超お世話係!   作:チクワ

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「かんせーい!」

 

 放り投げられたサインペンを『おっと』と少し背伸びしながら手に掴むと、かぐやは俺の膝に座ってなにやら書き殴っていたチラシの裏を両手に、目を輝かせてそれを壁へ貼り付けた。

 

 綺麗でシュッとした字で書かれた彩葉さんの予定表の下、貼り付けられたそれはかぐやなりのヤチヨカップ優勝へと繋げるロードマップ。

 『いっぱいはいしん見てもらう』

 『ふじゅー稼ぎまくり』

 『ライブもやっちゃう!』  

 自分で言った手前訂正が早い気もするが、ロードマップと呼ぶにはちょっと漠然としたものではある。しかしある程度でも目標があって、そこに向けて努力しようとする姿は彩葉さんから学んだのだろうか。少なくとも俺を見て学んだわけじゃないだろう。

 

 現在ヤチヨカップ参加表明者の中でかぐやのチャンネルは8910位、ファン数は14人。

 遠い遠い目標ではあるが、かぐや本人がやる気でそこに巻き込まれている以上、手伝えることは自分のできる限りをしてあげよう。

 

「でも、配信に俺が出るわけにはいかないよね〜」

 

「どぇーなんでぇー?! ヤダヤダ、弥に出てもらってその流れで彩葉も一緒に配信するのぉー!」

 

「やり口が狡猾だな...... でも残念、俺は彩葉さんに効く人質にはなれませーん」

 

 胸の前にバッテンを作り、拒否の姿勢。

 そもそも女の子の独壇場である単独配信に異性が映っていいわけがない、というのは歴史が証明している。たまたま家族が映ったとして、それが隠してた恋人だとか愛人だとか有る事無い事言われる可能性があるっていうのが配信者というものの在り方。

 それに俺を使って彩葉さんを釣ろうなんて、そんなことできるものか。あるとすれば何してんだって2人まとめて怒られることだけだと言えば、かぐやはそれ自体に納得はしたものの、自分の知り合いであり面白くなりそうな2人が参加してくれないことに対しては納得せず、ぶっすーと頬を膨らませたままだ。

 

「可愛い顔で膨らんでないで、ほら、ご飯にしよう?」

 

「怒ってるんだから可愛くないもん! ふーんだ、弥がやるって言ってくれるまでご飯食べないもんねー」

 

 ぷす、とつついたほっぺたから押し出される空気がかぐやの口から漏れて、その流れで指差した時計が指すのは昼。

 彩葉さんはバイトでおらず、この部屋にいるのはかぐやとそのお世話がかりである自分だけ。かぐやにご飯を食べさせてどのタイミングで自分はお腹を満たそうかな、なんて考えていれば、かぐやは机に突っ伏して動かなくなってしまった。

 まずったなぁ、名前を呼びながら引っ張ってもびくともせず、机にひっついている。こうなった時の子供は厄介だ、何がなんでも自分の意思を通そうとする。

 こうなるとどちらが根負けするか、という以上の争いには発展しないし、それ以上の解決法はない。

 

「いいのー料理作るところ見なくて〜? 『ゆーしょーまでのみちのり』に書いてあるじゃない、りょうりもべんきょーす、って」

 

 それでも動かない。なんてヤツ。

 とはいえご飯作らないでお腹を減らさせるのも悪い。本当にいいのね? と最終確認だけしてさっさとフライパンの上でレバーともやしの炒め物を完成させると、レトルトのご飯を電子レンジで温めて机の上に置くと、ぴくっと動いたかぐやのアホ毛を見届け、そこに背中を向けて座り込んだ。

 耳にはイヤホン、何か言うこともなく、ただスマホの上で指を滑らせる。

 

