仮面ライダーエヴィレ 作:ケサランパサラン
「さて、何から話したもんかなぁ……マスターどーするぅ?」
「君に任せるよ」
「ぶぅ、投げやりなヤツ」
不満げに彼女は言う。
あの後、いつものように喫茶店にやって来て端の方の席に座る。やっぱり店内に飾られている絵や写真は少しずつ入れ替わっている。
「はぁ……じゃ、えと。……萌霧、聞きたいことある?」
彼女がここまで気まずそうにしてるところ、結構珍しいと思う。そんな風に話されるとこっちも少し聞きにくくなるんだけど。
「それじゃあ……今、何歳なの?」
「やん、いきなり年齢聞くなんてデリカシーがないぞっ」
「………」
「……はい」
ふざけられてもいちいち反応する気分じゃない、黙って顔をじっと見つめていたら申し訳なさそうに縮こまってしまった。
「……まあ、随分前に数えるのやめたから詳しいのは分かんないけど、逆算したら大体400くらいかな」
「よんひゃく……」
「まあ色々あってね、元は普通の子供だったよ?」
「……マスターさんは?」
「僕は見た目通りの年齢だよ、一応ね」
見た目通り……40後半くらいの年齢に見えるけど、実際そんなものなのかな。……だったら椿ちゃんってマスターの10倍近い年齢ってことになるの?ほんとに?
「……まあ、普通じゃないのは分かってたけど。怪我治ってたし」
「あー、あれね……」
バツの悪そうにしている彼女の顔を見て、やっぱりあれは見間違いではなかったと確信する。正直目を疑うような出来事ばかりで、自分の見たことでも信じ切れなくなることがよくある。
「ちょっとごめんね、目を瞑っててもいいよ」
そういうと彼女はどこからか持って来たナイフを自分の指に押し当てて、サっと刃を引いた。そこからは彼女の血が滲み机へとポタポタ垂れていっている。
「あたしが400年生きてる理由は、これ」
彼女がそう言ってしばらくして、その指の傷がスッと消えていく。
塞がるのではなく、治るんじゃなく、傷自体が消えていく。指から垂れていた血も、机に垂れたそれも、最初からそこになかったかのように跡形もなく消え失せる。
「あたしの身体はね、変化を拒むの。成長も老いも、傷も病気も。あたしが変わってしまうことは全部なかったことになって、永遠にこの姿を保ち続ける。……頭が吹き飛んだって、あたしは元通りこの姿になる」
それが、あの日彼女の怪我がなくなっていた理由。
聞かなくても分かる、この店の中にある絵や写真も全て、彼女が400年の中で描き、撮り続けて来たものなのだろう。
「……え?頭吹き飛んだことあるの?」
「え?やだなあ比喩だよ比喩!」
……まあ、流石にそっか。
「変われるのは唯一、心だけ。400年前のあの日からずっと、何も変われないあたしはただ生き続けて来た。変わっていくこの世界を眺めながらね?」
「……あの葉?って人とはどういう関係なの?」
「あんなやつ忘れた方がいいよ」
頬杖をついて不満げにそういう椿ちゃん。彼女がここまで何かに対して嫌悪感を丸出しにするのも珍しい、なおさら忘れることはできなさそうだ。
「はあ…………弟だよ、双子のね」
「……えっ」
「あたしと同じ日、あたしと同じように変われない存在になって……300年前に大喧嘩して、それっきり」
「そう、なんだ」
道理で、と腑に落ちた。
彼から感じた妙な安心感は、どことなく椿ちゃんに雰囲気とかが似ていたからなんだろうと思う。本人にこれを伝えたら凄く嫌な顔をしそうだけれど。
「一体どこで何してるのかとは思ってたけど、まさかエンムに関わってるとは……うちの愚弟は何考えてるのやら」
弟について文句を言って、頭を抱えている彼女の姿はなんだか、普通の一人の人って感じがして。
何百年も生きてて、私よりも色んなものを見て感じて来たはずの彼女に、むしろ親しみを感じてしまっている自分がいる。
「えっと……それがなんで、仮面ライダーになって、エンムと戦うことに?」
「それは……もう10年以上前にあそこのマスターと出くわしてね。エンムのこと教えられて、力を貸してほしい、って」
「……マスターさんって何者なの?」
「さあ?」
両手を頭の横で広げて首を傾げるポーズを取られる。彼女もマスターさんの素性についてはよく知らないようで……今の所、椿ちゃんよりもマスターの方が謎の人なんだけど。
