仮面ライダーエヴィレ   作:ケサランパサラン

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届かないモノ

「……落書きがなくなってる」

「結構前の景色みたいだね、遠くのビルが少ない」

 

 揺らぎの先には少し新しくなったように感じる橋、落書きは消えていて、椿ちゃんの言った通り遠くにあったビルがなくなっている。

 

「それで、その……エンムってどこにいるの?」

「さあ?」

「さあ……って」

「これから探すのさ」

 

 橋の下から出て遠くの方を眺めているのを、周りの風景と一緒に眺める。

 一見普通の世界っぽく見えるけれど……どことなく世界の色が違う気がする。日の当たり具合とかなのかもしれないけれど……私の時とは少しずつ違っている。

 風は吹いているし、物音が少し聞こえる。

 すぐ隣の川はちゃんと流れていて、水面を覗いてみると私の時代より少し淀んだ水が音を立てて下流の方へと流れていた。

 

「あくまでこの橋の下はこの世界の起点になってるってだけだから。萌霧の時は家の前に出てきたから分かりやすかったけど」

「……なるほど」

 

 実際私があの世界に……イリュシアに迷い込んだのも家の前だった。私はそこから家の中に移動したから、この世界に取り込まれた人もきっと移動したんだと思う。

 イリュシアがどの程度広がっているのかは分からないけれど……そんなに広いわけじゃないと思うし。

 

「よし行こっか。近くにいたら何となく気配で分かるし、守ってあげられるからあんまり離れないでね」

「う、うん…」

「なんなら手でも繋いでおく」

「それはいい」

「あら」

 

 すぐ後ろをついていくように橋の下を出て、階段を登って川沿いの道路へと出た。この辺りの道も現実と比べて舗装されてないし、やっぱりそれなりに過去の光景な気がする。

 少し歩いて、色々周りを見渡した後、椿ちゃんが口を開いた。

 

「目に見える範囲が広いなあ…どこから行く?」

「わ、私?」

「だってアテないし。大丈夫大丈夫、うろちょろしてたらそのうち敵が追い出しにやってくるし、それはそれでね」

 

 なんだか凄く適当な気がする……振られたから一応考えてみるけれど。

 エンムの作り出した世界……イリュシアはエンムが狙っている人が望む光景を作り出して、そこに閉じ込めようとする。それが私の場合は……

 

「………」

 

 きゅっと締め付けられる胸を手で押さえて、周りの景色を見渡す。

 求めてしまうってことは、もう手に入らないものってこと。昔の記憶に囚われて、焦がれてしまうから、その気持ちに付け入られる。

 

 この世界の光景は、今とは随分違うものばっかり。

 橋の上を通る車ひとつ取っても今ではあんまり見ない古臭い車種で、草が高く生えている川沿いも、舗装されていなくてガードレールもない川沿いの道も。

 どれひとつ取っても、今はもう手に入らない変化してしまったものたち。私はもう戻らない家族の時間を求めていたけど、この世界だったら……

 

「あそこの橋の、1番真ん中」

 

 なんとなく、そこを指差した。

 

「へぇ、その心は?」

「だって、見晴らし良さそうだったから」

「ふゥん……なるほど」

 

 私の意見を聞いて彼女は私の指さした先に進んでいく、私もそれに着いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 着いた橋の上からは、川の上から両隣の町を眺めることができる。

 遠くで何かのチャイムが鳴ったのが聞こえた。私の学校のとは違うけれど……昔だったら今とは違うチャイムかもしれない。

 

「お……」

 

 何かを見つけたように椿ちゃんが近づいていく。

 その先には30か40代くらいの女性がいて、じっと橋の上から川の流れを眺めている。

 

「やっほ、何してるの?」

 

 あまりにも知り合いみたく話しかけに行ったから、本当に知り合いなのかと思ったけど多分違う。彼女が信じられないくらい馴れ馴れしいだけなんだろう。

 彼女に話しかけられた女性は視線を川の方から変えず、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「学生の頃ね、好きだった人とこの橋をよく通って、こんな風に何でもない話をずっとしていたの」

