超お世話係!   作:チクワ

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「なんか、おっきくなったねぇ......?」

 

 ここ最近の熱気は冗談にならないほど体力を削る。汗はかくし寝苦しいし、夜寝ても疲れが取りきれないって時も多い。そこから考えれば、今日の東京に流れている風はたいへん過ごしやすい涼しさをもたらしてくれる。

 窓から流れてくる光に目を細めればそこにはそよ風にカーテンが揺れていて、逆方向のキッチンを見れば小さな火に鍋をかけながら、赤子を抱いた白い髪の彼が──

 

「なんでいるの!?」

 

 微睡と現実の狭間に置いてあった意識。それが瞬く間に現実サイドに引っ張られる。目の前には、本来なら自分が『入ってどーぞ』と鍵を開けないことには侵入しようともしない彼が、さも当然というような顔で飛び上がって声を上げたわたしを見ている。そんなおかしな状況に指を指して思わず問うた。

 それに対して彼は『覚えてないか〜』と相変わらずの間延びした声で少し考える様子を見せると、軽く昨日の顛末を教えてくれる。

 

 私が疲労から寝てしまって、中から戸締りの出来る人間が居なくなった事。さすがにまたカバンから鍵を漁って、あまつさえそれを持って家に帰るのは憚られたという事。そして──

 

「一回起きた時、鍵借りますねって言ったんですけど...... その反応からして寝ぼけてたんですね〜」

 

 最後の一手は私自身がオッケーを出したという事。

 じゃあなにか? これじゃあ私は一応客人の弥を放置して先に寝て、昨日の信じがたいゲーミング電柱が現実であることを再認識させられるあの赤ちゃんの世話を彼に任せて、昼まで寝ていたと。

 申し訳なさにがっかりと肩を落とし、泥のようなため息と消えいるような謝罪が口から漏れる。

 その様子を見てか、それとも子ども特有の唐突さなのか。弥の胸の中に抱かれた赤ちゃんはきゃっきゃと楽しそうだ。

 

「あっ」

 

「えっ、まだ何かあるの?」

 

「あー、いやー......」

 

 はは、と苦笑いしながら弥は鍋の火を止めると、末っ子のはずなのにどこか慣れた手つきで哺乳瓶に粉ミルクとぬるま湯程度に沸かした鍋の中身を入れ、シャカシャカとシェイカーの如く混ぜ始める。

 ......うちに哺乳瓶なんて無かった。また自費で何か買ったなコイツ、よく見たら赤ちゃんを縛っているのも抱っこ紐だし。

 あとで問い詰めて金額を書き出そうなんて思っていれば、彼は手に持った哺乳瓶を赤ちゃんの口に付ける──のでは無く、抱っこ紐を外して床に寝かせ、おもむろにシャツを脱ぎ始めた。

 

「ななな何してんの?! 着て、着てって!」

 

「いやぁ、どうやらこの子おしっこしちゃったみたいで。やっぱり安いのじゃダメですねー、漏れてきちゃうみたい」

 

 これまた手慣れた様子でオムツを取り替える姿にアンタはなんなのと思いながらも、タンスの中にしまい込んでいた黒いオーバーサイズのシャツを引っ張り出し、スッキリしたね、と優しく赤ちゃんに囁く彼に手渡した。

 けっこう前、実家から届いた仕送りの中に入っていた服。多分お兄ちゃんに送るものと間違えたんだろうけど、中に入っていた手紙はしっかり私宛だったから辟易として覚えていたのだ。こんなところで使う羽目になるとは思っていなかったけれど。

 どうやら気に入りの様子。あげるよ、と言えば、いくらか上機嫌なように見える。

 

「はあ...... というか、なんか大きくなってない?」

 

「ですよね〜、覚えてないだけで俺たちもこんくらい早く育ってたんでしょうか?」

 

「それはないから」

 

 にしても、だ。

 あうあうと横に置かれた哺乳瓶に向けて手を伸ばす赤ちゃんは、記憶が正しければ昨日の時点よりもひとまわり大きくなっている。

 これは目の錯覚とか意識の問題でも無くて、電柱から取り上げた時には苦もなく抱えていた弥が抱っこ紐の掛かっていた肩を気にしながら息を吐いているのが、何より大きく、重くなった証明だろう。

 まるでたけのこだ。

 ......いや、電柱から産まれたのだが。

 

 ともかくまた泣かれて壁ドンをされても困る。さすがに全部をやらせるわけにはいかないと弥よりも先に哺乳瓶を奪取すると、『重っ......』と口に出しながらも赤ちゃんを抱え、その口へ哺乳瓶の先を向ける。

 空腹だったのだろうか、一心不乱にむしゃぶりついてミルクを吸うその姿は、昨日から今日までの間にあった激動をほんの少しだけ前向きに思わせてくれた。

 

「かぐやちゃん、美味しい?」

 

 かぐや? と、赤ん坊の方に微笑みながら呟いた渉の方に視線を向けると、口に出した本人である彼もまた、口元を押さえて首を傾げる。

 母性が刺激されたが故の唐突な名付け、なんてことをするような人間であれば『はいはい』で済むことなのだが、彼はそういうタイプではない。少し変な空気が流れて数秒、ぽつぽつと弥は心底不思議そうに溢し始めた。

 

「なんだろう...... 知らないはず、なのに名前とか。西松屋に行った時もオムツがどこにあるかとか初めてなのにわかったし、こんなこと今まで無かったからちょっとびっくりっていうか...... デジャヴってやつですかね?」

 

 『ふーん、珍しい』と返す。不思議なこともあるものだ、となってしまうのは、結局のところゲーミング電柱から赤ちゃん誕生なんて馬鹿げたことのトップオブトップを味わってしまったからで。

