落としたことで試合は長引く。長引けば長引くほど、こちらの情報は弥の頭にインプットされてしまう。

 道筋が細くなっていく感覚。しかしそれでも、道自体が無くなる、ということはない。 

 このルールだからこそ現実的な特殊勝利は存在する。

 

「よし、とりあえず考えたことを共有するね。

 とにかく勝つためには、何がなんでも全員ぶっ飛ばすしかないんだから!

 ──絶対に、勝ちたいし」

 

 

 

 

 一方の黒鬼サイド。

 軽い情報共有を済ませて第2セットが始まるのを待つ中、弥はがちゃがちゃとアンブレラの中身をいじくりまわす。不意に開いた傘の形にびっくりしながらも中身を確認するその姿。

 あくまでも軽い説明をもらっただけの武器。ツクヨミには物質ごとにマスクデータ、つまるところ隠し要素のあるオブジェクトが多いため確認に勤しむ。

 

「さて、どう来るかね......」

 

「10年前みたいに空を飛んでるヤツに乗ってかぐやが来る...... っていうのを警戒してるなら、心配しなくていいですよ。

 ほらっ」

 

 かぐやの破天荒ぶりをよく知るからこその警戒。

 ほんの少し緊張の走るその中で弥がポケットから取り出したのは、手のひらサイズの鱗。

 10年前、対ブラックオニキスに於いてかぐやが使った奇策── 空を周遊する生物を手懐けて移動手段にするというもの。見せた鱗は、その生物から剥ぎ取られたであろうものだった。

 

 倒したか、追い払ったか。

 詳細はともかくとして使えなくはなったという事実。

 乃依が『盤石じゃん』と肩をすくめていう程度には、現状の情報で黒鬼が負ける要素はない。

 

「向こう側に勝たせる気あんの?」

 

「さあ?

 これで勝ったらそれはそれでいいんです。負けても勝っても、やることは変わりませんから。

 結局理由が欲しかっただけなんですよ」

 

「なるほどねぇ。

 回りくどいことせず聞いてって言えばいいだろうに」

 

「......かぐやに対して『勝ったら結婚』とか言っておきながら、実際は彩葉さんの様子が見たかっただけの人には言われたくないなぁ〜?」

 

 少しむすっとした弥に『わかったわかった』と笑いながら話を終わらせると、帝は硬く握った拳を前に突き出した。

 それに応える形でコツンとぶつけられたのは、いくらか小さな弥の拳。雷、乃依の拳も合わさり、まるで円陣のような形。

 

「かぐやちゃんたちを蹴散らして目指すはエキシビジョン全勝だ! 子ウサギどもにブラックオニキスの轍を見せつけてやろうぜ!」

 

 

 

 

 2セット目が始まり、2Dマップを開いた弥の表情は苦笑い。

 それもそのはず、かぐやたちの取った人数配分は(ボトム)レーンに3人、そして(トップ)レーンにヤチヨたった1人。とにかくやぐらを確保しなければ始まらない状況である以上、その偏りに理解を持つことはできる。

 しかし極端すぎる集中── どちらかには明確な罠がある。

 

「さすがにヤチヨ側か?」

 

 問題はその意図。

 人を多く集めたいのか、それとも多対1の状況を作りたいのか。ゲームスピードの速さはその思考が固まり切るまで待ってはくれず、自然と行わなければならないのは情報の取捨選択。

 たとえヤチヨ1人に罠が仕掛けられていたとして、それが数的有利を明確に打ち壊せるものであるとは到底思えない。残機数によるアドバンテージは大事にしてくるだろうと予測した上で、おそらく狙っているのは罠を警戒した結果起きるゲームメイクの歪み。

 わざと盤面情報にノイズを混ぜることで撹乱を狙っていると結論づけ、対処に向かった3人とは反対の方向へと弥は体の舵を切った。

 

「こっちはなんとかします!」

 

「わかった、ヤバかったら()()()使え!」

 

 叩き壊して空中に浮かんだ岩石に乗り、力場を横方向に向ければ岩石は重力を無視して乗り物のように移動を始める。

 

 10年の中で追加されたスキルである『引力』。

 弥が使うそのスキルは何度か弱体を喰らいながらも強力なスキルであり、その効果は自身と自身の触れている所有者の存在しないオブジェクトに、一定方向への力を付与するもの。

 例えばその方向を上に向ければ、現在弥の乗った岩石は空へ向けて落ちていくし、下へ向ければ重力と合わさって高速で落下する。

 そういうスキル。

 

 スキルの枠を2つ使うなどの弱体を食らったが故に火力不足は否めなかったものの、新武器のアンブレラがそれをカバーする形。

 使い慣れたものを捨ててまでこの試合に新武器を持ち込んだのはそれが理由。

 

 やぐらのエリアに辿り着くと同時に乗っていた岩を蹴り込んだ先には、すでに到着していたヤチヨ。

 普段と違い白基調の戦闘服に身を包んだ彼女はひらりとそれを躱すと、向かってくる渉を迎え撃つように傘を開き、回転させたチェーンソーが如き一撃で弥に肉薄する。

 飛び散る火花。非展開状態のアンブレラで受け止め、力任せに弾き飛ばせば、ふわりふわりと掴みどころなくヤチヨは微笑んだ。

 すでにやぐらを守護する牛鬼は撃破され、後はどちらが鐘を鳴らすかというところ。

 