「楽しかった?」

「えぇ、凄く」

 

 隣に立って同じように橋の下を覗き込んでいる彼女を、私はただ後ろから眺めているだけで、何をすればいいのか分からなかった。

 

「彼は都会の大学に行ってしまったから、それっきり会うことはなくなっちゃって」

「後悔してる?」

「ううん、そういうんじゃないの。今の生活も幸せだと思ってるし。……けれどなんでか時々ね、どうしようもなく懐かしくなるの」

 

 懐かしくなる。

 もう戻らないと分かっていても、手を伸ばしたくなってしまう。過ぎ去った時が、秒針の針が戻らないと分かっているからこそ、そこにあったら、手を伸ばしてしまう。

 

「あの頃は、この世の全部が好きだった。彼がいるこの世界の全部が好きだったのに、時間が経つにつれて私の好きだった世界が、少しずつ変わっていってしまった。……ここには私の望むものがあるから」

 

 ああ、本当に。

 こういう気持ちを嗅ぎつけてエンムっていうのはやってくるんだ。

 

 こんなにも愛おしくて、残酷な虚構を私たちに見せつけて。

 未来よりも、永遠の今を選択させようとしてくる。

 

「……話してくれてありがと。それと、ごめんね」

 

 そういうと彼女は素早く身を引いて、両手で写真を撮るようなポーズをとった。その枠の中にはあの女性が収まっていて、その時が止まる。

 時の止まった女性の中から煙のようなものが吹き出していってその身体を包み込んでいく。その姿はやがて、私が見たような化け物と同じような姿になった。

 

「なっ……あの人が化け物に……」

「もうエンムに委ねて暫く経っちゃってるみたいだね、取り込まれちゃってる」

 

 私のすぐそばまで寄ってきた椿ちゃんがあの時と同じように、仮面ライダーになるために必要ないソレとフィルムを手に持って、腰に装着してフィルムを装填した。

 

「危ないから下がってて」

 

 彼女に言われるがまま、少しずつ後ずさっていく。

 エンムとなってしまった女性は言葉を話すことはなく、少しずつこっちに向かって歩いてきている。

 

「変身」

 

 そういってレバーを動かした椿ちゃんの姿があの姿へと変わっていく。

 フィルムに映し出された姿と重なるように、それを身に纏ってエヴィレになった。

 

「よぉし……やるか!」

 

 そういうと彼女はエンムへと向かっていった。

 私はただ巻き込まれないようにと、遠くから見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「サイかなぁ?」

 

 灰色の身体に頭に生えた一本ツノ、まあ普通に考えたらサイだと思う。

 近づいて飛びかかってパンチを入れてみるけれど、向こうは防御する素振りすらなく受け止めてくる。こちらを掴んでこようとする両方の腕を跳ね除けて、そのまま顔に向かって回し蹴りを入れてみるけれど、これも効果は薄そう。

 別に硬くはないんだけど、微妙に衝撃が吸収されてる感じがするのと向こうの重量がそこそこあるせいで効いている感じがしないし、多分実際効いてない。

 

 どうしようか考えていると、足を何度か地面に擦り付けて前傾姿勢になり、いかにも突進して来ようとしているエンムが見えた。走り出してくる前に近くに停まっていた車の影に隠れてやり過ごそうとする。

 車があることなんかお構いなく突っ込んできたサイのエンムは、そのツノで車を串刺しにして勢いそのまま突進してくる。

 

 ぎょっとして橋の壁と車に挟まれないように飛んで車の上に乗って、さらに跳躍してサイの後ろへと回った。そのまま飛び蹴りをかましてやろうと思ったけれどツノに突き刺さった車をそのまま一回転させて周囲を薙ぎ払われる。

 避けきれずに腕で防御したけれど、重量で圧倒的に負けているせいで勢いよく吹き飛ばされた。

 

