仮面ライダーエヴィレ 作:ケサランパサラン
視線を感じる。
少し前から
いつも通り学校から帰っている途中、いつもと同じ道を通って、同じように帰っているはずなのに周囲が気になって仕方がない。
エンムに後ろから襲われたせいだとか、イリュシアが近くにあるかもって思ってるせいだとか、そんなことを考えてはみるけれどしっくりとは来ない。
原因のわからない感覚には疲れのせいだと蓋をして、今日は早く寝ようと心に決めた。夏休みももう近いし、テストだってそう。
最近本当に色々あった、そりゃ疲れてる。
「………」
この場所を通るといつもそこに目をやってしまう。初めて彼女と……写真を撮っていた椿ちゃんを見た、あの場所。私には決してできないような目で景色を見つめていた彼女。
私の見る景色は、彼女の見るそれと同じなのだろうか。
よく分からない単語の情報ばっかり頭の中に増えて、彼女のことはまだ何も分からない。それを知りたくて彼女の後を追っていたはずなのに。
「……はぁ」
蝉の鳴き声が耳を塞ぎたくなるくらいに辺りに響く。
騒がしいのは好きじゃない。夏は昼も夜もうるさくて、こんなに暑いのに人は多くって……
静かだった。
私の望む世界を映し出していた、あの日のイリュシアは喧騒なんかとは程遠くて、無駄なものは削ぎ落とされて。ただ私の望むものだけがそこに存在していた。
「っ……」
胸がきゅっと苦しくなる。
あれは良いものじゃない、あってはならないもので、怪物だっている。それは頭では分かってるのにどうしても……
どうしても、あの世界が恋しくなって、焦がれて、切なくて。
そんなことを考えてしまう自分が嫌で、胸が苦しくなって
「はぁっ、はぁっ」
呼吸が荒くなる。
胸を抑える手の力がどんどん強くなって、それを掻き消すくらい胸が痛くって、頭の中はぐちゃぐちゃになって。ただ道を歩いていただけなのに、ちょっと考え事しただけで私の心はこんなにも……
「大丈夫?」
聞いたことのない、少年のような声。
振り返ると真っ黒な目が私の方を見つめていた。
「熱中症?木陰に行く?」
「い、いやだいじょ……いや、うん、行く」
声をかけられて気が逸れて随分楽になったけど、無理せずに木陰のベンチにまで行く。黒い目の彼は私の後をついて来て、一人分の空間を空けて同じベンチに座った。
気が逸れただけで随分マシになったけれど、呼吸を整えるためにゆっくり呼吸する。頬を伝う汗の感覚がやたらはっきりと感じられて気持ちが悪い。
「すぅ……はぁ……」
無理をしない浅い呼吸、それを繰り返すうちに隣りに座っている男の子がじっとこっちを見てるのが分かった。
「マシになった?」
「うん……ちょっと」
「ならよかった」
初対面の相手を気にかけて、適切な距離を保っているようで妙に馴れ馴れしい。……この感じどこかで……
「………何?顔になんかついてる?」
「い、いや……どこかで会ったこと、ある……?」
「ないと思うけど」
「……そうだよね」
なんか変なことを聞いてしまった感じがする。
改めて彼の方に目を向ける。
黒い髪に黒い目、年は同じくらいに見える。制服じゃなくて私服だけれど……まあ学校によってはもう夏休みも始まってるのだろうか。
「それで、さっきは急にどうしたの?なんかあった?」
「別に……大丈夫だから」
「話せば楽になるかも」
「………いや、話さないから」
「そう?」
うん、馴れ馴れしい。
けど食い下がったりはしない、静かにこっちの様子を伺っている。……まるで観察されているような気がして、あんまりいい気はしないけれど。
彼を前にしていると、何でか知らないけれどつい口が軽くなってしまいそうになる。それを何とも思ってない自分がいて、それが少し気味が悪い。
あの真っ黒な目の先がどこか遠くを見ているような、そんな目をしている。
「静かなのは落ち着く?」
「……え?」
「顔見てたらそんな感じするから」
「……あんまりジロジロ見ないで」
「ああ、ごめんごめん」
考えてることを見透かされた感じがして、けどやっぱりそれをそこまで嫌に感じていない自分がいる。不思議な感じがする、何かこの世界から少しズレてるみたいな感じ。
そう、ちょうど彼女のような。
「まあ落ち着くまでそこで休んでなよ。喉乾いたらなんか買ってくるよ」
「いい、そこまでは」
「そう?……じゃあ、暇つぶしにちょっと話をしよう」
「……いいけど」
変な人。
漠然とそんな印象がついて離れない。
