『俺』と『悪魔』と   作:三流二式

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day1 クソ人生におけるクソ転換期

登場人物

 

 

『俺』:勤務年数4年目のスーパーの店員。28歳。特技は他責、自己弁護、その場凌ぎと自己嫌悪。年収三百万以下。底辺職の部屋の角の埃のような人生に絶望するだけのカス。

 

 

『悪魔』:道の端に捨ててあったエロ本に偽装されていた魔導書から飛び出してきた最高にイカれたクソ。『俺』は悪魔と呼んでいるが、実際には全く別の生命体。甘言をもって契約者を唆し、甘い蜜をたらふく食わし、頃合いを見て収穫するが、悪魔ではない。契約者が酷いザマに陥るのを見るのが最高の快楽だが、悪魔ではない。

 

 

店長:『俺』の上司の上司。作業に追われているときに捕まえては時間を無駄にさせるのが趣味のクソ。

 

 

チュー・チュー&スーラ・スーラ:所謂序盤の雑魚。チューチューはピンク色のでかいネズミ。スーラ・スーラは水色のゲル状生物。つまりスライム。ゲームのチュートリアルで出てくる、戦闘の流れを説明するときに使われる哀れではかない命。

 

 

ゴッド・ファッキング・エキサイトメント・メシア様:彼は…『ゴッド』だった…。

 

 

エクソシスト:バチカン所属のエクソシスト協会の末端組織の下っ端エクソシスト。エクソシストとは、邪悪な存在である『悪魔』を退治することを使命とする人間のことである。彼らは主にキリスト教の中のカトリックおよびプロテスタント教会内部において活動している。そんな彼らが賜る装備や能力は多種多様で、武器も聖剣から十字架まで取りそろえ、攻撃手段も祈りや聖水による清め、聖別された物品の破壊力強化など多岐にわたる。今日も今日とて彼らは卑劣な邪悪と闘うために夜闇を駆ける。走れ、エクソシスト、走れ!がんばれエクソシスト。負けるなエクソシスト。聖別された銀の弾丸で、卑れつな『悪魔』をせん滅だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前提としてこの世界はカスである。

 

 

もっと詳しい解像度で言うと、自分を取り巻く流れがカスである。

 

 

『俺』、28歳。職業はスーパーの店員。年収三百万以下。人生終了フラグ立ちまくり。今日もただひたすら商品を整理し、清掃し、レジ打ちし、品切れを補充し、陳列し直す。そんな無意味なルーティンワークに追われている。特技は他責、自己弁護、その場凌ぎと自己嫌悪。

 

 

人生の目標なんて何一つ存在せず、ただただ日々同じことを繰り返すだけの底辺職。そんな自分に絶望しながらも、現実から逃げる勇気もなく、嫌々ながらも今日もスーパーで商品を並べる。

 

 

『ピンポンパンポーン』

 

 

耳慣れた放送音が鳴り、心底うんざりさせられる。この音が鳴ると決まって誰かが不幸になる。この音が鳴るたびにどうか自分ではありませんようにと祈る習慣が付いた。だが所詮祈りとはただの思考であり、現実を捻じ曲げる力などない。

 

 

案の定自分の名が呼ばれ、客に聞かれないように溜息を吐きながらバックヤードへと足早に進む。

 

 

「おい! 何やってるんだ!」

 

 

俺の顔を見るなり店長は顔を真っ赤にして怒鳴りつける。

 

 

「えーと……」

 

 

どうしよう。俺はミスした? 記憶を探るが、心当たりがありすぎる。今度は何だと斜に構えていると「レジの金額間違えてるじゃないか!」と店長自ら答えをくれた。

 

 

ああ、そうか。さっきの客の会計間違えたんだった。でももうチェック済みだし、問題ないはずだ。

 

 

「あ、すみません。既に修正済みです」

 

 

俺がそう言うと店長は疑わしげな表情を浮かべる。

 

 

「本当か? 確認するぞ」

 

 

ちっ。めんどくせえ。面倒事は避けたいんだよ。しかし、店長相手に反論なんかできる訳がない。ここは素直に従うしかないか。

 

 

「どうぞ」

 

 

不承不受ながらもレシートを差し出す。店長は怪しむようにレシートを見つめると、舌打ちをし「そういうことはもっと早く報告しろ」と吐き捨てるように言い、野良犬でも払うように手ぶりで作業に戻るように指示した。

 

 

死ね。呪詛は無限に出てくるが、口に出す度胸はないので心の中でとどめておく。これを口に出せる人間性だったら、俺の人生はもっとましになっていただろうか。

 

 

そんなとりとめもないことを考えながら作業へもどる。

 

 

結局その後も何回か呼ばれ、業務終了したときには五回は超えていた。

 

 

(死ね、みんな死ね)

 

 

時刻は午後二十二時三十分。パソコンとにらめっこしながら縁のない上司の上司と電話で会話する店長へ挨拶し、従業員用の出入り口をくぐる。

 

 

