仮面ライダーエヴィレ 作:ケサランパサラン
エンムというのは、別の世界からやってきた人の意思を糧にする化け物で、そんな奴らを倒すためにいるのが仮面ライダーで。
その仮面ライダーがエヴィレって言って、エヴィレは七種椿っていう女の子で。
「……で、あたしはここの店員やってて、あそこのメガネかけたマスターと一緒にエンム退治もやってるってわけ」
「………なんか、変」
「変って?」
「……全部?」
全部そう簡単には信じられないことばかりで、まず真っ先に仮面ライダーってなんだよって感想が浮かんでくる。……それでも、ついさっきまで自分が体験していたことだ、否が応でもでも信じるしかない。
だけれど……
「エンムが……というか、そんなのがいるだなんて、聞いたことない」
「そりゃあここ最近…と言っても一、二年?で出てきたやつだし、人知れず私が倒してるし」
私にとっての非日常を彼女は当たり前のように語ってくる。
寄り添ってくれているようで、なんだか遠い。
「まあとにかく、悪い怪物がいて、君がそれに巻き込まれて、あたしが戦って助けた、そういうオハナシ」
飲み込むしかないんだろう。
今日起こった出来事が全部白昼夢とでも言ってくれたほうが信じられるような気がするけど、残念なことに全部現実みたいだ。
「その……仮面ライダーって、他にいるの?」
「……マスター!どうなの〜!?」
疑問を投げかけられたマスターさんは首を横に振って、それを見て彼女が「だってさ」と返してくる。……まあ、複数人いたら仮面ライダーズって名前かもしれないか。
……そもそも仮面ライダーってなんなんだろう、何に乗るんだろう。
「私の他にもその……エンム?ってのに襲われた人は、どうしてるの?」
「うーんと……取り込まれかけてたりすると記憶を無くしたりしてることも多いし、夢うつつって感じな人もいるから、そういう時は普通の暮らしに戻ってもらってるけど……」
ポケットから何か金属製の棒のようなものを取り出して、私に見えるように持ってくれる。
「……それは?」
「記憶を消す光を出すやつ」
「………!?」
「覚えててもまあ、大体楽しいことにはならないからね。大体はこれでぶわーって、綺麗さっぱり忘れてもらう」
とんでもないものを見せつけられたような気がする。
ポケットにしまう彼女を見て、当然一つの疑問が湧いてくる。
「その……なんで、私にはそれ、使わなかったの?」
「うーん…危なっかしかったから?」
「危なっかしい?」
聞き返した途端、彼女の琥珀色の瞳がぎょろっとこっちをまっすぐ見つめてきて、少しビクッとしてしまう。
「初めてだったよ、あんなに意識はっきりしてる上に、あたしに向かって噛みついてきた子」
「あ、あれは…」
「ううん、別にいいんだけどね。まあ色々気になっちゃって」
……だって。
あんなにも近くに、はっきりと、手の届く場所に思い焦がれた光景があったんだから。……無理やり引き剥がされたら、あんな風にも言ってしまう。
「…それとも、やっぱり全部綺麗さっぱり忘れたい?それならまだ間に合うと思うけど…」
「……ううん、大丈夫」
自分で言って驚く。
全部忘れてしまった方が、前と変わらない暮らしができることは分かっているのに、なんで変わってしまう方を選んでしまったのか。自分の考えと矛盾して出てきた言葉に、自分で首を傾げてしまう。
けれど、この気持ちに嘘偽りはない。
「……」
「なに?じっと見て」
「い、いやなんでも…」
きっと、明日からはいつもと同じように物事を考えることはできなくなってしまう。世界の見方が変わってしまって、私の中に変化っていう言葉がもっとチラつくようになってしまうんだと思う。
けれど、それよりも。
彼女の……七種椿の瞳を忘れてしまう方が嫌だと、そう思ってしまった。
「……私、そろそろ帰らないと」
「あ、門限厳しい感じ?」
「そういうわけじゃないけど……まあいいかそれで」
「ん?」
いつのまにか半分くらいに減っていたミックスジュースを一気に飲み干して、カバンを持って席を立ち上がる。
「えっと、その……七種さん」
「椿でいいよ〜」
「……椿さん?」
「ん〜〜、もう一声!」
「…つ、椿ちゃん」
「合格!まるっ!」
両手をあげて頭の上で丸を作っている椿さ……ちゃん。
第一印象の通り、やっぱりすごく馴れ馴れしいのかもしれない。
「その、改めてありがとう、助けてくれて」
本当に良かったと思っているのか、自分でも分からない。
理性では正しいとわかっていても、感情があの光景を求めてしまうから。けれど、それでも。
「また……明日、来てもいい、かな」
私が恐る恐るそう聞くと、椿…ちゃんの表情がぱあっと明るくなって「もちろん!」と大きな声で返事が返ってくる。
「また明日もここにいるから、待ってるね萌霧」
「う、うん……」
