周年イベント生放送、その1日目が終わる。
実装予定の新機能は先行プレイの上でもバグ、不具合なく動作し、一安心といったところ。ツクヨミ運営は僕やヤチヨ、FUSHIだけで行ってるわけではなく、現実でサーバーを管理してくれている協力者も込みでのグループ。
一区切りだから、と無理言って実装した機能もあって、それに綻びの一つも無かったのは彼らの努力あってこそだ。
結局、エキシビションを全勝したのは黒鬼。
基礎力も突飛な発想も参加者の中ではレベルが違う。
今なおファンを増やし続けているその実力── そこに加えて今回限りの追加メンバーが余りにもパワー系な事もあり、他チームも止めようにも止められなかった、という感じだ。
KASSENは無双ゲームでは無い。ゲームコンセプトを吹っ飛ばしたプレイは運営として望むところでは無いけれど、プレイヤーの実力を抑えることはゲーム運営側にはできかねるから、これもまあ仕方のない結果だろう。
して、僕が今いるのはツクヨミを見下ろせる天守閣。
すっかり夜だというのに熱気が残っているメインストリートを見下ろす。
いつもであれば隣にはヤチヨがいて、FUSHIがいて、たまーに彩葉たちも来たりするのだけれど、今回はメンダコたる僕たった1人。
別に大した理由じゃない。KASSENで僕は負けた。
故に弥から2個、お願いを聞かなければならないと。
「ごめんごめん、待ったよね」
「気にしてなーい。
......アバター、いつものに戻したんだ?」
「ん? うん、ツクヨミに来たての頃は鬼モチーフでも良かったなーって思ってたし、今回黒鬼として参加して悪くないデザインにできたけど......
やっぱり、蜘蛛モチーフのこっちの方が落ち着くんだ」
予定してた時間から少し遅れて来たのは、今回この場所をして来た弥。
その姿はいつも通りに戻っていて、せっかくのイベントなのにいつも通りってつまらなくない? なんて気持ちが混じった疑問を投げかけると、彼はその目を優しく細める。
長く使って来たアバターだから、というだけじゃないんだろう。誰かに褒められたから、とか?
どうせそんなとこ。
「それで? お願いって?」
やっぱりまだ正面切って話す、というところにギクシャクした感情があって、ついぶっきらぼうに口に出す。
まずかったかな、なんて少し視線を逸らしたこちらを気にする様子もなく、彼はゆっくり人差し指を立てて『じゃあひとつ目』と頭にその指を指し、トントンとこめかみの辺りを突いて見せる。
「頭のネジを締めて欲しくって」
「頭の......?」
聞けば、こう。
いくら僕がイジった記憶力があったとして、やっぱり8000年分の記憶を脳内だけに保管しておくと記憶領域に不具合が発生すると。そうするとヤチヨの記憶を夢に見るようになったり、日常生活の中で自分がまるでヤチヨであるかのように振る舞いそうになったり、自分の記憶と混ざり始めたり。
だからヤチヨの記憶が漏れ出ないようにネジを締めてくれ、と。
「やれるかな?」
まあ、できる。
腕を組み、お願いと手を合わせてこちらを見る弥に小さく頷いた。
しかしそれより優先しなければならないことがひとつ。
「ほへっ?」
べちんっ、と綺麗に揃っていた彼の膝裏にローキック。すると膝カックンを食らったように崩れ落ちて座り込んだ弥の表情は、なんとも間抜けなものに変化した。
小さく息を吸う。そして、吐く時は大きく。
「──なんでもっと早くに言わないわけ?!!!」
バカなんだ、この人。
バカなのか? じゃなくてバカなんだ!
普通に考えて異常事態なわけなんだからそうなればすぐ相談するべきなはずなのに、この様子から見るにかぐやにもヤチヨにも、ましてや彩葉にまで言っていない。
ひとつの体に弥の人格と、記憶から形成された限りなく本物に近いヤチヨの人格があったらおかしいだろう。
「いやっ、でも、しばらく大丈夫だったし......」
「
最近じゃなくて?! ずっとそんな状態でいたわけ?!」
「あっ」
なんだその顔は。
失敗しちゃったなみたいな顔で口を押さえたその手を剥ぎ取り、ぎゅっとそのほっぺを摘む。
いつから、と問い詰めれば、少なくとも2年前からだと。バカにしてるのか。
すぐにぶっ倒して瞼を下ろさせ、自分のアバターをメンダコに切り替えて月のソースコードを展開する。
「そんなんで仕事まともにできたの......?」
「ちょっと大変だったかな。もしヤチヨみたいな口調が出ちゃったら強火のファンって感じで誤魔化してた」
「なんか......もう...... あー、あーもう!」
タチ悪い!