「あれあれ? 抜刀されてやられちゃうかな〜って思ってたけど、その様子だとチャージが終わってませんな?」

 

「はは、そうなんだよね。

 意外と燃費悪いし、フルチャージ直前じゃないとそもそも抜刀できないし...... でも」

 

 放り投げられたアンブレラ。

 傘を展開して防御しようとすれば、アンブレラは慣性の法則に従うことなくその動きを空中で一度止めると、時間差でヤチヨの足元へと突き刺さる。

 弥の『引力』による軌道変化。体良く動かされたことにすぐさま気づき、太陽が照らす影の方向へ向けてカンで傘による防御を行えば、次の瞬間に襲ったのは稲妻が如く鋭く重たい拳による一撃。

 

「別にやりようはあるからね」

 

 『引力』を攻撃する一瞬だけ使用しスピードと破壊力を増したその一撃に、思わずヤチヨは『大人げない』と不満な表情をあらわにした。

 

「そんなこと言ったって、これ勝負なんだけど......?」

 

「ふーんだ、いいもん! それならこっちは──」

 

 ぷんぷんとご立腹な様子。

 こりゃ終わった後が大変かもな、なんて弥が考えていれば、そんな平和じみた思考を吹き飛ばすほど大きく背中に走る嫌な予感。

 ヤチヨの笑顔だけでは隠しきれない悪寒を、感覚のないツクヨミで感じるという矛盾。その矛盾はすぐさま空へとその姿を映す。

 

()()()、呼んじゃおっと!」

 

 ──ボトムレーン、黒鬼側3人に対してかぐやチームはかぐやと彩葉の2()()()()

 

「いけっかぐや! わがまま怪獣!」

 

「がおーっ!!」

 

 やぐらを獲るのではなくあくまでも足止めに徹する2人に違和感を感じながら、帝が開いた2Dマップにはジャミング電波のように月の画像が埋め尽くす。

 

「何が起きてる?」

 

 その原因。

 ボトムレーンに行くと見せかけ、弥が動いたのを見て天守閣に戻ってきたシライシが深く息を吐き、目を見開くと同時に身体中を埋め尽くすのは赤色の数字。

 力強く胸を叩くと、力強く踏み込んで赤く染まる体が端からモヤに変貌し始めた。

 

 エキシビジョン参加チームに配られた新要素の情報、その片方である『共通して共有された情報』の新要素が使用され、フィールドの時間が反転する。

 埋め尽くす暗黒は月夜にフィールドを包み込み、声高らかな叫びが響き渡った。指差した先は──月。

 

()()の残機を使って── 此処に来て!

 38万キロ向こう側のお友達!!」

 

 弾け飛んだシライシのアバター。

 その呼びかけに答えるようにしてトップレーンに立つヤチヨの背後に現れたのは、弥が忘れる事のない月。

 ノイズが走るとその月は赤い渦に変貌し、その中から放たれたレーザーをアンブレラを展開して受け止めるが、そこに重ねられた鎚による一撃は回避不可能な速さを持って弥を吹き飛ばした。

 

「反撃開始、なのです」

 

 その隙に鐘を鳴らし、トップレーンのやぐらを奪取したのはかぐやチーム。 

 

 ──新機能、ウルト。

 いわば必殺技であり、KASSENにおけるこの機能は似たようなゲームの機能の中でもかなりの自由度を誇る。

 1試合で1回しか使えない戦況をひっくり返す力。

 そこにシライシは代償システムを重ねた。

 

「月人......!」

 

 赤い2つの渦。

 その中から現れたのは鎚を構えたコンゴウ型と呼ばれる月人。そして笙を手に持つテンニョ型の月人。

 

 かぐや卒業ライブの後、それを見ていたKASSENプレイヤー達からの要望で実装された高難易度コンテンツ。

 月人とはその実装に合わせて名付けられた、月からの使者に対する名称である。

 あくまで再現されたもの。本物と比べて一撃の火力や知能自体は抑え気味に作られているものの、それでも脅威であることに変わりはない。さらに言えば── 高難易度コンテンツとして実装されている月人との戦闘は、基本的には1対1。

 だと言うのに現れたのは2体。その瞬間、弥の瞳から遊びが消えた。

 

 アンブレラ先端から発射される銃弾と、『引力』の効果によって打ち出された周囲の瓦礫。それら弾幕を盾として接近するが、瞬く間に撃ち落とすのはテンニョ型が息を吹き込む笙から広がるレーザー。

 ぶわっ、と風に吹かれた糸の束のように大きく広がったレーザーは、その圧倒的な密度を持って物質として脆弱な瓦礫や弾丸を溶かし、360度からの質量を持って渉すら焼き尽くさんと襲いかかった。

 

 対して、弥は足を止めない。

 回避は不可能に近く、盾を構えて受け止めることが最適解となるその攻勢に対し、進み続けることを選択した。

 前に前にと姿勢低く足を踏み出す中で、その手から離れたアンブレラは文字通り傘として展開。しかし、支える者の無い傘はレーザーを受け止めるたびにその身を狂おしく暴れさせる。

