仮面ライダーエヴィレ 作:ケサランパサラン
「ゔっ…」
仮面の下から声が漏れる。
どういう原理かは知らないけれど自分の分身を食って強化されたオオカミのエンム、単に動きが早くなってパワーも上がっている。正直変に小細工されるよりもこうやって純粋にパワーがある方がこっちとしてはやりずらい。
武器で攻撃を受けるが、攻撃しながら縦横無尽に周囲を駆け回る向こうの動きについて行くのが精一杯で防戦一方となる。2体いる時より1体になった方が面倒になるとは思わなんだ。
「っ…!?」
爪が振り下ろされたと思ったら構えていた武器を避けられて、深く息を吸ったエンム。状況を理解した時にはすでに遅く、至近距離でオオカミの咆哮を受けて身体が後ろに吹っ飛ばされる。
商店街の店に突っ込み、すぐに立ちあがろうとしても視界がぼやけて頭がキーンとなって上手く動くことができない。ただ叫ぶだけでこんな威力が出てたまるか、と心のうちから毒を吐きながらなんとか立ち上がるけれど、すでにあたしを突き刺そうと爪が目の前まで迫ってきていた。
どうせやられるなら、と持っていた両刃剣を握り直した瞬間、オオカミの背中から火花が上がった。一瞬呆気に取られたけれどすぐに剣を振り回してオオカミを跳ね除けて体制を立て直す。
いつのまにか誰もいない商店街の中、エヴィレの装甲によく似た材質の拳銃のようなものを萌霧が握っていた。
「それ……」
「えっと、その……」
何故かバツが悪そうな表情をしている彼女を無視して、その銃のような……というか銃を観察する。多分マスターが持たせてたあの小瓶の中身なんだろうけれど……そうきたか。
「いいね」
「え?」
「っし、じゃあそれでじゃんじゃか援護して!絶対近づけさせないから!」
剣を二つに割って突っ込む。
援護射撃があるなら話は変わる。あたしの突進をそのまま爪で受けて、素早く動いて私の死角から攻撃しようとしてくるオオカミ。さっきまでなら防御の姿勢に入っていたけれど、今度はそのまま反撃の構えに入る。
あたしの反撃より先に向こうの爪が当たりそうというところで、萌霧が発射した弾丸がオオカミのエンムの頬を掠めていった。それに驚いたようで一瞬動きが止まったところを見逃さず、両方の剣でエンムの右足を斬りつける。
足に傷が入ったことで勢いを殺せず地面を転がりながら、低い姿勢になってこっちを睨んで唸り声を上げている。
「ナイスショット!誤射は気にせずにじゃんじゃか行っちゃおう!」
「わ、わかった…!」
ちゃんと声をかけてあげれば自信持って応えてくれる。
地面や壁を駆けながら縦横無尽に動きまわってこちらに動きを悟らせまいとしてくるオオカミ。けどさっき足を攻撃したおかげで機敏さが下がっている。そこに萌霧の射撃……初めてにしては全然よく狙えてる方だ。
商店街が故に回り込まれる心配もない、向こうができるのは正面突破。狙いは私と見せかけて後ろからチクチクしてくる萌霧……
「だろうと思った」
あたしを攻撃すると見せかけてそのまま真横をすり抜けて行こうとするオオカミの尻尾を思いっきり踏んづける。情けない声をあげて地面にべっちゃりと倒れ込むオオカミ。そのまま尻尾を鷲掴みにして振り回し、萌霧と反対方向へと放り投げた。
そのまま1つのフィルムを萌霧の方に投げ渡す。
「これは…」
「そこ、嵌め込めるでしょ多分」
「……あ、ほんとだ」
かちゃかちゃとおぼつかない手つきで嵌め込んでいる様子を微笑ましく眺めていたけれど、はっと我に帰ってオオカミの方に向き直す。
斬った感じもそうだったけど、速くてパワーがあって、その上硬い。ちょっと力を溜めて斬ったり蹴ったりしたくらいで簡単に倒れてくれるかどうか。
「ほらほら、まずあたしからやらなきゃ」
遠吠え、牙をむき出しにした直線的な突進。いつのまにか足の傷は塞がっており全速力で大口を開けてこちらを噛み砕こうとしてきた。剣を2本前に突き出して噛ませるが、そのまま勢いで押し倒され、さらにふざけた顎の力で剣も砕かれようとしている。
剣の次はお前だ、と言わんばかりに睨め付けてくるオオカミ。剣が砕けてそのままあたしの喉元に噛みつこうとしてきたのを腕を噛ませて防ぐ。
