【短編集:夢想少女ノ特別法廷】
作者が思いついた小ネタをまとめた短編集です。色々とムジュンを抱えるお話ばかりですが、本編の内容とは異なるので、深く考えないでください。
・目次
◆日常の一幕編◆
◆都合の良い魔法編◆
◆日常の一幕編◆
1.日常の一幕(早瀬アキラの場合)
【早瀬 アキラ】
「‥‥眠ィ‥‥」
嫌に大きなあくびが出た。自分が想定していたよりも大きなあくびだったものだから、思わず周囲を見渡して目撃者がいないか探してしまった。‥‥情けない。
この奇天烈な牢屋敷に誘拐されてきて数日が経過した。
俺の他に集められたのは同じ年頃の少女が十数名。周りは当然ながら俺よりも背の小さな奴らばかりで、少し居心地が悪いと思ったのは内緒だ。
【真壁 リクア】
「やあ、早瀬クン」
【早瀬 アキラ】
「‥‥ん」
【真壁 リクア】
「挨拶はきちんと返したまえ。大事なコミュニケーションだぞ」
【早瀬 アキラ】
「‥‥悪ィ。ちょっと眠いんだ」
廊下の突き当たりで真壁と遭遇した。初日以降、俺達の中で真壁はリーダーシップを取ろうと精力的に動き回っている。
実際、リーダーとしての素養はあるようで、ここまで俺達は彼女の指示に従って行動を取ってきた。俺がこうして早起きすることになったのも、真壁の提案が原因だったりする。
【真壁 リクア】
「連日食事作りに協力してもらっているからな。キミ1人に負担をかけてしまっている。他の人たちにも協力を仰ぐことにするよ」
1階へ向かう階段を真壁は先行して昇っていく。わざわざ後ろ向きで歩きながら、後を追いかける俺を見下ろす格好だ。その表情は誇らしげで嫌に生き生きしている。
どういう訳かは分からんが、真壁はこうやって時折物理的に上から目線で話をしようと試みることが多い。今みたいに階段で移動している時なんかがそうだ。可能な限り、少しでも高いところに立って喋ろうとするクセがあると見て取れる。
‥‥普段の尊大な態度といい、彼女にも色々とあるのだろう。
──
食堂についた俺たちは、早速昼食作りに取り掛かった。真壁いわく、今日はハンバーガーを作るとのことらしい。倉庫から見つけ出してきたじゃがいもを蒸してすりつぶしたものに、コーンビーフを混ぜ合わせるらしい。
食いしん坊の朝雛の為に人数分よりも少し多めに作る作業にも、少しずつ慣れてきた。真壁と2人でテキパキと調理をこなしていく。
【真壁 リクア】
「ああ、早瀬クン。日頃のお礼にということで、キミの分は少し大きめに作っておいた」
そう言って真壁が俺に示したハンバーグは他と比べて1.5倍ほど大きなものだった。
‥‥食べる時にアゴが外れないといいのだが。
──
12時30分。通知しておいた食事の時間となった。案の定扉を蹴破って突入してきた朝雛に真っ先に料理を提供し、その後やってきた連中にも必要な分を配って回る。‥‥こうしないと、誰かさんが横入りして奪いかねないからだ。
その他にも簡易的な片付けやら、夜に向けた仕込みやらで調理担当は毎度食事にありつくまでに時間がかかる。
大方のやるべきことを終えた頃には、真壁と俺以外は食事を摂り終えて、ほとんど退散してしまっていた。
冷めかけたハンバーガーと共に、俺は適当な席につく。‥‥改めて見てもものすごい大きさだ。
普通のロールパンを少し薄く切ってバンズの代わりにしたものの間に、ひときわ大きなパティが挟まっている。‥‥縦方向にやたらにデカいな。
【真壁 リクア】
「ぐががが‥‥。‥‥うム。ナイフとフォークを取ってこよう」
調子に乗ったのか、真壁のパティも俺と同じくらいの大きさをしていた。かぶりつこうとしたようだが、不可能と判断した真壁は早々に諦めてナイフとフォークを取りに席を立ったようだ。
改めて目の前のそれに対峙する。確かに大きいが‥‥俺ならいけなくも、ない‥‥はずだ。
両手で鷲掴みにしてハンバーガーを口元に運ぶ。そうして、目一杯口を開けると‥‥。
開ける、と‥‥。
ハンバーガーに覆われた視界の端に、小さな影が現れたのを見た。こちらに注がれる、熱烈な視線を感じる。そっとその正体を確かめてみると‥‥。
【早瀬 アキラ】
「‥‥んだよ」
机の反対側でアイツがニヤニヤと笑っていやがった。頬杖をついて、見上げるようにしてこちらを見ている。
【リヴィア・ローゼンタール】
「ふふ。とても大きくお口を開けていらしたので‥‥つい見入ってしまいました」
‥‥はしたないところを見られた。口元にアイツの視線が注がれているのを感じる。
クソッ。食い辛い‥‥。
しばしの膠着状態。ためらう俺に対して、アイツはびくとも動きやしない。
【リヴィア・ローゼンタール】
「あら。食べないのかしら? ただでさえ冷めているのに、もっと冷めてしまいますわよ?」
【早瀬 アキラ】
「ぐぎぎ‥‥」
‥‥せっかく作ったのに、食べないわけにもいかない。俺は意を決すると、ハンバーガーを口に半ば押し込むようにして、咀嚼する。‥‥味が分からない。
つい頬張ってしまったせいで、咀嚼に時間がかかる。その様子すらも、アイツはジッと見つめてきやがる。
周囲に聞こえるのは、背後で真壁がナイフとフォークでハンバーガーを切っている音と、俺がハンバーガーを咀嚼する音。‥‥ダメだ。羞恥心が抑えられねえ。
まだ大きな塊が残っていたが、俺は無理やり口の中のものを全部飲み込んだ。みぞおちの少し上あたりで、塊が詰まりかけて痛みが生じた。うぐ、と絞り出すような声がほんの少し漏れる。
【リヴィア・ローゼンタール】
「あら。そんなに急いで食べなくてもいいのに」
【早瀬 アキラ】
「‥‥うるせえ。というより、なんでずっとこっちを見てるんだよ」
【リヴィア・ローゼンタール】
「あなたが食事を取っているところ。わたくしまともに見たことがありませんでしたから。それに‥‥可愛いお顔のあなたが、お口を大きく開けて頬張る姿‥‥かわいいですもの」
【早瀬 アキラ】
「‥‥はしたないとでもいいたいのか?」
【リヴィア・ローゼンタール】
「いいえ。本心ですわ」
眉一つ動かさず、アイツはそう言い切った。コイツめ‥‥。
怒りか恥ずかしさか。何が何だか分からんが、食事を取る気が失せた俺は、残りのハンバーガーを皿に置く。
【リヴィア・ローゼンタール】
「あら。どうされたのかしら?」
【早瀬 アキラ】
「‥‥食う気が失せた。冷蔵庫にしまって、あとで食べる」
まだ少し残っていたが、このままだとコイツの目の前で食べ続けることになってしまう。本音を言えば、まだ腹は空いているが‥‥やむを得ん。
残りを冷蔵庫にしまいに行こうと思った次の瞬間、アイツは立ち上がるとこちら側に周って来やがった。座っている俺よりも小柄な体格を見て、自分のデカさを改めて感じさせられる。
【リヴィア・ローゼンタール】
「‥‥わたくし、今日は珍しくまだお腹が空いていますの。もし今食べられないというのならば‥‥ひとくち、分けてくださらない?」
アイツはそう言うと‥‥目を閉じてこちらに口を開けてみせた。実に無防備な状態でだ。
【早瀬 アキラ】
「‥‥なんのつもりだ」
答えは帰ってこない。無言で鳥の雛みてえに口を開きっぱなしにしていやがる。小さな口の中に整然と並んだ白い歯がチラリと見えて、こっちが小っ恥ずかしくなってきた。
【早瀬 アキラ】
「おい、やめろ‥‥」
返事は来ない。
【早瀬 アキラ】
「何が望みだ‥‥」
返事は来ない。
【早瀬 アキラ】
「はしたねえぞ‥‥」
【リヴィア・ローゼンタール】
「あなたの前でなら、別に構いませんわ」
ようやく返事が帰ってきたが、それっきりまた黙って口を開きっぱなしにしていやがる。
どうやら俺が残りのハンバーガーを与えない限り、これをやめるつもりはないようだ。
噛りかけの残りをゆっくりと手に取る。このサイズなら、ギリギリこいつの口に入りそうだ。‥‥やるしかない、っていうのか‥‥?