 ──それこそが弥の狙い。

 

 暴れ回る傘にぶつけられたレーザー。防水加工のように受け止めるのではなく()()力の強いその表面は、熱と光の束であるソレをランダムに反射する。

 意思の無い乱反射。

 自分にも届きうるその熱線から身を守ろうと一歩引いた瞬間を見逃すわけもなく、土埃の中から現れた弥の右手は硬く握られたまま。一瞬のうちの肉薄、ヤチヨの脇腹に向けて振り抜かれた鉄拳。

 しかし撃ち抜いたのは柔肌では無く、鋼鉄を思わせるコンゴウ型の腹部。

 

「かぁったい?!」

 

 金剛。決して壊れぬ最も硬いもの。

 金剛石(ダイヤモンド)にも使われる名を持つ者として、コンゴウ型の防御性能は他の月人に比べても遥かに硬い。

 振り抜いた拳のクリーンヒット。

 加えて『引力』によって通常のパンチよりも加速の入った弥の拳は一般的な武器に勝るとも劣らない破壊力を持つ。それでも悠々と耐えきり、かつスピードも馬鹿にはできないその姿は確かな脅威として映る。

 

 その一方で、ヤチヨにも焦りがないわけでは無い。

 シライシのウルト、その一部である月人召喚。それは自らを含めたチームメンバーの残機を消費することにつき、一体月人を召喚できるというもの。

 召喚された月人は2体。使用されたのはシライシ、そしてヤチヨの残機だ。

 

 結果、かぐやチームの残機状況は彩葉だけが3機、シライシが1機、残り2人は2機。

 現状別レーンで足止めをしている彩葉かぐやが残機を消費してでも、と言うプレイをしている以上、実質的な残機は2機、1機が2人ずつという状況。

 ワンミスで崩壊しかねない戦況、3対1というこの数的有利を取ったまま弥を詰めるか、それとも別レーンに参戦して数の不利を帳消しにするか。

 考えた上で、ヤチヨが選択したのは後者。

 

「じゃあ弥は2人におまかせっ! さらば〜い」

 

 そう言って呼び出した神輿に乗り込む姫へ深々とお辞儀をする月人。その脇を抜けて白い閃光がアンブレラを振りかぶるが、壁のように目の前を塞いだ光の帯はツクヨミのお姫様へその刃を向けることを許さない。

 

 2対1、攻めに回って迅速な撃破は難しいものの、時間をかけさえすれば消費無しで倒すことはできるだろう。 しかし弥の頭にあるのは、ヤチヨの行動に対する疑問である。

 

 月人2人に自分を任せて別の場所へ向かうなら、それこそやぐらの奪取に成功している以上は黒鬼側の天守閣に向かえばいい。ボトムレーンから他3人の誰かが対処に向かってくるとして、間に合わないか間に合ったとしても数的不利にはなりづらい。

 ボトムのやぐらには2人残しておきたい以上、ヤチヨへの対応は1人で行うべきだからだ。

 

 それなのにヤチヨが向かったのがボトムレーンである以上、向こう側に何か思惑があるのであろうことは明白。

 しかし──

 

「それはっ、ダメだろ!」

 

 思考を遮るのは、動きが消極的であることを見て天守閣へ突破しようとする月人。アンブレラを投げつけて気を向けさせ、はあ、と小さくため息を吐いた。

 月人召喚の目的は自分の撃破では無く、あくまでもこうして別レーンに閉じ込めること。対応が面倒ならばそもそも戦線に参加させなければいい── よく考えたものだと感心する。

 

「ウルトは...... 嫌だな」

 

 突破の為に使ってもいい。

 しかし1セット目を手にしている以上、そこにはまだ余裕がある。故に弥はアンブレラからグリップを抜く事なく、ゆっくりと2体に向けて構えを取った。

 そうしてじっくりと立ち回る一方── 対角のレーンでは、三つ巴の戦闘が繰り広げられている。

 

 倒壊した建物の上から狙いを付ける乃依は、すでにこの攻防戦で1機を失って後がないかぐやへ狙いを付ける。

 装填されているのは氷の矢。

 一撃必殺の決め技、加えて射線は通っているものの障害物の多い角度。それでも引き絞る手が震えないのは絶対的な自信からくるもの。

 帝、雷の猛攻に防戦する中、見定めた発射タイミングは着地の瞬間。

 そうはさせまいとワイヤーで引っ張り、彩葉がかぐやの着地点をずらすものの、それすら見抜いて発射された矢は一直線にかぐやの胸へ。

 着弾まで数メートル。矢が触れたのはかぐやのアバター...... ではなく、支援に現れたヤチヨが放り投げた傘。

 

「まじ〜? ってことは、弥ちゃんミスったってわけ?」

 

「さっきの赤い渦、恐らくはウルトだろう。

 それなら不覚を取るのも理解はできる」

 

「ま、こっからは意地の争奪戦ってわけだ。

 向こうはー...... 動く気が無いみたいだしな」

 

