仮面ライダーエヴィレ   作:ケサランパサラン

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不意

『おはよ!今日は学校休みかな?喫茶店は今日も開いてるから暇だったら遊びにおいで〜』

 

「………」

 

 メッセージに目を通した後、スマホを置いてベッドの上で仰向けになる。いつも休みの日は何をするでもなく、ぼーっとネットを眺めたり宿題したり勉強したり……我ながら信じられないくらい面白みのない休みを過ごしている。

 叔父さんは平日は家で仕事している代わりに休日はよく職場に行って何かしている。どんな仕事をしているのかとかは聞いたことがないから分からないけれど……

 

 誰もいない静かな家で、ただじっと時が過ぎ去るのを待っている。何のために生きているのかも分からないような、空虚な時間を過ごし続けてきたから。

 学校の友達もいない、趣味もない、誰かと会うこともない。

 

 はっきり言って、この時間が苦痛だった。

 でも変わるのが嫌で、そんなことばかりを繰り返して。

 

 

 

 昔の私は、どうしていただろう。

 幸せだった頃の私は、変わっていくことを恐れていなかった頃の私は何をどう考えて、生きていたんだろう。

 

 何も分からない。

 イリュシアが人を停滞させる世界だとしても、私はこの世界で停滞を選び続けている。だったらそこに差なんてないんじゃないのか。それならやっぱり、あの世界に閉ざされていた方が幸せだったんじゃないか、って。

 

 そんな考えは、あの琥珀色の瞳の前では消え失せてしまう。

 自分でも理由がわからないほど、彼女の瞳に惹かれている自分がいる。今までの私の世界にはなかったものが、あそこにはある気がするから。

 

 

 

 久しぶりに私服に袖を通した。

 近くに買い出しに行くにしても適当な服で済ませていたから……どこかへ遊びにいくなんて、本当にいつぶりだろう。

 

「……変じゃない、よね」

 

 全身鏡なんてどこにもない家だから、変な感じになっていないか不安になる。別に向こうはそんなこと大して気にしないだろうとは思うけれど……

 

 何となくわかっている、椿ちゃんは普通の人じゃないんだって。

 時折、同じくらいの歳の子がするとは思えないような表情をしていることがある。それはイリュシアに迷い込んだ人の話を聞いている時とか、喫茶店に飾ってある絵を眺めている時とか。

 

 何か、遠い昔を懐古しているような、そんな表情をしている時がある。そりゃあ、普通の人は仮面ライダーになって戦ったらしないんだろうけれど……それとは別に、彼女には何かがある気がした。

 それを知りたくて会いに行くのかもしれないなって、誰のためかもわからない理由づけをして、扉を開けて喫茶店へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——あっ。ねえねえ萌霧ってイヌ派?それともネコ派?

「えっ、は、え?」

「マスターがさぁ〜」

 

 扉を開けて早々に意図のわからない二択を迫られた。そして答えを聞く前にぐねぐねと身体を揺らしながら愚痴り始める椿ちゃん。

 

「イヌかネコかって聞いたら『鳥』っていうんだよ?何が好きかじゃなくてどっちのが好きって話してるのにあり得なくな〜い?人の話聞いてないんだよこの人全然、絶対友達少ないよ」

「言い過ぎ」

 

 凄い偏見を真っ向から浴びせるなあ……

 周りを見てみればお客さんが完全にいない、だからこんな風に気の抜ける話を大きな声で出来るんだろう。別にマスターさんもそれを一切気にしてないみたいだけど。

 

「私は……猫かなぁ」

「おっ、気が合うじゃん。いぇーい」

「い、いぇい……」

「にゃんにゃんっ」

「にゃんにゃん……??」

 

 ハイタッチを求められて困惑しながらも応えたら、よくわからない猫のモノマネを目の前でされてさらなる困惑を与えられた。一挙手一投足の情報量か私より遥かに多い。

 

「揶揄うのもそのくらいにしてあげなさい」

「失礼だなぁ、あたしがからかってんのはマスターだけだよ」

「そのくらいにしてくれ」

「情けないなぁ」

 

 二人のやり取りに置いてけぼりにされる。やっぱりそれなりの付き合いの長さがあるのだろうか、お互いに随分気安く接しているように見える。椿ちゃんのマスターさんに対する小突き方に遠慮がない。私にはそんな風に接してはこない……と思う。

 

「ネコ飼おうよネコ!招きネコって言うしさ」

「別に商売でやってるわけじゃないのは知ってるだろうに」

「萌霧だってネコ、いた方がいいよね?」

「えーっと、どうだろう……」

 

 煮え切らない私の返事に彼女は不満をあらわにする。

 別に、犬か猫か選べと言われたから猫を選んだだけで、特別猫が好きというわけではないし……

 