「自分と流れる時間が違う相手、ってあるでしよ。よく漫画とかアニメとか、小説であるやつ」
「……相手が人間じゃなかったりするやつ?」
「色々あるね、妖怪とかだったり機械とかだったりの。自分がどれだけ年老いても相手はずっと何も変わらなくて、死んでも、死んで何年も経っても、相手は何一つ変わらない」
変わらない。
不変、永遠、恒久、それらとの差。
薄らと、急にこんな話を始める彼の真意を探ろうとする。
「自分は何も変わらなくて、変わりたくても変わらなくて。関わる相手がどんどん追いて、朽ちて自分以外の誰からも忘れ去られて……それってどんな気持ちなんだろうね」
「……もう、誰とも関わりたくないって思うんじゃないかな」
「だよね。でもそいつはそうじゃなかった」
まるで具体的な何かについて話しているみたいに、彼は淡々と言葉を繋いでいく。
「何度置いてかれても、気味悪がられても、それで何度も何度も悲しい思いをしても、そいつは誰かと関わろうとするのをやめられなかった。……それって、何でなんだと思う?」
「……さあ」
「そう、嫌ならやめてしまえばいいのに、傷つくくらいなら閉ざせばいいのに。何故かそいつはずっと傷つく方を選び続ける。理解に苦しむ奇行さ」
遠い空を見つめていた彼の目がこっちを向く。
「そんなの嫌だって、思わない?」
問いかけて、見定めている。
その返答を聞きたくて仕方がないって、そういう思いが滲み出ている。
「……私は」
喉まで出かかった言葉を、本当にそのまま伝えるか躊躇う。滅多に人に話さない私の本心を、こんな初対面の相手に打ち明けることになってしまう。
だけど……
彼女と話した時だって、初対面だった。
「私が望むのは変わらないこと。自分も、誰かも、世界も、ずっとそこにあり続けるっていう確信が欲しい、変わってなくなったりしないっていう絶対が欲しい」
自分だけの永遠が欲しいわけじゃなあ、誰かの永遠が欲しいわけでもない。
「私だったら、変わるものを遠ざけて、静かで、変わらないものにずっと囲まれていたいって思う。なくなってしまうくらいなら、なくならないものだけ手にしていたいって」
「……永遠に変わらないことは、嫌じゃない?」
「私が望むのは、永遠の今」
今この瞬間も変わり続ける世界を止めたい。
望まない過去が欲しいなんて思わないから、せめて今あるものが、私の手から離れないようにしたい。
「……君、変わってるね、やっぱり」
「…失礼だと思うけど」
初対面の相手に変なことを聞いてからそっちの方が、よほど。
「なるほどそっか……永遠の今、か。面白い……面白いね、君は」
「……なに」
「あいつが手元に置いておきたいって思うのも、何となくわかる気がするね」
「あいつ……?」
私はここでようやく危機感を持ち始めた。何故か受け入れてしまっていた明らかに普通じゃない人物、それと今さっきまで同じベンチに座って話をしていた。
立ち上がって後ずさる私を見て、彼は愉快そうに笑みを浮かべる。
「フフ……君は今、何を感じているのかな」
違和感。
得体の知れない違和感がいつの間にか体中にこびりついて離れない。何かに気づいていない、致命的で危険な何かが直ぐそこまで迫っている、そんな感じがして。
「……音」
あれだけ騒々しかった音がすっかり止んで、頬を撫でる生ぬるい風もいつのまにか消え失せて。
静止した世界に目の前の彼と私、二人きり。
「まさか……」
「お察しの通り、君の世界さ。流石にそれは分かるみたいだね」
イリュシア。
しかも口ぶり的に、私のもの。
また?いつ?どうして?
何で私の世界に得体の知れない奴がいる?これがエンム?いや感覚だけどそういう感じじゃない、確かに普通の人間じゃないけれど、あんな化け物とは違う気がする。
「……誰なの」
「さて、一体誰だろうね」
静止した世界、動いているのは彼と私だけ。
逃げる?どうやって?この世界を作ってるエンムを倒せばイリュシアが消滅するのは知ってるけど、出方は私は知らない。
「何が目的?」
「うーん、別に君をどうこうしたいってわけじゃないんだけどね。ただの好奇心と、ついでに挨拶」
「……挨拶?」
少しずつ後ずさる私を見ても愉快そうに笑みを浮かべるだけで、追いかけてきたりする様子はない。本当に私に危害を加えるつもりは別にないのか、それとも逃げられないって分かってるからなのか。
「君が仲良くやってるあいつに用があってさ」
……彼女に?