 必殺を凌がれて不満げな乃依、そんな乃依の作ったセリフらしい言葉を紡ぐ雷。そして平常運転の帝が2Dマップを確認すれば、かぐやチームの天守閣には未だ動く気配のないシライシのアイコン。

 その意図がなんであれ、現状黒鬼はやぐらを取らないことに2セット目の確保はありえない。とにかく今考えるべきは目の前の事だ。

 

 現状、攻防の中で彩葉、かぐやの残機はそれぞれ削っている。

 かぐやの撃破を優先したいところではあるが、それはヤチヨと彩葉が許さないであろう。となればやはり最優先はやぐらの奪取。あくまでも残機を削るのはその副産物にしか過ぎない。

 

 氷の矢が着弾して凍結した傘に変わり、ヤチヨが彩葉から受け取ったのは分割したブーメランの片方。

 多少無理をしてでも決め切る、帝のその動きに雷はアシストを惜しまない。

 

 かぐやのランチャー、電気ウナギの連射を展開した岩壁で受け止めると、カウンター気味に放たれたのは乃依の鈍足効果付きの矢。

 直撃すれば馬鹿にならないダメージもあるその矢。すんでのところで彩葉がブーメランを盾にして受け止めれば、デバフがついたところを見逃すまいとその脇を帝が押し通る。

 しかしそれを許さないのはヤチヨ。ワイヤーを帝自身ではなく近くの地面に刺し、巻き取って高速移動すると帝の前に立ちはだかり、振り下ろされた金棒をその細腕で受け止めた。

 

 一進一退の攻防。

 その最中、観客に向けて展開を解説していた実況席の2人── オタ公の疑問に乙事照琴が答えた。

 

「黒鬼側はメンダコによる狙撃を警戒していないように見えますね? 一度危険な状況に陥った以上、姿が見えないにしても意識はしそうなものですが......」

 

「そうですね〜、多分1戦目と2戦目の間で有効射程距離を共有したんだと思います。

 ほら、狙撃場所にいたメンダコちゃんをワタPが撃破したでしょう? おそらくそこから撃たれた乃依までの距離を測って、それが限界距離だとして割り切ってるとしたらこの無警戒にも理由がつきますからねー。

 ともすれば天守閣でメンダコちゃんが待機してる理由が── おおっとこれは?!」

 

 カメラを切り替え、天守閣のシライシへ。

 そこに映ったのは黒とは違うもう一つの結界。

 

 現状残機1。その状況で無ければ発動できないスキルである『悪あがき』を使い、更に代償システムで強化したのは合体させて狙撃形態に変化させた2丁拳銃。

 それはシライシによる、この2セット目で試合を終わらせる唯一の方法。

 

「──黒鬼の残機をゼロにするんだ」

 

 どれだけ頑張ったとて、このセットを取ってもまだ3セット目がある。

 手札を全て切ってでもこのセットを取らなければならない都合上、1番現実的な試合ルートとしては3セット目でジリ貧になり敗北、というのがあるだろう。

 

 それは望むところではない。

 そこで引っ張り出してきたのは、アドバンテージによって相手初期残機が2機であることを活かした特殊勝利ルール。

 片方チームの残機がゼロの状態で残機ゼロチームの天守閣を破壊した時、2本先取が成されてなくても、天守閣を破壊したチームの勝利とする── それがかぐやチームの取った唯一の勝ち筋。

 

 だから片方のやぐらを黒鬼よりも先に奪う必要があった。残ったやぐらにメンバーを釘付けにする必要があるから。

 だから、かぐやも彩葉も残機を気にせず足止めに全力を注いだ。

 

 そしてシライシが展開する結界。

 黒の結界の対極にある白の結界は、黒と違って半球状に包むものでは無い非密閉型にする展開を早め、その効果範囲を広げる為にバフ効果を絞っている。

 代償に一定の高度以上は効果範囲から外れているが、さしたる問題にはならない。

 

 唯一の効果は、攻撃スピードの高速化。

 それは弥の持つアンブレラのチャージ等にも影響する。

 そしてシライシの持つ狙撃銃── 本来ならば現実的では無い、そのフルチャージにも。

 

「隙あり〜」

 

 それに最も早く気づいたのは、一瞬の隙を狙って鐘に矢を打ち込んだ乃依。

 お互いにやぐらを確保し、次なる目標はと高所から天守閣を見据えた時に見えた一瞬の煌めき。ただの反射とは違うそれに目を凝らせば、そこにあったのはすでに発射体制に入ったシライシの姿だった。

 

「──後ろ下がって、全員狙われてる!」

 

 声を張る。

 それだけで帝も雷も動くのは、乃依がそこまでの驚きを見せるのが珍しく、それだけ現状が異常事態であるから。

 しかし、かぐや達がそれを許さないのは当然。

 気のそれた一瞬、雷と帝をその場に縛り付けたのは彩葉とヤチヨの持つブーメラン、そのワイヤー。加えてかぐやの電気ウナギが当てられたその糸にはスタン効果があり、2人ともたった一瞬であるが動きが止まった。