 ──まあ、音楽は聞いていないし、そもそもスマホの画面はスリープモードで真っ暗だ。

 くいくいっとスマホの画面を傾けてやれば、反射で見えてくるのは箸を掴んでこちらをチラ見しながら腹にご飯を詰め込むかぐやの姿。

 そんな意地張らず、普通に食べればいいのにという心配とその姿の面白さの狭間で肩を震わせていると、食べ終わったのかごちそうさまの合掌を思い切り行う音と、ドゴンと勢いよく机に突っ伏した音に思わず吹き出した。

 

「んがっ、笑ったなぁ?!」

 

「いや...... こんなん無理やって......! わろてまうわ......!」

 

「んぬぃー!」

 

 自分でやってた座り込みをやめ、肩をぐわんぐわんと揺らしてくる彼女にケタケタと笑いで返す。久しぶりに心から笑った気がして、ひとしきり笑ったあと、かぐやのおでこにとん、と人差し指を置いた。

 

「動画はダメ。でもツクヨミで何かする時とか、そういう時は手伝うよ」

 

 アバターがバレない程度にだけど、と付け加えれば、むすっとしていた彼女の顔がぱあっと一目でわかるほどに輝いていく。

 条件付きではあるものの協力を取り付けられたのが嬉しかったのだろうか? 飛び跳ねながら興奮を表現している姿は昔の俺には無かったものだから、こうやって見てるだけでも『こうやって喜べて、よかったね』と感慨が胸の中で騒いでしまう。

 

「男に二言は無いよね?! 絶対だから!」

 

「はは、どこで覚えたのそんな言葉」

 

 まあいいだろ、手伝い程度ならスタッフみたいなものでもしバレたって炎上とまでは流石にいかないはず。それに自分だけだから、彩葉さんに迷惑はかからないし。

 

 

 

「──はい、これいろPのぶん! 弥はこっちの馬の着ぐるみ!」

 

「......これはどういうことなのか説明して欲しいんですけど〜?」

 

「ははっ」

 

 ツクヨミの中、キツネっぽいアバターの彩葉さんに詰められて乾いた笑いが出る。言ってた話と全然違うのだが、多分かぐやの中でいろいろ話が飛躍した結果こうなってるんだろう。

 話の流れとしてはこうだ。

 

 路上ライブをするかぐやから、彩葉さんに伴奏のお願いが飛んで、もちろん彼女はそれを軽くあしらった。そこまではいい。極論彩葉さんには劣るが自分がやってあげればいい話だし、そういう方向で進めようともした、が。

 なんとかぐやはそれを拒否。

 

「ワタPはこっち! ギター!」

 

 なんとギターをやれと言うのだ。

 いや、別にできないわけじゃない。父親の影響で何回か触ったことがあるし、大筋のコードやそこそこな曲なら弾くことだってできる。

 重要なのはそこでは無くて、出演要請が彩葉さんにまで行ったことが問題なのだと言えば、彼女は心底不思議そうに首を傾げる。

 

「でも弥、彩葉に出てって言わないでとは言わなかったじゃん」

 

「言っ...... てないけど!」

 

 そう、認めたくは無いがこれは俺の落ち度。

 この場においてもう断る気も失せたか、彩葉さんは大人しくスキンを渡された狐の着ぐるみに変更すると、パッと手元に現れた紙吹雪を手に取った。

 なんだろう、無表情のはずなのにそこには諦めというか、お前もやれという脅しというか、そういう類のものが伝わってくる。

 観念して自分の気に入っていた見た目の上から馬の着ぐるみを被る。俺はこれから、馬としてツクヨミを生きていくのだ。

 

 ──数日して。

 

「......マジかぁ〜」

 

 かぐやを連れ出して日陰で待ち人を待機する中、スマホに届いたメッセージを見て天を仰ぐ。それを見て『どしたのー?』と画面を覗き込もうとするかぐやの視線を手で遮ってなんでも無いよ、と返していれば、本来の集合時間少し前に現れた待ち人がひらひらとこちらに手を振った。

 

「おはよー、今日はかぐやちゃん預かればいいんだよね?」

 

「はい...... 本当、申し訳ないですけど」

 