「っ〜……めんどくさいなぁ」

 

 殴っても蹴っても効かないし、むりやり突っ込んでくるし、パワーあるし。こういうのが結局1番やりにくいなと再確認する。

 

 フィルムをドライバーに装填してレバーを下ろし、両手に変わった形の双剣が握られて構えを取る。

 銅のような輝きを放つ片刃の反り返った独特の形を持っている双剣。

 

 それを持って突っ込んでくるこっちに向けて、ツノに突き刺さったままの車を投げ飛ばしてくるエンム。スライディングして車と地面のスレスレに入り込んで回避し、そのまま両方の剣を身体を一回転させて同じようにエンムの身体を斬りつける。

 

 殴った時とは違う、ぶよぶよとしているけれど確かに傷を与えた感触が伝わってくる。振り下ろされた向こうの右腕を受け止めて、その重量に押されながらももう一つの剣でその胴体を斬りつける。

 重量はあるけれど動きそのものは鈍重、上手い具合に向こうの攻撃を受け流し続けて、撫でるように剣の刃をエンムの身体に当てていく。

 

 何度目かの攻防、切り傷だらけになったエンムが痺れを切らしたように近くにあった車を掴んでめちゃくちゃに振り回してきた。

 距離をとった途端に車を投げて、また車をツノで突き刺して投げ飛ばして、3台の車が無惨な姿になりながらこっちに転がってきている。

 

 別に避けるのは構わないけど、後ろに萌霧がいたら巻き込まれるかもしれない。

 

 

 二つの双剣を持ち手の部分で繋ぎ合わせるようにくっつけると、反り返った刃が湾曲したくの字の形となる。

 いわばブーメランのようになったソレを身体を2回転させた勢いで前方へと思いっきり投げ飛ばす。高速で回転する刃が3台の車をまとめてぶった斬り、車の影に隠れていたエンムを視認できるようになる。

 

 その隙を逃さず、空いた両手で写真のポーズを取って、指の枠に収まった景色の時間を止める。

 

「ほっ」

 

 ぶった斬られた車の上を飛び跳ねて、動きの止められたエンムの上空へと跳び上がる。

 あたしのアレで生きている相手を止めていられるのはせいぜい5秒程度、生き物以外ならもっと持続させられるけれどエンム相手だとそれが限界。

 

「まあそれだけあれば十分だけど——!!」

 

 ドライバーのレバーを2回押し込んで力を貯める。

 エンムの真上をとった私の元にさっき投げたブーメランが戻ってきて、それを手に取ると刃が翠玉色の輝きを纏い始める。

 

 そのまま落下に身を任せて、動けるようになって回避しようとしているサイのエンムを、そのツノごと縦に真っ二つに切り裂いた。

 

 

 

 エンムの肉体が煙となって霧散し、その中からあの女の人の身体が出てくる。意識を失っていて倒れるのを受け止めて、変身を解除した。

 周囲の景色がイリュシアの起点となっていた場所、あの橋の下へと戻る。あれだけ派手に暴れられたのが現実世界に反映されていたら相当な騒動になっていただろうから、まあ便利な世界だなと改めて思う。

 

「ふぅ……あっ萌霧、怪我ない?」

「う、うんなんとか…」

 

 萌霧に狙いが向かないように気をつけていたつもりだけど、改めて怪我していないのを見てほっと安堵する。そんな私は気にせずに、彼女の視線は私の腕の中で眠っているこの人に向いている。

 

「大丈夫、気を失ってるだけだよ。あの世界でのことも夢みたいに思ってるだろうからそんなに覚えてないと思うけど……一応」

 

 固く閉ざされている瞼を無理やり開けて、ポケットから取り出した棒のスイッチを入れて光を見せる。数秒したら光が消えて、この人の中からあの世界での記憶が消え落ちる。

 

「……その人、どうするの?」

「ここに寝かせておくよ、そう時間経たないうちに目覚めるだろうし。ここなら人通りも少ないでしょ」

 