 その2人とのアイコンタクト。

 乃依に向けられたそれは『こっちはいいから自分だけ下がれ』と。

 言われなくても。残機の残る2人に対して乃依には後がない。見捨てる形で後退しようとする乃依の体に異変が起こる。

 

「ダメだよ〜」

 

 ヤチヨが、その手を取っていた。

 

 

 引き金を引く。 

 消し飛んだボトムレーンまでの空間。焼きついた狙撃銃の先がバラバラと崩れると、シライシの手元に残ったのは2丁拳銃の片方のみ。

 その一撃の代償は『使用後、その試合中は片方が使えなくなる』というもの。

 ただ、その価値は十分にあったと言えよう。

 

 途端に生まれた負け筋。

 逆方向に撃ち込まれた全てを貫く一撃にシライシの意図をようやく理解した弥は、2体の月人から距離を取ると胸に手を置いた。

 温存はここまで、今切らなければ負けは来る。

 

 ボトムレーンから来る2人、天守閣から来る2人。

 帝と雷はそれぞれが対処する相手を決めると、いつぶりかの圧倒的不利な状況に小さく笑った。

 

「弥のことを考えると1人は削りたいでしょ」

 

「雷は1人でいいわけ? 俺はどっちも倒すつもりだけど?」

 

 勝ちを諦めることはない。

 その信頼はウルトを使わないという形で弥へ向けられ、それを受けていることを理解しているからこそ弥はすでにウルトが使われているかどうか、を確認せずにノールックで使用を決断する。

 

 

 

「......はぁ」

  

 ──月人に対して思うことは多い。

 かぐやを連れ帰りに来た時は恨みや怒りみたいなところも大いにあっただろう。だから、KASSENの高難度コンテンツとして戦えるとなった時はすぐに挑戦した。

 恨みを晴らすとかそういう気持ちじゃない。もうあんな形で、自分の実力不足で何かを失うことなんて御免だから。

 だから、ずっとやり続けた。

 心の奥深くに沈み込んで抜けなかった錨をどうにかこうにか引っ張り上げるようにして。

 

「大好き」

 

 そう残して一度月へと帰ってしまったが、かぐやは帰ってきた。

 それでも未だ夢に見るのは、あの時の後悔だ。

 えんえん泣いたのはあの時が最後で、今後もずっと変わらない。

 もう泣かないための努力をし続けて── 今が、その努力を見せる時。沈み続けている心の錨を引き上げる時。

 

「──抜錨!」

 

 ウルト使用時、その承認は音声認証で行われる。

 弥の設定したウルトは自己強化。それもたった3分だけの短い時間。

 胸を中心にひび割れたような文様がその体に浮かび上がると同時、アンブレラからグリップを引き抜くと刹那に光が走る。

 

 一瞬の内にバラバラになったのはテンニョ型の月人。

 召喚されたそれらにも残機があり、復活までの時間を稼ぐように鎚を振り下ろすコンゴウ型。しかしその鎚もまた光刃の前に切り落とされ、それならばと捨て去ったその両手から放たれるのは目にも留まらぬ乱打。

 隙の少ないその動きに回避する他なく、先にチャージが切れたグリップをアンブレラに戻せば背後から狙うのは復活したテンニョ型だ。

 

「甘い」

 

 高密度に収束した糸が如く細いレーザー。

 空中で自由の効かない胴体を狙ったそれは、自分自身に『引力』を使いふわりと浮き上がった勢いで回避され、逆にコンゴウ型の肉体を焼いた。

 

 三者三様、それぞれがそれぞれの形で2対1の状況を切り抜けようとする中、弥が取ったのは最後のスキルを使う決断。

 手札を全て切ってでもこの状況を変えることが最も勝利に近いと確信する。

 切った最後のスキル── 名前を『残影』。

 弥のアバターにある影がその体から離れると、明確な人の形を取ってテンニョ型の胸へ拳を叩き込んだ。

 継続時間3分。10年前のリベンジが始まる。

 

 たとえウルトの自己強化があろうとコンゴウ型のスピード、および硬さは明確な脅威。加えて月人は残機を削るたびにその攻撃速度と耐久力が上昇する仕様上、追い詰めれば追い詰めるほど事故による致命打を受けやすくなる。

 それは幾度となく戦ってきた弥が最も理解していることだ。

 

「やっぱ硬い......けど、今なら!」

 

 『引力』で加速したアンブレラで突きを繰り出し、貫通したのはコンゴウ型の心臓。

 花びらを散らし残機を消費させたことに手応えを感じれば、着地した場所に設置されていたのはテンニョ型の地雷。

 まるでスパイクのように鋭く地面から伸びた光に右足を奪われるが、体を捻りながら投げたアンブレラをキャッチした分身がまたエネルギーをチャージし始めたテンニョ型を思い切り叩きつけると、近距離での武器を持たないのを良いことに乱打乱打。

 

 癇癪を起こした子供のようにボコボコと叩き続ける分身を尻目にして片足で立ち上がると、欠損箇所を攻めるコンゴウ型の攻勢を凌ぎながら弥が手を伸ばしたのはボトムレーンのやぐら方面。

 距離が遠ければ遠いほど加速度的に速度を増したその通過点に居たコンゴウ型の腕を切り裂くのは、シライシによる狙撃で撃破された乃依の武器。

 