目の前のお嬢様は、目を閉じて微動だにしない。このままだと、近くにいる真壁に変に思われるかもしれないし‥‥いや、既に手遅れかもしれんが。
やむを得まいと思った俺は、そっとハンバーガーの欠片をアイツの口元へと運んでいく。
ゆっくり、ゆっくり‥‥。距離が近くなるにつれて、手が震えてきた。アイツの鼻息が軽く指先にかかって、こそばゆいのを感じる。
じれったくなったのか、アイツは片目だけ開けてこちらを見てきやがる。それでも催促はせず、あくまでも俺に食べさせようとする腹づもりのようだ。
ぐぎぎぎ、と喉からへんな音が漏れ出そうになっていた。こいつの口にこの欠片を突っ込むだけ。それだけなのに‥‥何をためらっているんだ、俺は!
【朝雛 チサ】
「あ! リヴィア、ハンバーガー分けてもらってる! ずるい!」
沈黙を破ったのは、朝雛の大声。俺の視線が一瞬そちらに向いた次の瞬間。指先に柔らかい感覚がして、代わりに持っていたハンバーガーがなくなったのを感知した。
視線を戻すと、アイツがもぐもぐと口を動かしている。朝雛に邪魔されるのを嫌がったのか、とうとう俺が動くのを待たずに自ら動いたようだ。
ゆっくりと咀嚼して、ハンバーガーを飲み込むとアイツはニヤリと笑って見せる。
【リヴィア・ローゼンタール】
「あら。アキラ、ケチャップがついていますわよ」
人差し指の先にケチャップが残っていた。何かの拍子についてしまったのだろう。
何を思ったのか、アイツは俺の手を取ると‥‥これまた躊躇なく人差し指を咥えてペロリとケチャップを‥‥舐めやがった!
ゾワリ、とアイツの舌が指先を這うように撫でやがる。チュポン、とわざとらしく音を立てると、アイツは俺の指を解放した。
【リヴィア・ローゼンタール】
「‥‥ごちそうさま。アキラ」
それが最後の一言だった。アイツは時間停止の魔法を発動すると、そのままどこかへ消えてしまった。
「ずるいぞ!」と駆け寄ってきた朝雛が、突然の出来事に目を白黒とさせてその場に立ち尽くす。
【早瀬 アキラ】
(アイツめ‥‥!)
軽く湿った指先のやり場に、俺はすっかり困り果ててしまった。
【真壁 リクア】
(‥‥何をしているのだ。あの2人‥‥)
◆都合のいい魔法編◆
1.都合のいい魔法(真壁リクアの場合)
とある日の明朝。いえ、そもそも監房が地下にあるので日が昇っているかどうかも判断がつかないのですが‥‥。
ともあれ、私は唐突に鳴り響いたスマホの通知音に叩き起こされました。私以外の人のスマホの通知音も鳴り出したようで、地下にはフクロウの鳴き声がけたたましく響き渡ります。
【南雲 ヒナタ】
「な、何事だ‥‥?」
同じく叩き起こされたであろうヒナタさん。毛布から抜け出す布の擦れた音と共に、二段ベッドの上段が僅かに揺れます。
ビカビカと光るスマホを手に取ると、ゴクチョーさんからの通知が来ているのが分かりました。内容は一言『面倒事が起こってしまいました。皆さん10分以内にラウンジに集合してください』と非常に簡素なものでした。
め、面倒事‥‥? この牢屋敷では、いずれ殺人事件が起こりうると初日に話がありましたが‥‥まさか殺人が!?
いてもたってもいられなくなった私は毛布を蹴飛ばすと、身支度もそこそこに監房を飛び出しました。
【篠宮 マコト】
「な、何があったんですか!?」
ラウンジに駆け込むと私は開口一番、聞き手がいるかもどうかも分からないのに叫んでいました。どうやらまだ誰も到着していないようで、私が一番乗り‥‥のように思われましたが。
【篠宮 マコト】
(あ、あれは‥‥?)
玄関ホール側の出入り口のすぐ真正面。初日にゴクチョーさんが説明をした時にも淡い光を放っていたモニター。その前に小さな人影がありました。
私たちの中でも小柄なリヴィアさんよりもさらに小さなその人影は、こちらに背を向けてジッと佇んでいます。
そうこうしているうちに、入口の方がにわかに騒がしくなってきました。他の人たちも駆けつけてきたようです。ヒナタさんに、ミオリさんに、カナデさんに‥‥あれ。1人足りないような‥‥。
私が指先でちょいちょいと人数を数えていると‥‥部屋の上部から羽音が聞こえました。見上げると、ダクトからゴクチョーさんが飛んできます。
【ゴクチョー】
「あー、皆さん。朝早くに申し訳ありませんねぇ。まあ、見ての通りの状況でして」
いつものように気だるげな声色のゴクチョーさんは、何を思ったのか件の小さな人影の上に着地します。
【???】
「ム。や‥‥やめたまえッ! わたしはとまり木ではない!」
【ゴクチョー】
「いやー。高さがちょうどいいもので」
頭上に突然飛来したゴクチョーさんを振り払おうと、小さな人影は必死にもがいています。そして‥‥私たちの方にようやく顔を向けてくれました。
【常盤 シヅハ】
「ま‥‥真壁さん!?」
真っ先に人影の正体を看破したのはシヅハさんでした。モニターの逆光でよく見えませんでしたが‥‥よく見ると、人影は白衣を模した囚人服を身に着けています。いつもリクアさんが着ていたそれを、そのまま小さくしたもののようです。
【真壁 リクア(幼)】
「は、はなれたまえ!」
【ゴクチョー】
「‥‥少々、冗談が過ぎましたかね」
‥‥なんだか、キャラに合わない発言だなと思いました。「冗談」なんて言葉がゴクチョーさんから飛び出すのが、ちょっぴり不思議な感じです。
ともあれ、リクアさんの希望通りゴクチョーさんはひらりと彼女の頭から飛び立ちました。近くの机に降り立つと、羽先でちょいとリクアさんの方を指さします。
【ゴクチョー】
「えー‥‥御覧の通りです。真壁リクアさんが小さくなってしまいました」
【星谷 セリナ】
「い、一体どういう風の吹き回しなんだよ‥‥?」
セリナさんが困惑の声を上げます。
【ゴクチョー】
「あー、いやですね‥‥。お伝えするのを忘れていましたが。この牢屋敷には、過去に囚われていた囚人たちの魔法が残っていることがあるのですよ」
残された魔法‥‥図書室の逆さになった木や、床に散らばったあの光の粒も、おそらくそうなのでしょうね。
【ゴクチョー】
「どこに魔法が残っているのか未だに特定できていないのですが‥‥この監獄島には、“対象者を子供にする魔法”が残ってしまっているのです」
【倉科 ミオリ】
「そ、そんな薄いほ‥‥都合のいい魔法がぁッ!?」
ミオリさんが朝から大ハッスルのスクリームです。耳に悪い‥‥。
【常盤 シヅハ】
「あ、あの‥‥命に別状はないんですよね? 突然小さくなって、体に不調が出たりとかは‥‥」
【ゴクチョー】
「ああ、その点はお気になさらず。本当に体が小さくなっただけですし。過去の事例通りならば、1日で元に戻るはずです」
ゴクチョーさんの説明にシヅハさんは安堵のため息を漏らします。が、ゴクチョーさんの続く言葉がその安堵を吹き飛ばします。
【ゴクチョー】
「ただ、その‥‥どうやら、この方。記憶が無くなる‥‥というか、子どもの時まで記憶が遡ってしまったようでしてねぇ。貴方がたの事を全く覚えていないようなのですよ」
【常盤 シヅハ】
「え、ええ‥‥?」
【倉科 ミオリ】
「だから都合が良すぎますってぇ!?」