ちょっとおかしくなってても誤魔化していつも通りにいるくせ、バレた時は死ぬほど察しが悪いから気づいた人に不安を与えるタイプだ!
最近彩葉が色々考えていた理由にも腑が落ちる。
こういう所があるから彼女はちゃんとしようとしてるってわけで、なぜかすっごい申し訳ない気持ち。
......何故?
答えはもう出ている。
それでも気づかないように、バシッとやるべき事をやった彼の頭に一撃を加えて強い言葉を放つ。
「終わりっ、今度からはちゃんと頼る!
じゃなきゃ寝てる時、鼻の穴にティッシュ詰めるからね!」
「ごめんねぇ」
ゆっくりと起き上がって確かめるように何かを考える様子を見せると、弥は小さく『よし』と呟いてこちらに手を伸ばす。
「ふたつ目── 少し、メンダコとツクヨミを歩いてみたかったんだ。
どうかな?」
「どうかな、も何も...... そういう約束でしょ」
「ふふ、そうだね。でも怒ってるみたいだったから、それなのに無理強いするのもなって」
「怒ってない!」
「怒ってるよお」
伸ばされた手を取り、天守閣から降りる。
メインストリートを通れば声をかけられてしまうから、と言って人通りの少ない所へこちらの手を引いて歩く姿を見るに、弥にも少なからず自分が有名人であるという自覚はあるのだろう。
連れられて見たのは、キラキラと輝くツクヨミの中では珍しい静かな空間。
月明かりが柔らかく揺れる水面の上を渡り、柳が揺れる暗闇の中で風の音に耳を澄ませ、少し寂れた様子の神社の縁に腰を下ろした。
「こういうの、好きなの?」
その質問に視線を向ける事なく、彼は小さな頷きで返す。
靴を脱いで足首までを水に浸せば夕涼みの形。しかし冷たさを感じることはない。もとより暑さも感じていないが。
その形を真似するように弥も足を水に浸し、凪いだ水面が揺れる。
「何もない人間だったからね。
昔はこういう風景に好きかどうかなんて考えられなかったけど、いろんなものを貰って、自分を書き換えて、そうしたら大切で好きで仕方ないものがいっぱい増えたよ」
その瞳に映るのは、歩んだ日々。
何ひとつとして忘れないからこそ、捨てたくないものや捨てようと思っても捨てられないものがある。
その末路に自己の軽視があって、虚無があって── それでも、これからをその瞳に映し続けるのだろう。
その上で、手放さなければならないと。
緩く噛んだ唇の表情からは、少しの悲しみが見えた。
「彩葉さん経由で頼んだ。日本で1番高い場所に、タケノコ── 君たちがもう一度地球に降りて来たあの宇宙船を埋めるっていう許可を」
「......富士山?」
「そう。
ヤチヨとかぐやに色々聞きながら解析してもらって、タケノコはビーコンとしての機能も使えることがわかった。今現在地球にあるはずのない月由来の物質がある、ってわかれば、月の人たちもツクヨミ経由でかぐやを連れ戻しに来たみたく接触してくるかもしれない。
その時確実につながるだろう月のネットワークに、完成したAIを送る」
ふうん、とだけ。
本当に無関心であるというわけではない。むしろ、これからの地獄を与えられるこの時代の自分自身に強い憐憫を感じている訳だが、それを見せてしまっては弥の決意を揺らがしかねないと思ったからこその相槌。
「ずっと迷ったよ。怖かったよ。
でも、もう逃げちゃいけないんだ。終わらせるのはきっと、どこまで行っても俺の仕事だから」
投げ出していた手のひらに、彼の手が触れた。
その視線は月から逸れてこちらを向き、優しい瞳は気の抜けた自分の顔を反射する。
「だから、俺は君に謝っても謝りきれない。
無責任で傲慢で投げっぱなしで、殺されたって文句は言えない。だから...... だからこそ、これは勝負に勝った報酬としてのお願いじゃなくて、断ってくれてもいいんだ」
「......それは。
それは、ヤチヨとかぐやが悲しまないこと?」
繰り返す確認に、何度も弥は頷く。
彩葉が悲しまないか? 朝日や乃依、雷せんせいが悲しまないか? そして──
「それは、本当に白石弥が望んだこと?」
「ああ。だから、だからね、
俺たちと一緒に、死んでくれる?」
一言に答えを出すことはできない。