「ふぅん、そういうことね〜」

 

 試合開始前、弥から乃依並びに黒鬼メンバーに伝えられた徹底してほしいこと。

 それはフィールドに武器を残すこと。その指示を守り、撃ち抜かれる寸前で上空に放り投げた弓。それが弥の手元に渡ったのを見て、乃依は小さく笑った。

 

 しかし月人もやられるばかりではない。

 乃依の武器で切り捨てられた鎚を持っていた腕。空中に浮かんだそれを見て攻撃力を削いだと一息ついた弥を襲ったのは、逆の手で切断された腕を掴み、型や美しさなどを投げ捨てて不恰好に叩きつけたコンゴウ型の暴力性。

 

「くっ......そ」

 

 予想外な行動に不意を突かれ、次に奪われたのは左の腕。体力を削り切られることはないものの、『引力』によって機動力のカバーができる足と違って攻め手を削られる腕の欠損は影響が大きい。

 乃依の武器も砕かれ、タイムリミットも間近。

 テンニョ型を叩き倒した分身がすんでのところで駆けつけて抜刀した光刃をコンゴウ型の頭に突き刺し残り1機としたものの、はたから見れば現在の渉を取り巻く状況は絶望的という他ない。

 

 片足片手は無く、武器のチャージもゼロ。

 切り札の分身と自己強化は風前の灯。

 

 それでも弥の目は月人を見据える。

 そしてその心が唱えるのは強化の残り時間。その時間こそ、今の弥を救う唯一の物。

 

「12...... 11...... 」

 

 分身へアンブレラを持たせ、残った右手でそのグリップを握る。形としては異端、2人で行う居合い抜きのような形。

 そして待つ。

 2体の月人。その距離が限界まで縮まるのを待って、残り10秒。

 自己強化を表す弥のひび割れ。それらが右手に集中し、アンブレラのチャージを示すインジケーターに伝わると刹那、本来抜けないはずの剣が空を割る。

 

 輝きを持ちながらも黒い、矛盾の光刃。

 その一撃は月人を一瞬の内に花びらの中に消え失せさせ、闇夜に変わっていた空をあるべき晴天へと引き戻す。

 弥のウルト、そのラスト10秒にのみ発動可能な最後の技。名を『月輪(がちりん)』。

 ここに、リベンジは成った。

 

 タイムリミットをもって分身も消え、小さく息を吐きながら2Dマップを確認すれば、残っているのは自分を含めて3人だけ。

 帝はヤチヨを撃破したものの、残機の残っていた彩葉と相打ち。

 そして雷もまたかぐやと相打ちの形。

 

 弥は力強くアンブレラを自分自身に突き刺すと、所謂デスルーラの形で急遽天守閣へと帰還する。

 残った残機はそれぞれ一つ。

 立ちはだかるのは2人。

 

「......別にそんな急いで戻らなくたって構わなかったのに。デスルーラに残機使うなんて勿体無いんじゃない?」

 

「あはは、そうかもね」

 

 軽く笑って見せた後、弥は俯きながら腰に手を当てて深く息を吐く。

 思いっきり褒めてやりたかった。

 自分のプレースタイルを見せて情報として吸収される事への対策に、誰に見せるでも無くずっと練習し続けていたことは雷から聞き及んでいた。

 駒沢雷は誠実な人間である。故に、弥もまたその誠実さに準じてシライシに関することを聞き出そうとはせずにこの試合へ臨む。

 結果としては壊滅状態まで追い込まれたものの、新要素も込みで練り上げられた戦略は確かに、自身の喉元へ刃の鋒を突きつけているのだ。

 

 10年とは決して短い時間ではない。

 オリンピックは冬季夏季合わせて5回も開催されるし、小学生は高校生として新しい生活を始めるし、ワールドカップも2回は開催されたはずだ。

 その時の中で、弥はシライシにある感情を持ってしまった。

 

 父性である。

 なんと図々しく、文字通り厚顔無恥なものだろう。その感情を自覚して最初に心を満たしたのは申し訳なさに他ならない。

 そも、どこの世界に8000年も子供を放置する親がいるだろうか? 日々を共に過ごす中で見えてくる弱さに打ちのめされる彼女を手助けするたびに、その弱さを作り出してしまったのは自分なのだと締め付けられる。

 

 口から放たれる音のチャンネルを三者の個人間だけのものに切り替え、俯いたままで弥は問う。

 ──勝ったら、俺に何を聞いてほしい?

 

「彩葉とヤチヨたちには申し訳ないけど、さ。

 やっぱり── 一緒に死んでほしいんだよね」

 

 そっか、と一言だけ。その返答を以てアンブレラを握り直すと、最後のマッチアップが黒鬼天守閣付近で行われる。

 その最中。死を受け入れがたいものとしていた高校生の自分に向け、そして彼女にそう言わせた今の自分に向け、弥は苦笑いを見せた。

 

 死ぬのは良くないことだ。

 だからこそ、ヤチヨがかぐやであると知ったあの日に自分はシライシを助けた。ボロボロになっていた入れ物から別媒体にメモリー内部のデータを入れ替えて、新しい入れ物を作って、そこからツクヨミにログインするという形で今まで通りに過ごせるように出来た時の達成感はかなりのものだったと思う。

 それが間違いであるのかと自問し始めたのは、夜中に啜り泣く声が聞こえてきた時だった。

 

 そろそろ切り上げなよ、と配信部屋の前まで行ってドアノブに手をかけた時、聞こえてきたのはシライシの泣き声と励ますヤチヨの優しい声。

 

「わかるよ、私もそれを考えると辛いもん」

 

「......死にたくないよ、死んでほしくないよ......

