『俺』と『悪魔』と   作:三流二式

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day1 クソ人生におけるクソ転換期②

「―――は?」

 

 

これで何度目のは?だ?いい加減にしてくれ。もう疲れたんだ。

 

 

「あ、ありゃなんだ!?」

『なにってチュー・チューとスーラ・スーラだが?』

「だがじゃないんだが!?」

 

 

全然分からない。何故にネズミとゲルがここにいるんだ?そもそもなんで俺の前にいたんだ?おまけに名前も変な感じだ。こめかみがずきずきと痛む。片頭痛だ。おそらくストレス性の。

 

 

「チュウ!」

 

 

そんなときである。おもむろにピンクネズミ…チュー・チューが一声鳴くと、俺めがけて勢いよく突っ込んできた。その速度たるや!原付並みのスピードはあるだろう。

 

 

「なっうわっ!?」

 

 

咄嗟に身を投げ出して回避する。腹から着地したせいで肺の空気が一気に吐き出された。苦しみながら立ち上がるとバコンッ!という鈍い音がした。反射的に目をやると、看板が大きくへっこんでおり、老朽化した支えがその拍子に破損し、どしんと音を立てて看板がへし折れた。

 

 

「キキ―ッ!」

 

 

間髪入れずにゲル状生命体、スーラ・スーラが奇声を上げながら覆いかぶさってきた。

 

 

「ウワーッ!ウワーッ!」

 

 

これも反射でどうにかかわす。その一瞬後にスーラ・スーラが俺のいた地点にべシャリと音を立てて地面に水たまりめいて広がった。

 

 

「何なんだ、何なんだこいつら!?」

『そりゃこの世界は現実だもの。君のターンから始まるわけでも、ましてやコマンドを入力するまで動かないなんてこともないぜ?』

 

 

いつの間に取り出したのか、小綺麗な椅子と机に付き優雅に紅茶を啜りながら『悪魔』は言った。

 

 

「そうじゃなくて!こいつらは!ナニ!」

『俺を認識できるようになったおかげでお前は第三の眼が開かれた。ほら幽世(かくりょ)とかってあるじゃん。あの世とこの世の境目、みたいな?良かったな!お前もこれで晴れて霊能力者の仲間入りだ!』

「だからこいつらは!?」

 

 

ネズミの突進をかわし、ゲル野郎のしつこい抱擁を走り回って回避しながら、悲鳴の如く『悪魔』へと訴えかける。

 

 

『チュー・チューもスーラ・スーラも裏路地とかを探せばどこにでもいる、まあ、いうなればそうだな…序盤の雑魚みたいなもんだな!本当にどこにでもいるぜ!』

 

 

それが分かったところでどうしようもない。とにかく逃げなければ!しかし。

 

 

「ぶへっ!?」

 

 

駅のほうへ逃げ去ろうとしたが、透明な何かにさえぎられ顔面から衝突して弾かれた。

 

 

「え、は、な、なんで!?」

 

 

だらだらと流れる鼻血を手で押さえながら、俺は目を白黒させて透明な障壁を茫然と見上げた。

 

 

『そりゃバトルが始まったんなら逃走なんかできないだろ?チュートリアル戦闘はさ!』

「はあ!?だってアンタ、さっきこの世界はゲームでも何でもないって」

『例え話を真に受ける馬鹿!』

 

 

『悪魔は』そう言ってまた笑った。

 

 

『そうら彼らもやってきてるぞ。逃げろ逃げろ!ハハハハハ!』

「―――っ!」

 

 

バっ振り返ると、チュー・チューとスーラ・スーラが足並みそろえてすぐ目前まで迫ってきていた。

 

 

「畜生!」

 

 

鼻血を拭うのも忘れ、俺は駆けだした。追いかけっこの再開である。

 

 

無我夢中で走り続けたせいで息が切れる。膝がガクガクと震え、足はプルプルと痙攣していた。左手は血まみれだ。ひりひりするが、それよりも体力が尽きかけていた。遠くで、また『悪魔』が高笑いをしているのが聞こえた。

