仮面ライダーエヴィレ 作:ケサランパサラン
高校生活2度目の夏休み。
一年生の時の私は本当に何をするでもなく、適当に課題をやって、流石に暇が過ぎたので映画やドラマを見たりしていたけれど。結局のところ何もしていない。
教室での声を聞く限りはみんなカラオケやプールに行く約束だったりしていて、誰かと過ごす、もしくは何に打ち込むっていうのが普通の過ごし方みたいだった。
もちろん私にそんなことする友達なんていないから、一人でこの何もない時間を潰さなきゃいけなかった。
おじさんは昼間は仕事に行っているから、机の上に置かれたお金でご飯を買ってくるか、自分で作るかしないといけない。まあ作るのも食べるのも面倒だからお昼を抜くことも多かったけれど。
「……また髪切らなきゃかな」
前髪が視界にチラつくようになってきた。美容院にも全く行きたくないんだけれど、一回自分で前髪切ろうとしたら悪い予感がして、取り返しがつかなくなる前に辞めた経験がある。
下手なことするよりは行ったほうが変に傷を負わずに済むと思った。
「……はぁ」
高校生活、これでいいのだろうかと今更ため息をつく。
月並みな言葉だけれど、人生で一度しかない高校生活をこうやって無為に過ごすことに一応の焦燥感というものは感じている。この世に大してあれこれ不満を募らせたところで結局のところ世界は変わっていくし、私も生きていかなきゃならない。
「……変わっちゃったかな」
前までの私ならそんなこと思わなかっただろうな。
ただ諦観して、思考を放棄して、静かに感性が朽ちていくのを待っていたと思う。それが今じゃ、周囲で楽しそうにしている同級生に対して何となく羨ましい、って思ってる節がある。
家の中を彷徨いて、鏡に映った自分を見つめる。
私がどれだけ変わらないものを望んだところで、人は変わる。身長は伸びたし、髪だって。
私が今まで望んできたものは、本当は手に入りようがないものなんだ。
でも、この世にたったひとつだけ、変わらないものがあるんだとしたら。
それはきっと、彼女なんだろう。
だったら私は、彼女の近くにいたい。
この世でたった一つ、本当の永遠。
そのためだったら、私は………
「……うん」
今までずっと、ぼんやりと考えていたこと。
決心もつかなかったけれど、彼女のことを知った今なら踏み出せる。踏み込もうって思える、だから……
意を決して、家を飛び出した。
「……もう一度聞くね。ここで、働きたいって?」
「はい。合ってます」
「……一応聞くけど、お金に困ってる?」
「いえ特には」
「そうか…」
なんかついこの前も困ったようなマスターさんの表情を見た気がする。
世間が夏休みになっても相変わらず人のいない店内、絵や写真に囲まれた静かな店の中で、遠くの方で掃除している椿ちゃんと、向かい合って座っている私とマスターさん。
椿ちゃんの鼻歌だけ、店内に響いている。
「……ダメですか、やっぱり」
「まあ、人手は足りてるんだけど」
「そりゃ〜客が来ないからでしょ!」
「君はちょっと静かにしてて」
……お客さん来ないの気にしてたのかな。
「まあ理由はわざわざ聞かないよ、何となく察せられるし」
「………」
「…ご両親は?」
「いないです。……というか、もうしばらく会ってないんで。今はおじさんと二人で」
「そのおじさんには伝えた?」
「……まだです」
「そうか」
なんか、こうしてるとマスターさん、普通の大人って感じだ。
仮面ライダーのベルトとか作って、人のいない喫茶店を経営してて、椿ちゃんと協力してエンムを倒してて、本名を明かさなくて……
そんな人が、普通に、私を子供として扱ってる。
「ちゃんとその人に伝えること、それが出来るならうちで雇ってあげてもいいよ」
「え……本当ですか?」
「まあ、暇だと思うけどね」
「ありがとうごさいますっ」
正直雇ってくれるまで粘るつもりだったし、多分椿ちゃんなら賛成してくれるから彼女を味方につけてどうにかして折れるまで頼み込むつもりだったから、意外とすんなり許可されてちょっと驚いている。