唇を噛み締めて、少しの間答えを保留して、記念アイテムとして買っておいたイベント限定のパフェを取り出し、スプーンを刺して無造作に口へ運ぶ。
味はしない、冷たくもない。いつも通りだ。
「僕のメリットは?」
「ないよ」
少し意地悪な問いだった。
それでも、弥はまっすぐ言い放つ。しかしその上で、そこに至るまでを楽しくしていきたい、と。
「普通に人生を送ってみなよ、って昔に言ったけど、今になって考えてみれば君に普通なんてなかった訳でさ。
どうすればそうなるかな、って色々考えて、やってみたんだ。本当は今やっちゃいけないんだけど......」
そう言って彼が開いたメニューは見覚えのあるUI。
何を隠そうそれは運営だけが使える特殊なメニューであり、例えば迷惑プレイヤーをバンする為のコマンドであるとか、抽選系のキャンペーンにおいて1人だけに状態を作用させる為のコマンドであるとかが実行可能なもの。
弥はそれをちょちょいと弄ってみせると、すぐさまに異変が現れたのは僕の体。
「どぅわひゃあ?!」
驚いて足を自ら引き抜き、手に持っていたパフェを置く。
それはあり得ない現象。信じられないと目を見開きながら、それでも興奮込みで確かめるためにゆっくりともう一度、足を水に付けていく。
つま先から足の甲、くるぶしから足首。
電撃のように走ったのは── 『冷たい』という感覚。
「これっ── んぐ」
何したのか、と問おうとして顔をそちらに向ければ、口に突っ込まれたのは置いたパフェを手に取り、スプーンでアイスの部分を掬ったもの。
8000年。8000年も生きて、知らなかったのだ。
僕は、味というものを。
「みんなに協力してもらったんだ。
開発チームの人たちにも頭を下げて、君に伝わらないようにしてもらって、実装には時間がかかっちゃったけど...... そんな顔してもらえたなら、頑張った甲斐があったなぁ。
本実装はもうちょっと後だけどね」
弥は、本当に僕に普通の人生を送って欲しいらしい。
「知ってる? かぐやとヤチヨの義体ってすっごいお金かかるんだよ。だからそうそう予算は降りないって言われてたんだけど、こういう五感の研究内容が医療方面で使われるらしくてさ、なんと予算が降りるかもなんだって。
そしたら君の身体も作れる。順番を譲ってくれた乃依くんには感謝しなきゃ」
そして── ああ、この人は、欲深なんだなって。
全部欲しいんだ。かぐやのハッピーエンド、ヤチヨのハッピーエンド、僕のハッピーエンドも何もかも全部。
じゃあ、その誘いに乗ろうかな。
もう一度口に運んだパフェのように甘いその誘いに。
「......ちなみにさ、一緒に死ぬってタケノコとの接続切って寿命を待つって言っても、そううまくは行かないよ?」
「え゛」
「そも、タケノコの電波カバー範囲って最低でも普通に地球の半径くらいあるから、富士山に置いても厳しいよね、その方法」
「そ、そんなぁ」
「だからタケノコをどうにかする方向じゃなくて、あくまでもそこから別れたもの、僕やかぐや達の側を止めるんだ」
あくまでもタケノコではなく、その枝の先にあるかぐや、ヤチヨ、そして僕の方に向けて機能停止プロセスを行う。それが一番の方法であるはずだ。
それも完全停止ではなく、あくまでも一時停止。
完全停止を取ってしまうとタケノコからの作用で再起動させられる可能性が高まる。それゆえに僕は死にたくても死ねなかった訳だし、その辺りは理解している。
だから、あくまでも一時停止。
生きているが、意識が覚醒することはない── 仮死状態のままであれば、タケノコはおそらく作用しない。永遠に眠り続けることで、それは達成されるのだ。
どのタイミングで一時停止のプロセスを取るかは、まあタイマーでも付けておけばいいだろう。彩葉か弥、どちらかの生命が停止した時に起動するように。
「なーんか、気が抜けちゃった。
ほらもうログアウトしよ、彩葉たちも待ってるって」
「うん。
......ところでさ、その──」
「ああ、そうそう!」
未だ明確にされていない答えを求めた彼の言葉を遮り、立ち上がってからぐるりと振り返る。
こう呼ぶのはきっと、これが最初で最後。
だって恥ずかしいから。
「お墓はおっきいほうがいいよね、
風邪をこじらせて最悪の状況なので、また更新が遅れるかもしれません