‥‥少し空気を読んでほしいです、ミオリさん。
【ゴクチョー】
「故に緊急事態として皆さんを招集したのです。流石に我々も‥‥子守は業務の対象外ですので」
【真壁 リクア(幼)】
「子もり‥‥? わたしはそんなにおさなくない! なめるなッ!」
幼い事をバカにされたことが癪だったのか、リクアさんはゴクチョーさんを睨みつけました。そして何を思ったのか、ゴクチョーさんがとまっている机の上に彼女も登りだしました。手足が短くなっているので、少し登るのに苦戦しているようです。
【真壁 リクア(幼)】
「安心したまえ、しょくん。キミたちのことは、さっきスマホのアプリで名前をかくにんしている。そして、わたしになにが起きたのかということについても、すでにこのフクロウから聞きおよんでいる」
やや舌っ足らずですが、リクアさんは初日に見せたような調子で私たちに語りかけます。姿こそ小さくなっていますが、彼女の根っこの部分はやはり変わっていないようです。
【真壁 リクア(幼)】
「わたしのことだ。小さくなる前から、きっとキミたちを教えみちびいていたのだろう。なら、わたしのすることはかわらない。今日もかわらず、キミたちのリーダーとして、このアクシデントものり切ってみせようではないか」
小さく鼻息を漏らす音が聞こえました。私たちの間に困惑の色が広がるなか、当のリクアさんは自信満々の様子です。自分よりも大きな存在‥‥私たちのリーダーになれると思って興奮気味なのでしょう。
誰が呼びかけたわけでもなく、私たちは小さく円を作り即興の作戦会議を始めます。
結論として‥‥今日一日、リクアさんの好きなようにさせてあげよう、ということになりました。ゴクチョーさんの言うように子守に徹すると‥‥多分、リクアさんは怒るでしょうしね。
こうして、私たちの奇妙な1日が始まるのでした。
【真壁 リクア(幼)】
「どうだ。おいしいだろう」
ひとまず食事を摂らないことには一日は始まらない、ということで私たちは食堂に介していました。
今日ばかりはリクアさん以外が朝食作りを担当すべきだろうと皆さんで相談していたのですが、なんとリクアさんは先んじて朝食の仕込みを終えていたようです。
10分とかからないうちに、いつものメニューが運ばれてきて思わず目を丸くしてしまいました。
【篠宮 マコト】
「はい。とっても美味しいですよ、リクアさん」
焼きたてのパンを一口齧った私は、リクアさんに微笑みかけます。
【真壁 リクア(幼)】
「ふふん」
‥‥心なしか、いつもよりもパンが甘いような‥‥。もしかして、小さくなったことで味覚までもが幼くなったのでしょうか。
その日の朝食は、全体的に心なし味付けが甘いような、そんな気がしました。
【三条 エリス】
「め、面目ないでずうううううううう‥‥」
【真壁 リクア(幼)】
「気にするな。これもリーダーのやくめだ」
エリスさんの濁音混じりの泣き声が医務室中に響きわたります。掃除の最中、スカートの裾を踏んづけて階段のてっぺんから真下まで見事に転げ落ちたエリスさん。
中々の大事故ですが、幸いにも膝小僧を擦りむいただけですんだようで、駆けつけたリクアさんが手当をしています。
【三条 エリス】
「あ、あばばばば‥‥ち、血まみれで怖いです‥‥」
エリスさんはどうやら血液恐怖症のようです。自分の膝から流れ出る自分の血さえも嫌がっているようで、目を背け、眉間にシワを寄せ、首を思いっきりねじって直視しないようにしています。
【真壁 リクア(幼)】
「血はこわくないぞ、三条クン。元をたどれば血液は、
【三条 エリス】
「え‥‥? な、ななななな涙も、血‥‥? ひえええええええええええええッ!?」
リクアさんの説明にエリスさんはすっかり怯えてしまったようで、余計に収集がつかなくなってしまいました。暴れ狂うエリスさんを私が取り押さえている隙に、リクアさんが何とか治療を施して、事なきを得ました。
【真壁 リクア(幼)】
「んしょ‥‥んしょ‥‥」
日が少し傾き始めた頃。リクアさんは生活環境を整える為、必死にその小さな体を酷使して一日中動き回っていました。今は倉庫から食料品を厨房に運んでいるところです。
【常盤 シヅハ】
「だ、大丈夫ですか、真壁さん‥‥? やっぱり、もう少し量を減らして、分けたほうがいいんじゃ‥‥」
【真壁 リクア(幼)】
「しんぱいは‥‥むようだ‥‥。体が小さくなったぶん、運ぶりょうをふやさないとならないからね‥‥」
【倉科 ミオリ】
「だからって限度がありますぞ! 尻ポケットにまで缶詰ねじ込んじゃって‥‥尻ポケットは違法ですぞ、違法!」
【真壁 リクア(幼)】
「しりポケットが、いほう‥‥?」
ミオリさんが何を言っているのかは全く持って理解できませんが、指摘していることは最もでした。
彼女は自分の体と同じくらい大きな段ボールを抱えて歩いています。
体が大きなときでさえ、小麦粉の袋を運んでいた時に息切れしていたのに‥‥小さくなった今、こんなに動き回っていては、体力がすぐにつきてしまいます。
シヅハさんは念のため影操作で呼び寄せた影をリクアさんのそばにおいて、万が一に備えています。リクアさんは小さな歩幅で一歩ずつ賢明に歩みを進めますが‥‥
【真壁 リクア】
「あっ」
段ボールのせいで足元の視界が塞がっていたせいか、リクアさんが小石につまずきました。
シヅハさんがすぐに影操作の魔法で体を支えようとしますが、少し反応が遅れたのか健闘虚しくリクアさんは転んでしまいました。
【常盤 シヅハ】
「だ、大丈夫ですか!?」
シヅハさんが慌てて駆け寄ります。私とミオリさんも駆け寄ってリクアさんを起こそうと手を取ろうとしましたが‥‥
【真壁 リクア(幼)】
「しんぱいは‥‥いらない」
地面にうつ伏せになったリクアさんは、その手を払い除けました。そしてゆっくりと立ち上がります。けれども‥‥
【真壁 リクア(幼)】
「‥‥ぐすっ」
‥‥鼻をすする音が、かすかに聞こえました。リクアさんは背を向けたまま、こちらを見ようとしません。
そのまま小さくかがむと、散らばってしまった缶詰を段ボールに戻そうとしています。
【常盤 シヅハ】
「ま、真壁さん、膝から血が‥‥」
【真壁 リクア(幼)】
「しんぱいはいらないといっている!」
シヅハさんの助けをリクアさんはあくまでも拒みます。それでも、彼女の膝からは血が流れ出ていて‥‥ついでに、瞳から涙が溢れているのも見えます。
涙を見せまいと、必死に抗っているのは誰の目から見ても明らかでした。大きかった頃からどこか意地を張っているフシがあった彼女ですが‥‥それは小さくなっても同じようです。
【常盤 シヅハ】
「だ、だめです‥‥! ちゃんと治療しないと‥‥」
シヅハさんは背を向けるリクアさんの傷を確認しようとします。
【真壁 リクア(幼)】
「や、やめ‥‥!」
小さな体故に抵抗する力は乏しく。怪我をして尚の事力が入らなかったのでしょう。リクアさんの体はあっさりと持ち上げられてしまいました。傷と共にその泣き顔さえも、私たちの前にさらされます。
【真壁 リクア(幼)】
「う、うう‥‥」
