警備員のお仕事〜国営企業を円満退職したのにお人好し両親が連帯保証人になっていたせいで借金返済の為に船に乗り込む武装警備員となった件について〜   作:一般指揮官

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第3話

 

 

 仙台空港は国際線の保安検査場を抜けた長身の男性は返却されて間もない赤い表紙の日本国旅券(パスポート)をリネンのワークジャケットへ設けられた胸ポケットに仕舞う。大きめの収納が複数存在する服装を好んでいるのだろう。オリーブドラブの上着、黒いカーゴパンツと纏った衣服にはポケットがいくつもある。

 

 荷物は既に預けており、旅券と搭乗券以外では携帯電話や財布、愛煙する紙巻き煙草のソフトパック、10年来の付き合いとなるオイルライターぐらいしか手元には残っていない。

 

 まずは一服だ。残り数本の煙草をここで吸い切ってしまい、ニコチンとタールを堪能しておく必要があった。

 

 これから長いフライトが待っているのである。

 

〈──国際線搭乗案内をお知らせします〉

 

 喫煙室での一服を終え、待合の椅子へ腰掛けながら待つこと30分が経った頃だ。男性が搭乗する飛行機の搭乗案内がアナウンスで告げられる。

 

 腰を上げ、搭乗口へ向かうと日本人を含め、洋の東西を問わず外国人の一団の列が出来ていた。そこへ並び、係員の指示に従って飛行機の機内へ移動する。

 

 窓側の席だ。そこに座り、案内の前にシートベルトを締めていると隣へ大学生ほどの年頃の女性が腰掛ける。

 

「──シツレイします」

 

「──初次見面呀(はじめまして)

 

 落ち着いた低い声──広東語で挨拶が返されるとは思わなかったのか、女性の目が丸く見開かれる。

 

『──広東語を?』

 

『──少しだけ齧った程度です。宜しければフライトの間、お話の相手をして頂けませんか?』

 

『──えぇ、勿論』

 

 女性は留学生らしい。親族の不幸があったとのことで帰郷する運びとなった──とはフライト中に聞いた情報である。

 

 到着した香港国際空港で飛行機から乗客が降りる列の中へ男性や女性は混ざった。

 

 手荷物受取所へ向かい、流れて来たそれぞれのキャリーケースを拾い上げれば、行き先が異なるので二人はここで別れた。再会できるかは分からないが、ここまでの道中の付き合いを感謝する旨を告げた男性は乗り継ぎの為に移動する。

 

 Transferの標識に従って進み、途中で手荷物を預け、保安検査を受けてから搭乗する飛行機が駐機する搭乗口の付近で2時間程度の待機だ。

 

 乗り継いだ飛行機で更に5時間30分程のフライト──最終到着地である国際空港に到着する頃には夜だった。

 

 ここは南アジアのインド亜大陸の南東にポーク海峡を隔てて位置する共和制国家、スリランカ民主社会主義共和国。バンダラナイケ(バンダーラナーヤカ)国際空港である。コロンボ国際空港とも呼ばれる。海運を除けば同国最大の国際的な玄関口ではあるが、空港自体は比較的にこじんまりとした印象を受ける。

 

 ビザを事前に取得していたのもあり、入国審査は特に問題なく完了した。

 

 キャリーケースを引きつつ、男性は空港を進む。アジアだけでなく欧州等の各地域、各国から訪れる人々の大半は観光目的だろう。

 

 到着ロビーで男性は通貨であるスリランカ・ルピーに両替、続けて携帯電話のSIMカードを購入して設定を済ませた。

 

 肌の色、話される言語も異なる人波が到着ロビーを満たす最中のことだ。

 

「──アンタか?日本から来たってのは?」

 

 不意に男性へ声が掛けられる。英語だ。

 

 携帯電話のインターネット接続が無事に完了した点を確認した直後である。彼が視線を向ける先には──日本人にしては長身である188cmの男性と同程度の背丈を持った四十路手前だろう白人男性が立っていた。

 

「あなたがディラン?」

 

「あぁ、そうだ。スリランカへようこそ」

 

「どうも。パスポートを見せた方が良いか?」

 

「いや、大丈夫だ。仕舞っておけ。SIMカードは買ったか?両替は?」

 

 伝え聞いていた迎えに寄越されるという人名を彼が尋ねれば、白人男性は頷く。

 

 いずれも済ませた旨を返せば、黒い半袖のシャツと黄土色のカーゴパンツ姿の白人男性は満足そうな様子で先導を始める。

 