 もう誰も見送りたくない」

 

 ドアにもたれるようにしてへたり込み、そうかそうかそりゃそうだよなと。

 8000年も生きてれば親しい相手もできるわけで、それはその道のりを記録として見せられたからもちろん知っている。その上で当然に消えていった人のことを思って悲しくならないわけがない。道のりは真っ黒なモノで埋め尽くされているのだ。

 そして、俺がシライシの寿命を伸ばしてしまったせいで、その真っ黒な道に俺たちも組み込まれてしまった。

 自惚れ込みで言うなら、彩葉さんと俺は彼女にとって希望だったろう。ヤチヨに正真正銘のハッピーエンドを与えてくれる唯一の人たち。ある意味ではそこで自分の役目は終わりであるという事を知らせる、ひとつのゴールライン。

 

 2人の持ったゴールテープを切って、お疲れ様って労ってもらえる中で消えていく。

 それが終わりのサインだったというのに、その労ってくれるはずだった相手はそのうちに黒い轍になって、またひとりぼっち。終わりの来ない地獄── そこに短絡的な良し悪しで引き込んでしまったのは、自分だ。

 

 やりたいことの見つからないシライシに普通に生きてみてもいいんじゃない、なんて的外れ。

 良かれと思ってやり続けたことが、結果的に誰かを悲しませたり傷つける── 頑張りすぎで倒れ、かぐやを泣かせたあの日から俺は、何も変わっていなかったのだ。

 

 罪と罰。

 それからはずっと考え続けた。人間である俺たちがいかにして、定型の寿命という概念のない電子生命体とも言える3人を置いていかないようにするのかを。

 彩葉さんが考えたのは自分たちを3人の基準に合わせる方向性。言ってしまえば、彼女らと同じ電子生命体のような形で生き続けるということである。

 首を縦には振れない。彼女はかぐやを人間にしたいと言った。ならばそこに終わりはあるべきだ。

 そして辿り着いたのはヤチヨたちと、月から落ちてきてツクヨミのメインサーバーとなっているタケノコの存在。

 仮説程度にしか過ぎないものの、そのタケノコとヤチヨたちを物理的距離を離すことで接続を切らせてしまえばその不死生は失われる。そうすれば義体の劣化と共に人間の寿命と似た形でその命を終えられるのではないか。

 

 与えられた罰は、死という終わりを与えること。

 俺は俺の意思で大切な人たちを終わらせなければならない。

 それなのに、今の今までシライシに話すことはできなかった。一言で言えば怖かったのだ。

 

 勝手に助けて勝手に殺すのか? 

 身勝手が過ぎるだろう。それでなくてもギクシャクした関係になり始めたこともあり、何も言い出せなくなってしばらく。

 すでにAIを月に送り出すタイムリミットは目前にまで迫っていて、自分の中の何かを変えなければならないという気持ちが芽生え始める。だから、一度自分が覚えていることの全てを振り返ってみた。

 8000年前から今に至るまで。

 

 途中、というかかなりの自意識が自認をヤチヨに変えそうになりながらも、曖昧だった自分に対する結論を思考に並べる。

 俺は彩葉さんが好きだ。どこまでも一緒にいたい。

 かぐやもヤチヨも大好き、死ぬまで騒がしく楽しくさせてほしい。

 シライシも、好きなんだ。幸せになってほしいと思う。

 

 その上で── 全員が死ぬのを見送りたく無いし、見送られたくも無い。

 欲望のままに言おう。  

 全員俺と同時に死んでくれないかな? 

 

「チッ」

 

「これで......!」

 

 嵐のような思考の中、2人を相手にアンブレラ一本で立ち回る弥の体を縛り付けたのは彩葉のワイヤー。 

 無防備な姿に前後から刃を向けられ、チャージを終えたグリップを引き抜けば拘束を破ることはできようが、それでも彩葉の斬撃に対して一歩遅れる。

 前門の虎と後門の蛇。

 受け入れることもまた答えではあるが── 欲深く求めるようになった弥が選択したのは、そのどちらをも突破する選択。

 

 ──正直、好き過ぎる。

 ちゃんと意識して見て...... というか、そうでなくても美人だな、とは。

 でも惹かれたのは顔だけじゃなくて、それこそ昔から泣いてるとこを慰めてくれたりしたところとか、頑張り屋でけっこう負けず嫌いなのに誰かのことを思いやれるところとか。

 ふざける時はちゃんとふざけるところもキッチリしてて好ましい。

 だからね。ごめんね。嫌だったら、この後どんなふうにしてくれてもいいから。

 