リクアさんはすっかり泣き腫らしてしまっているようで、鼻の先まで真っ赤になってしまっています。
【真壁 リクア(幼)】
「か、かんちがいしないでくれたまえッ! わたしは、その‥‥泣いてなどいないッ!」
リクアさんは必死になって袖で涙を拭っていきますが、それでもポロポロと雫が次から次に零れ落ちていきます。本人の意思に逆らうようにその勢いは止まる気配を見せません。
【真壁 リクア(幼)】
「こ、これは‥‥そう、“血”だ! わたしの“血”なんだ! わ、わたしの世界に《透明な血漿》など存在しないんだ‥‥!」
【倉科 ミオリ】
「どこぞのコーヒー仮面じゃないんですからぁ‥‥」
リクアさんの必死の言い訳を、よく分からない理論でいなしながらも、ミオリさんはハンカチを傷跡にあてます。
リクアさんはそれさえも最初は拒もうとしましたが、止血することこそが、今取れる最善の手段であると頭では理解しているようで、やがてミオリさんの処置を受け入れます。
【常盤 シヅハ】
「目からも血が流れるだなんて、一大事ですよ真壁さん。だから、ほら。まずは医務室に行きましょう。‥‥ね?」
シヅハさんは先ほど強引にリクアさんを抱え上げたのを後悔したのか、今度は優しく丁寧にリクアさんに語りかけます。
【真壁 リクア(幼)】
「‥‥わかった」
とうとうリクアさんが折れました。いつもなら「うム」とでも言いそうな場面ですが、返答の声色も少し幼くなっているように聞こえます。
【常盤 シヅハ】
「ほら、歩きにくいでしょうから」
シヅハさんはそう言ってかがむと、リクアさんの方に背中を向けます。おぶってあげようとしているようです。
その時、リクアさんの視線が散らばった缶詰の方に向かったのを私は見逃しませんでした。素早く拾い集めると、私は段ボールを抱えてみせます。
【篠宮 マコト】
「こっちは私が運びますから。安心してください。仲間をうまく扱うのもリーダーの素養です」
私の言葉でリクアさんはようやく納得してくれたのか、シヅハさんの方にゆっくりと向かいます。うつむいた顔からのぞく唇はほんの少し尖っていて。彼女の中にいまだ葛藤があるように見て取れました。
リクアさんがそっと背中にもたれかかったのを確認すると、シヅハさんは慎重に彼女をおぶります。
【常盤 シヅハ】
「大丈夫ですよ、真壁さん。大丈夫、大丈夫」
【真壁 リクア(幼)】
「‥‥うん」
リクアさんはそれっきり黙り込んでしまいました。シヅハさんの背中に顔をうずめると、私たちと目を合わせようとしません。彼女なりの最後のささやかな抵抗だったのでしょう。
その後、缶詰を食堂に運び終えた私は、医務室にやってきました。扉を開けるとリクアさんがベッドで眠っていて、側にパイプ椅子に座ったシヅハさんがついています。
天窓からは月明かりが静かに降りていて、2人のいるあたりをほのかに照らしています。
【常盤 シヅハ】
「あ、篠宮さん‥‥」
【篠宮 マコト】
「リクアさん、大丈夫ですか‥‥?」
リクアさんはゆっくりと眠っていました。静かにスースーと寝息を立てて、憑き物が落ちたようにその表情はどこか穏やかです。
【常盤 シヅハ】
「はい。傷の治療も自分でするって聞かなかったんですけど‥‥何とか説得して私が処置しました。一日中気を張っていたみたいで、どうやら眠くなっちゃったみたいです」
シヅハさんは愛おしそうにリクアさんの頭を撫でます。リクアさんの表情が一層緩んだように見えました。
【常盤 シヅハ】
「‥‥真壁さんがこんな風に穏やかに眠っているの、私初めてみたかもしれません」
【篠宮 マコト】
「と、言うと‥‥?」
【常盤 シヅハ】
「‥‥私、真壁さんと同室じゃないですか。夜中にトイレに立ったときなんかに、彼女の寝顔がチラリと見えるんです。リクアさんが上段なんで、少し見づらいんですけど」
シヅハさんはまぶたにかかったリクアさんの髪をそっとどけてあげると、続けます。
【常盤 シヅハ】
「リクアさん‥‥いつも、苦しそうにしているというか‥‥寝付きが悪そうなんです。眠っているのに、それでもずっと緊張している、みたいな‥‥そんな表情。それにいつも早起きですし‥‥きっと、この牢屋敷に来てから‥‥いえ、来る前からずっとそうだったんじゃないかって。そう思うんです」
同室の彼女だからこそ知っている、リクアさんの秘密の側面。シヅハさんが献身的にリクアさんを支えようとしている理由の1つなのかもしれません。
【常盤 シヅハ】
「真壁さん、いつも1人で動き回って‥‥私からの協力も必要最低限にとどめているように見えます。‥‥だから、私‥‥少し不謹慎かもしれないですけど。今日、とても嬉しかったんです。真壁さんが私を頼ってくれて」
シヅハさんは繰り返し、何度もリクアさんの頭を撫でています。
【真壁 リクア(幼)】
「んん‥‥」
リクアさんが小さくシヅハさんの方に寝返りをうちました。
【真壁 リクア(幼)】
「‥‥おとうさん‥‥おかあさん‥‥」
【常盤 シヅハ】
「真壁さん‥‥」
リクアさんの口から漏れ出た、小さな寝言‥‥。‥‥彼女もまた、ここにさらわれて、大事な人と離れ離れにされているのです。辛くないわけがありません。
私は今日、初めて本当のリクアさんの姿を見たような‥‥そんな気がしました。
シヅハさんは立ち上がると、そっとベッドの前に膝をついてリクアさんの頭を撫でます。
影が、リクアさんを包み込みます。
【常盤 シヅハ】
「大丈夫ですよ、真壁さん。無理して光り続ける必要はないんです。今日は、私が側にいますから‥‥。少しくらい、影で休んでもいいんですよ」
【真壁 リクア(幼)】
「‥‥ときわさん」
リクアさんは眠りながらも、シヅハさんの存在をどこかで感じ取ったのか、差し出された手にそっと頭を預けます。
シヅハさんは愛おしそうにその頭を優しく撫で続けます。
張り詰めた緊張の糸を少しずつ、ゆっくりと解きほぐすように何度も、何度も。
これ以上2人の邪魔をしてはいけないと思った私は、そっと医務室をあとにします。
天窓から注ぐ月明かりが、2人を静かに照らしていたのが強く印象に残りました。
【真壁 リクア】
「ああ、篠宮クン。昨日は、その‥‥見苦しい姿を晒してしまって‥‥申し訳ない」
私が食堂に入ったのを見つけたリクアさんは、駆け寄ってくると小声で私にそう述べました。いつも通りの大きさに無事戻っているようです。
【常盤 シヅハ】
「あ。真壁さん。もう大丈夫ですか‥‥?」
続けてシヅハさんもやってきました。
【真壁 リクア】
「あ、ああ。常盤クンには、その‥‥多大な迷惑をかけたというか、その‥‥すまない」
【常盤 シヅハ】
「‥‥ふふっ。いいんですよ、真壁さん」
穏やかに笑いかけるシヅハさんに、すっかりリクアさんは紅潮してしまっています。
【倉科 ミオリ】
「き、記憶が残るタイプの幼児化だなんて‥‥どこまでベタベタなんですかあああああああッ!?」
見境なく叫んだミオリさんの脳天目掛けて、リクアさんの渾身のチョップが朝の食堂に響き渡るのでした。
‥‥そういえば、小さいリクアさん用の囚人服はどこから来たんでしょうね‥‥?