今日はもう帰ろう。少しだけ遠回りすれば家路に着く。本当はもう少し早く切り上げたかったが、残業代が発生するほどのことでもないし、明日も同じように朝から晩まで働くことを思えばわずかな休息時間を削る理由もない。

 

 

こんなところに一秒だっていたくもない。とにかく早く帰りたかった。まだここから1キロ先にある駅まで歩かなければならない。うかうかしていたら次の日になってしまう。

 

 

はやる気持ちのまま駆けだそうとしたその時ふと視線を感じ、振り返る。誰もいない。気のせいか。疲れてるんだな俺は。そう自分に言い聞かせて足早に去って行った。

 

 

夜道を走る。心地よい風が頬を撫でる。暗い道路、ぽつぽつと灯る街灯。道路に走る車はまばらで、時折現れてヘッドライトが闇を切り裂くが、すぐに走り去り、街灯のうっすらとした光が闇を弱弱しく照らす。

 

 

まるで俺の人生の象徴めいている。一寸先は闇で、時折照らし出されたと思えばすぐに真っ暗闇。道しるべの明かりは乏しく、目の前はお先真っ暗。やってられるか。

 

 

そんな愚痴をこぼしながら家路を急ぐ。駅まであと500メートル。近いようで遠い距離だった。息が上がり始める。走るのは得意じゃない。運動不足だ。もっと体力付けろよ。何度も心の中で自分に言い聞かせながら最後の力を振り絞る。

 

 

 擦り切れた看板が視界に映る。残り300メートルを切った。もう少し。足を動かすスピードを速める。息は上がり、頭はクラクラする。だが、今日は早く帰れる。そう思えば力も沸いてくる。

 

 

鉛筆を模したキャラクターが、転職して良い人生をなどとのたまう忌々しい看板を通過しする。

 

 

ふざけやがって。この看板が視界に入るたびに、憎しみを覚えずにはいられない。環境を変えたところで変わるものなどあるものか。ブタはブタで、クソはクソだ。

 

 

いやな考えを振り切るためにさらに加速する。世界を恨むのは、仕事中だけで沢山だ。そう考えて前を見たその時―――目の前に看板が見えた。

 

 

「あ?」

 

 

思わず声が出た。見間違いではなかった。俺の正面には確かに通過したはずの看板が視界に映っていた。

 

 

「疲れてんのかな」

 

 

看板を睨みながら独り言をつぶやき、小走で看板を通過する。そして―――目の前にはまたあのクソ看板があった。

 

 

「おいおいおい」

 

 

さすがにおかしいと思って足を止めた。息を切らして周囲を見回す。

 

 

何も変わらない世界。何十と足を運び通過した道。俺の世界。閉じられた。閉じている…世界?

 

 

「いやいやいやそんな馬鹿な……?」

 

 

確証が持てないまま頭をふるい、ただ疲れているだけさと自分を偽って再び駆け出す。しかし、何歩か歩けば通過した場所へと戻っていた。

 

 

頭が混乱する。どういうことだ? 何が起こっている? 理解できない。意味不明。トリックアートか何かか? だが、現実感がない。本当に自分が今立っている場所は本物なのか?

 

 

「ふざけんなよ……」

 

 

ポツリと呟いた言葉は、夜風に乗って消える。明日はようやく休みなんだぞ。こんなくだらないことで足止めなんかしてられるか。

 

 

気を取り直して再び走り出す。息苦しさが半端ない。周囲を見回す余裕もない。それでも一心不乱に足を動かす。早く家に帰りたかった。いつものようにベッドにダイブして、スマホでネットサーフィンでもして、眠りに落ちたかった。

 

 

残り200メートルを切った。駅まであと少し。そこまで来れば後はゆっくり歩けば良い。最後の力を振り絞ろうとした時、再び視界に看板が入った。

 

 

「お前かよ…」

 

 

 どうして現れる? そんな思いを込めて看板を睨む。何度通過したと思っているんだ。そろそろ許してくれてもいいだろう。

 

 

そんなとき、ふと看板の下に何かが落ちているのに気が付いた。夢中で気が付かなかった。

 

 

何とはなしに近づいてみてみると、それは薄汚れたエロ本だった。半裸の女が悶絶している色あせたイラスト。いつからそこにあるのか分からないが、その劣化具合からそこそこの時間が経っているようだ。

 

 

全く気づきもしなかった。もっとも気づいたところで何かするわけでもないのだが。というかこんなゴミを同行しようと考えるやつなどゴミ回収業者か、あるいはボランティアの爺さん婆さんくらいのものであろう。

 

 

「ふざけやがって」

 

 

無性に腹が立った俺はエロ本を蹴っ飛ばし肩を怒らせてその場を去る。そしてまたぞろ同じところに己を見出した。

 

 

「なんなんだ、ホントなンなんだよ……!」

 

 

何度やっても同じ場所。何度走っても同じ位置。何度やっても同じ作業。何度やっても同じ指摘。人生の縮図。

 

 

「~~~~~~!!!」

 

 

計り知れない憎悪と憤怒が体を突き動かす。衝動のままに看板を殴りつけた。

 

 

バコンッ!と音を立てて看板が陥没して吹き飛び、付近の民家に突き刺さる。悲鳴がとどろく。最高の気分―――なんてことが起こる訳もなく、俺は拳を抑えて痛みで悶絶した。

 

 

あんまりにも惨めだった。俺はいったい何をやっているんだ?