というか、私と椿ちゃんのこと知ってるってことは随分前から私たちのことを見てたってことか。
危険な状況だっていうのは分かってても、妙に頭は冷静な自分をちょっと不思議に思う。色々あって変に肝が据わったのかな。
「さて、そろそろ来る頃だとは思うんだけど…」
「……え?」
戸惑いの声を挙げると同時に、静かだった世界に突如盛大に鳴り響くエンジン音が轟き始める。ビクッとしてそっちの方を見てみると、見たことのない形相でバイクを走らせこっちに向かってくる彼女の姿があった。
そのまま彼女はエヴィレに変身し、あの男の子の方へと突っ込んでいく。
「
双剣を取り出しバイクから飛び上がって、生身の彼に向かって容赦なく刃を振り下ろす彼女。それをどこからか出てきた真っ黒なエンムが彼の前に立って受け止める。
「よ〜久しぶりっ!熱烈な挨拶でおれも嬉しいよ!」
「あんたっ、今更っ……!」
エンムに弾かれて彼女が私の前に着地する。
向こうもこっちも、それぞれ庇うように立って、見つめ合う。
「ごめん、遅れちゃった、なんか変なことされてない?」
「ううん、特には……」
声色だけで、その仮面の下の表情は私に見せてくれたことのないものなんだろうなって、何となく分かった。
「いや〜ほんとに久しぶりだなぁ!!300年ぶりだってのに相変わらずみたいだね」
「……300年?」
今彼、300年って言ったの?
「なんでエンムと一緒にいる」
「もっと他に聞くことないの?遠慮しなくていい、感動の再会だろ?」
「答えろッ!」
自分に向かって声を荒げる様子を見て。やれやれと呆れたように振る舞っている。
「わざわざおれが言わなくたって、じきに分かるさ」
「待て!っ……!」
踵を返して去ろうとする背中を追おうとして、エンムに行手を阻まれる。
「そう急くなって。また会えるさ」
「おい!ああっもう、邪魔っ!」
「そんじゃあまたな〜、あとヨロシクぅ」
彼の姿は煙に包まれて消えてしまった。多分この世界から出たんだろう、残されたのは憤りを隠せていない彼女と、あの真っ黒なエンム。
「悪いが彼の後は追わせない」
「……お前、普通のエンムじゃないよね、何で出来てんの、その体」
「わたしが何であろうと、課せられた役目は足止めをすること。もしここで退くというのならわたしも退こう。そうでないのであれば……」
あの黒いエンムの周りに黒い煙が漂い始める、二本角に馬のような顔をしたその姿を見るだけで、今まで見てきたエンムとは違う存在だっていうことが私にも分かる。
意外にも椿ちゃんは変身を解いて、背中を向けて私の方に近寄ってきた。戦う意思がないところを見て、向こうも戦闘体制を解く。
「……葉に伝えて。この子には手を出すなって」
「………承知した」
黒いエンムが踵を返して、さっきと同じように煙の中に消えていくのと同時に、イリュシアが消えていくのを感じる。強く握られた彼女の手を見つめているうちに、私の望んだ静かな世界は消え失せて騒々しいいつもの夏の日常が戻ってくる。
「……はぁ、ったく……面倒なことになったなぁ…」
「……あの」
「あぁ萌霧!大丈夫?ほんとに怪我とかない?何もされてない?」
「そ、それは大丈夫だから、ほんとに」
肩を掴んでガンガンと許される、さっきまでの剣呑とした雰囲気とは違って、いつもの知ってる感じに戻った。
「大丈夫、なんだけど、その………」
「……あー、そうだよね、うん」
私が何を気にしているのか、察した彼女は私の両肩から手を外して、バツの悪そうに頭に手を当てる。少しの間唸り声を上げた後、意を決したように私の目をまっすぐ見て口を開く。
「分かった、気になってることちゃんと話すよ。……とりあえず暑いしマスターのお店でいい?」
「……うん、いいよ」
私は今、少し先も見えないほど濃い霧の中に足を踏み入れようとしているんだって。
なんとなく、そう感じた。