───
【ゴクチョー】
「はあ‥‥この魔法が発動すると、小さくなった時用の囚人服を用意しないといけないから、ほんと面倒なんですよね‥‥」
【看守】
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
(作者小あとがき:1時間でどれだけ書けるかなチャレンジの産物です。結果は1時間45分でした。1時間でリクアさんが転けるところ辺り(大体4500文字ほど)まで書けた記憶です)
2.都合のいい魔法(鳳月カナデの場合)
ネコ。
猫、猫、猫。
ねこ。
【白川 ミト】
「おーよしよしよし。よーしよしよし」
私の手の中で黒い毛玉の塊がワシャワシャと撫でくり回されている。ウニャニャと少し珍妙な声をあげる毛玉を、私はクシャクシャと手のひらで愛でていく。
この監獄島に誘拐されて1週間くらい経っただろうか。良い意味でも悪い意味でもその劣悪な環境に慣れてきつつあった。真壁‥‥リクアさんだったか。彼女が食事を改善すると言い出して、実際その内容が改善されたおかげで幾分かストレスは減った。
未だに名前が若干うろ覚えなのは申し訳ないが、食事が改善されただけでもかなりの変化だ。おかげで快適とは言い難いが、ストレス値はかなり低くなったと言えるんじゃないだろうか。
それに‥‥私には、最大のストレス解消法がある。猫だ。
右手でクシャクシャとお腹の当たりを撫でてやりながら、左手で肉球をぷにぷにと揉む。
ぷにぷに、ぷにぷに。うむ。心地よい。
この島には殊の外野生生物が多く住み着いている。以前、イノシシがウリ坊数匹を引き連れて行進しているのを見かけた。かなり大きな島だし、ある程度の生態系が出来上がっているのだろう。
今私に弄ばされているこの猫もまた、この当たりに住み着いた野生の猫らしい。屋敷の近くを散歩しているところを発見した私は、チチチと舌を鳴らして猫をおびき出してやった。こうすれば、大体の猫は寄ってきてくれる。
もふもふ、もふもふ。んん。癒される。
腹の当たりを手のひらですいてやると、指と指の間に毛がスーッと入ってきてほんの少しこそばゆい。けれども、もふもふを味わい尽くすには致し方ない。
しゃ、しゃと小気味いい撫でる音がすると、猫もうれしそうに目を細めている。ウィンウィンの関係だ、素晴らしい。
牢屋敷に連れてこられる前から、猫は私の数少ない‥‥いや、唯一と言って良い友だちだった。1人で孤独な時間を過ごしているとき。さみしくてさみしくてしょうがない時。
そんなときでも、野良猫たちは私の気を知って知らずかすり寄ってきて、その孤独を癒してくれた。私は猫が好きだ。良い意味でも悪い意味でも、気まぐれに私の元に来てくれる。そこに損得勘定はない。人間とは‥‥大違いだ。
もふもふの毛並みを撫でていると、ついそこに顔を埋めたくなる衝動に駆られた。こちらに向けられたお腹に顔を埋める。
‥‥もふもふだ。
スーッと猫のお腹を吸ってみる。おひさまの香りとも形容すべき、どことなく香ばしいいい匂いがする。
スーッ、スーッ、と私が何度かいわゆる“猫吸い”に興じていると。
【鳳月 カナデ】
「あ、あの。白川さん? 一体何を‥‥」
右手から聞こえる、声さえもピンと背筋を張ったような凛とした声。顔を上げると、天才ピアニストがいた。鳳月さんだ。
【白川 ミト】
「ああ、鳳月さん。‥‥猫、吸ってたの」
【鳳月 カナデ】
「猫を‥‥吸う?」
私の言葉に鳳月さんは大量の疑問符を頭に浮かべた。‥‥冷静に考えて猫を吸うって何なんだろう。顔に短い抜け毛がちょっと付いてるし、あんまりメリットないんじゃないだろうか、これ。
顔についた毛をパッパと払う。猫は私に吸われたのが少し嫌だったのか、お腹をこちらに向けるのをやめた。スッと体勢を立て直すと、私の元を去ろうとしている。
私はチチチと再び舌を鳴らす。何事かと猫がこちらを見たので、その隙に頭を撫でてやる。私のなでなでを見くびってもらっては困る。何匹の猫を撫でてきたのだと思っているのだ。貴様程度簡単に籠絡してくれる。
絶妙な力加減のなでなでに、猫は再び気持ちよさそうに目を閉じた。ふふん、どうだ。
そのままついてに顎の下を指先でちょいちょいと撫でる。人間ならばくすぐったくて身がよじれるだろうが、猫たちはなぜかこぞってみんなこれを好む。
私が猫を籠絡している様子を、鳳月さんは隣に来てしゃがむとジッと観察し始めた。鳳月さんの方に視線が移る。
【白川 ミト】
「‥‥撫でてみる?」
【鳳月 カナデ】
「え。ああ、じゃあ。せっかくですので」
鳳月さんはそっとあいている猫の背中をおそるおそる、こわごわと震えた手で撫で始めた。彼女の細く長い綺麗な手が、猫の毛並みを何度も撫でていく。天才ピアニストに撫でてもらえるなんて、この猫はなんて幸せ者なのだろうと横目で見て思った。
スーッ、スーッっと撫でられるたびに猫の毛が擦れあい、ほんの僅かながら小さな音が立つ。少女2人が身を寄せ合って1匹の猫を撫で尽くしている。傍から見たらちょっと奇妙に映るかもしれないなと思う。
鳳月さんは何度も何度も猫の背中を撫でていた。その時、少し手が滑ったのか、猫の尻尾の付け根辺りに手がいった。猫はうみゃあと小さく声を上げる。
【鳳月 カナデ】
「あ。ウ。へ、変なところ撫でちゃいましたか?」
【白川 ミト】
「大丈夫だよ。猫って、尻尾の付け根辺りを触られるの、結構好きな子が多いから。いっぱい撫でたり、軽く叩いたりしてあげると喜ぶよ」
【鳳月 カナデ】
「そ、そういうものなんですね‥‥」
鳳月さんは私に言われたように、軽く尻尾の付け根当たりを叩く。猫はうみゃみゃみゃと声を上げている。気持ちがいいのか、段々とお尻が浮いてきた。鳳月さんは理由もわからず叩き続けているようで、目が少しぐるぐるしてきているようだ。
【鳳月 カナデ】
「な、なんだかいけないことをしている気がするので、このあたりで止めておきます」
猫が声を上げるのが怖かったのか、鳳月さんはそっと手を離した。指の隙間に猫の毛が挟まっているのが見える。
【鳳月 カナデ】
「‥‥白川さんは、よく猫とこうやってじゃれ合っているんですか?」
【白川 ミト】
「うーん‥‥そうだね。ここに来る前も、よく野良猫と遊んでいたかな。一人ぼっちの私にとって、唯一の友達みたいなものだったし」
私のある種の爆弾発言に、鳳月さんは少し身を捩らせて一歩後ろに下がる。申し訳なさそうに眉が下がっているのが見えた。
【鳳月 カナデ】
「あ、そ。そうっだったんですか‥‥」
聞いちゃいけないことを聞いてしまった、といった面持ち。別に、大したことないのに。私にとっては、それが普通。誰も私を見てくれない。当たり前のことを話しただけだというのに、困ったような顔をされるとむしろこちらが困る。
野生動物というものは、空気を読む能力に長けているのだろうか。私たちの間に気まずい沈黙が流れた次の瞬間、私の手によってすっかり籠絡されていたはずの猫は、スッと私の撫でくり回す手から抜け出すと、どこかにスタスタと走り去ってしまった。ガサガサと茂みの奥に消えていく音がする。
