「えぇ〜...... どうしちゃったのこれ」
「心配しないで、全部100均だから!」
配信に使うんだ、と両手を広げてアピールするかぐやに聞き出しながらスマホアプリで確認して見れば、またもゴッソリ減っているウォレットの残高。
さすがに彩葉さんのウォレットを使い続けるのは彼女の負担が大きい。そこで彩葉さんを言いくるめてかぐやに守らせているのが、会計ごとに自分の残高と彩葉さんの残高を切り替えること。これを破ったらすっごく怒るからね、なんてする気もないことを脅しとして伝えてはあるが、まあ今のところは守っているからいいだろう。
もはや自分が持っていることの方が多い鍵を彩葉さんに投げ返せば、次に目に入って来たのは彼女が壁に貼り付けた今後の予定。
1時間ごとに取り決められた単元と、びっしりと敷き詰められたバイト。夏休みだっていうのに休みはいつもより少ないように思えて、また無理をする方向にシフトしてしまったのかと『大丈夫?』なんてつい口に出してしまった。
「一日だって無駄にできないから。かぐやは邪魔禁止ね」
「えぇ〜!? やだっぴぃ〜っ!」
何度口酸っぱく言ってもヤダヤダと反抗するところは流石というか、よっぽど夏休みと聞いて彼女と遊びたかったのだろう。畳まれた布団の上を転がって滑り落ちた先のテーブルに頭をぶつけ、落ちて来た参考書が頭に衝突する前にかぐやの体を引っ張って避ける。
ふぅ、と慣れて来てしまった自分に驚きつつも、怪我が無かったことがなによりとその頭を雑に撫でてやれば、かぐやは頬を緩める。
「えっへへ、弥もあそぼ?」
「余裕がある時に、ね」
かくいう俺も、なんだかんだ夏休みは忙しい。
かぐやがいったい何円使うかわからないからバイトもいつもより多くして、勉強もして、彩葉さんに無理させないよう家事もやって。それらを兼ねて予定を組んでみたらこれがまた、馬鹿みたいな過密スケジュールなもんだから正直かぐやと遊ぶ時間は取りづらい。
それでもなんとか遊んであげたいな、と思うのは、宇宙人なんだから早く帰る方法思い出して月におかえりください、という彩葉さんに対して甘すぎるだろうか?
さて、としゃがみ込んでかぐやに目線を合わせていた体を立ち上がらせて、玄関を塞ごうかというほどの配信グッズと段ボールを片付けようと思えば、その足元にあったのは懐かしいもの。
「うわ、これ昔触ったな〜」
「あ、それ私のキーボード! 勝手に引っ張り出さないでよ、何に使ったの?」
それは彩葉さんが昔良く弾いていた電子キーボード。懐かしい、今でも弾けるだろうか? 彼女のお父さんが存命だった頃は弾き方を教えてもらったりしたものだが。
そんなこちらを尻目に、かぐやは彩葉さんからの追及に対して自慢げにパソコンの画面を見せる。横から覗いて見れば、そこにはまあなんとも味のある絵が1枚2枚蠢いていて、とてつもないBGMを背にした動画の題名には初配信と。
しかしその内容は短く、話すことないからというライバーとしては信じられない理由で閉じられた配信のラストにはかぐやのご尊顔がフレームイン。
......アウトなこと重ねすぎではないだろうか?
「ライバー始めたんだ! どう?」
「おいおいおい......」
「どう? と言われましても〜...... もっとこう、人が来るまで待って軽い雑談みたいな感じで良かったんじゃないかなって」
「あそれ名案! 次やろっと」
目を逸らすしかできなかった。
先日のヤチヨミニライブで酒寄朝日さん、もとい『ブラックオニキス』の帝アキラを前にしてヤチヨに宣言したヤチヨカップ優勝。
出来る限り肯定してあげたいところだけどこのクオリティじゃ厳しいと言わなきゃいけないところではあって、というかむしろこれだけの内容なのに2、3個コメントがついてるのが驚き。
彩葉さんが2つの文字しか喋らなくなるのも無理はないだろう。
対してかぐやは能天気というか図々しいというか、俺たち2人が弾けると見るやいなやキーボードに電源コードを取り付け、全然うまくいかなくてさあ、とそりゃそうだろうな説明と共に、彼女の前へとそれを差し出す。
「よろしくお願いしますよ先生〜」
「はぁ...... そもそも、まずコードっていうのがあって......」
なんだかんだ邪魔するなと言いながらも頼まれたことをやるあたり、彼女も俺ほどじゃないにしろ相当甘いというか、かぐやに絆されているというか。
久しぶりに彩葉さんのピアノを見れるとかぐやの横に座り直して見ていると、鍵盤に触れようとしたその指がほんの少し、鍵盤と指との間に生まれた薄氷の上に乗せられるようにして、止まる。
