仮面ライダーエヴィレ 作:ケサランパサラン
「……商店街か」
寂れた商店街の近くで写真の中を通って、イリュシアの中へとやってきた。入った途端にごった返すような人と喧騒が目の前に現れる。
「この人たちって……」
「エンムが作り出した幻だよ、記憶を媒介にしたやつ。まあこの中で本物の人は一人ってとこだね、そいつをとっとと見つけ出さないと」
近所にあった商店街、私も昔の賑やかな頃を知っているけれど、近くにショッピングモールができてあっという間に寂れていったのを覚えている。
「行こう、こんなだと誰かを探すのは骨が折れそう」
彼女が私の手を握って人混みの中へ突っ込んでいく。幻とはいってもこの世界では実態があるのだから、何回も人に押しつぶされそうになりながら椿ちゃんの手を必死に握り続ける。
せっかく整えてきた髪の毛がちゃんと彼女に反応をもらう前にどんどん崩れていくのがわかる。
「っ……ねえ、エンムに狙われてる人を探すアテはあるの?」
「この周りの人たちはただの虚像で意思はないから、その人の近くまで行けば意思を感じ取って特定できると思う」
「その、意思を感じ取るってのは?」
「あぁ、ええと…なんて言えばいいかな」
するすると人混みを抜けていく彼女と違って、誰かとぶつかるたびに情けない声をあげる私。
「なんというかその、感じ取れるんだ。その人の意思というか、本質というか……気配みたいな感じ?」
「……時々エンムやイリュシアを感じ取ってるのもそれ?」
「そ」
やっぱり、彼女には私には見えていないものを見ている。
「……それって、私にも感じることができる?」
「え?」
「ほら、椿ちゃんみたいに出来たら私も探すの手伝えるし……」
「どうかな、これはあたしの体質みたいなところあって…」
急いでる様子を見る限りここのイリュシアもあんまり時間は残されてないんだろう。もっと落ち着いて周囲が見られれば私も役に立てたかもしれないけれど、これだけ人がいたらあまり変わらないかもしれない。
多分、私の手を握ってるのも手分けして私を一人にするのが心配だからなんだと思う。
「……これだけ人がいるのを望んでるんだったら、自分もその中に紛れようって思うかも。静かなのが嫌で、賑やかなのが好きなんだと思うから」
「おっけ、あとはもうしらみつぶしだね」
にしたって人が多すぎる。
ふと天井から吊り下げられた大きなポスターに目をやると特売セールだのなんだの書いてあった。なるほど、と一人で勝手に合点がいきながらまた誰かにぶつかる。
「……この近くだ」
「………この人混みの中の誰か、見当はついてる?」
「ついてないからしらみつぶし!まあどうせ接触したらエンムが妨害に——ちょっ…萌霧!?」
手が離れた。
というより急に人が私と椿ちゃんの間に大量に入り込んできて分断してきた。どんどん雪崩れ込んできて、人の壁が形成されて……
その全員が、じっと私を見つめている。
「っ…」
後ずさり、ポケットの中に入った小瓶の中に手を伸ばした瞬間に背中から誰かにぶつかった。
「おっと、大丈夫?」
急いで振り払って、私の後ろにいたそいつを見据える。
「……葉」
「あいつにはちゃんを付けるのにおれには呼び捨て?傷つくなあ」
小瓶の蓋に手をかける。
「そんな警戒しないで欲しいなあ、まあ苦しそうにしてるところ助けてあげたのは誰か忘れちゃった?」
「……あなたと椿ちゃんのこと、ちょっとは聞いたから」
「…あっそ」
つまらなそうに声を上げて私の周りを歩きはじめる。その周りを人が囲っていて、気づけば椿ちゃんと結構距離が空いてしまっているらしい。
「まあでも聞いたっていっても、どうせ弟ってことと、おれがあいつのことを殺そうとしたってことくらいだろ?」
「……殺す?」
「……あれ?聞いてない?」
お互いにきょとんとした顔で見合ってしまう。
「……300年前に大喧嘩したって言ってたけど」
「それだよそれ!おれが殺そうとしたの!え?なにあいつ喧嘩とか言ってくれちゃってんの?はぁ〜腹立つ」
「殺すって……でも彼女は」
「死なない?あぁそうだな、だから殺そうとした」
「…どういうこと?」