再び訪れる沈黙。
【白川 ミト】
「‥‥戻ろっか。もう日も沈みかけてるし」
【鳳月 カナデ】
「そ、そうですね」
気まずい沈黙を引きずりながら、私たちは牢屋敷の方へと戻った。
‥‥別に、気にしなくていいのにな。
ホーホーとやかましいスマホの通知音で目が覚めた。他の監房からも同時に通知音が発せられたようで、ちょっとしたフクロウの合唱のようになっている。
通知を見てみると、『また面倒なことが起こりました。皆さん、ラウンジに集まってください』との内容がゴクチョーから来ていた。ただ続けて『強制はいたしません。そこまで大した話ではありませんので』との留保が付されている。
重要なのか重要じゃないのか分かったものではないなと思ったが、一応“面倒ごと”と評されているのだ。見に行くに越したことはないだろう。
私はベッドから抜け出すと、洗面台で軽く顔を洗う。ふと後ろを振り返ってみると、上段には鳳月さんの姿がなかった。
スマホで時刻を確認してみると、6時15分と表示されている。監房から出られるようになるのは6時ちょうど。鍵が開けられてから、まだ15分しか経ってない。
けれども、彼女が出ていった気配はなかった。
‥‥‥‥‥‥‥。
‥‥まさか、ね。
“面倒なこと”が誰に起こったのか。それを薄々察した私は、駆け足気味で監房からラウンジへの道のりを急いだ。
【倉科 ミオリ】
「だからどれだけベタベタな展開が起これば気が済むんですかこの牢屋敷はあああああああああああッ!?」
ラウンジにつくやいなや、倉科‥‥ミオリさんのけたたましい声が響く。ラウンジには既に5、6人ほど集まっていて、全員の視線が一様にラウンジ中央のモニター付近に集まっている。
見ると、そこには鳳月さんがいた。
‥‥頭に猫耳がついて、腰のあたりから尻尾が生えている、異様な姿となって。
【ゴクチョー】
「あー、既に何人か揃ったっぽいんでお話しますが‥‥。ご覧のとおりです。また消えない魔法が発動しました。今回はどうやら、猫になる魔法のようです」
ゴクチョーが羽で鳳月さんの方を示す。当の鳳月さんはモジモジと恥ずかしそうに身をくねらせていた。
【倉科 ミオリ】
「コスプレとかじゃなくてマジのやつなんですね? 無闇矢鱈に尻尾を引っ張った日には、感覚神経さえもつながっているが故に『ひゃうん!?』と声が漏れてしまうタイプの、そのようなアレということなのですねッ!?」
【ゴクチョー】
「あー。どうやらそうみたいですね。我々もよく分かっていませんが」
【倉科 ミオリ】
「うっひょー!」
じゅるりとよだれを垂らしながら倉科さんが叫ぶ。‥‥うるさい。
【ゴクチョー】
「いつぞやの子どもになる魔法と同様、こちらの魔法も1日経てば元に戻るはずですのでご安心ください。魔法がどこで発動したかについては、私たちのほうでもまあ、その‥‥適当に調査しておきますので。と、いうことで私はこれで‥‥」
絶対に行われないであろう原因究明について述べると、ゴクチョーは気だるそうに通気口の方へと飛んでいった。部屋には数名と、猫と化した鳳月さんが取り残される。
【真壁 リクア】
「まあ、その鳳月クン。大変だと思うが‥‥頑張ってくれ」
前回の被害者、真壁さんが鳳月さんにねぎらいの言葉を投げかけた。あちらはあちらで中々面倒だったというのは私も聞き及んでいる。
鳳月さんはアドバイスを聞く余裕もないのか、うう、と絞るような声を漏らしていた。
真壁さんの提案で私たちはひとまず食事を摂ることになった。先ほどラウンジにやってこなかったお寝坊さんたちもゾロゾロと食堂へやってくる。
【星谷 セリナ】
「うわぁ、カナデっちなにそれ!? モノホン!?」
【朝雛 チサ】
「モノホンか!?」
【鳳月 カナデ】
「も、モノホン‥‥みたいです。残念なことに」
「はえ~」と感嘆の声を漏らした星谷‥‥セリナさんが、ワシャワシャと鳳月さんの頭を撫でている。鳳月さんはピクリと体を跳ねさせていたが、猫としての本能が宿っているのか、撫でられた手に少し頭を預けているように見えた。
朝雛‥‥チサさんは、揺れている尻尾に目が奪われたのか、尻尾が左右に揺れているのにあわせて、顔や目玉を動かしている。‥‥こっちもこっちで猫みたい。
その後、朝雛さんが尻尾を触ろうとしたのを、星谷さんが首根っこを掴んで制止していた。「いいじゃん~」と不満げな朝雛さんを、星谷さんは「だーめ!」とそのまま首根っこを掴んで退散させる。‥‥こっちのほうがよっぽど猫なのではないか? と少し思ってしまった。
その日の朝食はいつも通りのパンとスープ。だけども、鳳月さんだけには、猫に鳴ったことへの配慮なのか、ツナ缶が提供されていた。お皿の上に、缶詰から無造作に出して盛り付けただけのものが運ばれている。
早瀬‥‥アキラさん曰く、猫になった結果人間の食べ物が口に合わなくなっている可能性がある‥‥とのことで、念のための配慮らしい。提供されたツナ缶は、さらに念を入れるために軽く水洗いして、油やら塩を落としてあるらしい。
モサモサと文字通り味気の無くなったツナ缶を、鳳月さんはしょぼくれた顔で口に運んでいく。あまり美味しくないようで、耳も尻尾もすっかり垂れ下がってしまっていた。
【黒部 ナノカ】
「よしよし。いい子、いい子」
【鳳月 カナデ】
「う、ううううう‥‥」
朝食の後、ラウンジに移動した鳳月さん。案の定みんな物珍しさで鳳月さんの元に集まりだし、来る人来る人全員がワシャワシャと鳳月さんを撫でくり回している。
私はというと‥‥絶妙にその輪に入りきれなくて、つい魔法で透明になってその様子を遠巻きに見ていた。
その中でもとりわけ黒部さんは扱いが上手いようで、鳳月さんはすっかり籠絡されていた。
ソファに腰掛けた黒部さんは、鳳月さんの頭を撫でながら、そっと顎の下を指でくすぐっている。その手つきが優れていたのか、他の人に撫でられている時は少し迷惑そうにしていた鳳月さんが、黒部さんの前ではすっかり体を許してしまっている。
【倉科 ミオリ】
「ハスハス‥‥ハスハス‥‥な、ナノカさん、マジックハンドの持ち主‥‥? ハスハス‥‥」
その横では倉科さんが奇声を上げながら、その様子を必死にスケッチしていた。ハスハスと口から漏れる吐息が湯気だっているようにすら見える。‥‥常に様子がおかしい人だ。
【黒部 ナノカ】
「‥‥昔取った杵柄、というやつよ。何かを撫でるのには、昔から慣れているの。ほら、よしよし」
【鳳月 カナデ】
「う、ううう‥‥恥ずかしい」
鳳月さんは口では恥ずかしいと言いつつ、黒部さんの“魔の手”から逃れられないようで、すっかり脱力してついにはソファに寝転がると黒部さんの膝を枕にしだした。
猫の籠絡なら、歌と同じレベルで誰にも負けない自負がある私からすれば、少し悔しい光景だ。思わず唇の端をキュッと噛んでしまう。
実に子供じみた悔しさに耐えかねた私は、透明なままラウンジをあとにする。‥‥本物の猫でも撫でに行こう。
なんという不幸だ。いつもこの時間ならば、昨日の黒猫が散歩している時間だろうに、いつまで経っても、どこを探しても現れる気配がない。