 

 

「くそったれ……」

 

 

 つぶやく声は弱々しく、暗雲立ち込める空模様のように重苦しかった。

 

 

結局のところ、俺はネズミとゲル野郎に追い回され、疲れ果てて道端にへたり込んでいた。目前で舌なめずりするは二体の埒外の怪物。

 

 

「来るな…来るな…!」

 

 

尻もちをついて後退っていると、手に何かが当たる感触があった。咄嗟になってみると、そこにはこの悪夢の始まりを告げたあのエロ本があった。

 

 

『あ、やっと気が付いたな?じゃあチュートリアルの時間だぜ主人公様!』

「え、は、え?」

『呑み込みの悪い奴!さっさとページをめくりな!』

「―――ッ!」

 

 

考えている場合ではない。従わなければ死ぬのだ。俺はエロ本を手に取り、ページをめくった。そこには先ほどは描かれていなかった空白のページの一番上の部分に、一つ文字が書かれてあった。

 

 

 

現魔力:10(最大)

自然回復力:1分に1魔力回復。

 

 

使用可能魔法一覧

・ファイア:炎の塊を相手にぶつける、基本中の基本の魔法(消費魔力2)

 

 

 

「これだけ!?」

『え?うわっ雑ッッッ魚!』

 

 

いつの間にか背後にいた『悪魔』がページをのぞき込み、恐れ戦き仰天した。

 

 

『スゲーなそこら辺の浮浪者だって初期魔力は20くらいあったってのに、お前才能あるよ、雑魚の!』

「チュー…」

「キーッ…」

 

 

そんなことをしていれば、襲撃者たちはじりじりとにじり寄ってくる。距離にして一メートルもない。もはや待ったなし。なのに俺は未だ打開策の模索中だ。なんという事だ!

 

 

「どどどどうすればいい!?」

『どどどどうすればいい…ヘハハハハ!』

「笑っとる場合かーっ!」

 

 

みっともなく涙を流しやけくそめいて笑いながら『悪魔』へとエロ本を差し出した。

 

 

『使用可能魔法一覧の中で使えるのがファイアだろ?なら使えばいいじゃん』

「だから!どう使えばいいのかと!聞いてんだろ!?」

『だから最初に説明しただろ!念じて、撃て!』

「知らねーよ馬鹿!」

「チュー!」

 

 

とうとうしびれを切らしたチュー・チューが弾丸めいて飛び出してきた!ピンク色の風が死を運びにやってきた。

 

 

「―――」

 

 

強烈な死の予感。アドレナリンが分泌され、主観時間が泥のように淀んだ。頭の中では『ファイア』という言葉が反響し続ける。

 

 

「ふぁ、ファイア!」

 

 

 恥も外見もなく叫ぶように唱え、腕を突き出す。そして信じられないことが起こった。

 

 

火が、出た。虚空から。燃えるようなものが何もないのに、唐突に出現した。同時に何かが体から抜ける感覚があった。

 

 

そこからはあっという間だった。掌から生じた小さな火球が、チュー・チューへ向かって一直線に飛んでゆき、汚らわしいピンク色のネズミはよける間もなく火だるまとなった。

 

 

『おい!ちょっと待て!なんだそれは!?どうやって使ったんだ!?』

「知るかよ!体が勝手に動いたんだ!」

『あ?……あぁ。なるほどね、初期魔法は使用者の精神状態に左右される部分が大きいから…。つまりお前は本能的に魔法を使ったわけだ。ちぇ、残念。適当に言ったことを鵜呑みにして何もできないでいるところに一撃喰らって悶絶しているお前を笑ってやるつもりだったのにさ!』

 

 

悔しそうに呟く『悪魔』を無視して立ち上がり、今度は残ったスーラ・スーラへ向き直る。

 

 

「この野郎!」

「キキ―ッ!」

 

 