 ()()の匂いが否応なく感じられる──それが彼を無性に安堵させた。

 

 ロビーを抜け、歩くこと数分。白人男性──ディランが彼をこれといった特徴のない日本車(セダン)へ導く。キャリーケースはトランクに収め、白人男性は運転席へ、男性は助手席に腰掛けてシートベルトを締める。

 

「──一服するか?」

 

 運転席に座ったディランが彼へ煙草を勧める。車内には紫煙の香りが染み付いており、このセダンは社用車という訳ではないのかもしれない。

 

「……頂こう。ありがとう」

 

 スリランカへの煙草の持ち込みは難しい。それならばと仙台空港で吸い切ってしまったのもあり、そろそろ男性もニコチンとタールが恋しくなっていた頃だ。

 

 ボックスのそれの蓋が開けられ、紙巻き煙草が差し出される。有り難く一本を頂戴した男性は自身のオイルライターで火を点けた。

 

「……知ってるとは思うが、スリランカ(ここ)じゃ、公共の場での喫煙は法律違反だ。気を付けろよ」

 

 ディランも紙巻き煙草を銜え、オイルライターの火で先端を炙る。忠告に彼は十数時間ぶりとなる紫煙を堪能しながら頷きを返した。

 

 国際空港から数十分ほどの場所で営業している宿泊先のホテルへチェックイン。幸いにも喫煙可の部屋だった。ホテルへの道すがら、ディランは親切にも彼が好む銘柄の煙草を購入する為、販売している店へ立ち寄ってくれた。

 

 翌朝、彼はシャワーを浴びた後に腰へタオルだけを巻いた格好のまま部屋の中で紙巻き煙草を銜えてオイルライターの火を点ける。ジリジリと先端が炙られる中、軽く紫煙を吸い込んで火を灯す。

 

 特徴的な甲高い金属音を響かせ、蓋を閉じた長身の男性は右手の人差し指と中指で紙巻き煙草を挟みつつタール11mgの紫煙をゆっくり燻らせた。

 

 ()()を退職して間もないこともあるだろう。腰にしか巻かれていないタオル以外の露出した肌は筋肉の隆起が目立つ。

 

 厚く盛り上がった胸板、八つに割れた腹直筋、腕は太く、僧帽筋も発達しているのが一目瞭然である。

 

 シャワーの最中も外していなかった完全防水の腕時計が示す時刻を彼は確認する。

 

「……まだ時間はあるか」

 

 最早、ルーティーン(習慣)なのだろう。男性は吸い口近くまで吸い切った煙草を灰皿へ押し潰すなり、床へ倒れ込んだ。

 

 そのまま無様に床へキスする訳でもなく、太く逞しい両腕で身体を支えながら腕立て伏せが始まった。シャワーを浴びたばかりなのに、汗を掻く程の体力錬成に励むのは些か考えものではあるが。

 

 ルーティン通りのメニューをこなし、ホテルで食事を済ませた後はディランが迎えに来ると告げていた時間までシャワーを浴び、身形を整えて準備を終わらせる。

 

 多くもなければ少なくもない私物はキャリーケースの中に入れたまま彼は外出をフロントへ告げ、身軽な格好でロビーを抜け出た。

 

 ホテルを出た瞬間、ムワッとした湿気混じりの暑さを感じる。スリランカは高温多湿の気候であり、コロンボが位置する地域はこれから雨季に入る季節だ。ホテルのテレビで視た天気予報によれば、今日は30度前後まで気温が上昇するらしい。

 

 ホテルを出て直ぐの道路の歩道沿いで立っていると、数分も経たずに昨夜のセダンが横付けされた。車内の運転席には顔を見知ったばかりの白人男性が腰掛けている。

 

 助手席へ乗るよう促され、彼は車内へ滑り込んだ。

 

「──良く眠れたか?」

 

「──まぁまぁだ」

 

 そうか、とディランは頷いた後、ハザードランプを消し、ウィンカーを上げつつアクセルをゆっくり踏み込んでセダンを進ませる。

 

「これから面接だが、緊張しないようにな」

 

「……面接対策はバッチリだ」

 

「そうか。なら質問してみよう。──何故、この会社を?」

 

「──カネが必要だから」

 

 身も蓋も無い志望理由──それを助手席に腰掛ける彼が告げるなり、運転席でステアリングを握るディランは車内に笑い声を響かせた。

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