途方に暮れた私は、牢屋敷の建物の影で1人ぼーっと空を見上げていた。清々しい青空さえも、今の私には憎々しい。
どうしようもなくて目を閉じると、瞼の裏に浮かぶのは黒部さんの手で籠絡される鳳月さんの姿。‥‥ダメだ、こっちはこっちで謎の嫉妬心が湧き上がってしまう。
すっかり蕩けた鳳月さんの顔、完全に体を許した体勢。‥‥なんで嫉妬なんかしてるんだろ、私。猫の扱いくらい、別に優劣があろうがなかろうが、どうだっていい話なのに。
はぁ、とため息が勝手に口をついて出た。その時、カサッと芝生を踏む音がした。音のした方を見ると。
【鳳月 カナデ】
「あ。し、白川さん‥‥」
猫‥‥じゃなくて、鳳月さんがいた。顔が少し赤く、息もほんの少し上がっている。
お互いに見つめ合ったまま、しばらく固まる。そうしていると、鳳月さんの方からこちらに近づいてくると、私からちょっとだけ距離のあるところで腰を下ろした。
【白川 ミト】
「どうしたの。こんなところに来て。さっきまで黒部さんにかわいがってもらってたんじゃ?」
我ながら声色に少しトゲが混ざっているなと思ってしまった。謎の嫉妬心は、未だ私の中で建材のようだ。
【鳳月 カナデ】
「あ、ああ。その‥‥確かに、黒部さんの、その‥‥撫で方は気持ちよかった‥‥んんッ! 心地よかった、いや、その‥‥」
鳳月さんは言葉にするのが恥ずかしいのか、ドキマギと口が周っていない様子だった。尻尾がその感情を表すかのように、静かに小刻みに揺れている。
【鳳月 カナデ】
「なんというか‥‥はしたない姿を色んな人に見られていたのが、少し恥ずかしくて、その逃げてきちゃいました。ここなら人もいないだろうし、と思って‥‥」
【白川 ミト】
「‥‥ま、私がいたんだけどね」
【鳳月 カナデ】
「あはは‥‥」
何度目かも分からない沈黙。ガサガサと茂みが風かなにかで揺れる音だけが聞こえる。
【鳳月 カナデ】
「白川さんはなんでここに?」
沈黙に耐えかねたのか、鳳月さんが私に尋ねる。
【白川 ミト】
「‥‥猫を探しに来ていた。昨日の黒猫。普段ならこれくらいの時間に、この辺に来るはずなんだけど‥‥今日はいないみたいで。暇だったからぼーっとしてた」
【鳳月 カナデ】
「そ、そうなんですね‥‥」
再びの沈黙。気まずくて顔を伏せる鳳月さん。耳がピクピクと時折反射的に動いている。ジッと見つめていると、その毛並みはとてもふわふわそうで‥‥ダメだ、触りたい欲求にかられてしまう。
こうして待っていても、あの黒猫はやはりやってこない。今日はもうここには来ないのかもしれない。そうなると‥‥今日は猫とは戯れないということだ。それは実にさみしい。
だけど、私の目の前には、こうして猫になってしまった鳳月さんがいるわけで‥‥。
そうして私の中で積み上がっていったいびつな論理。次の瞬間、私は鳳月さんにたずねていた。
【白川 ミト】
「ねえ、鳳月さん。‥‥撫でてもいい? ‥‥というか、撫でるね」
【鳳月 カナデ】
「え。あ、ちょ‥‥」
目の前に現れたもふもふに耐えられないわけがない。私は少し距離を開けて座っていた鳳月さんの方へ向かうと、その頭に手を伸ばした。
スッと頭を撫でる。頭部は耳が生えている以外にほぼ変化はないが、毛並みの感じが人間と猫のハイブリッドのような感触に変化している。スーッと入る指通りは、猫のそれに近しい。
ワシャ、ワシャと頭を撫でる。そのたびに鳳月さんは「うう‥‥」と情けなくも、かわいい声を上げ始めた。思わず撫でる手が加速する。
シュ、シュ。髪が指から溢れおちては、掬われというのを繰り返すたびに、小さく音がなる。
鳳月さんは恥ずかしそうにしているが、それでもやはり私のなでなでには抗えないようで、座る姿勢が少し崩れてきた。半分くらい芝生の上に寝転がるような格好になる。
私は続けてさっき黒部さんがやっていたように、鳳月さんの顎の下に手を潜らせて指先で少しくすぐってみる。普通の人間にこれをしたならば、くすぐったさに身を捩ることになるだろうが、猫になった今の鳳月さんにとってはむしろ真逆で。
「んぅ‥‥」と鳳月さんは小さく吐息を漏らす。右手で頭を撫で、左手で顎をくすぐる。鳳月さんはすっかり私に身を預けてしまい、動くことが出来ていない。
【鳳月 カナデ】
「あ、あの。白川さん‥‥」
半ば無理やり撫でられ始めた鳳月さんは、困惑しながら私の顔を見上げる。その顔はどこか蕩けていて、頬がうっすらと紅潮していた。
【白川 ミト】
「‥‥かわいい」
思わず、そう言ってしまった。まったくの無意識。つい口からついて出た、混じり気のない純粋な言葉。
【鳳月 カナデ】
「か、かわ‥‥!?」
鳳月さんは突然のお褒めの言葉に驚いて、少し身を引こうとする。私はぐっと彼女の体を抱き寄せるようにして、逃がすまいと軽く力を入れる。
ゾワリと自分の中で何かがせり上がってくるような感覚を、私は覚えていた。そして同時に察する。
先ほど、ラウンジで黒部さんに撫でられる鳳月さんを見て、自分が何を嫉妬していたのかを。あれは、自分のほうが猫を愛でるのがうまい、ということに対する嫉妬心などではなかった。
私は、鳳月さんを籠絡していた黒部さんに嫉妬していたのだ。身も心も黒部さんに預けかけていた鳳月さんの姿を見て、黒部さんに対して「ずるい」という感情を覚えていたのだ。
今、私の手の中で鳳月さんはもみくちゃにされている。体では逃げようとしているけども、私に頭を撫でられ、顎の下をくすぐられて、すっかり逃げる気力は失っている。
そんな鳳月さんの姿を見ていられるのは私だけ。さっきのラウンジとは違って、ここには誰も来ない。私が、私だけが鳳月さんのこんな姿を見ていられる。
言われようのない感覚がどんどんと増幅してきていた。必然的に頭を撫でる手が早さを増していく。
【鳳月 カナデ】
「し、白川さん‥‥」
【白川 ミト】
「よーしよし‥‥。鳳月さん、よーしよし」
私の下でもみくちゃにされる鳳月さんの顔を覗き込んで、そっと呟く。
【白川 ミト】
「黒部さんより‥‥私の方が気持ちいいでしょ」
何だ、今のセリフは。
自分の中に残っている、どこか冷静な自分がそう冷淡に告げる。だけど、私の手も口ももう止まることが出来ない。
「よーし、よし」と普段猫を撫でるときの口調で鳳月さんを愛でていく。鳳月さんはすっかり芝生の上に寝転んでしまっていた。ピクピクと耳が小刻みに震え、尻尾もゾワリと少し毛羽立っているように見て取れる。
その時、私の中で次なる奇妙な感情が生まれた。猫の尻尾の付け根‥‥叩いてみたらどうなるのだろうか、と。
以前の黒猫を含め、大抵の猫たちはあそこを叩いてあげると、みんな気持ちよさそうにしてくれた。私はそれが嬉しくて、やってきた猫たちにみんなによくそれをやっていた。
今、鳳月さんにそれをしたら‥‥一体どんな顔をするのだろう。
溢れ出した好奇心を止めることなど出来なかった。顎を撫でていた左手を離すと、私はそっと付け根の辺りに手を伸ばして‥‥そして、叩いた。
【鳳月 カナデ】
「ひゃうんッ!?」