 

 

転職しなよ。鉛筆のイラストが俺を見下ろし、嘲り笑う。それで人生が好転するとは僕には思えないけどね。だって君は君だし、君が君である限り世界は誰も君を必要となんかしないのさ!

 

 

「うるさい黙れ…!」

 

 

涙を滲ませながら俯いていると目に入るのは薄汚れたエロ本。

 

 

「―――」

 

 

一体何を考えていたのか。あるいは何も考えていないのか。…きっと後者だろう。俺が何か物事を考えて行動したことなど一度としてないゆえに。

 

 

適当に、真ん中あたりからページを開く。なんでもよかった。意味なんかない。俺の人生とおんなじだ。

 

 

開かれたページには何にも描かれていなかった。印刷ミスか何かか?眉根をよせて他のページをめくろうとしたその時だ。

 

 

『ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!』

 

 

光り輝く閃光とともにほとばしり出た極彩色の星や何百ものパーティークラッカーの中から、極大の哄笑を放ちながら『そいつ』は現れた。

 

 

『スゴイ!今までこれほど開かれるのが遅かったことはない!』

 

 

(なんだこれ……?)

 

 

 目を見張る俺に向けて、『そいつ』は矢継ぎ早に言葉を浴びせる。

 

 

『本当に呆れ果てるねお前は。こんなにも魅力的なチャンスを与えられているのに、一度も利用しようとしないなんて。自分の人生を切り開くことなんて考えずに、ただ流され続けるだけの、無気力な人間!そんな人生が楽しいか?この世界では誰もが生き残ろうと足搔いている。強者が弱者を蹂躙し、富める者が貧しき者を見下す。理不尽で冷酷で無情な現実が君を待ち受けている。だけどな、そんな中でも幸運は確かに存在する。例えば宝くじに当たる。最高!今ある仕事をほっぽり出してバカンスと行こうぜ!例えば遭難した先に太古の文明の遺産がある。スゲー!今からお前は過去の秘跡を暴く冒険者!例えば今みたいに最高にイカした俺様と出会う。超スゲー最高!お前は今からゴミ以下のクソ人生から脱却し超最高にクールでミステリアスでスリリングでセクシーな人生を送れる!』

「―――」

 

 

絶句。突きつけられる指を凝視しながら俺は呆けたように口を開けて硬直していた。

 

 

『何をボケっとしているんだ?時間は有限なんだぞ?チャンスは目の前にある。お前次第で世界を変えることも可能だ。だが、何もしなければ今日と同じ無為な一日がやってきて、気が付けば老人になり、泥水すすって死ぬだけさ!』

 

 

(なんだよこれ……)

 

 

 同じ言葉を性懲りもなく繰り返す。夢だろうか。現実味がない。いや、どちらにせよ、今俺が見ているこの光景は信じ難いものだった。

 

 

ゆっくりと視線を指から目の前の存在へと移す。仕立ての良い燕尾服に身を包み、マジシャンじみたシルクハットをかぶっている。白い白髪は風もないのにざわついており、目は真っ白い光を絶えず輝かせている。右目にモノクルをかけていて、それがうさん臭さに拍車をかけていた。

 

 

その姿。醸し出すアトモスフィア。まるで―――。

 

 

「悪魔……」

『ハン?』

 

 

俺のつぶやきに『悪魔』は鼻を鳴らした。

 

 

『あのさ、この世界は君のたくましい想像力を働かせた世界じゃなくって現実なわけ。ワカル?ドゥー・ユー・アンダー・スタン?この世に悪魔なんかいるわけないだろ!』

「じゃあアンタは何なんだよ!」

 

 

突然話しかけてきた謎の存在に対する問い。怒りを含めた声音で言葉を返すと、『悪魔』は高笑いした。

 

 

『ハッハッハ!この世界はお前ごときじゃ知りえないような事がたくさんある。仮にお前に懇切丁寧に俺のことを語って聞かせたとして、理解できることなんてこれっぽっちもないだろうぜ!』

 

 

ようは語る気がないらしい。そうならそうと言えばいいのに。なぜそんな迂遠な言い方をするのか理解に苦しむ。

 

 

それにしてもなんというひどい夢だろうか。酒を浴びるほど飲んで吐き気に襲われながら寝たってこんな夢は見ないだろう。

 

 

「……で、俺はどうすればいい?」

 

 

 意を決して聞いてみた。どうせ夢なら最後に楽しく終わりたい。現実は酷いものだ。ならば、夢くらい楽しく見たっていいだろう。

 

 

『どうもこうも、ほれ。そこよそこ』

 

 

『悪魔』はいつの間にか取り出したステッキで指し示した。そちらに目をやると大型犬ほど大きさの毒々しいピンク色のネズミと水色のゲル状の形容しがたい何かがいつの間にかそこにいた。

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