仮面ライダーエヴィレ   作:ケサランパサラン

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息が詰まる

「……で、ネコかい」

 

 両手の甲から長い爪を伸ばした細身のエンム。尻尾をくねくねとさせながらこちらを舐め回すように見つめてくる。

 いきなり萌霧の後ろを取って切りかかってくるようなやつだ、油断はできない。さっきはギリギリ気付けたからなんとかなったけれど……

 

「ンー……その姿はなんなのかな。同族ではなさそうだし」

「教えてやる義理はないけどね」

 

 エンムが言葉を話すかどうかは正直個体差だ。それぞれ知能にも差があるけれど、こいつは相当頭も良さそうに見える。

 フィルムをドライバーにセットして両手に双剣を握る。あの爪の切れ味だとステゴロじゃ流石に部が悪いし、恐らく……

 

「はや———」

 

 低姿勢からの急加速、振られた爪をなんとか剣で受けるけれどそのまま身体を押されて、崩れかけた姿勢を直す暇もないまま連撃がやってくる。両手の剣で受け続けるが次第に姿勢を崩され、そのまま後ろに回り込んだエンムの攻撃を背中に受けてしまう。

 無理やり振り返って両手の剣を振るうが、後ろに跳ばれて避けられる。

 

「ンー……並の人間ならすでにズタズタなはずだけど、硬いね」

「そっちこそ、あんまりカサカサしてるもんだからゴキブリかと思ったよ」

「それ、挑発のつもり?」

「…つれないねぇ」

 

 はっきり言ってあのスピードに追いつくのは無理だ。エヴィレにはそんな都合のいい動きの補助をするための装備はないし、第一あんなメチャクチャな速度、無理やり出そうとしたら負荷でまともに動けなくなる。

 

 ()()で動きを止めようにも捉えるのにも一苦労だろうし、警戒されて逃げられる可能性もある。中途半端に止めて仕留めきれなかったらいよいよ手をつけられなくなる。

 

 確実に攻撃当てられるだけの隙をどうにかして作らなきゃいけない。凌ぎ続けるのは決して不可能じゃないけれど、私をすぐに仕留められないと見て萌霧の方を狙いにいく可能性もある。

 

 考え方をして構えたまま攻めてこないこちらを見てフッと姿を消したエンム。周囲には不規則に巻き上がる土埃しかなく、恐らく目にも止まらぬ速さで場所を転々としているのだろう、音もなくノイズのような気配が引っかかるだけだ。

 視覚と聴覚で捉えるのを諦め、仮面の中で目を閉じる。

 

 

 感じるのは()()

 思考するものであればあるほど、それはこの世に強く存在している。エンムとは言わば意思の塊であり、イリュシアそのものが意思の世界だと言ってもいい。

 

 あたしに近づき、命を断とうとしてきたその瞬間。

 最も意思が強くなるその一瞬、それを感じ取るのに集中する。

 

 

「……———!」

 

 

 右側に身体を捻って両手の剣を構えて防御する。

 とてつもない速度で飛んできたその爪とぶつかり、運動エネルギーの差でこっちの身体が大きく吹っ飛ばされる、が。

 

 確かに攻撃は防ぐことができた。

 

「……へぇ」

「っぶなぁ〜…」

 

 驚いたような、不快なような声を上げるエンム。

 なんとか受け止めたもののこれではっきりした、あの速度には到底ついていくことはできない。動きが直線的であるならそれを読んで、とかやりようはあるんだろうけど、全然急加速を繰り返しながらこっちに攻撃してくる。

 

 

「…腹括るかあ」

 

 

 フィルムをもうひとつ、ドライバーにセットしてレバーを引いてあたしの左腕に鎖がぐるぐると巻き付く。その左腕を地面に打ち付けて、いくつもの鎖を地面の下に潜り込ませていく。

 

 公園という狭いフィールドを封鎖していくように、遊具や木、柵の間を鎖が巻きついて塞いでいく。あたしが地面から手を離す頃には公園の中は鎖だらけになって、まともに身動きするのも難しいほどになっていた。

 

「フフ……腹括って出てくるのが、それ?」

「うるさいなぁ」

 

 余裕の現れだろうか、あたしが地面から手を離すまで待っていたエンムがまた同じように姿を消した。

 また同じように音もなく消えているが、単純に動き回らずに隠れているだけの可能性もある。無理やり鎖を突破すればもちろん音や衝撃でどこから来るかくらいは反応できる。

 

 それに鎖の位置を調整して、鎖を避けて一直線に私に突っ込んでこれる道を意図的に作った。

 正直言って見え見えの罠ではあるけれど、突っ込んでくることを祈って双剣をくっつけてブーメランとして前方に投げ飛ばした。

 