 きっと弥の言うことも十分に変なのだろうが、そこは普通にスルーできてしまう自分に『慣れてきたな』なんて自嘲した。

 

「じゃ、この子の名前はかぐやってことで」

 

 電柱から産まれたかぐや姫、なんてちょっと現代ナイズド過ぎるんじゃない? と思いつつも、いつまでもこの子だとか赤ちゃんだとかでは呼びづらい。

 渡りに船、と言うことで、この子の名前はかぐや。

 

 それからの3日間は、心の置き場がないほどの嵐だった。

 

 まず、弥がそろそろ帰ろうかとすればかぐやは泣く。それはもうわんわんと。そのせいでこの3日で進めようと思っていた予習もままならず、考えた結果、短期間だけ彼を家に泊める事にした。

 流石に連日家に泊まるのは申し訳がないとかぐやを引き取ろうとした弥と、どうせ一度も二度も変わらないと半ばヤケクソの私の間で行われた問答は残念ながら、詳細を省かせてもらう。ちなみに決め手は私と離れてもかぐやが大泣きを始めたこと。

 

 2日目になればまたかぐやの体は大きくなって服のサイズも新しいのに変えねばならず、連日西松屋に駆け込む高校生2人なんておかしな光景も繰り広げられた。

 支出の重さは...... 言うまでも無い。

 もう当然のように支払おうとする弥にありがたいやら、『またアンタは......』と思うやら。今まで自分のことばかり彼に見せてきたけど、この3日、かぐやを交えてではあるが、いろいろな側面を見れたと思う。

 さやえんどうが苦手とか、夜は遅くて朝は早いとか。あと、子どもに対して甘い、とか。

 時折いつもとは違う目でぼうっとかぐやを見て、にへ、と微笑んで、いつも通りに戻る。どこで覚えたのか、聞いたことのない歌を歌っているのを聴いて『誰の歌?』と聞いてみれば、わからないやと小首を傾げたり。

 案外、知らないことも多かったのだな、と昔からの付き合いを振り返った。

 

 ──長々続けたが、正直に言ってこれは現実逃避である。

 消え去った三連休、訪れるはずだった休息の時間。そういうものに想いを馳せて目の前から逃げようとしてみたが、そうもいかない。

 時計は2時、明日は学校。テーブルの前に座って眠気の覚めた目で軽食を見る私と、すぐ後ろでは片付けに勤しむ弥。そして、目の前には雑にスプーンを掴んで、それをオムライスにぶっ刺す少女が座っていた。

 

「んまー!」

 

「美味しい? ああ、そう、うん、よかった......」

 

 オーバーに感動した様子の声を聞いて、弥はその言葉を無碍にすることなくよかったと返事を返す。しかしその声にはやはり困惑が混じっていて、つい先日まで抱っこ紐にくくりつけていた子どもが急に、しかも彼の話を聞く限りでは素っ裸で『おなかすいた』と起こしてきた事に対する驚愕が抜け切ってない様子だった。

 しかしまあ、話せるようになったのなら好都合。

 洗い物を終えて隣に弥が正座すると、パパッと食べ終えてしまった目の前の『かぐや』に問う。

 

「あなた、どこから来たの?」

 

「んー...... ん!」

 

 一度後ろを振り返り、ぴっと人差し指を伸ばして指し示す。

 そこは空に輝く球体、月。冗談ならどれほど良かったかと思うが、三日間での急成長と電柱からの誕生、目にしてきた事実がファンタジーだというのに嫌に現実味を帯びて、その言葉を否定しきれず『かぐや姫じゃあるまいし』と漏らす。

 

「かぐや姫?」

 

「あー、これ」

 

 ささっとタブレットで検索し、スプーンを手放したかぐやに差し出す。

 竹取物語、日本人で知らない人はそんなにいない古典物語。竹から生まれたかぐや姫が翁たちに育てられ、求婚を受けたり無理を押し付けてそれをあしらったり、最終的には月からお迎えが来てかぐや姫は帰っていくお話。

 へー、と聞きながらかぐやは画面をスワイプしていくが、ラストシーンに来ても納得いかない様子でそれをやり続けている。

  

「ねー続きはー?」

 

「そこまでで終わりなんだよ。かぐや姫は羽衣を着て翁たちのことを忘れて、それで終わり」

 

「え゛、そんなんバッドエンドじゃん!」

 

 弥から言い聞かせられるように伝えられた結末。それを聞くや否やかぐやは猛烈な拒否反応を顔だけでなく身体全体で示し、ジタバタ嫌だ嫌だと喚き立てる。

 

「はは、そういう物語だからなぁ......

 決まった物語は変えられないし、覚悟して受け入れるしか、無いのかもね」

 

 食べ終わった皿を取り、ほんの少し、ほんとうに少しだけ冷たく寄った声でそう言って台所で洗い始めた弥を見て、かぐやはポケー、と口を半開きにして黙る。

 そんなのも束の間、すぐさまに立ち上がって『決めた!』と。

 

「自分でハッピーエンドにする! そんで、ハッピーエンドまで彩葉も弥もつれてく!」

 

 びし、と一回転してポーズまで決めたかぐやに対し、軽く手を拭いた弥は『がんばれ〜』とだけ。すると今度はかぐやの視線がこちらを向いて、まるで『もちろんオッケーだよね』と言いたげな顔だ。

 

「はぁ...... ハッピーエンドいらない、普通のエンドで結構です」

 

「──いやいやいや、そんなワケないでしょ〜?」

 

「うわっ、ちょ、離れてエイリアン!?」

 

「ひどぉーい......」

 

「2人ともそろそろ寝なよ〜......」

 

 現在2時半。

 明日には、学校が待ち構えている。

 

 





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