私が聞くと彼はニヤついて、口に人差し指を当てて「秘密」と言ってきた。
「まあ向こうからしたら姉弟喧嘩ってことさ、たいしたことじゃない。それより今日はちょっと質問をしたくてさ」
「質問?」
「聞いたんだろ?何年も生きてて、死ななくて、化け物だって。それを聞いて君はどう思ったんだろうって。それを」
なんとなく、私をどうにかしようってのは感じない。
本当に、ただの興味本位で私に質問してるんだ。
「怖かったか?気味が悪かったか?おれたちはもう人じゃない、ましてや生き物ですらない。理から逸れた死にたくても死なない哀れな化け物だ。な。どう思った?」
彼の質問は、私の何を知りたがっているのだろう。
「……別に。バケモノとか、そんなのは思ってないし……私の目には彼女は……この世界で1番、美しい存在に思えた」
「…それは変化を拒む存在だからか?だったらおれはどうだ?あいつと血が繋がってて、同じように例え心臓を潰されたって元通りの姿になる。おれは美しいのか?」
「違う。……あなたと彼女は全然違う」
確かに最初は雰囲気が似てると思ったけど……それでも決定的に違うものが、一つある。
「あなたには……椿ちゃんみたいに綺麗な瞳がない。この世界が美くて、好きで、たまらない。そんか輝きが……あなたからは微塵も感じられない」
「………そうか。まあ別に毛ほども好きじゃないからな」
そうだ、こんな世界は好きでもなんでもない。
こいつの目は多分、私と良く似てる。
「私にはないあの目を持ってるから……彼女のことをもっと知りたいと思える」
「あーあー、あの色女め」
もういいや、と言ってその姿がぼやけていく。
「あぁそう、一つ忠告しとくけど」
背を向けた彼がこちらに振り返る。
「あいつと関わった人間、ろくなことにならなかったよ」
「どういう……」
言うだけ言って煙の中に溶けて行ってしまった。
周囲に集まっていた人間の幻も散り散りになって、ようやく身動きが取れるようになってきた。
「……椿ちゃんは」
「萌霧!聞こえる!?あぁもうっ」
急に統率の取れた動きであたしと萌霧を分断してきた幻たちをキッと睨みつける。残念なことに意思がないので返事はない、ただの屍以下の存在のようだ。
「……で、こっちに来るわけだ」
気配を感じて振り返った先にいたのは二人の老夫婦。感覚でわかるけれど男性の方は幻で、実体と意識を持っているのはおばあちゃんの方だ。エンムに目をつけられた理由は大方想像はつくけれど……
「狙うだけなら萌霧の方に行けばいいわけだから……また葉がちょっかいでもかけてんの?」
「………」
「今度は無口かぁ、まあいいけど。悪いけどさっさと迎えに行かせてもらうよ」
あのバカが絡むと色々荒っぽくなる自覚はある。乱暴な動作で腰にドライバーを巻き付けてフィルムを挿し込む。
「変身」
レバーを押して、エヴィレの姿が重なった途端に老婆に向けて殴りかかる。拳が当たる前に老夫婦の両方が煙に包まれて、2体のオオカミのエンムへと姿を変化させた。
「…うっわ」
色々察して、出てきた言葉がそれだった。
まあエンムに人の心なんかないから向こうは何も考えずにやってるんだろうけれど……もう会えない人間の幻を見せるなんて酷なことをする。
「これだから好かないんだよなぁ」
フィルムを嵌め込んで素早くレバーを動かし、両手に持った剣で、噛み付いてきた半狼のような見た目の2体のエンムの牙を塞ぐ。しっかりと噛み付いて離れないのを確認して、両手を離して片方のエンムの鼻先を思いっきりぶん殴ってやった。
情けない鳴き声と狼狽えた拍子で口から剣が外れたのを受け止めて、後ろから突っ込んできた方の胸に突き刺す。火花と共に弾かれるがまた剣が外れたためそれを受け止める。
両方姿は全く同じだけど、あのおばあちゃんが取り込まれてる方は分かる。あたしが今鼻先をぶん殴った方だ。恨めしそうな顔で鼻を押さえながらこっちを牙を剥き出しにして睨んでる。
双剣をいつもと違う向きで繋いで一つの武器にし、両手でしっかり持って構える。
本体は片方、もう一体はあくまで分身だ。本体だけとっととやってしまえばこのイリュシアごと散るはずだけれど。