あっという間に装甲が砕けて歯が食い込んでいく。けれど抵抗はせずむしろオオカミの顎をもう片方の腕で押さえつけた。
「よぉく食いしばっておきなよ」
あたしの声の直後、萌霧の銃にセットされたフィルム……杭の矢と弓とフィルムの力を利用して、銃口から杭が勢いよく発射された。エネルギーを込められたその杭は私の目の前でオオカミの脳天を貫通し、地面へと深々と突き刺さった。
顎の力が抜けて散っていくオオカミのエンム。
「ふうぅ……ナイスぅ〜」
「っ……はあぁ、疲れた……」
「へへっ……」
肩で息をしている萌霧を見て微笑ましくなる。
今回のエンムは奇妙だった、消失反応の煙もいつもよりだいぶ黒いし……特殊個体ってやつだろうか。煙の中から取り込まれていた年老いた女性が出てくるのを確認する。
「これで終わったんだよね…?」
「うん。………いや待って」
「え?」
変身を解こうとした手を止めて周囲を観察する。
何故、イリュシアが崩壊しない?元凶となっていたエンムは確かに崩壊したはず……特殊なやつだったせい?いやイリュシアの原理的にもそれを作り出して維持しているエンムが消えれば同じように消えるはず。
……イリュシアを作り出しているエンムが別だった?いやそれなら何かしら感じ取れると思うし……となると……
「……っ!上だ撃って!!」
「へっあっ、上っ……!?」
戸惑いながらも上に銃口を向けた萌霧、オオカミのエンムの身体を構成していた煙の上っていった先には真っ黒な人影が何かをしていた。銃口から発射された杭を避けて、私たちのいる高さまで降りてくるそいつ。
「お前……あの時葉と一緒にいたやつだな」
「もう少しで回収が終わるところだったのですが……仕方がないですね」
葉と久々に会ったときに割り込んできた真っ黒いエンム。馬面みたいなのに斧槍を握った黒騎士でも気取ったような奴が、あたしたちの前に立っている。イリュシアが崩壊しない要因は十中八九こいつだろう。
「改めて名乗らせていただきましょう。わたしの名は
「仕えるだぁ?姉を差し置いてお抱えの騎士サマとはあいつも随分偉くなったもんだね」
エンムのくせに一丁前に名前……というか個体名を持っている。普通のエンムと違うのは喋っていたり見た目もそうだけど、何よりやはり気配が尋常じゃない。この感じは……そう、複数のエンムをぐちゃぐちゃにして混ぜたような、そんな気色悪さがこいつからは漂ってくる?
「わたしに課せられた使命はこのエンムの残滓を回収する事……あなた方と戦闘しようとする意思はありません」
「ろくなことに使わないだろそれも。何が目的」
「わたしの口から言えることはありません」
「じゃあその馬面ごと口を叩き割ってやることにするさ」
再度双剣のフィルムをセットしてレバーを引き、双剣を手に持って両刃剣の形として切り掛かる。身体を回して大きく斧槍を振り回してきたそれに武器を構えて互いに打ち合う。
「っ…!」
重い、尋常じゃないほど。
こちらも全力で打ち付けたはずなのに一方的に弾かれて崩された。追撃をさせまいと萌霧が射撃をしてくれるが、どれも見切られて避けるか手で掴まれるかに終わる。
正面からの打ち合いは明確にこちらの不利、搦手で行くしかないけれど……
「——っ!!」
「だぁっ、気色悪っ!!」
指で姿を囲って動きを止めようとしてみたが、止まったのは1秒の半分にも満たない時間。それどころか何が混ざり合ってるのかわからんぐちゃぐちゃなものを捉えようとしたせいで言いようもない不快感を与えられた。何で出来てるんだこいつ本当に。
「だけど……」
次のフィルムをドライバーにセットしてレバーを引く。フィルムに焼き付けられたのは鎖……私の腕に巻き付いた鎖が際限なく伸びて、黒いエンムの周囲を取り囲む。
動き自体は決して素早くなくむしろ鈍重もいいところ。問題は向こうが堅くて強いってところなわけだけど……結局そうなればこちらの最大火力をぶつけるしかない。
「ふんっ!!」
私が力むと同時にあの黒いエンム……玄士と言ったか。そいつの周囲を取り囲んでいた鎖が一気に狭まって奴を強く縛り付ける。抜け出される前にドライバーのレバーを引いて、翠玉色のエネルギーが私の右足に収束し始める。