 直後、何かがあたしが投げたソレを避けてまっすぐ突っ込んでくるのが分かった。投げてすぐで防御の構えを取ることもできないあましの身体を斜めに爪が切り裂いた。

 

「ぎぃっ…」

 

 身体がのけぞって後ろに張り巡らされていた鎖にもたれかかるような形になる。エヴィレの装甲を貫通するほどの切れ味があたし自身の体にダメージを蓄積する。

 

 それでも、目だけはこちらに戻ってくるブーメランだけを見つめて。

 

「こんな小細工、意味な———」

 

 油断

 

 あたしの両手に作られた枠の中に、きっちりエンムは収まっていた。後ろから迫ってくるブーメランを弾き落とそうとしたその瞬間を切り取って、動きを止める。

 

 ドライバーのレバーを引いて、拳にエネルギーを集中させる。

 ブーメランとあたしの拳の挟撃。

 

 動きを止められて回避の間に合わなかったエンムは、動き出せるようになった瞬間に前後からの攻撃を受け、その身体を霧散させていった。

 

 

 エンムの中から現れたのは、まだ高校生くらいの青年。どういう思いを抱え込んでいたのかは分からないけれど、エンムに取り込まれてそれなりの時間が経っていそうだった。

 イリュシアが消えゆくの同時にあたしの変身も解除する。巣を作るように展開した鎖は既に消えて、元通りの公園に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったよ〜、もうだいじょ——わわっ、なになに!?」

 

 伸びをしながらそう言っている彼女に近寄って左腕を確認する。

 

「……なんで」

 

 確かに、怪我をしていたはず。

 私を庇って、腕に切り傷があって。服だって確かに切れてるし……身体の方の服だって、戦ってた時に負ったであろう汚れや切れ目が入ってるのに痛がる様子はない。

 あの時、間違いなく地面には血が飛び散っていた。イリュシアの中のものだからもう残ってはいないけれど……

 

「怪我……してた、よね…?」

「ん?いや?」

 

 彼女は心底不思議そうな表情でこちらを見てくる。

 言わなくても分かる、嘘ついてるって。誤魔化すでも焦るでもなく、なんでもない表情で彼女は嘘をついて見せた。

 

 腕から手を離して、エンムの中から出てきた男の子の方を見る。

 なんとなく、彼女と目を合わせたくなかったから。何か触れちゃいけない、触れてほしくないものがそこにあるような気がして……それから逃げるために、目を逸らした。

 

「……この人、ベンチに寝かせておく?」

「ん、そうだね。一緒に運ぼっか」

 

 なんとなく、会話が続かないまま、それ以上追求もしないように。もう届かないはずだったものに魅入られたこの人のことなんか、気にする余裕なんかなくって。

 何度か彼女が声をかけてくれたけど、なんだか生返事しかできなくて。

 

 彼女が、遠くへ行ってしまったような。

 世界が広くなってしまったような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと、あの時の光景が鮮明に残っている。

 あの時見た()が、灰色の記憶の中で嫌に鮮やかに焼き付いていて、それを払拭しようとしても赤色のシミはなかなか落ちない。

 

 聞く勇気がなかった、隠されたから。

 それでも確かに私の記憶には、私を庇って怪我をした彼女と、怪我が跡形もなくなくなっていてそれを隠そうとする彼女の姿が刻まれている。

 

「………」

 

 購買で買ったパンを、一人校舎裏の日陰で頬張る。

 いつも食べるコロッケのパンの味が、なんだか今日は薄い気がした。

 

 

 あの日からずっと、理解の及ばないことだらけだ。

 仮面ライダーだとか、エンムだとか、イリュシアだとか………ただの与太話ならそれでも良かったけれど、それの全部が実感として私の目に映ってしまったのだから、どうしようもない現実なんだって受け入れてしまうことが出来てしまった。

 

 それは彼女も……椿ちゃんも一緒で。

 

 きっと……間違いなく、彼女は普通の人間じゃない。怪我が治ったって言っていいのかすらよく分かってないけど……

 彼女自身も、私の知らないこと、理解の及ばないことの中の存在なんだと思う。マスターさんがどうかまでは分からないけれど……

 

 

「……私はそれを知りたいの?」

 

 自問自答

 

「…分からない」

 

 その繰り返し

 

 

 少し前まで何も変化のない日々を望んでいたはずなのに、気がつけば奇怪な事件や出来事に誰よりも巻き込まれ続けている。

 とっくに自分の思い描いていたものとはかけ離れている。別に今からでも彼女と……あの喫茶店に行くのをやめてしまえば、今まで通りの生活に戻れるはずなのに。

 

 どうしてこうも、彼女の表情ひとつひとつが頭に焼き付いて離れないのだろう。

 この胸につっかえる色んな何かを表現する言葉を、私はまだ知らない。

 

 最後の一口を喉の奥に流し込む。

 