身じろいだ。ピクリと全身が跳ねた。「おお」と、私は思わず声を漏らした。
次の瞬間さらに溢れ出す、モヤリ‥‥いやドロリとした感情。自分の中でもごまかして、触れないようにしていたが‥‥これは俗に言う“加虐心“というやつなのだろう。
私は何度か、鳳月さんの尻尾の付け根を叩いてみる。
【鳳月 カナデ】
「あ、ちょ‥‥んんッ‥‥し、白川、さん‥‥」
鳳月さんが身を捩らせる。その顔は彼女の真っ赤な髪と同じくらい赤くなっていて‥‥その顔に私は、思わずそそってしまう。
もっとその顔を見せて欲しい。誰にもみせていない、その顔を‥‥もっと、もっと。
その一心で私はまた付け根の辺りに手を伸ばす。そして手を振り上げると‥‥
【倉科 ミオリ】
「ストオオオオオオオオオオオオオップ!!! そこまでです!」
ピピーッ! と突然当たりに響き渡る笛の音。
見ると、さっき風に揺れてガサゴソと言っていた茂みから、倉科さんと黒部さんが飛び出してきていた。黒部さんは何度も笛を鳴らし、こちらを指さしている。
【倉科 ミオリ】
「これ以上はいけません! ライン超えです! Rの数に3を足さないといけない展開になってしまいます! いけません! ええ、いけませんとも! ホントはすっごく見ていたかったんですけど‥‥すっごく見ていたかったんですけどもッッッ!!! これ以上はお二人があらぬ方向に行きかねないので‥‥ドクターストップですッ!!!!!」
よく分からない理屈を倉科さんはこね回す。だけども冷静になって下を見てみると‥‥
【鳳月 カナデ】
「ハァッ‥‥ハァッ‥‥」
涙やらなんやらで色々とグシャグシャになっている鳳月さんがいた。息がすっかりあがって、ちょっと‥‥いや、かなりやりすぎてしまったのだと今更気がつく。
笛を鳴らしていた黒部さんは、さっと鳳月さんの元に駆け寄ると、彼女を起こしてボトルに入った水をゆっくりと飲ませていた。
【黒部 ナノカ】
「‥‥さっき、ラウンジで鳳月カナデを撫でていたら、突然逃げ出したの。‥‥恥ずかしいだろうに、ついやりすぎた私のせいね」
【倉科 ミオリ】
「それで我々でカナデさんを探し回っていたら、お二人でいらっしゃるのを見つけまして‥‥なにやらお戯れでしたので、ふたりで見ていたのですが‥‥さすがにこのままでは不味いと思いまして、申し訳ありませんが止めさせていただきました」
水を飲み終えた鳳月さん。少し落ち着いたようで、呼吸のリズムが一定に戻っている。
【黒部 ナノカ】
「なにかを愛でたくなる気持ちはよく分かるわ、白川ミト。だけど‥‥少しやりすぎたわね」
ざっくりと黒部さんにそう言われて、後悔の念が湧いてきた。確かに、やりすぎだった。思えば、許可も取らずに鳳月さんの頭を撫でてしまっていた。
普通の猫に対しても、まずはゆっくりとアプローチをかけるというのに‥‥あまりにも急過ぎた。
【白川 ミト】
「鳳月さん、その‥‥ごめんなさい」
すぐに私は謝罪する。鳳月さんは大分落ち着いてきたようで、それでも少し蕩けた目で私の方を見る。
【鳳月 カナデ】
「い、いや、その‥‥私も、つい心地よくて体を預けていたフシがあるので‥‥き、気にしないでください」
そのとろりとした視線に、思わずまたゾワリとしてしまう。私‥‥一体どうしてしまったのだろう。
自分の中で起こった変化に、すっかり私自身が困惑してしまっていた。
【倉科 ミオリ】
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
【倉科 ミオリ】
「‥‥‥‥‥‥やっぱもうちょい見守っとけばよかったあああああああああああッ!」
次の日の朝。昨日の出来事のせいで中々寝付けなかった私は、少し早くに目が覚めていた。ベッドから出て洗面台の方に向かうと、背後から音がする。
鳳月さんがベッドから降りると、私の横を通ってそそくさと監房を出ようとしていた。思わず目が合い、空気が固まる。
ゴクチョーの宣言通り、もう猫耳も尻尾も無くなっていた。その姿は元通りの人間の姿に戻っている。
だけど、昨日あった出来事はどう抗っても消すことが出来なくて‥‥そのことを鳳月さんは思い出したのか、またもボッと顔が赤くなる。
【鳳月 カナデ】
「あ、その‥‥き、昨日は‥‥その、どうもお騒がせしました!」
謝るべきは私なのに、鳳月さんはバッと頭を下げる。
【白川 ミト】
「こ、こちらこそ、昨日はごめんなさい。‥‥やりすぎちゃった」
2人してペコペコと頭を下げる。‥‥気まずい。
【白川 ミト】
「あの、その‥‥お詫びと言っては何だけども、今日は1日私の事を好きにしてもらっていいから‥‥」
よく分からない謝罪の言葉を述べる。仮に受け入れられたとて、昨日の出来事の相殺になるのだろうか。
頭を下げたままだから、鳳月さんがどんな顔をしているのかは分からない。だけども私は頭を下げる。彼女が納得するまでは、この頭を上げるわけにはいかない。
目をぐっと閉じて頭を下げた状態を保っていると、ふわりと私の頭の上に鳳月さんの手がやってきた。なでなでと、ぎこちなく頭を撫でられる。
【鳳月 カナデ】
「こ、これで‥‥お、おあいこということでどうでしょう」
手が離れたのを感じて、私は顔を上げる。鳳月さんの顔ははにかんでいて、いつもの凛とした印象とはまた違った雰囲気をまとっていた。
【鳳月 カナデ】
「白川さんに撫でられて、気持ちよかったのは、その事実なので‥‥。私自身は、あのまま続けていただいてもよかった‥‥的な。だから、そんなに気にしないでください」
鳳月さんははにかみながらもニコリと笑う。
【白川 ミト】
「‥‥かわいい」
またも無意識にそう言ってしまった。何度目かも分からない鳳月さんの紅潮した顔。
【鳳月 カナデ】
「う、うう‥‥だから、いきなりそんなことを言われると照れちゃいますって‥‥」
モジモジとする鳳月さんの姿を見て、私は何だかとても愛おしくなってしまって。思わず彼女の手を取る。
【白川 ミト】
「‥‥じゃあ、これで仲直りってことで‥‥。朝ごはん、食べに行こ?」
私は鳳月さんの手を引く。「あわわ」と普段の彼女らしからぬ声が上がった。けれども、鳳月さんは私の隣に立ってくれて。
私はそれが、何だか妙に嬉しくてたまらないのだった。
(作者小後書き:オチがクソ雑過ぎる。倉科ミオリの叫びはほぼ作者の叫びです。書けるものならもう少し踏み込んだ内容を書きたかったですが、マジでRの数に3を足さないといけない展開になりかねないので自重しました。
あくまでも、この作品は愉快な裁判ゲー二次創作ですので‥‥「そのようなアレは、困る」というやつです。
最初の1時間で5000文字。執筆時間は休憩含め2時間半でした。
カナデさんとミトさんの真ん中バースデー記念として執筆しました。狙って近い日にしたのではなく、花言葉準拠で誕生日を決めた結果、意図せず近い日になったという経緯があります。可能であればホノカさんを除く12人全員を各月に配置したかったのですが、ミトさんとカナデさんが8月で被った結果、1月だけ不在の状況になっています)