ああ、そっか、と。
酒寄
それが無くなったのは朝久さんがいなくなってからで、コンクールでも楽しそうにする姿を見せることは無くなって、いつのまにか彼女の人生からソレはフェードアウトしていった。
だからこその迷いみたいなものが、鍵盤に指を落とさせない。
「隣に失礼〜」
座ったまま彼女を少し押して、その隣に移動する。
少し驚いた様子の彩葉さんに微笑みながらその薄氷を破って
連弾には少し狭すぎるだろうか? そう思いながらも体を小さくしながら左手を置いて、右手で彼女の手を鍵盤の上に下ろさせる。
「音楽は自由に楽しまなきゃ、って教えられましたよね」
朝久さんはそう言った。かぐやはその言葉通り自由に音を重ねて、まあ結果として不気味なBGMを作り出したけど、やりたい事に向き合っている。
そんな彼女が喜ぶくらいの事はしてあげてもいいんじゃないか、そう目で訴えれば、彩葉さんもはぁ、と深く息を吐いてもう片方の手を鍵盤に置いた。
肩を寄せ合い、何年振りかの演奏。
やっぱりキーボードに2人は狭くて突っかかってしまったりもしたけど、それでも楽しさがそこにはある。
「わぁ〜......! 天才! 凄すぎる〜!」
「そりゃそうだ、彩葉さんはすごいんだから」
「やめてよ、いろいろ中途半端には出来るってだけなんだから」
またまたそんなこと言って、素直に褒め言葉くらい受け取ればいいのにとほっぺをツンツンして見れば、だいたい10倍くらいの力強さを持つデコピンが頭を打つ。
調子に乗りすぎかな、なんて思っていたが、その後に続けて『ありがと』と小さく聞こえた気がして笑顔になる。
その一方、ワガママかぐや姫の要求はとどまる所を知らない。
「──そうだぁ! 彩葉と弥の曲を私が歌えば大バズ確定じゃん! ねえねえ、作って!」
「俺、弾けはするけど曲は作れないよ?」
「じゃ彩葉!」
「いやいや、カバーでいいじゃん!」
最初っからオリジナルで、というのはやっぱり視聴者的なハードルも高いだろう。ここは順当にカバーで受け入れてくれる視聴者を集めてからの方がいいとは思うのだが、かぐやはそれで納得しない。
オリジナルがいい、と聞かないかぐやをどうしたものかと思いつつ、これまでの流れならそろそろ彩葉さんからのお怒りが飛ぶ頃だとそちらの方を見る。
しかし予想外にも、彼女は満更でもなさげ。
まったくもう、と立ち上がるとノートPCを手に取り、最終編集日が随分前のファイルを開いてその中にある音声データを差し出した。
「......俺に負けず劣らず、甘やかしてますよね」
「新しく変なの買うとか、これからずっと言われるよりはマシでしょ?」
大昔に作ったもの、もはや黒歴史。それを渡してしまうくらいにはかぐやの存在を許しているのではないか、と問おうとしたがやめておいた。デコピンは1日1回まででいい。
しかし説得力が無いのはかぐやの褒め言葉に鼻の下を伸ばしているからだろう。言わないけど。1も2も変わらないのだから、今後は俺ももっと褒めるか。
イヤホンをつけてウキウキで歌い始めたかぐやの姿は結構様になっている。子供の学芸会を見るってこんな気持ちなのかな、とか思っていれば、唐突に自分と彩葉さんの手が一緒くたになってかぐやの両手に包み込まれた。
「2人ともプロデューサーになって、一緒にヤチヨカップ優勝しようよ!
このボロアパートから伝説が始まる......!」
「彩葉さんはわかるけど、俺なんも出来ないよ? 曲も作れないしユーモアも無いし」
「さっきみたいに配信のアイディア出してくれればオッケー! 企画は弥、曲は彩葉、前に出るのはこのかぐや! 優勝間違いなーし!」
「もー、無理です。そもそも邪魔しないならここにいていいって言ったでしよ?」
それが最初に取り決めた約束。でも一度火がついたエンジンは止められないのか、かぐやは自分で結局受け入れたその約束と俺たちを巻き込みたい今の狭間で『うぎー!』と鳴き声をあげる。
しかし急におとなしくなったかと思うと、体を丸めながらこちらに対して顔を近づけ、涙を瞳に浮かべながら懇願して来た。
「うぅ、う...... このまま終わりたくない...... ハッピーエンドにしたいな〜?」
上目遣いなんてどこで覚えて来たのだろう? しかし彩葉さんの決意は割と強固なもので、これで砕け散るものなのだろうかと隣を見れば思っていたよりギリギリで葛藤してる顔。
......やっぱり、俺よりずっとかぐやに甘いだろう。
ノートPCに映る配信用に調節されたかぐやのアバターが、勝ち誇ったようにウインクを見せた。