エヴィレが出せる単純な破壊力ではもっとも強い攻撃、エネルギーを収束させた飛び蹴り。
それを奴は受けて立つとでも言いたげに、鎖に縛られたままあたしの足が自分の身体に着弾して大きな衝撃を引き起こし、自分の体が後方に強く飛んでいくのすらまざまざと眺めていた。
「……あらまあ」
土埃の中から出てきた奴の姿に驚きを隠せなかった。間違いなくこっちの最大火力をもろに受けたはずなのに平気そうな様子でこちらに向かって堂々と歩いてきていた。
「なんかスリムになった?」
「一応鎧を着込んでいましたので」
「あ、そう……」
全身真っ黒で分かりにくいが、よくよく見れば随分と減量に成功したようで身軽になっていた。鎧を身につけてるエンムなんて初めてだ。
「では次はこちらから」
「………っ!!」
二度、大きく斧槍を振り何かを纏った玄士は、そのまま斧槍を振りかぶってあたしの方へと突っ込んでくる。さっきまでとは段階が違うその攻撃に対して鎖をすぐ前方に張って壁を作るが、それらを全て叩き切り、あたしの身体に打ち込まれる。
今度はこっちが、吹っ飛んでいく自分の身体を見させられる羽目になった。
エヴィレを維持できなくなったことにより強制変身解除、そのまま地面で何度も跳ねて転がりながら店の中へと突っ込んだ。
「っ……」
「これ以上の戦闘継続は無理でしょう、それではわたしはこれにて」
周囲のイリュシアごとボヤけていくその姿を睨みつけながら、身体の傷が消えていくのを待つしかなかった。
気づけばあたしと萌霧が入ってきた入り口の場所に戻されていた。奴の姿はもうない。
「椿ちゃん……大丈夫?」
「………あぁうん、大丈夫」
萌霧に私より先にあのお婆さんの方を心配するように伝えて物思いに耽る。
「さて…どうするか」
今回あたしは明確に負けていた。ここまでされたのはエヴィレとして戦い始めてからは初めてのことだし、今回はたまたま見逃されたから何とかなっているだけで……
萌霧のことは守れていない。
傷は治っても傷んだ服は治らない、服に着いた埃を払いながら立ち上がる。
「……あのお婆さん、直ぐに目を覚ますと思う」
「そっか。……まあ、元々の目的は達成したわけだしお店に戻ろっか。初出勤日なのにこんなことになってごめんね?」
「い、いや別に気にしてないから」
「そっか、ありがとね。……あぁあとそれと萌霧、射撃の腕なかなかいいね!ほんとに初めて?これからも頼りにしてるよ」
「…うん、頑張る」
あの玄士とかいうエンム、どうも自然発生したもののようには思えない。葉に懐いてそうなのもそうだし……あの黒い煙を回収して何をするつもりなのか。
帰ったらマスターに相談か……それと、あいつに勝つ方法も考えないと。
「……本当に大丈夫?」
「ん?だいじょーぶだって!ほらもう身体傷ひとつないでしょ?」
「それは……そうなんだけど」
「心配性だなぁ」
萌霧を不安にさせてしまってる。
やっぱり、このままじゃダメらしい。
「葉、回収してきました」
「おっ、お疲れ玄士。あいつと戦ったんだろ?どうだった?」
「なかなかの戦士でしたよ、少なくとも鎧を剥がされる程には」
どこかの地下施設、配線や鉄製のパイプが剥き出しになったような無機質な場所で1人の少年と鎧が再生した黒いエンムが言葉を交わす。
「なんだ、うちの姉貴も案外大したことないんだな」
「……期待外れだと?」
「そりゃそうだろ、じゃないと張り合いがない」
やれやれ、と言った様子で無邪気に言う少年を見つめるエンム。
「とにかく、ソレはおれからハカセに渡しとく」
「承知しました。……ひとつ、聞いておきたいのですが」
「んー?」
「葉はなぜ、あの少女を気にかけているのですか?」
「気にかける?……あぁあの子のことね」
エンムの残滓の入った容器を手の上で転がしながら、気だるそうに少年が答える。
「別に。あのバカに好き好んで付き纏うやつはどんなやつなのかって気になってるだけさ」
「……それで、あの少女はあなたの目にどのように映ったのですか」
数刻の沈黙ののち、容器の中の黒い煙を眺めながら少年が口を開く。
「……つまらない奴だよ」