「まあ大事なのはエンムをどうにかすることだね。あれもここ10年くらいで出て来たものだからさ、何かがこの世界で起こってるのは間違いないんだと思う」
ついでにあの愚弟もぶちのめす、と付け加えた。
「まあ……そんなとこかな。なんでこんな身体になったのかって聞かれても自分じゃ上手く説明できないからごめんね」
「……そうなんだ」
彼女は、椿ちゃんは私とは違う時間を生きていて。
変わりたくなくても変わってしまう私と違って、彼女は変わりたくても変われない。
私が欲しい何も変わらないということを、彼女はその身で体現している。
「……私に、何が出来るのかな」
「ん?」
ふと出た呟きに反応されてしまう。
誤魔化そうとも思ったけれど、なんとなく言ってしまった方がいいって感じた。
「私は普通に怪我するし、戦えないし、何もできないから。……椿ちゃんと一緒にいても、私には何も出来なくて」
「………うーん」
私は彼女に守ってもらうだけで、何か出来るわけじゃない。
今更何も知らない頃に戻りたいとは思わない、けれど何も出来ずにただひっついているっていうのもそれはそれで苦しいから。
「まあ、あたしの一存で巻き込んじゃったのは申し訳なく思ってる、ごめん。でも葉に目をつけられた以上、ちゃんと萌霧のこと守らなきゃ行けなくなっちゃったから」
「……うん」
「あと、なんか萌霧危なっかしいし」
「…そうかなぁ」
彼女にとって私は、ただひたすらに守る対象なんだろう。
それが少しだけ、寂しい、
「…マスターさん」
「何かな」
急に話しかけられて怪訝そうな表情を浮かべながら皿を洗っている彼に、思い切って私の言葉を伝える。
「私も、仮面ライダーになれますか」
「ちょ!?」
大きな声をあげて動揺している椿ちゃんは無視して、マスターさんに向かって話し続ける。
「守られてるだけなの、嫌なんです。自分の身は自分で守れるようになりたいし……椿ちゃんの役に立ちたい、だから」
「なれるよ」
「——え?」
予想外の返答、てっきりなれないとか、ダメだとか言われると思ってて。あっけに取られる私をよそに、マスターさんは話を続ける。
「エヴィレになるための道具……エヴィレドライバーやそのフィルムを作り出したのは僕だ。そして、同じものを用意することも可能だ」
「……だったら」
「だけど、ダメだ。……理由を聞きたいかい?」
静かな問いに、黙って頷く。
「巻き込んだのは椿本人だ、彼女はきっちり責任を取って君のことを守り切らなくてはならない」
「うぐ…仰る通りだけど」
「それに、君が戦えるとは思えない」
「……なんでですか」
なんとなく理由は分かってる、それでも聞いてしまう。
「僕が椿を選んだのはね、彼女が普通ではないからだ。でも、君はまだ普通の女の子だ。エンムだって怪人とはいえ一つの生命体、一つの個としての意思を持っている。そんな彼らを殴って、蹴って、傷つけて……斃すことが、君にできるか?」
淡々とした問い。
できる、なんて言えるわけない。自分の視線がだんだん下へと向いていくのが分かる。
「戦うってことは、その全部の責任を持つってことだ。……大人として、君にそんな重荷は背負わせられない。分かってくれるね?」
「……はい、すみません、変なこと言って」
私を諭す口調はとても優しくて、言葉の一つ一つがスッと入ってくる。全部正しくて、私が言い返せるのは、それじゃ私が満足しないっていうことだけ。
「僕は少し用事がある、二人でゆっくり話しておくといい」
彼はそう言って店を出て行った。
少しの静寂、椿ちゃんも黙って口を開こうとしない。
時計の秒針の音が、私の彼女の間に流れ続ける。
「……ごめん、軽い気持ちで言っちゃってた」
「あーいや、いいんだよ。結局言いたいのは危ないからダメ!ってだけだしね、深く考えなくていいよ」
「……うん」
衝動的に口走ってしまっていた。ああやって否定されずに本当に私が戦うことになっていたとしても、きっと私は彼女のように戦うことはできなかったと思う。
喧嘩もしたことないのに。
「そりゃあ、気にするよね。一方的に守られてたら、あたしだって同じこと言うと思うよ」
「………」
「あー、えーと……でもやっぱりびっくりしたよ、凄いこと言い出すもんだからさ。あんなに変わらないのがいいって言ってたのに……仮面ライダーなんかになっちゃったら、何もかも変わっちゃうよ?」
「そう、なんだけど」