 そんなこと言わないで、と微笑んだのは、彩葉さんの友達でインフルエンサーの芦花さん。今日は自分も彩葉さんもバイトで家を空けなければならず、その間かぐやを自由にさせていればけっこう、高確率で、確実に家で何かをやらかすだろう。

 それならば、ということで苦肉の策。彼女たち彩葉さんの友人を頼ることにしたのだ。

 

「彩葉の親戚だもん、任せて」

 

「綺麗になって大バズしちゃうから、期待してて!」

 

 そう言って乗り気なかぐやに弱々しく手を振り、芦花さんに頭を下げてその足でバイトに向かう。

 その足取りはいつもより重くて、そこらにある小さな日陰にでも逃げ込んで壁に寄りかかって時間を過ごしたい程度には身体が悲鳴をあげていた。

 

 夏休み。それは客商売にとって地獄の期間。

 毎日ただでさえ多いお客様がもっと増えて、しかも分母に対していくらか少なく見えた危険人物という分子も夏休み中は際限なく増えるのだ。

 だからこそ憂鬱なのは、先ほどスマホに送られてきていたメール。

 

 店長からのソレは、バイト先の人手がまた1人減ったことへの報告。

 また、と言うように、夏休みシーズンに入ってからはすでに二度目。そして文末にはいつものように、その人の代わりに少しだけでも入らないかと言う懇願がこちらを強くひっぱった。

 きっと、変な客に対する耐性を持つか、というのは過ごした時間が決めるのだろう。それで言えば俺は一人称が僕の小さな時からそこそこの苦労はしたし、それによって構築された耐性が活躍するのならば使ってやらなければ、とも思う。

 

 しかしその一方で、全てにおいて頼られることのなんと心細いことか。

 確かに大概のことは一回やれば覚えるし、シフトだって融通を効かせてきた。褒められて悪い気は勿論しないから、喜んでもらえるならと頑張ってみれば今では誰より先に『出れませんか?』なんて聞かれるようになってしまった。やめた人を含まなければ、俺が1番歴浅いのに。

 

 それに身体もついていけていない、と肩をくるりと回して走る軋むような痛みに顔を歪める。これでは彩葉さんに口酸っぱく言ってきた無理しないでね、なんて言葉も説得力を無くして宙に浮かぶだろう。

 

「いらっしゃいませー、っと......」

 

 店用の表情を顔に貼り付け、またいつも通りの尻拭い。慌ただしくてミスも多いが人はいい先輩の割った皿をチリトリに集めながら、ふう、と大きくため息を吐いた。別にこの仕事であるとか、割った先輩や店長に向けたものじゃない。

 ここまで疲労を溜めた不完全な自分への失望、と言うところが1番のウェイトを占めた。

 

 横になれないから座って寝る。人に見られてるとご飯を食べた後吐いちゃうから、かぐやのストッパー兼お世話がかりとして部屋に泊まる時はご飯が食べられない。

 ここで働いてるのが彩葉さんなら、多分彼女の職場よりも楽なここでは、今よりも勉強の時間も休む時間も取れてワークライフバランスも向上するはず。でも、俺ではそうならない。白石弥という人間には欠落、虫食いのように穴の空いた部分が多すぎるのだ。

 

 それでも、とメッセージに返事をして、足取りが重かろうと前に進む。

 かぐやの使えるお金のため、そして金銭面で彩葉さんに無理をさせないため。いいですよ、という返事に爆速でついた既読を見て、もう戻れないな、と。

 別にかぐやも彩葉さんも好きだ。恋愛的なものじゃなくて、人間的なところっていう前提はあるが、彼女らには不自由なく暮らして欲しいと思う。

 必ずしもそこの中に俺が居る必要は無い。

 だから、ちょっとした無理は許して欲しい。そう思いながら市販の解熱剤を飲み込み、体を奮い立たせる。

 

「よしっ」

 

 もうひとがんばり。

 

 

 

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