なんとなく、ここで終わらせちゃいけない気がした。
何のためとか、そういうのは自分でも全くわからないあやふやな想いだけれど、今までの自分に反することだけれど。
こうした方がいいって、そう思ったんだ。
「……ただいま」
「…おかえり」
相変わらず叔父さんは興味のなさそうに、それでもおかえりと言ってくる。
お母さんに私を押し付けられていい迷惑なんだと思う、そんな叔父さんと一緒の場所にいるのが何となく居心地が悪くて、私はすぐに自分の狭い部屋に閉じ籠る。
「……今日は、少し遅かったんだな」
「………え」
一瞬、誰の言葉なのかと疑問に思ってしまった。叔父さん以外にはそんなのあり得ないのに。
「どこか行ってたのか?」
「う、うん。……ちょっとだけ」
「……そうか」
色んな考えが頭の中を巡る。
確かに今日は色々あったから帰るのは少し……いやまあまあ遅くなってしまったけれど、わざわざ向こうからこうやって話しかけてくるとは思っていなかった。
あんまりにも信じられなくて、ここがまたエンムの見せた幻の中なのかと疑ってしまったけれど、やっぱりそんなことはなさそうで。
逃げるように部屋の中に入ってしまった。
カバンを投げ捨ててベッドに倒れ込んだ途端にどっと疲れが押し寄せてくる。
口の中にはまだやたら甘ったるいミックスジュースの味が残っているような気がして、目にした色々な光景が駆け巡って。
琥珀色の瞳が最後に映る。
「……」
久しぶりに知らない人と話したし、久しぶりにたくさん喋ったし。
久しぶりに思いっきり走って、叫んで、叔父さんとも話して、ミックスジュースを飲んで。
初めてのことも、沢山起きて、沢山知って。
心から望んでいた景色を手放した。
「……つかれた」
どれだけ変わっても、明日は変わらずにやってくる。
時間が本当に止まってしまうことだけはない。
「……ご飯と、お風呂と、宿題、やんなきゃ……」
今すぐに眠ってしまいたい身体をむりやり起こして、いつも通りの生活へと戻っていった。
「珍しいじゃないか」
「まあね〜」
「何か気になることでもあったのかい?」
「ちょっとね」
店を閉める手伝いをしているとお皿や調理器具を片付けながらマスターが話しかけてくる。
「あの子さ、助けたあとあたしに『なんで邪魔したの!』…って、ものすごい剣幕で言ってきてさ。面白いよね」
「……道楽で巻き込んだのかい?」
「まあ半分くらいはそうなんだけど…」
呆れたようなため息をつくマスターに肩をすくめながら、手際よく机を拭いて椅子の位置を調整していく。
「変わりたくないって、そう言ってきたんだ」
「……成程、君とは真逆だね」
「でっしょ〜?」
ずっと色んな人を見てきたから分かる、あれは心の底からそう思ってる言葉だった。あんなに若いのに、もうそんな人生に諦観しちゃって……まあそういう時期もあるけどさ。
「なんとな〜く、気になっちゃったんだよね。……ねえねえ、これって恋だと思う?」
「自分で言って自分で茶化してるうちは違うんじゃないかな」
「さっすが、大人が言うと違うね」
「よく言うよ」
一通り掃除が終わって、控え室にある冷蔵庫の中のコンビニで買ったクレープを頬張る。
「明日が楽しみだなぁ〜」
「そうそう、ミックスジュース二杯、君の給料から引いておくね」
「……ドケチメガネ」
学校は変化ばかり起こっているように見えて、実際は規則正しく変わっていっている。大雑把に見てしまえば変化の少ない日常ではあるけれど。
今日は何だか、クラスのみんなの瞳を見てしまう。
見比べて、椿ちゃんのあの瞳と何が違うのか、何にそんなに惹きつけられているのか、それを知りたくて。
時々目が合いそうになって必死に目線を逸らして、まあ眺めるっていうのを繰り返す。思えばちゃんとクラスメイトの顔も見たことがなかった。
結局どれだけ見ても、何が違うのかは分からなかった。
そのまま下校時刻になって、いつもと同じような騒々しさの中私もカバンを背負って下校していく。帰る時に使う階段も、校門もいつも同じで、何一つ変わったことはなかったけれど。
ふと、廊下の壁にかけられた写真に目がいった。
なんて事のない、校庭に生えた木を撮った写真。カメラ部がつい先週撮ったものだと、その写真の下に書かれていた。
そういえば、椿ちゃんと初めて会った時、カメラで風景を撮っていた。色々ありすぎてすっかり失念していたけれど。
あの喫茶店……名前なんだっけ、あたらよだっけ。そこにある絵や写真も彼女が描いたり撮ったりしたものだっていうし、そういうのが趣味なんだと思う。
「………」
写真を撮っている時の彼女の瞳はなんというか、輝いていた。写真を撮ることに対してなのか、レンズ越しに見える世界に対してなのかはわからないけれど、とにかく遠目でも分かるくらい生き生きとして。