自分でもよく分かっていない。
私が今、何をどう思っているのか……彼女に伝えるために、それを少しずつ自分の中で、言葉にしていく。
「私が変わんなくて、椿ちゃんが変わってしまうことの方が嫌だって……そう思ったんだと、思う。あなたがそこにいることが、ずっと変わらないことであってほしいって、そう思って……ごめん変なこと言ってるや私」
「……そっか」
でも、本当に。
あなたのその目を見られなくなるのが嫌だって。それは確かな私の本心なんだ。
「……ねえ、この絵とか写真ってさ」
「うん、あたしが全部描いて、撮ったもの」
昔の街並みとか、どこかの湖とか、誰かの姿とか。
何かに特定からでもなく、彼女が見たものを描いたかのようなもの。
「好きなの?こういうの」
「好きとは違うかな〜。手軽に写真撮れるようになってからはもうしばらく絵は描いてないしね」
「そう……」
確かに言われてみれば、あくまでなんとなくではあるけれど最近のものっぽいのは全部写真で、絵として描かれたのはそれなりに昔のものが多いように見える。
「これだけ長く生きてるとさ、やっぱり色々忘れていっちゃうんだ。私が見たものとか出会った人とか……せめて忘れる前に形に残しておこうって思って始めたんだ、こういうの」
「………変わって欲しくないから?」
「どう変わっていったのかをちゃんと覚えておきたいから……かな」
例えば、と言って遠くにある額縁に飾られた絵を指差す彼女。
「あの絵は大体40年前のこの町だよ。あの頃はもっと公園とか多くってさ……例えば今のあのおっきいマンションが建ってるとこあるでしょ?高校の近くあたりのさ。元々そこ公園で。あそこでよくヤンキーが取っ組み合いの喧嘩してたね、血溜まりできてたよ?」
「あぁ……昔はこの辺り治安悪かったって聞くもんね」
「そうそう!てかあの頃日本全部ガラ悪かったけどねぇ〜、その辺歩いてるだけで変な頭してる男の子に因縁つけられたもんね」
「典型的な……フフッ」
きっと色んなところを歩き続けてきたんだろう。戦争とか災害とか、彼女はいろんなものを見てきたはずで。
「そういうのさ、忘れたくないからさ。変わらないあたしと違った変わっていくこの世界が大好きで、それを少しだとああやって形に残して、思い出せるようにしたくて」
「……好きなんだね、この世界が」
「もちろんっ」
そうやって自分の見たものを語る彼女の目は、ほんとに、羨ましいくらいに輝いていて。
あなたの瞳に映った世界ならもしかしたら、私にも好きになれるんじゃないかって。そんな気がしたんだ。
「だからまあ、守りたくてさ。この世界のことも、萌霧のことも。葉が……あのイカれバカが今何考えてんのかは知らないけど、ちゃんと守るよ。だから不安がらないで」
「……うん」
この世界にあなたがいるのなら。
永遠に縛られたあなたがいてくれるのなら、こんな変わりゆく世界でもいいのかなって、そう思える。凛としてるのに儚くて、触れれば暖かいあなたさえいるのなら、それでもいい。
だからやっぱり、守りたい。
私に出来る範囲で、こんなに美しいあなたのことを守りたい。
その気持ちは、私の本当の気持ちだ。
ドアにつけられたベルがなって目を向けると、何か小瓶のようなものを手に持ったマスターさんが帰ってきた。私の目を見ると真っ直ぐこっちに向かって歩いてくる。
「萌霧さん」
「…はい」
初めてこの人から名前を呼ばれた。
いや、ちゃんと目を合わせて話したのも今日が初めてかもしれない。
「これを」
「……これは?」
渡された小瓶は軽く、手のひらに収まるくらいの大きさでコルク栓で蓋がされていた。中にはグレーの煙?のようなモヤモヤが入っている。
「君に戦う力は渡せないけれど、最低限自分の身くらいは守れるようにしないとね」
「……それって」
「身の危険を感じたらその栓を開けるといい、きっと役に立つ」
「ありがとう、ございます…」
何が何だか分からないけれど、聞く限りではこの小瓶が私のことを守ってくれるらしい。
「ね〜ぇ、あたしじゃ不安だって言ってるぅ?それ」
「事実君、彼女を危険な相手と接触させたじゃないか」
「ぐぎ……」
これがあれば私も、椿ちゃんのことを守れる……のかな。
「エヴィレほどではないけれど、それだって立派な
「……はい、必ず」
ぎゅっと、力を込めて小瓶を握りしめた。