「──んっ?!」

 

「っはぁ!?」

 

 フィールドにいる3人。うち2人の時が一瞬だけ止まる。

 振り下ろされるはずだった斬撃はピタリと動きを止め、パラパラとその場に落ちるのは縛っていたワイヤー。

 

 弥の取った手段は彩葉に回避をさせない為のもので、動きを止められればそれで上々。両手を縛られていた中で取れる選択肢は唯一であるが、この状況下でソレを選択したと言う事実が驚愕となって2人の口から漏れる。

 

「......ごめんなさい。でもファーストキスってわけじゃないので、お互いに」

 

 真っ赤な彩葉の顔。

 腕を動かせない中、弥が選んだその手段は()()

 

 一度唇を離すと今度は大きく口を開け、ガチャっと音を立てて彩葉の口に力強く噛みつく。

 動きを止める為のキスと違い、逃がさない為の食らいつき。止まったその体、首に光刃が刺し込まれると同時に身体は花びらとなって霧散した。

 

「さいってー! そういうのは家でやってよ本当に!!」

 

「そうだね。でもほら、俺が最低なのは君が1番知ってるでしょ」

 

 奪われることを恐れ、何も手元に置かなかった人間、その本質。

 大切なものと最後まで共にありたい、という欲。

 その欲を隠そうとしなくなった弥にとって、シライシが自分に勝った時にやらせようとしている『一緒に死ぬ』ということは嬉しくてたまらなかった。

 それは見送らなくていいし、見送られなくてもいいということだから。

 

 一方── シライシにも、言葉にしない奥深くの欲はあった。

 

 彼女は弥の才能を認めている。

 それはボコボコにしてやろうと始めたKASSENにおいて、まあやれるだろうと思っていた出鼻を挫かれた彼女が見た動画があったから。

 その動画は零細ライバーのチャンネルに投稿されたもの。そこで対戦相手として現れた弥は、自分なんかとはまるで違う動きと上手さで投稿者を圧倒する。

 感じたのは、憧れだった。

 

 シライシのアカウント。

 その視聴履歴にあるKASSEN動画には、ほぼ全てに弥が出演している。

 ボコボコにして溜飲を下げるとか、弥に対しての怒りとか。それらでカモフラージュされた意識の向こう側にあったのは、憧れを超えて認めてもらいたいという欲望に他ならない。

 よく頑張ったね、と。すごいじゃん、と。 

 子供が親に褒めてもらう為、テストを努力して100点を目指すように── その本質には、自身の創造者である相手に対する親を演じてほしいという願いが染み込んでいる。

 

 故に、笑っていた。

 1対1、ぶつかり合う2人。相手が傷つくことと拒絶されることを恐れて化けの皮を深く被った2人の深淵は、今この瞬間に満たされようとしている。

 

 最初に行動を起こし、均衡を破ったのはシライシ。

 クールタイムを終えた黒の結界を展開すると、弥の視界が一瞬暗黒に染まる。

 しかし止まることはない。すでに1セット目で共有されていた情報からこの結界が与えるデバフの内容は理解しており、それを想定した上での速度。

 しかしそれをさらに上回ったのは、本来あり得ない速度で行われたシライシの反撃だった。

 

「かかったね!」

 

 それは効果範囲を視覚的に理解しやすくする為、黒く染められた結界の外殻を利用した奇策。

 

 黒の結界は発動から展開までにタイムラグがある。

 ゆっくりと展開されるその外殻は一瞬視界を奪い、その間はいかなるものよりも外殻の色が表示される。

 その視界が黒に染まる一瞬── すかさず展開されたのはバフを付与する白の結界。

 黒の結界よりも展開が早く範囲が広いという特性を活かし、白の結界が展開されていることを認識させないままカウンターで腕を奪った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「......やるなぁ」

 

 無防備な胴体。

 その胸へ銃に取り付けられた刃を突き刺さんと踏み込んだシライシの心に聞こえてくるその声は、自らが必死に求めたもの。

 湧き上がるものを押さえながら突き出したその手に触れたのは、このマッチアップにおける決着を告げる花びらの群れ。

 

「勝負は、僕の勝ちだね」

 

「ああ── でも試合はまだ、終わってないんだよ」

 

 不敵な笑み。

 すでに消滅寸前、抵抗の意思も見せない男の言葉、そして態度としてはこれ以上に不適格なものはない。

 その真意を探るまでもなく、シライシの耳に響いたのは遠く向こう側にあるかぐやチームの天守閣が爆発する音だった。

 

「なんっ、で」

 

「分身送っといたからねー」

 

 彩葉、シライシとの戦闘中、弥は『引力』と『残影』を一度たりとも見せなかった。

 なぜかと言われれば、『引力』を使ってかぐやチームの天守閣へと分身を送り込んでいたから。

 

 複雑なフィールドの地形。

 その中で一度も激突させずにノールックで送り届けられたのは、ひとえに1セット目で敵天守閣まで進んだ記憶があったから。

 神業の領域を以て、試合は終わりを迎える。

 

 勝負に勝利した者、試合を勝ちに導いた者。

 変わらないのは── その表情に、笑顔を湛えていることだ。

 

 

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