 

 ちゃんと踏み込めば、教えてくれるのだろうか。

 この知りたいって気持ちを押し込めずに、ちゃんと言葉にすれば、この胸のモヤモヤも晴れるのだろうか。

 

 

 

『あんたは余計なこと言わなくていいの』

 

「っ………」

 

 

 パンの入っていた袋を握る力が、自然と強くなっていたことに気づく。

 心の奥底にある、冷たい記憶。

 私の大事なものが壊れていって、残ったのは冷たくて触れたくないものばかり。どんどん、変わっていってしまった記憶。 

 

 何にも触れられたくないし、触れたくない。

 拒絶するのが、されるのが怖いから。

 

 分かってる、みんながみんなそうじゃないってことは。頭でわかっていても、その可能性が少しでもあるんだったら、私は傷つきたくないと思ってしまった。

 

「………あ」

 

 ありがとうって、言えていない。

 怪我をしていようがしていなかろうが、私を助けたくれたのは事実なのに。そんな当たり前のことすら言いそびれてしまっていた。

 

 伝えるのが怖いからって、そんなことすら言えなかったら、私は……

 

 

 ……なんで、彼女は私と一緒にイリュシアに入ろうとするのだろう。あんな怪人がいる危険な場所に。

 私も、なんでもう行きたくないとか、そういうことは思っていないんだろう。あんな危ない目にあって、私のせいで彼女に怪我をさせてしまうかもしれないのに、どうして。

 

「……知りたいんだ」

 

 自分が知らないことを分かるようになりたい。

 彼女のことも、エンムのことも………私自身が何を思っているのかも、彼女を通して知ろうとしてるんだ、きっと。

 

 

『何も知らないくせに…』

 

『好き勝手言わないでよ』

 

『貴方は私の言うことだけ聞いていればいいの』

 

 

 私の喉の奥につかえたいくつもの言葉が、頭の中で反響し始める。今まで忘れ去ったつもりだったけど、ずっと私に突き刺さっていた言葉の数々がはっきりと、確かなものとなる。

 

「……会いにも来ないくせに」 

 

 そんな奴の言葉を、私はいつまで後生大事に傷つきながら抱き続けるのだろうか。

 もう誰かに言われなくたって分かってる。あの人は別にいい親でもなんでもなくて、ただのろくでなしってことは。そんなろくでなしの言葉なんか、いつまでも本気にして苦しむ必要なんかないって分かってるのに。

 

 それでも、あの人は私の母親だから。

 

 幸せだった思い出が、私を縛りつけて離さない。

 きっと、あの頃の記憶に焦がれているうちは私はあの人のことを忘れられない。

 

「……それでも」

 

 今の私の思いまで、あの人に縛られる必要なんかないはずなんだ。

 

 

 

 そうやって考え事をしている間に、いつの間にか時間が経って昼休みの予鈴が鳴った。

 もうそんな時間かと、自分から空調の効いていない場所に来て汗をかいたことに一人で悪態をつきながら、駆け足で教室の方へと戻っていった。

 

「……お礼、言わなきゃな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずったなぁ…」

「まだ気にしてるのか」

「おっさんには分かんないよおっさんには、乙女の抱える悩みなんてさ」

「………」

 

 マスターの目線に静かな抗議の意思を感じるけれど無視する。こっちはそれどころじゃないんだ、悪いけどスルーさせてもらおう。

 

「君、昨日帰ってきてからずっとその調子だろう。そろそろ切り替えて欲しいんだけどね」

「切り替えて問題解決すんならもうやってるよ」

「うじうじ悩んでたって解決はしないと思うけれど?」

「けっ、減らず口」

 

 んなこた分かってるってのに。

 怪我したところ見られたのが不味かったよなあ……まあ不安定なイリュシアにわざわざ一緒に連れてったのが悪いのはそうなんだけど。

 

「別に君のやることに口出しはしないが、半端に巻き込んだのは君だろう。何も知らずに生きていけた人をこっち側に連れてきたのは君自身だ」

「いちいち言われなくても分かってますよだ」

 

 もちろんそのうち全部伝えるつもりではいる、それが彼女が望んだことだと思うから。

 だけどまあ、その。

 何事にも順序というものはあるし。

 

「……んてか気まじぃ〜…」

「君でもそういうこと思うことあるんだな」

「年頃の女の子は難しいの!」

「そういうものか」

「そう!!そんなんじゃ娘ちゃんに嫌われちゃうよ!」

「余計なお世話だよ」

 

 

 大きなため息をついて、脱力した体を机に放り投げて突っ伏す。

 

「……変わりたくない、ねぇ」

 

 あの時、必死に私にそう訴えてきた時の彼女の姿が、私の頭をよぎった。

 

「ほんと、難しいなぁ」

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