「君の制服とか用意しなきゃだから、正式にはまた今度からになるけれど……とりあえず今日のうちは椿に色々教わるといい」
「はいっ、えっと……これからよろしくお願いします」
「うん、よろしく」
行動してしまったら意外とすんなりで。
なんとなく、後戻りできない寂しさを感じて。
「やほ、これからよろしくぅ〜」
「あ、うん。よろしく」
少し前に私が戦うことを否定したあの人は、簡単に私がここで働くことを認めて、キッチンの奥の方に行ってしまった。
「じゃあちょうどお客さんいないし、色々案内しようかな」
「……言っちゃなんだけど、絶対二人もいらないよね」
「まあまあ、そもそも隠れ蓑みたいなものだからさ」
そういえばなんで喫茶店やってるのかとか聞いたことはなかった。
私を立たせて店の奥の方へと案内しながら、椿ちゃんは話していく。
「あたしは当然こんなだから戸籍ないんだけど、多分マスターもそうっぽいんだよね」
「…そうなの?」
「そりゃ、ね。そもそも素性明かさないし、ここの電気とかガスも結構特殊な方法で引いてもらってるっぽいからさ。売り上げ出てないのにどこから資金源出てきてるのかも謎だし」
言われてみればそうだ。
椿ちゃんだって随分不思議に包まれてるけどマスターさんの方だって負けてない。仮面ライダーなんてものを作ってるのそうだし、何を考えて目的にしてるのかもイマイチ掴めない。
そしてそれは、椿ちゃんにとっても同じことなんだ。
「はい、ここからがバックヤード。まあ……マスターとあたしの自室とか倉庫とか、色々な機材とか……ここで生活してるから割と生活感あるよ、お風呂もあるし」
「へぇ…」
絵や写真だらけで派手な店内と比べてこっちは随分と静かな雰囲気だ。一本道の廊下を歩きながら、椿ちゃんが通り過ぎた部屋の扉のひとつひとつを説明していく。
「ここはマスターの研究室っぽくて出入りは禁止、てかマスターの部屋は基本的に入ると怒られるね。でこっちはあたしの自室で、こっちは……」
「……ここは?」
「なんて言えばいいんだろう……物置部屋、かな?」
「開けてみてもいい?」
頷いた彼女の表情は少しだけ神妙な面持ちで、普通の部屋じゃないってことはなんとなくわかった。
ゆっくりと部屋を開けると、そこには数え切れないくらいの写真のアルバムや小さな絵、それに絵画がぎっしりと詰まっていた。足の踏み場がかろうじて確保されている程度で中に入ってまともに動けるとは思えないくらいの。
「もしかしてこれ、何百年分かの」
「無くしちゃった分もまあまああるから全部じゃないけどね。元々色んなとこの山奥の誰も住んでない小屋とかに置いてあったんだけど、何往復もして全部ここに集めたんだ」
そこまで埃が積もっているわけでもないし、多分この部屋から店内に飾る絵を選んでいるんだろう。
「流石にそろそろ処分しなきゃかなあって思ってるんだけどね、今の写真だと割とコンパクトに保管できちゃうからまだいいかな〜って思っちゃって」
「……ねえ、この部屋って自由に入って、勝手に見ちゃってもいい?」
「いいけど……あたし別にそんなに絵や写真が上手いわけじゃないし、見てもそんなに楽しくないよ」
「そんなこと……」
そういうのに詳しいわけじゃないけど、絵の方は売ったらそれなりの値段になりそうだって感じるくらいには出来がいい。ちゃんとその時彼女が見ていた景色、時間や天気までが描かれているのがわかる。少なくとも私が同じように描くには長い時間が必要だって。
「この人は?」
「……もう随分昔に死んじゃった人、声は覚えてないけど、せめて顔は忘れないようにって描いてたんだ。お店には出してないけどそういうのは結構あるよ」
「……そっか」
多分彼女は美しく描こうとしたわけじゃなくって、本当に忘れないように記録しておきたかっただけなんだろうな。
静かに彼女の見てきたものをじっと眺め続ける。私には彼女の想いや感情を知ることはできないけれど、でもできるだけ同じものを見ていたいって、そう思ったから。
物音のしない部屋で急にシャッター音がなって、身体がびくんと跳ねる。驚いて音の方を見ると、こっちにカメラを向けている椿ちゃんが申し訳なさそうに笑っていた。