そんな彼女の瞳が、私の目に焼きついていた。
校門を出て、さっそくいつもと違う道を通る。
ふと叔父さんのことが頭をよぎる。この前少し帰るのが遅れただけで驚いていたみたいだから、連絡した方がいいかと迷ったけれど、結局何もメッセージを送らずに歩き出してしまった。
『喫茶あたらよ』
椿ちゃんはあそこで働いているって言ってた、バイトなのだろうか。
……でもマスターさんと一緒にエンムの対峙してるって言ってたし、バイトよりももっと深い関係なのかもしれない。
マスターさんも仮面ライダー……ってことはないか、本人が他にはいないって言ってたし。
……そもそも仮面ライダーってなんなんだ。
「仮面ライダー……ってこれで合ってるのかな」
試しにネットで検索して見るけれど、それっぽいものは何もヒットしない。他にもエンムとかエヴィレとかで検索してみても、それらしい記事とかは一つも出てこない。
本当に一般社会には知られてないものらしい。
何かこう、警察の特殊部隊とかそういうのが動いていてもおかしくないと思ったんだけど……そういうのもないのだろうか。
というか、そのエンムっていうのはこの町にばっかりでるものなのだろうか。全国各地に出るんだったら喫茶店なんかで働いてる場合じゃないだろうし……
そうやってずっと考え事をしていると、いつの間にか『喫茶あたらよ』に到着していた。昨日来た時とは違って少し人が入っているみたいで、窓から覗いて、知らない人が入っているのに少し警戒するけれど、椿ちゃんがエプロンを着て働いている姿を見て扉を開く。
「いらっしゃいま……あっ」
私の顔を見た彼女が嬉しそうな表情になる。
こっちこっちと手招きされて隅の方の席に案内される。
ここで働いてるって言ってるから当たり前だけど、働いてた。仕事の邪魔だったかなと思ったけど、マスターさんと少し話した後、エプロンを脱いで私の方の席にやってきた。
「仕事良かったの?」
「いいのいいの、どうせもう大してお客さん来ないし」
「えぇ……」
「商売のためにやってるお店でもないしね」
向かいの席に座ってくる。
ここの机のそばの壁にはどこかの湖の絵が掛けられていた。これも彼女が描いたものなのだろうか、普通にすごい出来。
「あ、何か食べる?パンケーキとかあるよ」
「いやその、スイーツ食べに来たわけじゃなくって」
そこまで言って、自分でも大した目的もなくここへ来てしまったことに気がついた。何となく昨日、明日も来るって言ってしまったから来てしまったけれど……
「えっと、その……椿ちゃん、は……学校は行ってないの?」
「おっあたしのことが気になる?学校は行ってないよ、ここでたまにお手伝いしたり、エンム退治したり、写真撮ったりしてる毎日です」
「そう、なんだ」
咄嗟に彼女のことを聞いてしまったけれど、学校にはやっぱり行ってないらしい。見た目だと私と年はそう変わらないように見えるけど……何か特別な理由があって行ってないのか、それとも……
「椿ちゃんって、その……なん——」
私の質問を遮って、店内にベルが鳴った。
入り口の扉にあるものとは違う、別な音。単調だけどどこか物々しいその音色を聞いた途端に、椿ちゃんの表情が変わる。
「……えっと」
「興味ある?エンムのこと」
「え?」
「見たかったら、一緒に」
席を立った彼女は、表情は柔らかいけれど目つきが鋭くなっていて、私の答えをじっと待っているようだった。
私が頷いて立ち上がると、向こうも頷いて、私についてくるように言った。
椿ちゃんについて行って、店の裏口から外へ出ると、そこには何だかこう、奇抜なセンスのバイクが停めてあった。
「はいヘルメット」
「え、あ、うん。……運転出来るの?」
「一応ね」
「ここかな」
「……ここって」
近くの川を横断して隣町に行くための橋、その下の薄暗い場所。
橋にスプレーでやったのであろう年季の入った落書きがしてあるけれど、それ以外別に、何の変哲もない橋の下だ。
「ここに、エンムがいるの?」
「正確に言えば、エンムがいる場所がここにある、かな」
彼女はそう言って、一緒に持ってきたカバンの中からカメラを取り出した。初めて椿ちゃんを見た時に風景を撮っていたものとは違う、コンパクトなカメラ。
「エンムが潜んでる、萌霧が迷い込んでしまった世界。そこを私たちは『イリュシア』って呼んでる。エンムが作り出した虚構の世界……あの時もこんな風に、あの世界に飛び込んだ」
橋の下の写真を撮って少しして、フィルムに焼き付けられた写真が出てきた。それをひょいっと投げ捨てると、そのフィルムの光景と現実の光景が重なって
何となく、そこが入り口になったんだと分かった。
「行こ?大丈夫、ちゃんと守るからさ」
「……うん」
差し出された手を取って、私たちはその揺らぎの先へと足を踏み入れた。