「ほら来なよ」
軽い挑発。
吠えた二体の狼が低い姿勢を維持しながらあたしの周りを動き回って、一直線に重なって突っ込んできた。一体目が突っ込んできたのを横に転がってかわして、その隙を狙ってきた二体目の爪での引っ掻きに合わせて両刃剣のようになった武器を構えて受ける。後ろから挟み込んできたもう一体が飛びかかってきたのを両刃剣の後ろ側で受けて、剣を二つに分けて鍔迫り合いを避け、踏み込んで最初に突っ込んできた本体の胴体に双剣を差し込んだ。
甲高い悲鳴を上げながら急いで私から距離を取ろうとする。今度はブーメランの形にして追撃しようとしたが素早くもう一体がカバーに入ってきて塞がれる。
腹部に切り傷の入った本体、これでようやく見分けがつきやすくなった。改めて両刃剣の形にして素早く動き出したエンムの動きを警戒する。
今度は二体とも別々の方向からこっちを掠めるように牙や爪を向けてくる。それぞれ剣で受けつつ隙がないか探すけれど、なかなか決め切れるタイミングがない。
「——っ!」
予感がした時には既に二体のオオカミが私を挟んで、口を大きく開けて咆哮を上げていた。地面の土埃すら巻き上げる音圧が二方向から飛んできて塞ぎようもなく喰らってしまう。
大きく壁に叩きつけられたような衝撃、自分の意思とは関係なく思考が一時的にシャットアウトされて周囲の状況が分からなくなる。
「ちっ…」
手に持ってる武器の感触だけを頼りに自分の身に寄せて攻撃から身を守ろうとするけれど、その時にはすでに後ろを取られて同時に爪を喰らって身体を大きく吹き飛ばされていた。
「ったぁ〜……」
あたしの傷が治ったとしても、エヴィレを維持できなくなったら流石にその時点で敗走だ。あんまりもろに攻撃を喰らうのはよくない。
まだはっきりとしない感覚と攻撃の影響で身動きが取れずフラフラとしている私に向かって、分身の方のオオカミが大きな口を開けて私の喉元に噛みつこうとしてくる。
敢えてそれを防がずに、無防備な姿勢のままドライバーのレバーに手をかけて押し込んだ。
「いらっしゃい」
首元に牙が食い込んだ瞬間に刃に緑色のエネルギーが収束し、分身のオオカミの身体を切り上げて吹っ飛ばした。
分散の身体は霧散しながら本体のすぐそばに落ちた。
「ふぅ……」
なんか戦うたびにエンムが強くなっていってる気がする。そのうちビルくらいの高さのエンムでも出てくるんじゃないか。
そんなくだらない思考がようやく回り始めたとき、本体のオオカミが分身の肉体を喰らい始めた。
その様子を視認した瞬間に両刃剣をブーメランに変えて投擲、もう一度レバーを引いて跳び上がって足先にエネルギーを集中させた跳び蹴りを喰らわせようとする。
ブーメランを弾いたその隙にあたしの蹴りを当てるつもりだったが、その直前でオオカミの姿は消え失せていた。
その代わりに私の背後で、ぐちゃぐちゃな気配のするエンムが現れた。
灰色だった体毛が真っ黒に変化し、私がつけた胴体の数から煙を噴出させている、明らかにさっきまでとは違うレベルの存在。
「……自分を喰べて変異?お安く済んで羨ましいな」
たまにこうやって変異する個体はいる。そもそもこいつに関しては分身を作り出してる時点でそれに該当してはいたんだけれど……片割れがやられてさらにもう一段階変わってきた。
「しんどいなあもう」
「何あれ…」
私自信は一回も戦ったことはないけれど、それでも何度かエンムを見てるからわかる。
黒い狼のエンム、あれは普通じゃない。
エヴィレが……椿ちゃんが傷だらけの状態で黒いエンムと戦っているけれど、向こうの動きが機敏すぎて相手を捉えられていない。エヴィレとしての身体がどんどん傷ついて行く。
「………」
マスターさんには身の危険を感じたらとは言われたけれど……
例え彼女が死ぬことのない不変の存在だとしても、私が戦うことでは何の役にも立たないとしても。
「それでも私は……っ」
意を決して小瓶の蓋を開ける。
小瓶の中のモヤモヤが出てきて、私の手の中で集まってあるものを形取る。
引き金と銃口のついたそれを、私はエンムの方へと向けた。