「ごめん驚かせるつもりはなかったんだけど……なんか撮りたくなっちゃって」
「……肖像権って知ってる?」
「世知辛い世の中になったよねぇほんと」
現代の司法に文句を垂れながら撮った写真を確認している椿ちゃん。
「……私のことも、忘れる?」
「へっ?」
彼女の気持ちを考えてみようとして、そんなことを口走ってしまった。
「い、いや忘れるっていうか、その……えっとぉ」
「ごめんそんなつもりじゃ」
失言のせいで気まずい空気が流れてしまった。
「うーん……まあ、ずっと覚えてるって断言はできないかな。じゃないとこうやって記録しておかないし……」
「…そっか」
「正直な話ね、あたしも大事な人のこと忘れていくのが辛くて、ここ数十年はあんまり人と関わらないようにしてたんだ。人目につくと面倒ごとも起きちゃうし」
肉体は永遠なのに、記憶だけが掠れていく。
「だからまあ、ここまでちゃんと関わったのは萌霧が久しぶりだよ」
「……マスターさんは?」
「あれは同僚みたいなもんだから、ノーカンノーカン!」
いいんだ、それ。
「実は今割と楽しいんだ。ただ無意味に生き続けて、気持ちをすり減らしていくあたしの人生にエンムと戦うっていう意義が生まれて……こんなこと言うと良くないかもだけどね」
「………」
「もちろんあの愚弟が何かに絡んでるのは最悪だけど……それでもこうやって戦えて、助けることができて……こうして君と話せてる。それが嬉しい」
「…うん」
私もだよと、喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
なんでそうしたのかは自分でもわからない、でもなんとなく、言えなかった。
「どうせここまで関わっちゃったんだ。これからも仲良くやろうね?」
「……うん、もちろん」
「ん!」
「……ん」
彼女が出してきた右手を、私も右手で応えて、手を握り合った。
椿ちゃんの手は私と同じようにちゃんと、血の通った暖かさをしていた。
「……やっぱ変かな…」
鏡を見ていつもと違う髪型になった自分に違和感を抱く。
無造作に伸ばされていた髪の毛も切り揃えられて、前髪とかのあたりもなんというかこう、ふわふわしている。
制服の用意が出来るまでの数日の間で美容院に行ってきたのはいいけれど、いつもと違う自分の姿はやっぱり見慣れない。
「……ダメだ今更不安になってきた」
流石に最低限身だしなみは整えたほうがいいかと思って色々やったけど、椿ちゃんにどう思われるか不安すぎる。自分で見る限り別に似合ってる……というか、流石に前よりはちゃんとしてると思うんだけど。
もう全部やった後なんだから今更不安になったって仕方ないことだってことは自分でも分かってるけど、それでもやっぱり……
変わった自分を受け入れてもらえるのか。
私が変わったせいで彼女が変わらないか。
私たちは、変わらず友達で居られるのか。
ずっとそんなことばっかり、頭の中を堂々巡り。
「……あほらし、恋でもしてんのか私は」
くだらない思考をすっぱり切り捨てる。
今日が初めての出勤日、もうすぐ家を出ないと間に合わない。うじうじしてる時間なんかもうない。
どうにもならないんだから、やるしかない。
両手で頬を軽くパンっと叩いて、勢いよく家を飛び出した。
「すぅ……はぁ……」
喫茶あたらよの前。
息を整えて、入り口の扉に手をかける。
ちょっと不安だけど、暑いからもうさっさと中に入りたいっていう一心で扉を引こうとしたその時、向こう側からどたどたと走ってくる音が聞こえて、後ろに下がった途端勢いよく扉が開かれた。
「あっちょうど良かった!!エンム出たから一緒に行こ!!」
「えちょっ、わっ!?」
反応する暇もなく、椿ちゃんに私の姿を見せる暇もなく、腕を引かれてバイクに乗せられて、ヘルメットを被せられてバイクに揺られて町を駆け抜けていく。
「……髪が」
ヘルメットの中で荒れてるであろう私の髪のことを考えて思わずぼやいてしまったその言葉は、エンジンと風を切る音に呑まれて彼女の耳に届くことはなかった。