 そっと橋の下の壁を背にするように下ろして立ち上がる。目覚めたら多少の疑問も飲み込んで、いつも通りの生活に戻ろうとするんだろう。自分が何かを追い求めようと手を伸ばしていたことすら忘れて。

 

「……戻ろっか」

 

 ずっと何かを考え込んでいる様子の萌霧の手を引いて、橋の下から出る。そこからはあまり言葉を交わすこともなく、ただただ喫茶あたらよへ向けてバイクを走らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 椿ちゃんの後ろに乗って喫茶店へと戻って、他のお客さんの減った店内でしばらく考え事をしていると椿ちゃんが小さなパフェを二つ持ってきた。

 

「えっと…?」

「お疲れ〜いぇ〜い。これマスターのサービスぅ」

「え……でも私は何も…」

「何言ってんのさ、イリュシアの中で人探ししてくれたじゃん」

 

 でも結局は……と、そこから先は口にするのをやめた。これ以上何も生まない自己卑下を繰り返したところで押し問答になる気がしたし、何よりパフェはもう作られてしまっているし。

 

「……椿ちゃんは、何のためにこんなことしてるの?」

「ん?」

「えっと、その……自分から望んであの世界に残ることを選んだ人だっていると思って…」

 

 だからきっと、彼女はごめんと謝るのだろう。

 だからこそ…

 

「なんでそこまでして、危ない目に遭ってまで、わざわざ自分の時間を使って、エンムと戦うの?」

「ん〜」

 

 考えるような唸り声を漏らしながらパフェをスプーンで掬って何度か口に運んだ後、笑みを浮かべながら彼女は話し始めた。

 

「エンムの目的はみんなに都合のいい幻を見せることじゃなくて、人を取り込むための手段として幻を見せてるに過ぎない。それはいいコトじゃないし」

「……でも、わざわざ危ない目に遭ってまで」

「そこはまあ人助けかな。……変化を望まないことは決して悪じゃない、ごく自然なことだと思う。けれどエンムが与えてくる停滞は自分で選んだ選択じゃなくて、そうするように選ばされたものだから」

 

 あくまで彼女は変化を拒むことを肯定してくれる。

 それがちゃんと自分の意思で選んだものかどうかが、彼女にとっての基準らしい。

 スプーンをカチンと器に当てる音が静かな店内に響く。

 

「結局人は変わってしまう、変わらざるを得ない。だったらあたしはその選択をより良いものにできるように手伝ってあげたい……とかかなぁ?」

「……あやふやなんだね」

「考えたこともないし」

 

 正直に言って、まだあの時イリュシアで見た光景を望む自分がいる。それが良くないものだったとちゃんと理解している今でも、今自分が立っているこの世界よりは余程マシだったと。

 そう思わせるほどの全てが、あそこにはあった。

 

「あたしはね、移り変わっていくことが好き。このお店に飾ってある絵や写真はあたしの記録」

「…記録?」

「そ。その時見た世界をよぉく覚えておくための記録。そうしておけばどんな風に変わったかが良くわかるし……昔のことも、覚えていられるから」

 

 ああ、あの目だ。

 お店に飾ってある額縁の中に収まった景色を見る彼女の目が、どうしようもなく輝いてしまっている。その目に映る世界の全てが愛おしくて仕方がないと、まるでそう言っているかのような瞳。

 

 私とは正反対で、決して理解できない思い。

 

「……パフェ、溶けちゃうよ?」

「…うん」

 

 けれど、そんな彼女の瞳に映った世界なら。

 あの輝きを放つ琥珀色の瞳の中でなら、私も。

 

 こんな世界が好きになれるのかな、なんて、そんなことを考えて。

 

 

 ようやく、目の前のパフェを口に運ぶ。

 甘ったるいアイスクリームがじんわりと舌の上で溶けていくのを、ぼーっと感じていた。

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