仲間を殺されたからか、はたまた単なる威嚇かは分からないが、ともかくスーラ・スーラは大きく体を広げた。

 

 

さっきまではその姿は恐怖の象徴でしかなかったが、今ではただ怒りだけがあった。ただの精神の防衛反応だろうが、今はそれがありがたかった。

 

 

仕事中に感じていた暗い怒りではない。剥き出しの怒り。今まで感じたことのない原始的感情の発露。体の内が燃えるような熱を持っていた。今に口から気炎を吐きそうだった。

 

 

「ファイアッ!」

 

 

 再び空気中から火球が現れ、弾丸めいて飛んでゆく。直撃する寸前、スーラ・スーラは身をひねってそれを避けた。意外と機敏!移動の速度は鈍いがその反応速度はチュー・チューと比べ物にならない程に速かった。

 

 

『おいおい、本当に雑魚だな。こんなの相手に外すとか外し物選手権で一位狙えるよ、お前』

「ふざけんな!次は外さねえぞ!」

 

 

『悪魔』によって油が注がれた怒りの炎はますます猛り狂い、視界が真っ赤に染まった。

 

 

「キーッ!」

 

 

馬鹿の一つ覚えに覆いかぶさってくるスーラ・スーラをかわし、地面に飛沫めいて広がった瞬間を狙って俺は手のひらを向け、叫んだ。

 

 

「ファイアッ!」

「キキ―ッ!?」

 

 

灼熱が迸り、無様地面に広がる薄汚いゲルに直撃した。ジュッという音とともに刺激臭と焦げ臭い匂いが立ち込めた。しかし先のネズミのように一撃では絶命せず、悶絶するようにゲル体が波打った。

 

 

「ファイアッ!」

「キキ―ッ!?」

 

 

死なない。ならばさらにもう一発!

 

 

「ファイアッ!」

「ギギッ!?」

 

 

五発目のファイアを打った途端にがくんと体が揺れ、すさまじい脱力感に襲われた。ふらついた体を抑えきれず、たまらず四つん這いとなってえずいた。

 

 

「ゲホッ―――どうだ!?」

 

 

咳をしながら首をめぐらせるとスーラ・スーゲルの体表は黒こげになり、ぴくぴくと動いているのみとなっていた。明らかに致命傷を与えたのが分かった。初めての戦闘。初めての勝利。そして限界だった。

 

 

「お、オゴーッ!」

 

 

緊張の糸が切れ、すさまじい吐き気に襲われた俺はそのまま吐いた。胃が苦しい。涙があふれ、視界がぼやけて不明瞭になる。

 

 

「………」

 

 

 静寂が支配する中、しばらくの間、俺は四つん這いで身を起こすこともできず、地面に口元をつけたまま喘いでいた。

 

 

『ハハハハハハ!やるじゃん主人公様!ファイア一本だけで敵を倒すなんてなかなか見込みあるね!』

「……あの醜態を見てよくもそんなことが言えたな」

『ハッ!自然回復力も1分に1魔力だよ?普通これだけ消費したら死んでるよ?魔法の使い方も知らないわ、魔力も足りないわでさ、これはダメかもって思ってたけど、予想以上に楽しめそうだぜ!』

 

 

 余裕綽々の声音で話しかけてくる『悪魔』に対して、俺は無言で答えた。今度は相手のペースに呑まれるものかと、なけなしの気力を振り絞って立ち上がる。そして驚いた。俺にもまだそんな感情があったとは。

 

 

『おーおー、大した根性だね。感心感心。じゃあ次行こうぜ?』

「……次?」

 

 

俺の問いに『悪魔』はただ笑みだけ浮かべ、指をさした。その方向へ目をやると、駅へ向かう道であった。

 

 

訝りながら歩を進める。今度は遮られることはなかった。振り返って『悪魔』を見る。変わらず笑いながら指をさし続ける。

 

 

「~~~……」

 

 

癪に障るが、今は従うしかない。言いたいことをすべての見込み、代わりに俺は息を吐き、それから歩き出した。

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