「いっそネコカフェにしよ!」

「維持費……」

「投資投資!」

「だから商売でやってるんじゃないんだって……」

 

 そんなに好きなのか、猫。

 まあ……確かに可愛いけど、本人はどっちかっていうと犬って感じなのに。

 

「あ、一緒にネコカフェでも行く?」

「……え?」

 

 頭の中で彼女に犬の耳と尻尾を生やした姿を想像していると、急にそんなお誘いを受けた。尻尾をブンブン振ってこっちを見ているその姿を忘れようと頭をブンブン振って、言われた言葉をもう一度咀嚼する。

 

「……えっと、お店はいいの?」

「いいのいいの、どうせ1人でも回るくらいのお客さんしか来ないし」

 

 いやまあそれはそうなんだろうけれど……

 後ろで聞いているマスターがやれやれと言った表情をしている。いつものことなんだろう、うんざりしているようにも見える。

 

「ネコ!ネコネコ!」

「わ、分かった、分かったから……」

「萌霧は頼み込んだら何でもいうこと聞いてくれそうだねぇ」

「……どういう意味?」

「そうと決まればさっそく行くぞ〜!」

「ち、ちょっと…!?」

 

 無理やり手を引っ張られて店の外へと向かわされる。

 別に私も断ってはないからいいけれど……強引。

 

「あぁ、そういえばコーヒー豆切らしてたから買ってきて」

「自分で買ってきな出不精!!」

「………」

 

 ……かわいそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「…そんな目で見られても」

 

 何故か私の方にはめちゃくちゃ猫が寄ってきて身動きが取れなくなっているのに、椿ちゃんの方には全くよってこない。手に持ったオヤツに群がるだけ群がってすぐ解散していった。

 何度か繰り返してもその調子だったので、多分拗ねて私を絶妙な表情で見てきてる。

 

「……なんか出てる?」

「やめてその言い方」

「ずるい〜あたしもネコとにゃんにゃんしたい〜」

 

 にゃんにゃんしたいってなんなんだ。

 というか動けないから助けてほしい。

 

「……そんなに猫好きなんだ」

「カワイイからね」

 

 意外と浅い理由で肩透かし。

 彼女は私の膝の上で落ち着いてしまっている猫にそーっと手を伸ばし、逃げられないのを確認して撫でている。もう触れたら何でもいいようで満足そうにしている。

 

「あたしあれ一回生で見てみたいんだよねぇ、あの、なんだっけ。毛の生えてないあの、なんかエジプト的なやつ」

「……スフィンクス?」

「そうそれ」

 

 私はあれちょっと苦手だけど……

 

「おぉよちよち……マスターがケチじゃなかったらなぁ、ネコ飼いたいんだけどなぁ」

「……2人ってどういう関係なの?」

 

 気になってたけどなんとなく聞いてこなかったこと。なんか急にマスターさんへの愚痴になったので、そのまま話の流れで聞いてみた。

 

「うーん……仕事仲間?」

「…エンム退治の?」

「そ。でも知り合ったのはもう何年も前になるかなぁ」

 

 やっぱり別に家族とか何か親しい関係というわけでもないみたいで、単純にあの軽いやり取りは付き合いが長いからやっているようだ。

 エンム退治っていう不思議な繋がりがあるのだから、そこのことをもっと詳しく聞いてみたいとは思いつつもなんとなく聞けずにいる。あんまり踏み込みすぎると戻れなくなってしまうような、そんな気がして。

 

 とっくに手遅れかもしれないけれど。

 

「ネコはいいよねぇ。いや別にイヌも好きだけどさ」

 

 ネコカフェにきて、なんで自分がなんとなくネコを好きなのかが分かった。あんまり動かないからだ。

 動き回って騒々しいのがあんまり好きじゃないから、いつでも落ち着いているネコのことがなんとなく好きなんだと思う。……それで言うと、目の前で猫撫で声を出しながら手を伸ばしている彼女はよく動き回って騒々しいけれど。

 

「なんか昔っからあんまり動物に好かれないんだよねぇ…」

「……なんか出てるんじゃない?」

「ひっど〜い!あっ…」

「……フフッ」

 

 大きな声で嘆いたのに嫌がったのか、私の膝の上から猫が退散していってしまった。それを残念そうに眺めているのを見て、さっきからあんまりにも必死なモノだからついつい笑いが漏れてしまった。

 そんな私に抗議や嫉妬の目線を向けるでもなく、その琥珀色の瞳をただ真っ直ぐに向けてくる椿ちゃん。

 

「……な、なに」

「笑ってるほうがかわいいじゃん」

「…は」

「すま〜いる」

 

 そうやって変顔されてもすごく反応に困る。いや、妙に気合の入った変顔をしてるのは確かにちょっと面白いけれど、とにかく反応に困る。

 

「笑ったほうが人生楽しいよ〜ん」

「別に笑おうとしてないわけじゃ……」

 

 そこまで言って、そういえば最近笑ったことあったっけ、っていう疑問が頭の中に湧いてくる。そもそも笑えるような状態じゃなかったけれど……

 ならなんで今笑えたのかって、それは……

 

「……フッ」

「鼻で笑うのはよしてくれる?」

 

 まあきっと、騒がしくて動き回る人のせいだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———でさ〜、ぶっちゃけマスターのコーヒーって美味しくないんだよね」

「元も子もないことを…」

「だって自販機の缶コーヒー飲んだほうが美味しくなぁい?」

「飲まないから分からないけど」

「お子ちゃまめ〜」

「お子ちゃまだよ、まだ」

 

 ショッピングモールの中の専門店でコーヒー豆を買って、特に寄り道をすることもなく帰路に着く。

 

「そういう椿ちゃんこそ……何歳なの」

 

 話の流れで、自然と口からそんな問いが出ていた。

 これもなんとなく聞いていいのか分からなくて、今まで聞けなかったこと。少し不安になりつつ横目に彼女の方を見てみるけど、特段変わった様子はなく。

 

「ヒミツ〜」

 

 わざとらしくウィンクをして誤魔化してくる。

 見た目こそ同じくらいなのに、彼女は学校に行っていない。別に高校は義務教育じゃないから行かないってこともあるだろうけど……彼女からは家族だとか友達だとか、そういう話も聞いたことがない。

 

「乙女に歳を聞くもんじゃないぞ〜」

「……若かったらそれ言わないよね」

「………」

「………」

 

 しまった、流石にダメだったか。

 茶化してきたからこっちもついつい軽く返してしまったけど黙りかかってしまった。わざわざ誤魔化してきたんだから踏み込むべきじゃなかったのかも。

 

 

「あ、あの、ごめ——」

「シッ……ちょっと待って」

 

 

 足を止めた彼女の方を振り返って謝ろうとしたのを遮られて、目を閉じてじっとしている。

 

「……こっちかな」

「え、と……」

「近くにイリュシアがある、気がする」

「……分かるの?」

「なんとなく」

 

 会話を短く切り上げて道を逸れて裏路地の方に進んでいく彼女の後ろをついていく。彼女の感じた何かを私は認識することもできないけれど、進んでいる方角が一貫しているあたり本当らしい。

 

 

 裏路地を抜けた先にあったのは小さな公園、二つくらいの遊具が置いてあってベンチがあるだけのこぢんまりとしたもの。

 彼女は何も言わずにエコバッグを私に押し付けて、あのカメラを取り出した。

 

「あ、あの、私も……」

「ん、ちゃんと守るから安心して」

 

 着いてきていい、ということだろうか。

 

「イリュシアが不安定……急がないと……」

 

 急いでいる彼女に言葉の意味を聞く暇もなく写真は撮られ、丁度公園の入り口の風景と重なり揺らぎとなって、あの世界との出入り口になる。

 

 

 

 飛び込んだ先の世界は今まで見てきたものとそう変わっているようには思えず、ただ周りを見回しているだけでは何かおかしいところは見つけられない。

 ただ公園の形は違っていて、さっき見ていた公園よりももっと広くて遊具も少ない。多分これもそれなりに昔の光景なんだと思う。

 

「さて、と」

 

 声を上げた彼女の方を見てようやく気付いた。

 一瞬、ほんの一瞬だけだけど、世界がブレたのが分かった。この世界を構成してる何かが崩れて、形を保てなくなったような、そんなブレ方をしていた。

 これが不安定になってるってことなんだと思う。それの何がどういけないのかは全く分かってないけれど。

 

「探すの?」

「うん、まあ向こうから出てきてくれるのが1番手っ取り早いんだけど…」

 

 戦えない私に出来ることは、取り込まれた人を見つけるくらい。

 前と同じようにこの公園をどこかで見ているはずだから、それを———

 

「っ…!?」

 

 思考の途中で急に突き飛ばされる。

 地面を転がりながら見えたのは、私がついさっきいた場所のちょうど後ろにエンムがいて、椿ちゃんがそれに気付いて咄嗟に私を突き飛ばしてくれたところだった。

 

「変身」

  

 いつのまにか腰に装着したそれにフィルムを嵌め込んでレバーを押し込んだ彼女の姿がエヴィレへと変身する。

 

「卑怯じゃんね、後ろから不意打ちなんて」

 

 戦い始めた彼女の邪魔にならないように、土に塗れながら必死に逃げる。私を庇って突き飛ばした時に、彼女の腕に切り傷が刻まれてしまった光景が脳裏に焼き付きながら、ひたすらに。

 

「っ……」

 

 ずんっと、胸の奥が重くなる。

 息も出来ないくらいに。

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